第26話 召喚器制作 Ⅱ 産声
第26話 召喚器制作 Ⅱ 産声
視点:セリカ・シーリング
場所:クイーン王国 クイーン王城ポーション生成工場
日時:2033年 4月4日 午後 0時55分
イヴちゃんが眼を閉じた瞬間、世界が揺れた。
イヴちゃんの身体が銀色の光に包まれて、銀色の翼がイヴちゃんの背から生じた。その数は8枚。8枚の銀色の翼が動く度に世界が揺れる。その揺れに耐えるべく、わたくしは両足に力を入れる。
その羽ばたきは不思議な音色を発生させていた。その音色は遠き日々に聴いたお母様の声のような透き通った女性のソプラノ。
その声はわたくしに「おいで」と優しく囁いている。心にそう共鳴した。
わたくしはイヴちゃんの前へと進み出た。
傷一つない裸体を保っているイヴちゃんに性的興奮を感じず、一種の神秘性のある芸術品だとわたくしは感動して涙を流していた。
それは真央ちゃんも同様だったようで涙を流している。
確かに普段のイヴちゃんも神秘性のある少女だけど、このイヴちゃんは明確に人間ではない何か………そう、神そのものと感じる。
イヴちゃんが眼を開く。
両眼の透明な銀色の虹彩でわたくしたちを観察していた。
すっーと、前ぶりもなく、わたくしの胸元に、素肌に、イヴちゃんの右手が触れる。
ひんやりとしていて、気持ちいい。それは母のくれる安らぎのようだった。
イヴ「創世する世界の果てで少女は謳う再生の未来、破滅の過去、停滞の現在を。されど、たゆたう魂に抱かれて少女は願う、再生の炎を」
その言葉はわたくし達では理解できない絶対的な力を内包していると雰囲気で理解した。その雰囲気はイヴちゃんの本来、保っている凜々しさに神の畏怖がブレンドされた支配力だった。極められた支配力とは相手に有無さえも言わせない。それをわたくしも、わたくし同様に言葉を発せない真央ちゃんも理解しただろう、初めて。
そう、これは人間の支配力ではなく、神の支配力、人間如きが文句を言うことが許されない領域。その領域の波動に触れて、部屋の中の花瓶が壊れて……再生した。机が凹んで……再生した。蝋燭が垂れて、机に焦げ目ができたが……その焦げ目さえも再生し、炎は勢いを失った。
四方に巡らせた部屋の灯りは神の威に触れて、神を照らすのは畏れ多いと言うかのようにいつの間にか、消えてしまっている。
今、わたくし達が部屋の中の揺れて墜ちたモノが再生するという事態を確認できるのは、ひとえにイヴちゃんの背にある8枚の銀色の翼の光があるからだ。
眩しくなく、翳りもない優しくわたくし達を照らす光は心地よかった。思わず、微睡んでしまいそうだ。
しばらく、ぼっーとしていたわたくしに対して、普段の尊大な笑顔ではなく、大人びた笑顔で見守ってくれた。
そして、わたくし達が状況に慣れたのを待ってイヴちゃんは小さくて可愛い口を開く。
イヴ「さぁ、少女の強き願いから産まれた少女の願い人。汝は何を願う?」
囁くように、イヴちゃんはわたくしに問う。
”お前の本当の願いはなんだ? と。”
セリカ「イヴちゃん?」
本当にあなたはわたくしの知る誰よりも優しくて、誰よりも力を保っているが故に心で泣いている優しすぎるお姫様なんですか? と問いたかった。
しかし、その時間はわたくしに与えられない。
わたくしの普通サイズの胸にイヴちゃんの手の平が沈んでゆく。
それを見て、わたくしは怖くならなかった。ただ、この安らぎに、このお母様が揺らしている揺りかごに寝ているような感覚に身を委ねたかった………。
視界が薄れてゆく。
イヴ「何を願う? それが運命を創世する力となる。さぁ、運命の少女の慈愛よ」
その言葉は子守歌のようだった。
眼を瞑る。
そこには優しい暗闇が広がっていた。それはいつもの眠る時の夢の入り口ではない何か。
セリカ「わたくしは」
”本当は何が願いなのでしょう?”
視点 ?????
場所:?????
日時:????
