第2話 優しい世界を望む銀色の少女
周囲から語られる凪紗南イヴ皇女様のお人柄。目指すは、優しき世界。
第2話 優しい世界を望む銀色の少女
視点:セリカ・シーリング
場所:異世界リンテリア クイーン王国 クイーン王城
日時:2033年 4月2日 午前 11時10分
イヴの願いを聞くのは無条件でOKです。
なにせ、わたくしの婚約者なのですから。道理的な側面でもバックアップするべきです。ただ、凪紗南未来様恒例のお仕置きタイムはぜひ、お一人でお願いします。
その時の光景を思い出して思わず、くすりっと笑ってしまった。
豪奢な紅い絨毯の上を歩く足が止まる。その足を止めた人物 テスラ・リメンバーは表向きの肩書きがポーション生成工場責任者であり、裏ではイヴ固有武装 コードネーム 女王の正装の開発責任者。
その彼女は若干、18歳でありながら、150cmの身長に素晴らしいロリボディーです。愛でる対象ですね。わたくしが個人的にお世話になっている貴族の少女会でもあれ程の美の逸材はいません。
水色の髪はつやつや。最近はイヴと同じシャンプーを使い出したらしい。婚約者さんである掛川虎さんの手前、こういうさり気ないケアは欠かせないのだろう。
イヴと同じシャンプーということは、未来様がイヴのあまりにも無頓着な自分の容姿に対する理解がないことから独自にイヴ専用に作り上げた会社 ルナティール社の作品だろう。それの一番、高いのでしょう。確か、一切、化学薬品を使わない(化学薬品、イヴに使う! って聞いたら、きっと、あの人はやりかねない。その元凶を)天然素材製品 無添加シャンプーとは一線を画すシャンプー 柑橘類の爽やかな香り ライムラプソディー 300㎖ 78000円だろう。それと同等の香りを放つ石鹸 シーリング王家がエルフの森の出荷不可能になってしまったエルフフルーツから精製したエルフ石鹸を使っているのか、その香りもほのかに漂っている。このエルフ石鹸はお金を出しても買えない石鹸で英雄の娘たる凪紗南イヴに対して、世界を救って貰った感謝に無料提供されている。親しい友人に無償で配っているもので、当然、わたくしも頂いている。最も、イヴ自身の放つ薔薇の高貴な香りに不純物が混ざるらしく、香りのある石鹸は使わない。アクセント程度にライムラプソディーで香り付けしているくらい。
その水色の髪は滑らかなセミロングで、少女趣味のピンクのワンピースに、背中に紫ではない完全なる蒼い薔薇(凪紗南家、クイーン家両家の血を継ぐイヴのみの個人の家紋)の紋章をデザインしたファクトリー研究員専用の白衣 蒼薔薇の白衣を着込んだ残念な格好。ミスマッチ。
テスラ「どうした? セリカ・シーリング姫」
セリカ「イヴちゃん、また、お仕置きコースですねって思うと」
普段、尊大な口調の皇女様 イヴが彼女の叔母 凪紗南未来の前では15歳という年とは思えない小学生な子猫感情を魅せるのだから、楽しくて笑ってしまう。
イヴという存在の重さに、イヴ自身が耐えられているのはきっと、未来様の厳しい愛情があるからだ。その愛情、溢れる光景はイヴが望んでも手に入らない両親との幸福に酷似している。だからこそ、それは幸せなのです。
テスラがいつもの気怠いやれやれな顔つきでわたくしの顔を見ます。
あれ? 何か、わたくしの顔は可笑しいかしら。
いつもの桃色の長髪に、蒼穹の瞳、チャームポイント程度に少し尖ったわたくしがハーフエルフである、という証。
うーん、何処も可笑しくありません。ないですよね? と首を傾げる。
しいて言えば、今日はお眠だったので、妹のマリア・シーリングを抱き枕に午前10時まで眠っていた為に、イヴから、お友達救出作戦参加お誘いを受けて着替えられなかったことでしょう。それにしても、ここは婚約者さんのお家なのですから、熊ちゃんプリントパジャマでも問題ありません!
