第43話 血の壁面
第43話 血の壁面
視点:凪紗南イヴ
場所:クイーン王国 イクサの森
日時:2033年 4月4日 午後 4時58分
イヴ「凪紗南流 瞬陣斬」
SOULの銀色の光が両足に絡みつき、技が発動した。
敵は10人の盗賊達。
そのうち、1人に予は突っ込んでゆく。
凪紗南流 瞬陣斬は予の素早さを3倍にまで引き上げ、刀を振るう速度と刀を引く速度により、相手を一撃の下、斬り捨てる未来叔母様が第3次世界大戦後、開発した最初の技。
故に予の素早さの素質 Aと瞬陣斬の特性を合わせれば、盗賊の胴体を捉えるのは……そこにはないはずの血の匂いを嗅いだ……。
まずい!
一拍、動作が速い。
そう焦った時には、不発に終わっていた。
狙った盗賊の袖を少し、破く程度の威力しか発揮できなかった。
虚しく、深淵の刀が空振り、空気が鳴った。
未来『気をつけろ、瞬陣斬を回避されたら、敵のキルゾーンから直ちに撤退しろ。皇女、お前は病弱と言って良いくらい、HPの素質にかける。その分、恵まれた回避能力で闘え』
頭に浮かぶ未来叔母様との訓練での助言に従い、背後の魔力やSOULの気配有無を確認して、背後に跳ぶ。
今まで予がいた箇所を冷たい殺気を保った槍の一撃が与えられる。
盗賊1「女王様、ここは舞踏会場じゃないぜ。ここはお前に恨みのある者の集会場だ。俺って親切」
真央「そうね、お礼をあげなきゃね!」
予の戦闘立て直しが充分ではないと判断した真央が拳にSOULを纏わせた突きを盗賊1にぶつけようとする。
真央「どうせ、逆恨みでしょ! 神竜王武術 爆裂突き」
真央の白く輝く突きと盗賊1の胸部に僅かな間隙を埋める間もなく、真央の視界範囲外の横合いから槍の一撃を食らって……真央は吹き飛ばされて、地面に背中から落ちる。
セリカ「真央ちゃん!」
イヴ「真央! しっかりするのだ!」
レイ「落ち着け、竜族があの程度で手傷を負うはずがない、妹君」
盗賊2「マサル。危ないとこだったぞ。竜族ってのは脳筋だ」
盗賊1「ああ、違いない……」
真央は槍に突かれた肩を手で押さえながら、立ち上がる。真央の指先と指先の隙間から、鮮血が流れる様子が確認できた。
予はすぐに真央に駆けよって、治癒魔法 ヒールを心理詠唱式で唱える。
すぐに真央の肩の疵痕は逆再生したように塞がり、血で汚れた肌は真っ白な美しい弾力のある肌へと変わった。
真央「痛いわね。誰が脳筋よ! そう言うあんたはレイプ魔でしょ。ぷんぷんすんのよ、今時、流行らない性奴隷商人の匂い。あたしには一生、縁の無い魚介類の匂い」
イヴ「魚介? 何故、それがレイプ? 魔? に繋がる?」
レイプという言葉は確か……。アイシャのお姉ちゃんが教えてくれたことだと……
リイーシャ『良いですか! イヴ様。レイプという言語は男の子が女の子に無理矢理、身体の関係を迫ると覚えておいて下さい。具体的にどうなるのか? まではイヴ様の脳リソースの無駄になります。以上』
セリカ「魚介類の匂い? 今度、お父様に聞いてみましょう」
予はメイド長であり、予が子どもを産む時の見届け役であるリイーシャにその匂いについて機会があれば聞いてみよう。何事も知識の習得は大切だ。
レイ「止すんだ。ただでさえ、覇気の無いエルフ王が抜け殻のようになってしまう」
決算書類を眺めている時と同等の渋い表情をしてレイお兄様がセリカを諫める。
レイ「………未来様はちゃんと妹君に性教育を施さなかったのか、無垢すぎる」
