第24話 太陽に挑む男
第24話 太陽に挑む男
視点:マーク・リバー
場所:クイーン王国 イクサの森
日時:2033年 4月4日 午後 0時45分
イクサの森深くにある松明に灯した小さな炎のみの薄暗い洞窟内で俺は幼い女の子から30代女性までの儚い命を盗み続ける。
ただ、一心に腰を突いて、女の意識ががらんどうになったら、その場に投げ捨てて、部下達にバラバラにするよう、命令した。その際、お前らも女の在ったはずの日常を盗んでも良いと付け加えて。
どんなに眩しくても、どんなに願っても、太陽は俺達の事を知らない。
個と個の間に埋もれた存在。それでも、俺達は太陽………イヴ・クイーン女王様の強烈な力が必要だった。
その力は実に理不尽だった。
イヴ・クイーン女王様の眼に止まった者だけ、完璧な救いが与えられた。
だから、俺は忘れない。
ああ、決して忘れられない。
男と女の体液の匂いが充満する中、俺は腰を動かし、イヴ・クイーン女王様の庇護すべき、弱き者を破壊する。
突く度に、聞こえた声は既に聞こえなかった。
快楽を求めているのではない。ただ、盗みたい。
全ての当たり前の暮らしというカテゴリーを。
眼を瞑るまぶたに浮かぶのは………妹 クイナ・リバーの痩せこけた顔だった。
いつも、悲痛な顔を浮かべて「止めて!」と叫んでいるが、それは太陽が見せた幻だ。妹は太陽を崇拝していたのだから。太陽に備わった善意の光。
マーク「憎いぞ! 憎いぞ! イヴ・クイーン。お前の民の命を盗んでやる!」
視点 マーク・リバー
場所:クイーン王国 ネルキートの街
日時:2032年 10月14日 午後 4時25分
クイナ「ごほごほ。ごめんね、お兄ちゃん、全然、治らないね、私」
古ぼけた2階建ての家屋 その2階の妹の部屋で妹はもう、1週間も寝込んでいる。両親を早くに亡くした俺とクイナは近所の大人達に助けられながら両親の死後 6年間を過ごしていた。
マーク「すまんな、クイナ。街の医師が言うには流行のインフルエンザらしい。今年の冬は寒くてその………」
その先を俺は言うことができずに………ただ、拳を握りしめて厳しい現実に耐えていた。俺が騒いでも何も状況は変わることはない。
クイナがそんな俺の拳をそっと、包み込んだ。その手は骨が浮かび上がるほどに痩せていた。熱も急激に上昇していて、その熱がクイナの全身の水分を奪っていた。それだけではなく、食物を食べると、胃が拒絶して吐いてしまった。
初めのうちは小さなチョコレート 数個ならば、何とか食べられたのだが今はそれさえもクイナの胃は拒絶した。
クイナ「あははっ、上手く笑えないね」
きっと、自分は大丈夫だよと俺に微笑みかけることで場を穏やかな空気に戻そうとしたのだろう。だが、その気遣えさえも掠れる声が邪魔をした。
クイナ「お兄ちゃん、イヴ様の雑誌、取って」
とクイナが日本製の丈夫な本を指さした。
世界天秤条約に触れる技術部分は黒く塗りつぶされており、向こうの世界の技術書はそれ故に真っ黒な為、あまり入荷して来ない。一方、クイナが求めたような芸能人を扱った本は入ってくる。
丈夫になるように重ね合わせた和紙で構成されたリンテリア世界の本とは違い、落としてもバラバラになりそうにない。リンテリア世界の本は紐で止められているので、希に解けてしまう。
俺は化粧台の上にある【2032年版 凪紗南イヴ皇女様解体新書】をクイナに手渡した。
マーク「はいよ。しかし、お前、苦しそうな顔をしていたのにイヴ女王様の本を見る時は表情が和らぐなぁ。もしかして百合か?」
百合は、昔は生産性がなく、意味のないモノと消極的な愛情として数えられていたが、今や、勇者様が作り出したイヴの揺りかごを使用すれば、同性でも子どもが産める為、普通の愛情の形として数えられるようになった。
世間に全く、偏見がないように、俺にも偏見はない。しかし、成就しないと思うが、成就すれば、もの凄いリバー家の経済革命が起こるだろう………。
現在のリバー家の経済は学校に通いつつ、俺のマクドファルドのバイトと、クイナのポーション屋のバイト、クイーン王国から出るイヴ・クイーン女王様個人の20歳以下の親のいない少年少女に与えられる成育補助金で賄われている。
クイナ「百合。そんなものじゃないよ、お兄ちゃん。イヴ・クイーン女王様は弱者を助けて下さる天上の太陽だよ」