さぁ、しばし、独りの恐がりな幼女のお話をしよう。
恐がりな少女は勇者様を資金面から援助したシーリング王 ハヤト・シーリングをお父様に、勇者様の仲間の魔法槍士 シーリア・アストをお母様の間に産まれた。
名前はセリカ・シーリング。
とても、可愛らしい桃色の長い髪と、円らな空色の瞳をもつ少女だ。
しかし、そんな少女の耳は少ししか尖っていなかった。
それはセリカにハーフエルフだと無言の烙印を、証を示していた。
何故、セリカはハーフエルフに産まれたのか? そう、幼いセリカは自分に投げかけ続けていた。まるで壁にボールを当て続けるように。
エルフであるお父様と、アリス族のお母様が出会い、数々のコミュニケーションを経て、愛を育み、その結果として、結婚して、お父様とお母様の命のバトンを受け継ぐセリカという娘が産まれた。
その道程は意外にも王族の結婚にありがちな血の制約等はなかった。エルフというのがのんびり屋さんで優しい種である特性がそれを可能にしたのだ。
それはセリカに対しても祝福を与えるはずだった。
何故、セリカはハーフエルフに産まれたのか? そう、幼いセリカは尚も自分に投げかけ続けていた。まるで壁にボールを当て続けるように。
セリカは産まれに興味があるのではない。
他の貴族のエルフの子達は仲良く、遊んでいるが、セリカにはその輪に入ることは許されない。
セリカはある日、シーリング城のメイドの休憩室の扉の隙間から、それは何故か? を聞いてしまった。偶然にも、盗み聞いた。
エルフメイド1『勇者様が差別禁止宣言を両世界に向けて、数年前に出してくれなかったら、うちのお姫様はどうなってたろうね?』
エルフメイド2『そりゃあ、王族と言えども、ハーフは差別されるでしょ。お姫様が次のシーリングの長になるのを王族が認めても、そこでクーデターでしょ』
エルフメイド3『あたーしが思うに、よぉ! 勇者様はハヤト様とお仲間の”シーリア”をぉ、結婚させてその子を認めさせる策でしょぉ。噂だと勇者様の娘 イヴ様と結婚させる弊害を無くすためしょ?』
エルフメイド1『あんた、また、陰謀論。ってか、それが真実だと、英雄の娘、勇者様の継いでいる日本の皇女様、アリス族最大人口を誇るクイーンの姫様の三種の神器を保有しているイヴ様なら、何でも可能でしょ。一部の熱狂的ファンがイヴ様教の信者を名乗っているらしいよ』
エルフメイド3『数千年ぶりに聖剣の保有者になった貧民? 今はリンテリア教の聖女に出世したアイシャがイヴ様の婚約者に加わって、クイーン王国の代々からの習わしに基づき貴族や有力者の子対象に武道で今回は女性限定の武道会を計画中だとか。これはイヴ様と年の近い子が武道ができる年齢になったらの話な』
エルフメイド2『なに、それ。のほほんとしているだけで超玉の輿のうちのお姫様、ラッキーすぎ。王家の魔力を使えない出来損お姫様にも使い道あるんだね。イヴ姫様って頭良いんでしょ、3歳で大学生と同じレベルらしいって噂。だからさ、このシーリングもイヴ女王様に統治してもらえば良いのよ。間接的なら可能でしょ。アドバイザーよ、アドバイザー。向こうの世界ならそういう職あるんでしょ』
エルフメイド1『そうね、ハーフエルフの卑しい血をイヴ様の高貴すぎる血が浄化されたお子も将来的には産まれるし、有りよね』
エルフメイド2『職場も安泰。ハーフエルフが王族にいる場合のクーデター回避策ってそれしかないでしょ、ね。頑張ってほしいよ、高貴な存在を産む為だけのセリカ姫様には』
エルフメイド達『『『だよねー』』』』
その会話を、その会話の後の下品なメイド達の笑いを聞いていて、セリカの心は深く、深く、産まれてきた後悔の海に沈んだ。ここへ入っては息継ぎすら難しいと思ったセリカは全速力で走って、自分の部屋のベッドに飛び込み、泣いた。
声を漏らしては、メイド達が自分を心配して、高貴な存在を産む為だけのセリカ姫様を心配して、と考えて、セリカは声を出さずに泣いた。
泣いた後、鏡に映る自分のちょっと、尖った耳を隠すべく、ぶかぶかの帽子を被った。
それ以降、お風呂の時以外、セリカは帽子を被り続けて、メイド達が話していた通り、2021年4月7日に場所はクイーン王国 クイーン王城 クイーン王国とシーリング王国両王家の王族と重鎮の下において、イヴ・クイーンとセリカ・シーリングは政略婚約した。
書面にはイヴ・クイーンとセリカ・シーリングの子がセリカの後のシーリング王となる記述も盛り込まれた。
イヴ『よろしくなのだ、セリカ・シーリング姫』
セリカ『よ、よ、よろしく、で、です。イヴ・クイーン姫様』
と、初めてイヴとセリカはその席上で挨拶と握手を交わした。
手に伝わる熱を感じてセリカは混乱していた。
はっきりとセリカが記憶しているのは、銀色の綺麗な髪とこの可愛い少女の機嫌を損なわないように尽くさなければ、という卑屈な想いだけだった。
その次の日。
視点 ?????