メイド服を所望してみたのですが…………いつものように、お止め下さい! と口を揃えて、イヴのお家のメイド達に言われました。何故、涙目なのでしょうか? もう、4月なので、花粉症なのですね、お可哀想に。
よって、可笑しくない! えへん☆
テスラ「天然さんだね、セリカ姫。さて、休憩は終わったことだし。その後の推移を探ろう」
セリカ「探る? と言いましても、お友達の皆さんから集めた情報をレディーベアトリーチェに入力して、それを頂戴して、イヴちゃんに伝える簡単なお仕事ですわ」
テスラ「簡単ね。難しかっただろう? 君のお友達って個性的だからねぇー」
困った顔でわたくしを見てから、イヴから借りていたゲストキーをシリンダーに差し込み、ゆっくりと回した。
そのシリンダーの奧には、イヴの予備PCが置かれていた。何処かに存在する凪紗南天皇家 独立OS Feather fairy 17 凪 editionに繋がる貴重なPC。旧世界のPCはPCそれぞれにOSが搭載されていたが、新世界において、PCは宇宙に浮かぶ人の住める人工衛星 アルカディア 衛生都市 星の銀河にあるノアの箱船にて、一括管理されている。現在のバージョンはFeather fairy 11。通称 FF11は異なるハードシステムを世界規模で完全対応し、ハードのパターンに応じて、適切にサポートし、その情報を、個のPCに必ず、装備されている内蔵受信機 レクストにマイクロ波によって送信されている。
これを妨げる流れがあった際に世界規模でPC画面上に、レクスト送信の妨害は止めましょう、とアナウンスが流れる。
これがあるので、通常のユーザーは決して、PCに対してハッキングを行おうとしない。互いに牽制し合っているからだ。
そう、牽制。その為の一括集中オペレーティングシステム。
第三次世界大戦の加担者 大罪人 マイク・シーアのような強力なウィルス ディアボロスを制作したとしても、個のPCに仕掛けるしかない。もはや、世界規模でコンピュータウィルスをばらまく時代ではないのだ。
このOSのシステムを開発したグランディア教授監修の下、平和存続の意図で新たに作成されたのが、通称 FF17 凪。FF11を完全に破壊 または、違法操作しようとするモノが現れたのだが、FF17 凪により、遠隔でFF11が通常状態に回復するシステム イカロスの翼によって、阻止されている。
誰もがこの時代、教育という名の洗脳を受けている。新世界において、OSとは、一括集中されたものだと?
では、破損した際は、を考えるのだが、それも、随所に存在するバックアップにより、皆無と洗脳されている。
セリカ「本当、恐ろしいですね」
テスラ「ん? 君のお友達のマフィアのトム君?」
セリカ「違いますよ、あの方はジムに通うの大好きなのであんなにも強面になってしまっただけで、気持ちの良い対応をして下さるおじ様ですよ♪」
テスラ「あの筋肉ダルマをねー、その評価ですか。まぁ、シーリング王家のエルフの血はそれ自体が兵器と呼ばれてるくらいだし、下手なマフィア程度――――」
あ、少し強ばった表情になってしまったようです。
頬の筋肉を両手で解し、すぐに元通りの笑顔の仮面を被る。
セリカ「…………いいえ、そうではありませんよ。イヴちゃんって本当、恐ろしいですね」
テスラ「みんな、あの外見に騙されて、群がっているからね。まるで砂糖に群がるアリだよ。あの子の恐ろしいとこは、これだけの」
テスラはわたくし達が入った瞬間、自動的に立ち上がったホログラムの画面の一つを見つめる。
そこには、
マスター権限 凪紗南イヴのゲストのノエシスパターンを確認。
ようこそ、凪紗南天皇家 レディーベアトリーチェへと続く扉へ。
NMXー200プレミアムモデル
OS:Feather fairy 17 凪 edition
CPU:Cherry blossom extreme edition 76GHz 129core 4shift line…………作動。
……
…………
イデアCD 容量 167エクサバイト…………確認。
graphic:LION X78000 Extreme edition 109エクサバイト
sound――――
テスラ「ものを保有しているのに誇りもしない。興味がないのよね、きっと、イヴの頭の中は誰がどう見ても、どうやって、両親が守り抜いた世界を優しい色に変えてゆくか、の一点。行動理念がはっきりしていて、偽らない。そんな人の心を折る? 無理よ。だから、恐ろしいわ」