と呟いたが、予はちゃんとアイシャのお姉ちゃん リイーシャに性教育を施されている。リイーシャ『良いですか! イヴ様。基本、男の子と一緒に遊ぶことを禁止致します。外聞もありますが……何より、男の子は獣です。あれの仕組みの知識はイヴ様に未来永劫、必要ありません。異性同士の子どもはコウノトリさんが運んでくると覚えて下さい。以上』
イヴ「予は? コウノトリさんに運ばれてないぞ。どういうことなのだ、リイーシャ……」
いや、リイーシャが予を騙す訳がないとこの件については保留する。
今は目の前の敵だと、対峙している盗賊達を観察する。
どの盗賊も貧相な装備だ。それどころか、ちゃんと磨いていないので年季の入った雰囲気が濃厚に表現されている。例えば、服の解れ具合や裂けた布地等。
それよりも見逃せない汚れがある。
血だ。
10人共に黒ずんで取れないであろう血が衣服に染みこんでいる。
沸々と怒りが沸いてきた。
ひ弱な女性に無理矢理、関係を迫り、要らなくなったら……
予は草むらに置いてある女性の腕を横目でちらっと見る。
要らなくなったら、あのように切り刻み……後は危険種動物達が食べてくれる。
そんな最期を迎える為にあの女性は両親の愛情を一身に受けて育ったのではない。
鞘を握りしめる。
もはや、刀に以前みたく、ヒールが宿ることはないだろう。
時には斬らなければならない。完全な悪を。
予の憤怒の形相には触れずに、真央に対して盗賊3はまるでコンサート会場のアイドルのように実に舌が軽やかに喋る。
盗賊3「さすが、あらゆる闇が集う国 北庄の姫様だけはある。そうだよ、僕達は人の命を盗んでいるのさ。特にイヴ女王様と同じ性の人間を、女性をね。色んな種族の女性を抱いて――――」
イヴ「黙れ、予がキレないうちに……」
予は深淵の刀を鞘から抜き、静かに構える。
狙うのは背中。
盗賊3「どうぞ、キレてよ。僕はね、理不尽だと思ってるんだよ! 幼なじみのハーティーはペストで死んだ……。貴女が……お前が! 救援に来たのは村人がペストで100人以上、やられてからだ。向こうの世界の医療ならば、治っていた。それをお前の両親を中心にしたエセ平和主義者が世界の均衡を保つ為、向こうの英知をこちらに適応するのを制限する世界天秤条約なんて、不平等条約を締結しやがった!」
握りしめた刀が震える。
この人は助ける余地のある哀れな民ではないのか? そんな疑問が頭に過ぎる。
違うと、刀を持ち直す。
女性に危害を加えるまでは……哀れな民だったのだろう。彼は踏み外したのだ、倫理という名の階段を。
世界天秤条約は確かに不平等な条約だ。
地球の技術を異世界 リンテリアに供与する場合、異世界連合を通して文化レベルに合わせて少しずつ、溶け込ませる方法を両世界が容認した。一方、異世界 リンテリアの魔法に関する知識は地球の技術の軍事面の強さとリンテリアの軍事面の強さを比較され、格下に見られ、提供すると異世界 リンテリア側は言わざるを得なかった。
そこで地球全国に魔法教習所 及び 小学校~大学院までの教育機関に魔法学を新設し、異世界 リンテリアの各国推薦の人員がそこへと教師として配属されることが決定された。
他にも、輸出・輸入に関する互いの入国費はなし、となったり、輸出・輸入品の制限・禁止項目の洗い出しを後日行う約束等が取り決められた。
それら全ての約束事を合わせて、世界天秤条約(別名:覇権奪取条約)と呼称している。
これだけの短い要約内でも、地球と異世界 リンテリアは文明的には平等ではないと明確に示している。
しかし、盗賊3は肝心な所を無視している。この条約を楔にしなければ、異世界 リンテリアは地球の植民地になっていただろう事実だ。
重力弾なんぞ、使用されたら……異世界 リンテリアの国々は降伏するしか手はないのだ。
