第1話 命の終わり
創世する世界のイヴ # Genesis to the world's Eve
第1話 命の終わり
視点:蓮恭二
場所:地球 旧世界 静岡県 伊東市、地球 新世界 静岡大スラム 伊東村
日時:2033年 4月2日 午前 11時30分
人の命は脆い。ナイフで一刺しで終わることすら、在る。心に重度のダメージを負ってしまう。ただ、それだけでも、終わるのだ。
呼吸が荒い。
僕はここで終わるのだ。そう、明確に心臓が波を打っている。
村の周囲を包む紅蓮の炎が、僕の大好きだったモノを破壊していく。
道路のアスファルトが焼け溶けている。
幼い頃、しょっちゅう、風邪を引いていた僕がお世話になった薬局 スミレ薬局。
友達との待ち合わせ場所 兼 村唯一のショッピング場所 凪紗南天皇家と交流のある覇道財閥資本全国展開をしているデパート コロナ。
最近、最高経営責任者が替わったみんなお馴染みの地球、月、異世界 リンテリアに支店を置き、東京都 凪紗南市に本店を置くハンバーガーショップ マクドファルド。
魔法ギルド、ハンターギルド、伊東村役場、伊東公園………数キロ先には綺麗な桜が満開な桜の里があるだろう。
その桜の里までは火が回って欲しくない。
そこは僕が片想いしている少女と初めて出逢った場所なのだから。
壊れた屋敷の柱は槍のように見立てられ、そこに僕の妹 蓮恋歌が貫かれていた。恋歌の腹部を貫く柱の槍は、僕と恋歌、幼なじみの少女 池内桜花、そして……姫乃と名乗ったたった3日間の友達の身長の成長記録が油性マジックの線で記された思い出の柱だった。
その柱に緋色の絵の具のような命の液体が地面を目指して、下降していく。その下降するゆらりとしたペースは妹の命が灯火である、と僕に見せつけているようだった。
恭二「ちくしょう、ちくしょう」
――――僕は、何故? まだ、生きている。
ステータスカードを起動すると、脳に命令を下す。
すると、僕にしか、見えない真四角な画面が現れた。僕の初恋の少女 姫乃に似ている日本、この国の皇族 凪紗南イヴが開発したシステムである。その銀髪の少女を思い出すだけで場にはそぐわぬ、笑顔が零れた。
<ステータスカード画面
名前:蓮恭二
~ステータス~
Level 1
HP 349 / 1465 素質 B
MP 778 素質 C
SOUL 1167 素質 B
STRENGTH 1278 素質 B
SPEED 348 素質 D
MAGIC ATTACK 1333 素質 B
CONCENTRATION 1870 素質 A
DEFENCE 277 素質 D
MAGIC DEFENCE 1180 素質 B
INTELLIGENCE 667 素質 C
one-sided love ∞(少年らしいピュアな片想い) 素質 impossibility
適正魔法 魔王
常識外魔法 ――――
武術 ――――
装備
精霊のコート(LEGEND RARE) 物理防御 2900 魔法防御 2777 姫乃に借りたコート。装備者の体格に合わせて自動調節します。 装備時のみ基本属性魔法半減。 また、姫乃により、治癒魔法 ヒールがエンチャントされています。後、10回使用可能。使用するのに、ヒールとイデアワードを唱えて下さい。
称号
????の下僕――――>
恭二「姫乃ちゃんのおかげか……。恋歌、まだ、10回、ヒールが残っている。かけ直すぞ」
恋歌「お兄ちゃんに……残しておいて。れ、恋歌、もう、駄目みたいだよ。目がまた、見えてく……」
妹の視線は僕を捉えることなく、背中を斬りつけられ、瀕死の重傷を負っている桜花の方を向いていた。桜花は苦痛に顔を歪ませながら、俯せに倒れている僕を目指してゆっくりと、ゆっくりと、匍匐前進していた。
