第55話 天ぷら料理人と、イヴ皇女様 Ⅰ
第55話 天ぷら料理人と、イヴ皇女様 Ⅰ
視点:凪紗南イヴ
場所:クイーン王国 イクサの森
日時:2033年 4月4日 午後 5時45分
予達は盗賊達をそれぞれ、倒し、合流してすぐさま、ルルリ救出の為に走り出す。
予の真央お手製 猫ちゃんポーチにはルルリから貰った依頼料の1000キュリアが入っている。それはルルリのお小遣いだ。そのなけなしの依頼料に報いる為にも、予は最高のハッピーエンドを用意しなければならない。
自然と歩みが速くなる。
真央「イヴ、1人で先行しすぎ! 危険種動物が出てきたら、どうするのよ!」
イヴ「大丈夫なのだぁ。危険種動物は氾濫に近い状況。ここにそれ程、個体が残っているとは思えないのだ」
予は振り向き、真央、セリカ、レイお兄様を銀と金の両眼でその姿を確認しつつ、真央にそう応えた。
風がセリカの周囲に異常に吹き荒れる。その風はセリカのスカートを派手に捲らせた。白いショーツが見えたのだが……本人は気にしていない。
セリカ「今、風の凛菜ちゃんがこの先でイヴちゃんの国民の方を発見しましたわ。保護に向かいます?」
イヴ「勿論なのだ! 見捨てるのは王族としても、人としても失格。危険種動物に襲われる前にその方々を保護するのだ!」
予は気合い充分とばかりに腕を振り上げる。
レイ「そう、即答できる王族は妹君しかいないな」
予に甘い評価を下すレイお兄様にも王族の分家の血が流れている。そのレイお兄様もやはり、伸縮の杖を構えて国民を救う気構えを見せている。
るーちゃん「うむ、さすがはヴァンパイア族の姫じゃ。また、黙っていなければならないがな。魔剣が喋るのは可笑しいから仕方なしじゃ」
魔剣のるーちゃんが盗賊達が近くにいないと知ると、予に語りかけてきた。予が魔剣を使いこなすことができれば、るーちゃんの本来の武器としての使い方ができるのに……予にはまだ、その力はない。
その意も込めて、予はるーちゃんに静かに……謝る。
イヴ「ごめん、るーちゃん」
るーちゃん「良い。イヴと遠出するだけで満足じゃ」
イヴ「いつか、るーちゃんを使いこなすのだ! それで共に世界をより良くするのだ」
るーちゃん「イヴ。今から言うことを忘れるな」
るーちゃんの重い口調に予は深淵の刀を右手に、ウィンチェスター RFを左手に装備して、木と木の合間を器用に走り抜けながら耳を傾ける。
るーちゃん「イヴが生死の境を彷徨っても、ヴァンパイア族の姫は簡単には死なない」
イヴ「予の身体は頑丈には出来ていない……」
るーちゃん「ふふふっ、どういう意味で言っているのか? と聞きたいのじゃろ。秘密じゃ」
イヴ「むぅ……いじわるなのだぁー」
イヴ「ん! 女の子なのだ! 助けなきゃ」
真央「危険種動物が8匹か」
セリカ「1人、2匹ですわ」
レイ「そう上手く、行くと良いが。それは天に祈ろう! さぁ、戦闘開始だ」
視点 メイシェ・ブラン
場所 クイーン王国 イクサの森
日時 2033年 4月4日 午後 5時45分
私はメイシェ・ブラン。
15歳の竜族のちょっと、お洒落な女の子。この春、というか……明日の午前の馬車で故郷のナナクサ村を出立する。目的地は日本。そこで私は憧れのイヴ様が入学する皇立桜花学園に転入する(イヴ様入学先は事前に毎夜新聞でチェックした。日本の宮内庁とクイーン王国の報道官の発表なので間違いない!)。ぼろい田舎宿屋の娘が超有名難関校の入学資金や授業料を払えるのも、私の母親 ナリス・ブランが勇者 凪紗南春明様の仲間だったからだ。尤も、母はドジ属性全快の為、戦闘メンバーではなく、当時、勇者 春明様とは犬猿の仲だったリン前女王様の専属メイド兼専属料理人としての参戦だ。所謂、雑用係? だ。
私はその事実に7歳まで気づかなかった。やけに田舎宿屋に有名な騎士や貴族が訪れると疑問に感じていたが……そうだったのか……と思った。
メイシェ『イヴ様に会わせてよ! 母!』
ナリス『駄目です。許しません。自分の努力で会える地位まで漕ぎ着けなさい。本来、平民であるブランの者が王族に個人的に会うなんか、許されませんよ』
メイシェ『ちぇー。いいもん、いいもん、私は努力して、イヴ様の頬をぷにぷにするよ』
ナリス『……本当に許可を戴けそうだから、畏れ多いのよ……』
そんな会話があり、私はイヴ様に会うべく、ナナクサ村の小学校、中学校を出た後、成績優秀者に与えられる国の奨学金制度で最高ランクSSを獲得し、飛び級可能だったが、イヴ様と同級生にならねば、意味がないので……それは断り、皇立桜花学園の入学を決めた。それと、イヴ様が料理人を1人、探していると朝利新聞(私は読書が大好きで新聞もリンテリアの大手新聞社 10誌、読んでいる。お小遣いがそれで飛ぶ。その為、本は王立図書館 ナナクサ出張所で借りている)の料理人募集(しかも、職場が日本の皇女のお住まい 通称:女王の館)で知った。
これは受けるしかない! と思い、私は元専属料理人の母直伝の天ぷらで女の子のみの料理試験に挑んだ。結果は断トツ、トップで合格。この時は涙を流しながら、母の遺伝子に感謝した。
