第23話 忘れ形見 数十の古代魔法VS一閃の刀
第23話 忘れ形見 数十の古代魔法VS一閃の刀
視点:Lilith
場所:ローラント島 リンテリア教大聖堂
日時:2033年 4月4日 午後 0時35分
巨大な扉を開く。
中には長椅子に座った抽選で選ばれた老若男女が行儀良く、座っていた。誰もが講壇に両手を突いている豪華な祭服を着たセミロングの銀髪少女に注目していた。
少女神 リンテリアと呼ばれる少女はぼっーとしているが……我の見る限り、全くスキが見つからない。お母様はこんな神を敵に回して大丈夫なのだろうか。
我が入ってきても、少女神 リンテリアは動くことがなかった。ただ、時が過ぎるのを待っているようだ。何の本かは解らないが、講壇の上には本が置かれている。きっと、難解な魔法書とかなのだろう。
敵ながら、侮れない勤勉さだ。我はその勤勉さに恐怖を覚えたが、今日は歌手としてここに来ているのだとシスターに静かにお辞儀をする。
お辞儀に驚いたシスターだったが、我が日本出身であることに気づいたシスターはぎこちないお辞儀で我に挨拶した。
シスター「よろしくお願いします」
Lilith「歌いましょう、我の聖歌を。全ての貧しき者の為に、救われるべき弱者の為に」
その文句はこの場で少女神 リンテリアに捧げる歌を唄う歌手達の毎度の文句だ。もはや、リハーサルをやっている時間はなく(本来は午前中、リハーサル)、一発勝負だ。あまり、緊張することはない。
3年前 冬~2年前 夏頃まではドームでの演奏だったりすると緊張していたのだが、人間は慣れる生き物のようだ。
黒猫 リルは我の肩の上で気楽ににゃーんと鳴く。
黒猫が鳴いた声はそれほどの声音ではないのにも関わらず、よく大聖堂内に響き渡っていた。
少女神 リンテリアの背後には少女神 リンテリアを少し? 大人にした20代くらいの女性バージョン リンテリア像がそびえ立っていた。
少女神 リンテリアの前に跪く。
少女神 リンテリア【今、世界を騒がしている虫 華井恵里の娘か。私は少女神 リンテリア。現第二神層世界の管理者。世界の管理者ねん。よろしく】
脳に直接、声が聞こえる。
何もプリミティブイデアの変化に気づかなかった。魔法とはプリミティブイデアの変質であるというのに………。
我は俯いたまま、唇を噛みしめる。
少女神 リンテリア【今日は虫の割には良い文化の音楽を聴く1ヶ月に一度の少女神感謝の日。つまらない殺気なんて飛ばさないからん、安心していーちゃんの大好きな歌声を聞かせてねん】
それは有無を言わせない迫力に満ちていた。少女特有の可愛い高い声だというのに逆らった瞬間、100回殺される映像しか脳裏に浮かばなかった………。
自然と首筋に汗が流れた。
レベルではない魂からして違う。これがイヴお姉様のいる場所、神。
少女神 リンテリア【頭をほら、上げて。時間が差し迫ってるよん。レッツ ミュージック♪】
その言葉に頷いて、講壇付近に用意された椅子に座り、アコースティックギターを構える。ピックを右手に持つ。
さぁ、一息、吸って……
すぅー
幕を開けよう♪
自然と言葉が溢れる。それは練習したからではない。ただ、滑らかに紡がれる自分の心にある詩。
Lilith「ボク達の走る世界は揺るぎなきルールで縛られている
白銀の髪を揺らして ただ 幻影を追い続けて
世界に変革をもたらそうとがむしゃらに愛を唄う 嘆きの蒼薔薇」
これは人の枠を越えた優しさを人にもたらすイヴお姉様をイメージして書いた【ソフィアの祈り】。
この【ソフィアの祈り】はGarden of the Godsのヴォーカリスト Lilithが歌いあげる21枚目のシングルで地球・異世界 リンテリア週間シングルランキングで1位 初動売り上げ枚数 457万8975枚を記録した。
そんなヒットソングをほぼ、アカペラで歌う。
アカペラは他の楽器がないので地の力が観客にダイレクトに伝わる。誰の耳にも歌が響き渡るように強い息で歌いあげる。
時には切ないデクレッシェンドで心は沈んでゆく。
か、と思えば、魂を震わせるビブラートを響かせ、愛を伝える、世界に!