桜花の握る【日本刀 白技の刀】は既にその刀身が折れている。悔しさのあまり、桜花の【白技の刀】を握りしめた拳から鮮血が溢れていた。爪を深く自らの肉に食い込ませる。彼女のくそ真面目な性格から、自分が僕達を守れなかったことを悔やんでいるのだろう。
道場の娘とはいえ、たった14歳の少女には本物のテロリストの相手など、叶うはずもない。
桜花「何を、言う! 恋歌! 私たちは、生きるんだ。生きて、死んでいった者を弔うべく、伊東村を再建し、恭二をこの土地を任された貴族に任命させるのだ。それが、今も、今も……決死に戦っている恭二の両親の……うぐっ、こんな傷!」
恋歌「ふふふっ、そうよね。お兄ちゃんを貴族にして、私と桜花ちゃんがお嫁さんになる計画だもんね。それにしても、姫乃ちゃんに助けられるなんて………」
治癒魔法は凪紗南イヴ皇女様にしか、使えない属性。それは国民、いや、人類にとって当たり前といわれる常識。それ故に絶対的支持者を保つ間違いなく、最強の支配者。
「ころせ」の一言で人を殺せる権力にある日本の皇女であり、異世界 リンテリア クイーン王国の女王。
そこから導き出せるのは姫乃=イヴ皇女様。
解っている姫乃に片想いしていても、その想いは決して叶わないのだ、と。
恭二「お前達には悪いけど、僕は最期まで片想いを貫き通すよ。彼女は、イヴ皇女様はそれ程までに僕の心に光を与えてくれたんだ。こんな平凡な僕でも、何か、何か」
両手を空中に広げた。
もう、息をすることすら、苦しい酸欠状態であるのに、肩の傷口が激しく痛むのに、その伸ばした両手の向こうに、何か、未来が掴める気がした。
昔、姫乃、イヴ皇女様に言われた言葉が今も心を温かくする。
姫乃『恭二よ、人は決して一人では強くなれない。人一人の力には限界がある。多くの人間の発想が集まって、一つの産業、文明、国、アイデンティティーは産まれる。誰一人も欠けてはならぬ。だから、恭二、自分を壊すほど、努力する必要は無い。それはな、愚か者のすることだ。目指すのだ、人を笑顔にする自分の在りよう。未来を! 観ろ、恭二! こんなにも空は広いのだぞ!』
だから、僕はこの期に及んで、両手を伸ばす! これはもう、癖になってしまっている。あの時、姫乃、イヴ皇女様が蒼空に小さな両手を伸ばしたように、今も未来を!
その姿を見て、恋歌が苦笑する。
恋歌「姫乃。うんうん、不敬だと思うけど、イヴ皇女様のお言葉。最期まで守ろうとするんだね、お兄ちゃん」
恭二「有言実行って言葉があんなにも似合う人はいないよ」
桜花「身長を高くして叔母様には手の届かない富士の如き胸を手にするって未来は叶わぬようだったけど」
恋歌「小学生だよね」
恭二「可愛いは正義だよ」
桜花「ロリコン」
僕達はこれから、終わりを迎えるのだ、というのにこんなにも穏やかに笑えている。それは諦めなんてモノではなく、みんなが10歳の頃に姫乃、イヴ皇女様に庶民の生活を教えるべく、朝から夜遅くまで村中を駆け回った記憶が脳裏に浮かんでいる。
恋歌「うわぁああああああ!」
絶叫する恋歌の身体をノエシスの白い光が包みこむ。いや、生命維持に使用されるノエシスではない、これは似て否なるエネルギー。ノエシスと呼ばれるプリミティブイデアのおこぼれであるSOULと、保管される予備エネルギー 魔力のどちらかの気配。
ふと、屋敷の柱の前でイヴ皇女様が僕達に教えてくれた技術を思い出した。
イヴ『イデアワードは魔法を管理している全能神に魔法の種類及び形状を明確に知らせる為のシステムであり、安全装置なのだ。故に自由な発想でイデアワードを新規に発明することもできる。現在でもノーベル魔法賞で新規イデアワードの受賞が後を絶たない。だが――――』
恋歌「お兄ちゃん、私、イヴ皇女様との思い出を自分の血でこれ以上、汚したくない! やるよ、あれを」