場所:クイーン王国 クイーン王城
日時:2021年4月8日 午後 0時55分
セリカが将来、クイーン王国と、シーリング王国、日本との友好の為にイヴの側室になり、セリカとイヴの子どもがシーリング王国のセリカの次の後継者になる確約書を交わした次の日、シーリング王国、クイーン王国の有力貴族を集めた園遊会が開かれた。
周囲の貴族の子どものエルフは自分よりも耳が長く、周囲の貴族の子どものアリス族は自分よりも耳が円い。どちらでもないちょこんと尖った耳を持つハーフエルフのシーリング王国 第一王女 セリカ・シーリングはブカブカの帽子を両手で一杯、引っ張り、隠していた。
馬鹿にされるのが嫌で、一人、日本より植え替えた桜の木の下で、座っていたセリカを、大人の話に飽きたイヴが発見した。
イヴ『セリカ姫、食べるのだ! 予の大好物 照り焼きバーガーなのだ』
と言ったにも関わらず、イヴは自分が両手で持っている照り焼きバーガーに勢いよく齧りついた。
あまりにも大量に照り焼きバーガーをもぐもぐしている為、頬がハムスターの頬のようになっている。咀嚼する度に頬が蠢いていて可愛い。
銀色の髪が太陽に照らされて上品な輝きを放っている。まるで王族が大切にしている希少な宝石のようだ。
銀色の右眼と金色の左眼は他の子達と違うとセリカはふと、思い、イヴに聞いてみたくなった。それが自分の転機となるとは知らずに……。
セリカ『お目々がみんなと違って恥ずかしくないのですか?』
イヴ『ボクの両眼はお父様とお母様がくれたものなのだ! 誇らしいと思う以外にはない』
セリカ『誇らしい? 違うと色々、言われますわ』
イヴ『この両眼が綺麗って真実が自分の中にあれば、笑顔になれる。そう、お父様が教えてくれたのだ』
セリカ『自分の中に?』
イヴ『そうなのだ! さぁ、セリカ姫の可愛いお耳を魅せるのだ。きっと、可愛いぞ』
口の周囲に照り焼きソースがべっとりと付着したイヴがそう、セリカに提案した。
最初は両手でぶかぶかの帽子を押さえて、その場で両足をもじもじと動かしていたが。
イヴのセリカをじっーと見つめる銀と金の瞳の不思議な魅力に背中を押されて、ついにセリカはぶかぶかの帽子を外した。
爽やかな風の音がちょっと、尖った耳をくつぐる。
いつもならば、不快に思うのだが……
イヴ『ほら、可愛いのだ』
というイヴの満面な偽りなき笑顔があるならば、良いか、とセリカは思えた。
初めてのことだった。
その瞬間、胸元の辺りがぽかぽかと温かくなった。
そして、ある一言をイヴに言いたくなった。
だが、それを言うには帽子を外す以上の勇気が必要で………今のセリカには恥ずかしくて言えなかった。
それを初恋というのだとセリカが知るまで後、何年か、かかる。
今はセリカはイヴと同じ笑顔を浮かべているだけだった。
そんなほんわかした空間に鬼がやってきた。
鬼はイヴの汚らしい照り焼きバーガー殲滅跡をハンカチで拭いてから、イヴの胴体に両腕を回して無理矢理、イヴを抱きかかえた。
イヴ『うわぁー、鬼未来なのだぁー』
バタバタと手足を動かす諦めの悪さは勇者が難敵に相対した時のそれと同等だが、如何せん、銀色ツインテールの鬼 凪紗南未来には通用しない。
冷徹な一言をイヴに浴びせる。
未来『態度がクイーン王国の王女様として、日本の皇女として最悪だ。お前はここに両世界の恥さらしに来ているのか? 食い意地の張った英雄の娘様?』
イヴ『良いのか? お尻ペンペンしたら、お父様に言いつけるぞ。未来叔母様が虐めたって』
未来『お、叔母様? はい、お尻ペンペンの刑 上級者コース♪』
イヴ『それは嫌なのだぁ! お尻丸出し、ペンペン、お父様とお母様に見られてのは嫌なのだぁー』