Lilith「振るうは自分の理想とは反対の力の剣戟
心は蝕まれる 冬に絶え続ける世界の破滅の鼓動
創世する全ての理不尽を理不尽で塗り替え」
サビの部分は徐々にギターの音を鮮明にしていき、最後にはギター音と我の声音は絡め合い、違う楽器へと昇華されてゆく。
ただ、ただ、何処まで歌に魂を込められるか? 問うように腹の底から声を上げる。
Lilith「創世する全ての優しさを残酷さで塗り替え
歌い上げる姉妹の右手と 左手は擦れ違うよ
それでも 物語は刻むんだ
姉妹の悲しいエピソードを 序章の産声を」
我とイヴお姉様が紡ぐであろうハッピーエンドではない物語を歌いあげた………。
年代のバラバラな観客は勿論のこと、少女神 リンテリアですら、拍手をする中、我の心はこの歌を歌いあげる度に気持ちは冷静になってく。
不安ではない確信が心に充満して、それを無視するべく、我は少女神 リンテリアにお辞儀して、次に観客にお辞儀した。
それに応じるように観客は感想を述べる。
アイシャ「素晴らしい………」
シスター「綺麗」
女の子1「かっこいいわ」
男の子1「すげーぜ」
聖女様であるアイシャ・ローラントが席を立つと、周囲は静かになった。
我は椅子に座り、じっと、聖女様のお言葉を待つ。
信徒達は頭を下げたまま、頭を上げようとはしない。
聖女様は聖剣 ローラントを天井に向かって掲げて凜々しい声で信徒達に発する。
アイシャ「我らを常にリンテリア神様は祝福し続けてくださる。リンテリア様、お言葉を」
その言葉を受けて、少女神 リンテリアは言葉を紡ぐ。
少女神 リンテリア「あー、それでは、今月のむ……人間さんの努力目標は隣人を愛せで生きましょう」
と一度、言葉を切って、何故、そのチョイスなのか、解らないコーラを飲む。喉を潤してからさらに言葉を続ける。
少女神 リンテリア「頭を上げてください。生きとし生けるものは皆、リンテリアのお友達です。あなた達が善人な限り、リンテリアはあなた達の生を見守りましょう」
嘘っぽい満面な笑顔で信徒達にそう嘯く。
あのリンテリア神の冷たい眼はまるでお母様が人間を拷問する時の眼だ。何も感じない。そもそも、同じモノだとは思っていないのだ………。
それが曝かれることなく、ステンドグラスの天使達の絵柄の隙間から、暖かな光が周囲に降り注いでいた。
我はアイシャ聖女様に残りの大聖堂の施設を案内してもらうべく、アイシャ聖女様を手招きする。
アイシャ「案内ですね。では、行きましょう。あ、サインして頂くモノはあちらの部屋に用意してありますので」
Lilith「はい、綺麗に書かせてもらおうぞ。悪魔召喚の書みたくおぞましく」
視点 凪紗南未来
場所:ローラント島 リンテリア教大聖堂付近
日時:2033年 4月4日 午後 1時30分
私の心臓は1オクターブ、跳ね上がる。
柱の陰に隠れてアイシャと共に歩いているお兄ちゃんと同じ黒い髪のゴスロリ少女を観察する。ゴスロリ少女の瞳は黒色だが、黒髪に似合わず、何処か浮いている。不自然だ。
やはり、歌手のLilithはお兄ちゃん、勇者 凪紗南春明の娘だ。
私はあの子を殺すことはできそうにない。きっと、イヴにもできないだろう。
だから、私はあの子を今日だけ、傷つける。あの子を助ける為に。
アイシャ「やっぱり。声も、姿も、似てます。その瞳は本物ですか? 凪紗南りりすとお呼びしても。イヴの妹ですよね?」
やはり、イヴしか見えていないアイシャはずっと、疑っていたようだ。私にも何度も訪ねてきた。その度に目の色が違う、とはぐらかしてきた。
アイシャはりりすの肩を揺すってまでして真相に迫ろうとする。
常に薄暗い表情だったりりすの顔が不自然なほど、様変わりする。