恭二「駄目だ! 止せ!」
*
蘇る記憶。
柱に背を預けながら、さも、当たり前のように銀色の髪を手で弄びつつ、優しげにイヴ皇女様は微笑む。
微笑んだ瞬間、産まれる僕達とは異なるノエシスの”銀色”の光の粒子。その粒子達はイヴ皇女様を囲むように、イヴ皇女様に遊んで欲しいとせがむように浮いていた。その粒子一つ一つが人の一生涯のエネルギーを賄える量であることを本能的に知った。
理屈ではなく、それは皇女だと解らなかった僕達が姫乃の記憶を深く印象付けられる強者の支配力だった。
ぞっとするような底の見えぬ笑顔で人間には到底、到達できない魔法の心理を口にする。まるで女の子が大好きなお菓子の話題を口にするように。
イヴ『だが、イデアワードという安全装置を意図的に破棄、魔力をコントロールし、具現化する。それさえ、できれば、詠唱式、心理詠唱式とは異なる真理に触れる。それこそが魔法奥義とボクが研究している絶唱式。危ないから真似しちゃ駄目――――』
恋歌の淡い桜色の唇に人差し指で触れて、
イヴ『――――だぞ☆ 恋歌、無茶するから。一つ、教えておくのだ。理論上、不可能ではないけど、普通の人間が成そうとすると、全魔力と共に身体に大ダメージを喰らうのだ』
だぞ☆ というように銀色の粒子達は恋歌の頭を撫でる。
撫で終わると、銀色の粒子達は消失した。
蘇った記憶。
*
止めろ、と心臓が早鐘を打つ。
恭二「やめろ!」
桜花「早まるな! イヴ皇女様も仰っていた。きっと、それは神の領域。人間には完全に為し得ない奇跡」
恋歌「悔しいよ。悔しいんだよ。桜花のお家の道場で私だって、お兄ちゃんと桜花と一緒に訓練していたのに。テロリストに一撃も当てられなかった。投げ飛ばされ、ご覧の有様」
恭二「思い出を守る! そんな理由で命を捨てるな!」
恋歌「違う! 命を捨てるつもりなんてないよ。闘う意志を示す。ただ、その一点なんだから。過去がないと人間は生きられない。今を!」
空中に存在するプリミティブイデアが鳴動する。
その鳴動は人間の領域から逸脱しようとしている者への警告。
だが、それに嫌だ! と言う恋歌の気合いの声。
恋歌「はぁああああああああ!」
<蓮恋歌は絶唱式による風魔法 エアを唱えた。MP全て消費した。>
風が恋歌の身体を包み込んで、ゆっくりと恋歌の身体を柱から離してゆく。
村を取り巻く周囲の木々が激しく枝を揺らす。
テロリストの魔法で構築された地獄の業火がゆらりと微かに揺れる。
それは絶対に不可能な光景だった。
恋歌は氷魔法と水魔法しか適正がない。まして、自分の身体を浮かび上がらせる程の魔力コントロールを保っていない。
代償が決して安いはずはない。
イヴ皇女様は言っていた。
”普通の人間が”と。
力を振り絞って、両腕に上半身を起こせ! と命令する。
肩の傷口から勢いよく、どす黒い血が溢れる。痛みなど、無視する。
両足をアスファルトの地面に触れさせろ。それがまず、妹の元に辿り着く一歩だ! と命令する。マクドファルドのバイトで稼いで購入した有名ブランド アルマーニのジーンズは太ももに受けた深い剣傷によって、真っ赤に染まっていた。それは些事だと無視する。
傷ついた桜花を背負って逃げ続けた時に挫いた足首が痛む。それを無視して、アスファルトの地面に横たわる妹 恋歌の場所へ。
僕と同じように力を振り絞って、恋歌の場所へと桜花も進む。
予想はしていた。だが、何度も、何度も、否定した。
人はいつか、死ぬのだと解っていた。
だけど、愛しい者ほど、否定したい。その美しさは永遠だ、と。
破れたセーラー服の部位、腹部から腸がはみ出していた。
何の苦痛もなく、死んだとでも、欺くかのように、サイドポニーテールに結んだ黒髪はゆらり、ゆらり、と強風に煽られた。