こんな戦力情報は子どもでも知っている事実だ。
だからこそ、レイお兄様は理性的にキレる。
レイ「おい、ガキ。一国の女王様が治癒魔法を唱えに危険な地へとゆく。誰がそれを許す?」
レイお兄様の声音は実に冷ややかな印象を受けた。
その事実をやはり、知っていた盗賊3は女々しく、騒ぐ。
盗賊3「ちくしょぉおおおおおおおお! 盗んでやるんだ、お前の大事にしている民を!」
イヴ「レイお兄様、手出し無用」
予はゆっくりと、息を吸う。
この盗賊の出身地はきっと、メトスの村だろう。1年前、ペストにより、閉鎖した村だ。生き残った人間も100人以上の死の記憶がある村には居づらいだろうと、予は城下街の拡張された地区に元メトスの村の人々を住まわせた。
そう言えば、言われたのだ。
20代男性村人『何故、もっと早く、助けに来てくださらなかったのですか! 僕の親友 ハーティーが……。失望しましたよ、イヴ女王様には。身分等関係無しに我々、民を導いてくれる方だと思っていました』
予はあの時、俯いて、亡くなった命達に黙祷するしかできなかった。
予は未来お姉様に進言した。
未来『死んだメトスの村人を蘇生させる? 蘇生魔法が何故、隠匿されているか? 知らない訳ないだろう。皇女、無理矢理、軟禁していた部屋から抜け出して勝手にリスクを考えずに人助け。甘いを通り越して、命に対して傲慢過ぎるぞ』
予が毅然とした態度をとらないから……勘違いさせてしまったのだな。
予が何でもできる英雄の娘だと。
正しくは、”ただの人間である英雄の娘”だというのに……
予は近づいてくる盗賊3の槍先を観察する。直情的な一閃だ。
息を吐き、鞘と刀の二刀の構えに変える。
盗賊3「うぉおおおおお!」
槍先を鞘で払い、隙ができた胸部を深淵の刀で迷い無く、貫いた。
血が刀身から、鍔に流れ落ちる。
予は深淵の刀を引き抜いた。
その引き抜いた箇所をそんな……と驚愕の表情を浮かべ、ただ、眺めながら、盗賊3は地面に倒れた。
イヴ「もう、苦しむのは止めよ……」
口から出たのは甘い言葉だった。本当は毅然とこの者の罪を述べ、死んでいった女性の民達に変わり、地獄に堕としてやらねばならないのに……。
盗賊3「父さん、母さん、ハーティー!」
イヴ「……村人の下へ、家族の、親友の下へ逝くがいい」
盗賊3「イヴ女王様、ごめんなさい、僕……」
20代の男性だというのに盗賊3の弱々しい言葉はまるで親とはぐれた幼子のような響きを保っていた。
あのメトスの村のある民家で予は一つの壁面を見たことを思い出した。
”お願いです、英雄の娘 世界でただ一人の治癒魔法の使い手 イヴ女王様
俺はもう、間に合いません。
けど、俺の親友 エキドナがもし、ペストに罹ったら助けてやって下さい。
来世で代金として、イヴ様に俺の命を預けます。如何様にでもして下さい。
お願いです、あいつ、虐められていた俺を唯一、虐めなくて……病弱だった俺に地球のスポーツ サッカーを教えてくれたんです
唯一の親友を助けて下さい
ハーティー・ラスコマ”
ハーティーのどす黒い血で描かれたそれは命の最期の灯火だった。
当時はエキドナを含めた村の人を城下街の暮らしに馴染ませて、救えたと思った。
それは勘違いだったのだ。
ぐったりと眠るように倒れている盗賊3の死体の眼を手の平で優しく閉じた。
<凪紗南イヴはLevel 8に上がった>
<セリカ・シーリングはLevel 15に上がった>
イヴ「他の者もこのような理由か? つらかったであろう」
その言葉を言っている自分が一番、白々しい事に気づいていた。
未だに幻の血の匂いが辺りに漂っている。