インターネットTVでりりすのライブやトーク番組を確認した通り、スイッチが入ると、イヴの人懐っこいはにかんだ笑顔に転換してゆく。まるで機械だが、完成した表情はイヴそのもの。しかも、顔立ちが似ているので完璧。
りりす「聖女。言って良い冗談と悪い冗談があります。特に人を雌豚と呼称するのと、皇女様を貶めては駄目だぞ☆」
あ、りりすにイヴを見たのだろうアイシャの表情が柔らかくなった。ようやく雌豚から少女に見えるようになったらしい。
アイシャ「苦しいですよ、凪紗南りりす第二皇女様」
その言葉の後に私はアイシャ達の前に姿を現すことにした。
予定通り、アイシャが大聖堂の外れの森の中に連れ出してくれた。
のどかにも、鳥や虫が鳴いているが………すまんと生物たちに心の中で謝りつつ、ここではない空間から日本刀 夢幻を発生させて帯刀する。
若葉を踏んで静寂な森を汚す耳障りな足音が立った。
黒髪がふわりと動き、それに合わせて、その髪の持ち主 りりすは……いや、凪紗南りりす第二皇女は振り向き、叔母である私 凪紗南未来を偽物の黒い瞳で確認した。
少し驚いたようで……固まっている。
りりす「未来叔母様」
ようやく絞り出した声は何の感情の色を持っていなかった。
だが、戦いになると察したのだろうりりすの小生意気な殺気が周囲に溢れる。
未来「ついに尻尾を掴まえたぞ、りりす」
万感の意を込めて、今まで逃げ回っていたりりすに声を掛けた。
ようやく、お兄ちゃんの忘れ形見を保護できる。
嬉しかった。自然と笑みが零れた。
りりす「脅したくせに、イヴお姉様に我の正体をばらす、と。事務所に届いたぞ」
未来「宮内庁は華井恵里とりりすを離して、正式に第二皇女の身分と凪紗南の姓を与えて、イヴと婚約させ、イヴとりりすとの子をイヴに続く女系天皇にしたいらしい」
無論、二人の相性さえ合えば、その選択肢はあり得る。
お兄ちゃんがイヴを男性とにゃんにゃんさせるのが嫌だと、たった一年で創ったイヴの揺りかごには同性同士で赤ちゃんが創れるシステムの他、劣性遺伝子ではなく、優性遺伝子を選ばせるシステムが構築されている。
りりすは好条件な提案に対して、一瞬、頬を緩めた後……俯いた。
りりす「神の力、人類最強のヴァンパイア王族の力を擁するイヴお姉様と、かつての歴代英雄が使用し判明している古代魔法をほぼ習得した我 漆黒の魔法使い りりすの子となれば、さぞ優秀であろう」
空を見上げたりりすの表情はとても寂しそうだった。それは……かつて、両親を失ったイヴの表情と重なる所があった。
アイシャ「それはないですね、これ以上、雌豚はいりません」
かなり、場違いな意見を言った。アイシャからすれば、イヴといちゃいちゃする時間が減るのだから、NOだろうと私は苦笑した。
それに合わせて、りりすは静かに笑うが、やがて、森をざわめかせる程の叫声とも言うべき、笑い声が響く。
肩を揺らして、顔を真っ赤にさせて、りりすが偽物を排除した銀色の瞳は全く笑っていない。りりすの母のように残酷な光を宿していた。
りりす「ふふっ、そんな心配はない。我はお母様の望む世界を叶えるべく生き、叶える為に逝く存在。ならば、こうする!」
いつも通りの棒読みの声にうるさい! という少女の叫びが宿っている気がした。
良いだろうと、お前を救ってやると、鞘を片手に、柄を片手に、腰は低く………凪紗南流抜刀の陣。これこそが、神速を尊ぶ凪紗南流の作法。
りりすが上空に両手を翳す。
<りりすは古代魔法 アイテムキーパーを解放した>
<りりすは悪魔の鎌を装備した>
りりすの両手に巨大な鎌が握られていた。それはイヴと同じ139cmの12歳児には合わない凶器だった。
無表情な凶器の弾丸 りりすの身体があり得ないほどの速度でこちらへと向かってくる。
何か? 魔法なのか?