セリカ「心が歪んでいる。それを指摘しようとしても、もう、治らない。転生宮の何処かにイヴちゃんを治す薬はあるらしいけど、未来様はそれを望まない」
テスラ「優しい暴君。理想なのよね。矛盾してる」
PCが完全に立ち上がるまで、思考する。
凪紗南天皇家は世界が決めたルールを意図的に破っている。それは世界が暗黙の了解で認めている。
彼らにとっても、都合が良い。イヴという宝石を守護するにはそれなりのアンタッチャブルな力の要因は必要である。都合が悪ければ、叩いてやろう、と考えたのでしょう。ですが、未来様の狙いの通り、凪紗南天皇家のイヴ派拡大、クイーン王国でのイヴのアイドル的国民人気、魔法に長けたエルフ国 シーリングとの魔法技術共有、わたくし セリカ・シーリングとの婚約、少女神 リンテリアが認めたリンテリア教 聖女 アイシャ・ローラントとの婚約、無血で誰も死なせなかった力に長けた竜人の国 北庄内の紛争解決、北庄真央が婚約者候補に加わる、とどめに欠損部位回復はできないが治癒の力を多少、保つポーション販売などで、積み。
為政者ならば、理解できるだろう凪紗南イヴ、イヴ・クイーンの絶大なる影響力。それは、人脈であり、財力であり、防衛力であり、治癒力であり、情報収集力であり、民衆を惹きつける人柄と美しく、可愛い容姿であり、魔法力であり、およそ、統べるのに必要な支配力を全て、兼ね備えた小学4年生にしか、見えない銀髪の女の子。
イヴを排除するならば、時間を凪紗南未来に与えるべきはなかったのでしょう。充分過ぎました、15年という期間は。それ故に、わたくしが思うに、蒼い薔薇は完全に花開くでしょう。
ふふふっ、”彼ら”は知らない。イヴは”人間”ではなく、”幼女の生を司る神様”で在ることを。人間の開花ではない、神の開花。それをわたくしは特等席から拝める。半端者のわたくしには無類の幸福だ。そして、神の前には、人間なんて無力である証明になる。ああ、わたくしはこのまま、良い子にしていれば、みんなと同化できる。差異など、神の前ではないに等しい。
愛してますわ、”神”で在る凪紗南イヴを。
テスラ「しかし、この部屋。超絶PCが鎮座すべき、お部屋じゃないでしょ」
本来、あってはならない予備PC。
地球側の異世界 リンテリア側にしてみたら、オーバーテクノロジーみたいな科学文明は両世界の条約 英雄条約によって完全に禁止されている。どんな身分にあったとしても、だ。
実際、異世界 リンテリアに在るPCはこの一台しかなく、存在しないことになっている。
そんなものを使う戒めとして、イヴ自身が自らの意志で亡き母親の部屋に導入したのだろう。
壁1面に幼いイヴと、父親 凪紗南春明、母親 リン・クイーン、叔母 凪紗南未来の幸福な過去が飾られていた。
その中央に、血文字で刻まれた悲しい聖句。
クイーン王国貴族や王族が好んで使うクイーン教養語で書かれてあった。
”忘れるな、憎悪を。忘れるな、幸福は掴み続けてこそ、幸福。忘れるな、母の優しさ、父の聡明な理を。叔母の苛烈な厳しさを。完遂する優しき幸福を”
PC本体はこの時代、腕時計型携帯電話のアプリとして存在しているのが特徴だが、敢えて、旧世界と同じ、箱形。シルバーケース。フロント部に、獅子が掘られ、その額にはホワイトダイヤ(123カラット 35億円)が装着されている。
この意味は深い程、イヴという人間を知っていれば、理解できる。
リン・クイーンにもあった甘さ、それがイヴにもある。
これを使えば、理不尽に世界をコントロールできる。だが、それをしない。強すぎる理不尽は争いを生む。ならば、とイヴは言った。
イヴ「ボクはビジネスにおいては皆と同じツール、皆と同じ情報深度で闘うのだ。それはフェア精神。セリカの言う甘さとは違う理がある」
それが甘い。
動物さん縫いぐるみが多く、在る幼女趣味な母。その母の遺伝子なのか、イヴ自身は小さな愛玩小動物 犬や猫、ハムスター等を個人の動物園で飼っている。
勉強机には育児書が置かれていて、書棚には初めての魔法や、怖い危険種動物さん等の幼児教育向けな本が多数。
化粧台の上にほ乳瓶が転がっていた。
それは幸せの残滓。
ピコッ、とPCが立ち上がったことを知らせる単調なつまらない音が室内に響く。
ホログラム キーボードをテスラが鼻歌交じりで操作していく。