恋歌の黒髪が唇に、触れる。
僕はそっと、恋歌の唇に口づけをした。
それは家族としての愛情と、恋歌の求めていたであろう愛情とを織り交ぜた口づけだった。果たして、恋歌の求めた愛情を再現できたのか? は解らない。
死んだ者は神の世界の一部 転生宮にゆくのだから。
桜花がそっと、恋歌の心臓に触れる。
桜花「頑張ったね」
恭二「ちくしょう、ちくしょう。何なんだよ、バベルの塔って。そんなの僕達に関係ないだろう。凪紗南イヴの、皇家の分家だった華井家の人間なのに! なんで! 日本の地上世界復旧を妨害すんだよ! ねぇーだろう!」
突然、テロリスト達は「我らは、凪紗南イヴ、世界の意志に反逆する者なり。イヴを道しるべに進む者達よ、命を頂こう! それが我がバベルの塔 リーダー 華井恵里の意志だ!」と宣言し、人々を殺害し、家屋に強力な、おそらく、魔法ランクAの炎魔法で火を放っていった。
ネットの3チャンネルの噂では、イヴ皇女様のご両親を殺害したのも、バベルの塔らしい。
沸いていた怒りが、安らかに眠っていると欺瞞で塗り固まれた妹の死に顔を見つめる度にすぐに憎悪となって花開く。
偶然にも、扉の開いた納屋が目に映った。確か、武器を保管していたはずだ。
恭二「殺して、やる、ぞぉおおおおお! テロリストどもが」
もう、救いなど、求めない。
ただ、欲しいのは、壮絶な力。
もう、屈しない力。
その憎悪の中で、少女の声を、聞いた。心に響く。僕だけに聞こえる声。
????「あら、あなたは光を選ばないのね。そう、私を選ぶの。この反逆の神を。愚かね。それが運命なのでしょう。待っているわ、マリオネット」
その声に混じり、現実が僕の心を侵食し、謎の少女の声は消失した。
現実の声が僕を心配して呼びかける。
桜花「殺してやるって無理だ。テロリストの誰しもが私の父上よりも遙かに武術の練達者だ。私達の年代では多分、相手になるのは守護騎士十家の新羅咲良、戦堕始、皇家分家 聖心、リンテリア教聖女 アイシャ・ローラントくらいなものだ!」
恭二「それでも、僕は兄として!」
愚かな決断だ、と囁く自分の心臓。
それと反比例するが如く、沸き上がる理不尽な力への対抗意識。
拳を握りしめる。
納屋へと歩を進める。
そんな僕の激情を邪魔しないように凜とした声が僕の耳に届く。
桜花「解った。私も行く。納屋から武器を手に入れよう」
僕は納屋から【ブロンズソード
メーカー:コンビニ各所。
少しやぼな剣。重く鋭くはない。潰すタイプの剣
ATTACK 780 装備効果 ――――
片手剣 × 両手剣 〇 お値段 7800円 7800キュリア 購入場所 コンビニ各所】を。
桜花は納屋から【初心の刀
メーカー:田村工房。
工程に忠実に制作された遊びのない刀。
ATTACK 800 装備効果 ――――
一刀流 〇 二刀流 〇 お値段 9500円 9500キュリア 購入場所 コンビニ各所】
を。
コートにエンチャントされた治癒魔法 ヒールで僅かに僕と桜花はHPを回復させた。このエンチャントされたヒールでは本家とは違い、身体の修繕を行うことはできない。
痛みを圧して、身体を前へ進めるしかない。
憎悪を燃料にして身体を動かす。
納屋に恋歌の遺体を運び入れ、予備の布団に寝かす。
もう、妹とは会えないかもしれない。
それでも、何かしないと、生きている意味はない。
太陽が業火には負けぬ、明るさを保って、世界を照らしていた。
”太陽が眩しかった”
それだけで人を殺せる人間の話を昔、本で読んだことがある。あれはきっと、そういう意味ではない。
人間の命の刹那を表現して、嘆いているのだろう。
僕は果たして、人殺しをした時に、誰かの命を嘆くことができるのだろうか?
前を歩く桜花の腰まで届く染め上げた金髪が妙に眩しい。