<りりすは心理詠唱式で古代魔法 ケルベロスを唱えた>
<りりすのステータスが変動します>
level 980
HP 82034 素質 C
MP 494500 素質 legend
SOUL 9890 素質 D
STRENGTH 138490→276980 素質 B
SPEED 49415→98830 素質 D
MAGIC ATTACK 296700→593400 素質 SS
CONCENTRATION 187970→375940 素質 A
DEFENCE 207690→415380 素質 S
MAGIC DEFENCE 217530→435060 素質 S
INTELLIGENCE 143320 素質 B
cruel ???(自分を構築する必要な物事以外は切り捨てる?) 素質 impossibility
適正魔法 炎・水・地・風・氷・雷・光・闇・毒・無・古代
常識外魔法 融合
武術 ――――
<※一時的な変動です…………>
予想していた攻撃よりも重いが………鎌の刃を刀の刃で力の基点を逸らす。それだけで力は分散され、りりすは構え直さなければいけないが………りりすは器用に腰を曲げて強引に私の脇腹を狙う。
しかし! と鞘で鎌の刃を受け止め、りりすの肩を強打しようとするが……
春明『子どもができて、初めて本当に護りたい者ができたって思ったんだ! これから子どもが結婚するまで……いや、僕が死ぬまで子どもを護る! 力を貸してくれるよね、未来』
未来『当たり前だ、ロリ婚お兄ちゃん!』
春明『僕の好きなリンがロリだっただけだ、それ』
記憶が過ぎり、反応が遅くなった。
まずい。
イヴとは違い、多少………怪我をさせるつもりでやらんと手痛い反撃を受ける!
あれは、あの笑わない……いや、感情の微動だもしない銀色の瞳は華井恵里の冷酷さを内に秘めている。
そんなのがこの絶好の機会を見逃すはずはない。
しかし、静かにりりすは距離を取る。
華奢な足とは思えない飛翔力だ。
春風が両者の間に吹き荒れる………。
<りりすの唱えた古代魔法 ケルベロスの効果が消失しました>
<ステータスは元に戻ります>
りりすは鎌を片手持ちに変える。そして、その場でリズムを確認するように、とんとん、と足踏みをした。
未来「りりす、お前はお前の幸福の為に生きるべきだ。歌うだけの人生も良いと思うぞ!」
りりす「我の念願もそこにある! リン女王への妄執が消えれば、お母様は愛してくださる。そうすれば、我は普通の生活を手に入れられる! 最期の一時くらい!」
最期? わからんが………華井恵里の存在がりりすの自由を縛っていることは確かだ。
このままでは華井恵里に染まる。まだ、銀色の悲しい瞳だけだ。全身に回る前に、と柄に力を込める。
一段階、戦闘のギアを上げる。
りりす「最期は笑って終わる。そのプロセスに我が姉の血が必要だ」
そう言ったりりすの頬には涙が一筋、墜ちていった……。おそらく、その悲にりりすは気づいていない。
りりすの全身から白く輝く魔力が巡り始める。
<りりすは心理詠唱式でマルチ古代魔法 殲滅のマジックカウンターを唱えた>
りりすと私の周囲に白く輝く盾のような物体が30カ所出現する。
さらにりりすの魔力は爆発する。これを………学園長が、凪紗南天皇家を守護する守護騎士十家 最強の魔法使い 桜花詩卯が見たら、驚くだろう。
未来「………天才だ」
イヴは神であるので人間の枠外だが……りりすは人間だ。
わずか12歳で……これか……。詩卯学園長の下でイヴと共に数年修行すれば、イヴとりりすの連携で神とすら戦えるようになるだろう。
だからこそ!
