第57話 凪紗南流 奥義 龍葉波
第57話 凪紗南流 奥義 龍葉波
視点 凪紗南イヴ
場所 クイーン王国 イクサの森
日時 2033年 4月4日 午後 6時00分
日が落ちてくると、森の中は不気味に満ちている。何処かからか、獣の遠吠えが聞こえる。その遠吠えが聞こえる度に急ぐ足を止めて、何処に潜んでいるのか? 確認しそうになるけど……。
予の周囲に魔剣 レーヴァテインに宿るるーちゃんが飛ばしてくれたコウモリ達が集まってくる。どうやら、ルルリを発見したらしい。コウモリ達が予らの道を示してくれていた。
るーちゃん「進め、飛ばしていたコウモリ達がルルリの姿を突き止めたのじゃ。何やら、得体の知れない人物と一緒じゃ」
イヴ「お父様に昔、いーちゃんは近づいたら食べられちゃうからロリコンって人種には気をつけるんだよって言われたロリコンなのだ! きっと……」
真央「いや、ある意味、ロリコン以上に危険な人物であるってのは当たりだけど、ロリコンちげぇーよ」
セリカ「ええ、きっと、それは盗賊の親玉さんですわ」
イヴ「くっ、間に合わないのだぁ!」
炎魔法 ファイアで灯した松明を手に先頭を走る予は焦っていた。あれだけの残虐性に満ちていた人間がルルリに何か、しないなんてことはない。残念ながら……。
暗闇を利用して、危険種動物の群れが予達の進路を阻む。
ルルリが殺される!
しかし、丁度、目の前にいるスモールゴブリン 5匹は通してくれそうにはない。
襲撃した冒険者から盗んだであろう剣を振り回している。連携が取れていない為、予達はその剣筋に怯むことなく、避けていられる。
左右からはコルティール鹿 10頭が鋭い角でスモールゴブリンを避けさせてくれない。
身体が危険種動物を避けるのに熱を上げすぎて……予の冷静な判断を狂わせている……。それは解っていた。
だが、予は!
予は家族という形態がこれ以上、悲しい結果に終わるのを見たくはない。
思い出せ、この状況を打破する方法を。
汗が額から流れて、瞳に入り、痛い。
両足が痙攣し始める。
思えば、予はこの前の伊東村の戦闘まで戦闘訓練で”未来お姉様”だけとしか闘ったことはなかった。それ以外の人間、危険種動物等とは闘ったことがない。
故に予の弱点は――――
イヴ「圧倒的な体力の無さ、それがうぐぁ……」
身体から力が抜けてゆく。
痛み以上の熱がコルティール鹿の角が突き刺さっている右肩に集約されている。このくらいならば、闘えると先程まで冷静ではなかった先急いだ気持ちが萎んでゆく。
コルティール鹿の怒りに満ちた鼻息と口息がこちらの鼻にまで入り込んでくる。獣臭い。予が毎日朝に飲んでいる牧場の牛さんの息とは全然、違う完璧な野生が予を殺そうと傍まで接近している。それが解る距離だ。
何か、しなければ殺される。
真央「イヴ!」
セリカ「イヴちゃん!」
るーちゃん「馬鹿たれ! が放心なんぞしている場合じゃないのじゃ!」
みんなの声が現実から遠ざかりそうになっている意識を繋ぎ止める。
それと同時に脳裏に未来お姉様との訓練の光景が浮かぶ。
幼かった予は前から疑問に思っていたことを未来お姉様に尋ねた。未来お姉様は訓練で自分の武器として使用したその辺に落ちていた小枝を軽く振りながら、答えてくれた。
未来『イヴ。魔法や技、ありとあらゆる技術には熟練度が存在する。お前の制作したステータスカードはどうやら、私の体感だが習得Level 90%くらいの技術しか記載されないようだ。初めて90%くらいまで熟練度を貯めた瞬間、ステータスカードに記載される。お前の疑問であるステータスカード記載以外の凪紗南流は使えるか? それは可だ。しかし、成功率は格段に低いだろう。考えて使え』
イヴ『使うなとは言わぬのだ?』
そう言った瞬間、未来お姉様の視線はお母様の灰が埋められた皇家の墓の方へと向く。風に乗って、微かな声で未来お姉様は謝る。
未来『すまん、リン。私は最低な叔母だ』
そう言った後、何事もなかったようにいつもの馬鹿な子どもを一生懸命、正しい道へと導こうとする銀色の瞳が予の姿を捉える。
未来『最期の賭けに出られない愚か者は……最期の足掻きすらできない愚か者はそもそも、そのような技術を学ぶべきではない。それは凪紗南イヴにも言えること。お前の真価は最期の足掻きに見える。そこを越えれば、強くなる、きっとな』
未来お姉様はいつも、厳しいけど、間違ったことを予には教えない。その確信があるからこそ、自分の命をチップに賭けをする。
選択するのは予が見た禁じられた技を除いた中で最強の凪紗南流。
凪紗南流 奥義は全部で5つ。そのうち、知っているのは二つ。一つはこの右肩の激痛と痙攣している足で放つのはほぼ不可能な神速抜刀。もう一つは全身のSOULを一気に放出する遠距離破壊の一撃。
遠距離破壊の一撃である凪紗南流 奥義 龍葉波。
通常では、今の予には不可能だが真央の竜の祝福を重ね合わせる意志を魔力で誘導し、SOULと竜の祝福を融合させれば、できる!