自分の武器である天ぷらを強化すべく、私は村を出立する前日だというのにナナクサ村に一番、近い山菜の採れるイクサの森に入っている。
途中、危険種動物と盗賊が襲いかかってきたがどちらも軽く、私の日本刀 虎鉄の錆びにした。刃物を持った私に勝てる生物はいないとまた、証明される結果となった。
意気揚々とノビル等の山菜を背負っている登山用のリュックサックに詰め込んでゆく。
山菜の爽やかな香りが私の鼻孔を刺激する。
これは天ぷらにしたら、美味しいそうだ。
メイシェ「お、いいねぇー、へび苺」
へび苺が群生している地帯に出る。
まるでへび苺の集会場のようだ。私は今日、使う分だけ、へび苺を採る。ジャムにしようという考えもあるので、少し多めに。
私がてんぷらの材料の山菜とへび苺満載のリュックサックの背負い紐の位置を直そうとした時、危険種動物が8匹、私の前に現れた。
メイシェ「今日は多い。ぶっちゃけ、マジしつこくない?」
気怠そうに危険種動物8匹――――スモールゴブリン、ワイルドウィング、ソニックバード、パワーヘイトベア それぞれ2匹ずつに文句を言うが……当然、返ってくるのは訳の分からない鳴き声だけだ。彼らの間では通用するのかも……だが、竜族である私に解るはずがない。
腰に帯刀した虎鉄を抜こうとした処、美しい銀色の髪の小学生がパワーヘイトベアに装備した日本刀で斬りかかろうとした。
しかし……パワーヘイトベアに見切られて、パワーヘイトベアの太い腕がその小学生の脇腹を殴打する。
殴打の衝撃で体重の軽い身体が吹き飛ばされる。着ている戦闘には向いているとは思えない綺麗なドレスが風の力を借りて舞う蒲公英の花びらのように見える。
へび苺の群生した地点に小学生は落下した。強か背中を打ったけど、大丈夫だろうか?
私はすぐに声を掛ける。
メイシェ「大丈夫、そこの可愛らしい小学生」
小学生「だ、大丈夫なのだぁ。未来お姉様のお尻ペンペンの刑よりもダメージは少ない」
私は小学生に手を差し伸べようとしたが……その動きは見事に停止した。
その理由は、小学生が潤んだ金と銀のオッドアイで私の小麦色の顔を見つめていたからだ。
この小学生を見た時、私と同じように、イヴ様に憧れて銀色に染めているのかと思ったが……違った。私の偽物の銀色に比べて、イヴ様の銀色は神秘性に満ちた輝きを放っていた。それは芸術と言っても過言ではない色合いだ。
蒼い瞳で捉えた絵ではない、写真でもない、ホンモノの凪紗南イヴ皇女様は途轍もなく、可愛かった。これはイヴぐるみになるわけだ。億単位で売れるわけだ。
イヴ「よく見れば……君は予の屋敷で採用した料理人ではないか。確か……」
メイシェ「はい、メイシェ・ブランです。宜しくお願い致します、イヴ皇女様」
イヴ「うむ、よろしくなのだぁ」
この方、本当に同じ年の4月から高校生の少女なのだろうか……。邪気のない笑顔を浮かべる顔も、手も、足も、腰も、お尻も、胸も、肩も……全てが高校生の標準とは比べものにならないくらい小さい。
これは……弱いわけだ。
はっきり、いうとイヴ皇女様は戦闘に向いていない。辛うじて、速さと器用さが必要な日本刀だからこそ、戦えている。そう、戦えているだけだ。
私は先程の速さしかない刀捌きを見て、理解した。
メイシェ「イヴ皇女様って、弱いですね。日本刀の扱いが下手くそです。尤も、それは筋肉の付きづらいロリ体型のせいです。才能がありません。苦し紛れにイヴ皇女様の師は日本刀の刃が敵に当たる瞬間、なけなしの腕力をそこに込めろと教えたのでしょう。瞬時の力と速度のインパクト。それって、格下や同格にしか通用しませんよ」
イヴ「え……」
メイシェ「あ……」
私の父 ウィル・ブランが経営する剣術道場で村の子どもに教えている感覚で勝手に指導してしまった。
イヴ皇女様も自分で気づいているのか、誰かに言われたのか……唇を固く閉じている。その表情はとても……寂しそうだった。
イヴ皇女様の身体が銀色に輝き、数秒でその輝きが治まる。
魔法が得意ではない私には解らないがおそらく、心理詠唱式での治癒魔法だろう。イヴ皇女様だけが治癒魔法を使用できるのだから、戦闘を行うにしても後衛に控えるべきだと私はイヴ皇女様に助言したかった。
しかし、それを許さない壮絶な瞳の鈍い輝きと共に地の底から天へと這い出るような声が怖かった。
イヴ「………こんなでは優しい世界を創れない……華井恵里を倒せないのだ……」
そう、呟いた後、意識を取り戻したように、無邪気な笑顔を浮かべるとそれとは相反する尊大な声で言う。
イヴ「メイシェ、指摘してくれてありがとうなのだ! しかし、予は強くなるのだ」
私はイヴ皇女様の体格で日本刀のマスタークラスには決してなれないとは言えなかった。
小さな背中が危険種動物達に立ち向かうべく、再び、日本刀を構え、銃を背負い直す。
イヴ皇女様の戦闘が見たくなった。
イヴ皇女様の他に、セリカ様、真央様、レイ様もいる。
あの呟きと、強くなる、という台詞を見極めたくなった。それがなければ、イヴ皇女様に弱いから下がって! と怒鳴りつけて、私が闘っただろう。
さぁ、見せてみて。
勇者の娘 凪紗南イヴ皇女様の闘いを。