未来『黙れ、皇女。馬鹿と天才は紙一重を実演するな。恥ずかしい』
イヴと未来のコントみたいな会話を聞いて、セリカは自分が今、お腹を抱えて笑いそうだという事実に気が付く。
そんなこと、一度もなくて………違うとセリカは首を振る。覚えていないが、昔はあったのだ、きっと。
セリカの肩をピンク色の髪をツインテールに結んだシーリア・シーリングが軽く、叩く。
シーリア『楽しそうでしたね、セリカ。良いことです、寄り添う二人はそうあるべきです』
と、セリカのお母様はセリカの涙をハンカチで拭きながらそう言った。
セリカ『わたくし、お母様みたいな魔法槍士になります! もう、ハーフとか気にしません。わたくし、イヴの親友ですもの』
シーリア『でしたら、あなたはいーちゃんの太陽になりなさい。決してどんな状況でも沈まぬ太陽に』
セリカ『太陽。うん、なりますわ』
セリカ・シーリングがセリカ・シーリングとして確立した瞬間だった。
視点 セリカ・シーリング
場所:クイーン王国 クイーン王城ポーション生成工場
日時:2033年 4月4日 午後 0時58分
本当に……願うのは太陽。
そう思った時、自然と言葉は心と一緒に飛び出していた。
セリカ「わたくしは! 太陽に。どんな感情にも揺れ動かない太陽に、イヴの太陽に」
イヴ「ならば、汝に与えよう、栄光なる者の冷厳なる雪月花槍を」
イヴちゃんの荘厳な台詞と共に胸元から不思議な光の玉が取り出されて、イヴちゃんの両手の上で形を変えてゆく。
それを固唾を呑んで、わたくしは見守る。
セリカ「形が変わってく……」
真央「あれが! 冷厳なる雪月花槍。とんでもない力!」
るーちゃん「槍に収束していくのじゃ!」
そう……とんでもない力だ。どんな力かは解らないけど、強大な力を肌で、心で、感じられる。
イヴちゃんがただの変哲も無い槍の形になった冷厳なる雪月花槍をわたくしにゆっくりと手渡した。
軽すぎる。まるで鉛筆を掴んでいるみたいだ。それでいて、重さがある。それを持った瞬間感じられたのは、冷厳なる雪月花槍のデータと共に頭の中に入力されたからだ。
<セリカ・シーリングは召喚器 冷厳なる雪月花槍を手に入れた!>
<自動で装備が冷厳なる雪月花槍に変更になりました>
データの一部をこみ上げる喜びと共に吐き出すように淡々とわたくしは述べる。お友達と一緒に闘うのだから、その戦力確認をしなければ、という想いもあった。
セリカ「Level 22。冷厳なる雪月花槍。攻撃 6285。装備時にMAGIC ATTACK+1100。握るだけで身体中の魔力の通りがよくなっています」
イヴ「ふぅー、これ、やると途中で意識が遠のくだ。何故か、その間に召喚器が構築されるのだ。使えるから、良し」
そう言ったイヴちゃんの瞳はいつもの右眼が銀色、左眼が金色に戻っていた。
どういうカラクリか、イヴちゃん自身にも解らないらしく、無邪気にわたくしの専用召喚器が誕生したことに喜んでいた。
イヴちゃんの白い胸が呼吸をする度に上下する。普段と同じ呼吸の速さだ。わたくしは胸を撫で下ろした。
真央「あ、あんたね。まぁ、害はなさそうね」
同じようにイヴちゃんの小振りな小さな子胸をじっーと観察していた真央ちゃんが溜息を吐く。
イヴ「次は真央なのだ!」
真央「あんた、大丈夫? 世界が揺れてたよ、これ創る時に」
イヴ「未来お姉様にもそう指摘されたのだぁ。でも、この通り平気なのだ」
少々、はしたないようには思えるけど、イヴちゃんはその場で全裸で飛び跳ねる。
イヴ「全裸にならないと服が消滅するのは不便な――――」真央&セリカ「「揺れないですね、ああ、揺れないです」」
わたくし達の言葉を聞いて、イヴが悔しそうに頬を膨らませる。
イヴ「もう! 次は真央なのだ!」