未来「……ごめんね、お兄ちゃん。傷つけるかもしれない、りりすを」
私は在らぬ森の緑深き場所に技を飛ばす。幾つも………。
<凪紗南未来は心理詠唱式で凪紗南流 葉波を10カ所、飛ばした>
さぁ、来い! イヴの妹。私の姪。平たい胸を貸してやる…………。
<りりすは心理詠唱式でマルチ古代魔法 殲滅のアーク シャイニング ブレイクを唱えた>
光の形をした聖剣が宙に33本、私とりりすを取り囲むように発現する。
先程の古代魔法? といい、この古代魔法? も知らない。
詩卯クラスの魔法使いでも知っているか、どうかだ。
未来「末恐ろしい。12歳で一気に30+33の古代魔法? 凪紗南流 瞬陣脚」
<凪紗南未来は凪紗南流 瞬陣脚を発動し、駆ける!>
<一時的にSPEED 5105620→10211240上がった。>
なるべく、足を止めないように木を蹴って、さらに木を蹴って、高い場所へと跳ぶ。
レベル差に加え、人は頭部を気遣うようにはできていない。
眼は自分の背のエリアしか視野確保を得意としていない。ならば、相手のノエシスを読む技術や魔力を読む技術、どちらかを読む必要がある。
不思議なことにりりすは………慌てない。
りりす「これはリンテリアを倒す為に我が編み出した蜘蛛の巣よ。これでイヴお姉様を倒す!」
といつの間にか、収縮していた光の形をした聖剣達の配置。
そうか! しまった! と気づいた時にはもう、遅い。
イヴと同じく、化け物じみた魔法センスがある。魔力の気配が全然、読めない。
10の光の聖剣を素早く、日本刀 夢幻で捌く。
同時に10の光の聖剣を素早く、鞘で逸らした。
間を置かずに…………りりすの鎌が空ぶる。
いや、わざとだ。りりすの小柄な身体に隠れた10の光の聖剣が一列に列を成して、次次と猛威を振るう。
だが、日本刀 夢幻でぎりぎり、防いだ。
汗が胸に溜ま………流れ、臍へと汗が移動した………。
残り3つの光の聖剣を日本刀 夢幻を振るうことによって生じた剣風で吹き飛ばした。
未来「ふぅー、はっ!」
白く輝く盾に跳ね返った瞬間、光の聖剣は光の聖大剣へと姿を変える。
木から木へと移動して、20本、避ける。
その間にりりすの鎌のみが飛んできた。
未来「投擲の狙いも正確。だが………相手が悪い」
その鎌を軽々と避ける。
私が避けたら、何処へ着地すると、予想していたのだろう。
未来「そろそろ、か。ここで騙そう」
最後に白く輝く盾に跳ね返った光の聖大剣にわざと私は気配を感じていながらも当たる。
その時は腕のみの怪我で済むように調整する。
<凪紗南未来に古代魔法 マジックカウンターの効果を付属した古代魔法 アーク シャイニング ブレイクが炸裂した!>
未来「な、何! くっ」
右腕が光に焼かれて、血が滲む。驚いたことにMAGIC DEFENCEを完全に無視していった。だが、古代魔法はびっくり箱のようなものだと痛みに顔をしかめる。
アイシャ「ば、ばかな。未来天皇代理様が押されている?」
アイシャはりりすを過小評価しているらしい。素質は姉のイヴが上、才能は妹のりりすが上とバランスの良い異母姉妹だ。
さらに、りりすは敵に情けを与えない。
止まらず、りりすが鎌をフルスイングする。私の頭部に向かって。
未来「銀色の光の盾は魔法を跳ね返し、跳ね返した魔法は2倍の効力を持つ。そんなところか………」
と呟きながら、りりすの鎌ごとりりすの軽い身体を剣撃で吹き飛ばす。
それさえも、りりすは中空で器用に自分の体勢を整え、着地後、鎌を構える。
りりす「まだ、ゆくぞ、神の手下」
<りりすは心理詠唱式でマルチ古代魔法 殲滅のドラグ マグマを唱えた>
私とりりすの周囲に先程の-1本の32本の光の大聖剣、-1本の29本の白く輝く盾、そして増えた極炎の塊 12個。
これをコントロールしているのに、イヴのような疲労の色を決して見せないりりす。本当は苦しいだろう。表情さえ、戦闘ではデータになると解っている顔だ。
りりす「ほら、増えたぞ」
にやり、と口だけが棒読み、無表情に隠れたドS性を垣間見させる。
未来「舐めるな、小娘。凪紗南流 奥義 鳳凰瞬陣斬」
凪紗南未来は凪紗南流 奥義 鳳凰瞬陣斬の構えを取る。まだ、発動させない。
ここがターニングポイント。
未来「………」
りりす「………」
睨み合う中、日本刀にSOULで構築した炎が徐々に増量してゆく。ただ、ただ、淡々に。
アイシャの唾を飲む音さえ、神経質に聞こえる。
なるべく、お兄ちゃんの娘には怪我をさせない! と眼を見開く。
今だ! 行け! 10つのうちの一つ 凪紗南流 葉波!