眼を見開いて今から、ぶっ倒す相手 コルティール鹿を確認する。
すまん。
肉片は残らないだろう……と残酷な殺し方になるであろう相手に心の中で謝る。殺すにもやはり、礼儀は必要だ。これは英さんから教わった。
如何に相容れない存在であろうとも、無闇な残酷な殺生は貴族としてエレガントではないです、と。
そして、残酷な人間にならない為にもその心持ちは必要なのだ、と。
急いで予の中にある竜の祝福を繋いだ魔力を全身のSOULに触れさせてゆく。
イヴ「皆っ!」
真央「イヴ、あんた、何か、する気!」
セリカ「あ、あれは1度だけ見たことありますわ」
るーちゃん「なるほど。コウモリで未来を観察させてもらった。凪紗南流 奥義の一つじゃな!」
真央「奥義ってあんた!」
そんなの無理よ! という威を含んだ真央の叫びが森に木霊する。それに応えている暇はなく、全身が銀色に輝く程、顕現しているSOULを一気に龍葉波として予の右肩から角を必死に抜こうとしているコルティール鹿に……否、周囲の危険種動物全てを肉片すら残らずに殲滅する。
ここまで策を講じても一か八かの賭け。成功してくれ。
だらりと下がった右手で握りしめた召喚器 深淵の刀から全身のSOULを放つ!
イヴ「凪紗南流 奥義 龍葉波」
その言葉と同時に刀から生まれ出でた銀色の龍は意図も容易く、進路上にコルティール鹿がいただけと言うかのようにコルティール鹿の身体を突き破り進んだ。
イヴ「……せ、成功なのだぁ。助かった……」
そう言って、予はその場で意識を手放した。
視点 北庄真央
場所 クイーン王国 イクサの森
日時 2033年 4月4日 午後 6時09分
あんなに美しい透き通った銀色の龍をあたしは見たことがない。竜族のあたしですら、見たことはない。
イヴの右肩に突き刺さった角を残して、コルティール鹿は消滅していた。肉片なんて残りもしない。まるで消しゴムで、ホワイトで塗りつぶされたように存在を抹消された。
近くにいた2頭目のコルティール鹿は銀龍が薄暗い空へと昇る瞬間、掠っただけだ。それなのに……消えた。
まさに破壊の銀龍。
その銀龍はあたしとセリカがあ然しているのを無視するかの如く、破壊を開始する。
残りのコルティール鹿とスモールゴブリンはまるで協力しているかのように全員で空から急降下してくる銀龍を打ち破ろうと銀龍到着地点で角、剣を構えて待ち構える。
そんなのは全くの徒労だった。
武器事、危険種動物を蹂躙してゆく。
いや、蹂躙ですらない。銀龍の部位に何処か、危険種動物達が触れただけで危険種動物達は消滅した……。
そして、銀龍は再び、空へと昇り、何処かへと飛んで行った。
真央「さすが……に奥義ね」
セリカ「やっぱり、イヴちゃんは普通以下のわたくしとは違いますわ」
薄暗い森の闇に溶け込みそうな笑顔でセリカは笑う。
真央「あんた、そういう自分を卑下する発言は控えなさい。そう本当に思うならば、人間、真面目に努力よ」
セリカ「……あれは努力できる領域ではないです」
真央「まぁね。イヴの膨大なSOULがあるからこその芸当よね」
未だに何処か、暗い表情をしているがきっと、セリカもあたしと同じであんな圧倒的光景を見て、どう反応すれば良いか解らないのだろう。
時間を空けて、話しかけよう。
溜息を吐いて、倒れたイヴを軽く揺すって起こす。
真央「早く治癒魔法をかけないと、血が流れ続けたままよ」
しばらくして、イヴは起きて、痛そうに角を引き抜いた後、すぐに治癒魔法を自分の肩に向けて唱えた。
<危険種動物の群れを倒した>
<凪紗南イヴはLevel 17に上がりました>
<北庄真央はLevel 27に上がりました>
<セリカ・シーリングはLevel 22 に上がりました>