マーク「太陽ね。そりゃあ、生活を支えてもらっているから、そういう表現が適切だな。以前なら、俺達、街の人の誰かが監督保護者になってくれていても………孤児院送りだっただろうな」
クイナ「うん、たった2人の家族が離れ離れになるとこだったんだよぉ」
マーク「なぁ、イヴ女王様は何であんなに優しいんだ。普通の王族なら、お金を貯め込んで豪華に暮らすだろう? なぁ」
クイナ「うーん、色々言われているけど、イヴ女王様はマクドファルドを経営しているでしょ。あれって有名な話しで、マクドファルドがない頃、リン前女王様が幼いイヴ女王様に手作りの照り焼きバーガーを食べさせたのがきっかけだそうよ」
荒い息ながらも、クイナはその一語一語が宝物のようにイヴ女王様の事を語る。彼女の艶の無くした金髪が輝いているようだ。俺を見つめる青い瞳がイヴ女王の好意の深さを語っていた。
ドン引きしそうになり、俺は半歩、後ろに下がった。
マーク「そのリン前女王様は………勇者様の元婚約者の妹に殺されるか。その時、勇者様もその妹に連れてかれて」
クイナ「幼いイヴ様の治癒魔法 生者の察知という魔法で反応がない事から、死亡が確認されたそうよ。可哀想に、自分で………。でも、イヴ女王様の凄い処はそこから快進撃の活躍が始まる! ごほごほ。ポーションをわずか、ごほごほ」
あまりに早口で喋り続けたのか、クイナが激しく咳き込む。あまつさえ、興奮して自分が寝ていたベッドの上に仁王立ちで立っている。
俺はそんな妹にそっと、ポーション 苺味を渡した。
マーク「病気でHPが減っているはずだ。飲め」
クイナ「ありがとう、お兄ちゃん」
俺は唯一、クイナの命を繋いでいるポーションをクイナに手渡した。
インフルエンザにはタ〇フルという特効薬があるらしいが、それは世界天秤条約により、リンテリア世界に持ち込むことが禁止されている。
俺と妹にはあっちの世界の知り合いはいない。しかし、人づてに聞こえてくる鉄の塊が空を飛ぶ、魔法ではない冷たい風を起こす方法がある、遠くの人間の声を聞き話せる、鉄の塊が動き商品を勝手に製作してくれる………などなど、あちらの世界は便利なようだ。当然、帰化したいという者が出てくるが……それは向こうの世界の人間と結婚した者にだけ開かれる道だ。
ポーションをクイナはゆっくりと飲み干す。脇に【2032年版 凪紗南イヴ皇女様解体新書】を大事そうに妹は挟んでいた。
マーク「クイナはイヴ女王様より1歳年下の13歳だな。今度の日本留学試験で選抜されれば、イヴ女王様と一緒に勉学できるかもな」
クイナ「だから、こんな病気を治して、イヴ女王様と一緒に勉学できる権利を手に入れるのだよ、お兄ちゃん!」
マーク「そうなったら、離れ離れになるけど、応援するよ」
クイナ「うん、応援して」
汗まみれの身体で相当、体力が削れているのに妹はそれを感じさせない笑顔で俺に応えた。
それはまさに俺の太陽だった。そう、俺だけの。
だから、挑む天上の太陽に。イヴ・クイーン女王様に。あのお方の指示だけではない。
視点 マーク・リバー
場所:クイーン王国 ネルキートの街
日時:2032年 10月14日 午後 7時25分
その夜、はしゃいでイヴ女王様の話を俺に延々と話し続けていたクイナが意識を失った。人の身体では耐えられない熱を発していた。
俺は目の前が見えなくなるような嵐の中、雨粒に身体を痛めつけられ、時には転び、膝を打ち付けながら……街の中央にあるネルキート総合病院の4階建ての木造の扉を何度も叩いた。
稲妻が俺の必死な想いを邪魔する。
ただ、妹を助けたい! という一心で扉を両拳で叩いた。
しばらくすると、怪訝な表情を浮かべた太った男性が顔を見せた。プレートには、医師と明記してあった。
俺は医師の白衣の襟を掴み、怒鳴り掛かる。
マーク「お願いです、聞きました。イヴ女王様がここに来ていると!」
何か切羽詰まっていると感じた医師は怒ることなく、優しいゆっくりとした声で俺の問いに答えた。
医師「残念ながら、イヴ女王様は予定よりも30分程早く、日本へとご帰宅の為に馬車の方へ――――」
医師が言葉を言い終わるのも時間の無駄だった。すぐに踵を返し、階段で足を滑らせそうになりながら、走る。足が痛いと思ったら、膝から血が流れていた。
マーク「くっ!」
医師「今、行っても間に合わないぞ!」
と、稲妻の音にも負けない声で俺に医師は伝えた。
マーク「ちくしょう! なんで、30分! ちくしょう!」