テスラ「雪の舞う頃に天使は~♪ 向日葵畑で紅茶を♪」
唄っているのは、イヴが大好きな国民的ロックミュージシャン Garden of the Godsの唄 天使の雪遊びであろう。
テンポ良く、リズムの外さない機械地味た歌声は研究畑のテスラならではだろう。同じ研究畑のイヴはその…………。
セリカ「テスラ、イヴちゃんにお歌の指導を――――」
テスラ「断る! すげー断る! HPが削れる歌声に誰が付き合うか!」
あ、タイプミス。
指先が痙攣している。
そんなに嫌なのですかね………。
………
…………ですよねぇー。
テスラ「それより、ほいっ!」
テスラが表示したメール内容に目を通す。
こんな時、イヴに習った速読の効力が発揮される。
とは、言っても、わたくしの速読レベルでは要点を絞った流し読みがせいぜい。
セリカ「あら、あら、情報に敵さん、引っかかりましたわね。イヴちゃんがクイーン王城で、わたしと会食する情報に。最もらしく、イヴとわたくしでエルフフルーツの出荷制限に関する議題です」
テスラ「あのフルーツ、イデア中毒の緩和ができるからエーテル ライト使用には必須だよね」
何にしても、ここから事態の終結まで嘘情報を少しずつ、敵さんに流し、欺くのがわたくし達のイヴから与えられたお願い。
わたくしはテスラに紅茶の準備をしてくると断りを入れて、部屋から出た。しばらく、長い壁に1枚 7000万キュリア以上の価値がある風景画の点在する廊下を歩いていると、わたくしの見知った蒼い髪を腰の辺りまで伸ばした背の高い男性が向かってくる。
男性は笑いもせず、しかし、怒ってもいない不器用な表情でこちらに片手を挙げた。一応、挨拶らしい。あれでも、イヴのクイーン王家の分家 リク家の人間 レイ・リクなのに、愛想がない。
セリカ「やはり、見つかりましたね」
レイ「妹君は甘えん坊だからな。親戚の者を完全に欺く捻くれた性格はしていない。そういうことだろう」
と、ため息を吐きつつ、スーツの裏ポケットから、ぺろぺろキャンディーを取り出す。そして、綺麗にビニール紙を剥がし、始めた。
タバコを最近まで吸っていたが、イヴに息が臭い! と言われて辞めたとか。確かにあんな美少女にそう言われると辞めざるを得ない。口臭に関しても、女性が好む、特に小学生が好む香りにしたとか。そう真面目に父様に語っていた場面に出くわしたことがある。つまり、この目の前にいる美男子は凪紗南イヴに甘い。甘いけど、ファッションに関する品ならば何でも売る大商人でもあるレイ兄様は、ビジネスの手法に関してはイヴの先生役だ。それでも、甘いのですけどね。
ですから――――
セリカ「レイ兄様ならば、やれやれ、で済ましますものね。わたくし、レイ兄様がクールなのか、そうでないのか? よくわかりません」
レイ「俺は妹君が生を受けて以来、明るく振る舞っているつもりだ、セリカ姫」
思い切り、含み笑いをしてしまう。
眉を潜めるレイ兄様。
レイ「うむ、明るいつもりなのだがな。妹君にこらっ! と言う程度で俺は済ませたいのだが、どうも、英さんは違うらしい。春明様のご親友で自分に何かあったら、娘を頼む、と言われた皇族を守護する立場のお一人だから、な。俺からも、あまり、お仕置きは。今回の事は友人を思って、のとは言ってあるが、おそらく…………」
額に右手を添えて、何かを考えるポーズ。このお方は意識せずにモデルのようなポーズをするが、嫌味にならない。さすが、クイーン王国でお兄様と呼びたい貴族様 10年連続 1位の人。
セリカ「幾ら、考えてもレイ兄様、イヴちゃんにフォローはできません。あのお方はまさに忠臣であり、現代の侍ですから」
レイ「そうだな。俺も推移を見守ろう。セリカ姫、紅茶ならば、俺が淹れよう」
セリカ「まぁ、嬉しいですわ」
レイ「ここにいるのはセリカ姫だけか? まさか、バカ明日葉はいないな?」
セリカ「明日葉お兄ちゃんでしたら、秋葉原で今頃、イヴちゃん似のメインヒロインが登場する学園モノのエロゲー? を購入しに行ったと、真央ちゃんから聞きました。午前 8時頃に南屋の牛丼店 凪紗南支店に牛丼を食べに来たそうです」
レイ「あれ? みんなにバレると困るからって深夜のみでは?」
セリカ「突然、午前 6時~午後 3時までのバイト仲間の方が病気で来られないと」
レイ「それは確実にサボりだ」
セリカ「真央ちゃん、人が良いですからね」
レイ「セリカ姫が言うのか」