そんな言葉をもう、数度も繰り返して、イヴ女王様の馬車が進むであろう場所に急ぐ。
丁度、コウモリ模様のクイーン王国国旗と、イヴ・クイーン女王様を表す蒼薔薇の旗を翻した豪奢な銀色の馬車が地方騎士達数十名が馬に騎乗して併走する中を走っていた。
俺は構わず、その馬車へと駆け寄ろうとした。
しかし、途中、騎乗した地方騎士の一人に進路を阻まれた。
地方騎士1「ここからは立ち入り禁止だ」
何の感情のない機械的な台詞だった。
しかし、俺は妹の命を諦める訳にはいかない。
たった一人の家族だから。
たった一人の可愛い妹だから。
俺の太陽だ! と自分に心の中で鼓舞して、進路を阻んでいる地方騎士の脇を通り抜ける。
そして、稲妻の激音に負けないように、腹の底から叫ぶ。
マーク「イヴ女王様!」
しかし、銀色の馬車は止まらない。
別の地方騎士が俺の進路を阻む。
避けるのも煩わしくなり、俺は地方騎士の頬を思いっきり殴った。
地方騎士2「ぐぁ、こいつ!」
殴られた地方騎士は水たまりに尻から突っ込んだ。
汚れた手で地方騎士は自分の唇の血を拭うと、他の地方騎士達に叫ぶ。
地方騎士「イヴ女王様の馬車を急がせろ! 急がせろ! 怪しい奴。いや、テロリストだ! イヴ女王様を狙うテロリストだ!」
マーク「頼む! 声よ、届け! イヴ女王様ぁああああああ!」
そんな言葉に狼狽えながらも俺は妹の為に唯一、助かる手立て、イヴ女王様の治癒魔法をこの手にするべく、叫んだ。
地方騎士3「制圧しろ」
その言葉と共に、いつの間にか、自分が地方騎士達に囲まれていた事に気が付く。
そして、剣を一斉に抜剣する鋭い音が雨粒と稲妻の音に混じって辺りに響く。
そんな不協和音を聞きながら、もはや、後部しか見えない馬車に向かってあらん限りの声で叫ぶ。
どうして、妹はイヴ女王様を慕っているんだという想いが俺の頬から涙を零させていた。
マーク「うわぁあああああ、イヴ女王様、妹を治癒魔法で、頼む! 頼む!」
地方騎士3「皆の者、テロリストに屈するな! 掛かれ!」
地方騎士達「「「おう! おう!」」」
*
雨上がりの天上の光を浴びながら………俺は玄関で倒れている妹 クイナ・リバーの安らかに眠る遺体を発見した。
大事そうに【2032年版 凪紗南イヴ皇女様解体新書】を胸に抱いていた。
腫れた頬の痛み、折れた左足の痛みを我慢しながら、跪いて妹の金色の髪を撫でた。
まだ、ぬくもりが宿っていた。
マーク「あんまりだ。どうして、イヴ女王様。いや、イヴ。あんたの理不尽な優しさから運悪く、外れてしまった人間は死ぬしかないのか! 救われないのか! ふざけるな、神に、天上の太陽になったつもりか!」
視点 マーク・リバー
場所:クイーン王国 イクサの森
日時:2033年 4月4日 午後 0時50分
マーク「絶対に許さない!」
いつの間にか、突いていた部分が緩んだ。
下を見ると、全裸の女が絶命していた。
盗んでやったぞ!
お前の救うべき民を。
マーク「この盗賊王が! 盗んでやったぞぉおおお!!」
俺の声は誰にも聞こえない。
何故なら、暗闇の中にバラバラになった幼い少女から30代女性の遺体が放置されていた。
頭部に男の体液が掛かったモノ。
6歳くらいの猫耳少女の頭部だけのモノに彼女の妹の幼女の足が突き刺さっていた。さらにその6歳くらいの猫耳少女の口には母親の目玉が放り込まれていた。
天井には鋼の糸で無造作に性器が吊されていた。
その性器から尿が漏れている。
その尿を浴びて、俺はただ、ただ、笑った。
もう、何が望みなのか? は解らない。
ただ、天上の太陽にこの想いを叫びたい。
マーク「お前は傲慢だ! イヴ・クイーン。何故、妹を救ってくれなかった!」
その言葉に応える者は誰もいなかった。
視点 華井恵里
場所:クイーン王国 イクサの森
日時:2033年 4月4日 午後 0時55分
イクサの森にて、私は人間観察を行うことにした。いや、正しくは人間の皮を被った化け物の観察だ。
私の下僕達の住む洞窟は体液臭いので近寄らない。
ただ、その洞窟がよく見える木の上で寝転ぶ。
風が優しく、私の黒い髪を撫でる。鬱陶しい。
恵里「さて、優しくて甘すぎるいーちゃんは私の用意した現実に対し、どう反応する? 泣いてくれると良いなぁ。いーちゃんは絶望の涙で頬を濡らす姿が可愛い」
さぁ、善意と悪意の差なんてない劇場 第一章開幕。