未来「後ろががら空きで良いのか?」
その言葉に一瞬、混乱しているであろうりりすの動きが停止した。
その背中に衝撃波が加わる。
私の足下まで、りりすがすっ飛んでくる。
<凪紗南未来のかつて手加減して放った凪紗南流 葉波をりりすは受けた>
りりす「な、うあぁ」
と、呻き、なかなか起きられないのか、顔のみを地から離す。
土で汚れたりりすはそれを気にすることなく、私をただ、無表情に見つめる。
未来「お兄ちゃんの子を私は傷つけたくない。大人しく日本に来てもらおうか?」
りりす「な、なにをさせ………」
未来「姉妹は一緒に暮らすべきと私は常々、思っている?」
それを聞いたりりすはふらりと立ち上がる。そして、私を視界に捉えたまま、背後へとゆっくりと下がる。
<りりすは心理詠唱式で風魔法 マキシマムストームブリンガーを唱え、構えた>
鎌の刃が風の刃で異様に長くなる。
りりす「できぬ。我は風の魔法で」
未来「お前はテロ活動には参加せず、イヴを殺す、ただその一点のみに心血を注ぐと華井恵里に宣言しているようだな。華井恵里の部下の子達の脅威を退ける為に剣を振るう。時には――――」
歌で稼いだお金でその子達を闘いの脅威から遠ざけて、イヴのように弱者を救済した。
イヴが子猫の鳴き声で貧しい地域や被災地を救い、治癒魔法も惜しみなく使う。
りりすは貧しい地域や被災地を訪れて、イヴのように手助けし、歌を人々に届ける。
それはほんの一部だ。
似ているのだ。母は違えど勇者の気高い血が流れている。
それは凪紗南天皇家を中心とした日本がりりすを調べることで鮮明に判明していった。
りりすは悪にいながら、何も壊していない。ただ、悪の血を受け継いだまま、勇者の血を振るう子だった。
しかし、りりすは止め処なく涙を流して、否定の咆哮を上げる。
商売道具の喉が壊れるのでは、と思うほどに。
それと同時に風魔法 マキシマムストームブリンガーの効果が消えた。
りりす「言うな、我はお姉様と比較されたくない。我は出来損ないじゃない! お姉様の代わりでもない! 虚栄心を満足させる道具なんかじゃない!」
荒げて、ぜぇぜぇと胸を上下させる。
未来「そう、正論だ」
私は鎌を杖にして、辛うじて立っているりりすの黒髪を撫でた。
未来「なら、何故、背に傷を負ってまでお母様とやらに協力する?」
動きが何故か、背中を気にしているような違和感があった。
おそらく、これ以上、その箇所にダメージを負ってはいけないと無意識に避けていたのだろう。
私がそこを狙えば、かなり楽勝だった。しかし、それはできない。姪の心の傷を抉りたくはない。
りりす「我にも、我にもわからぬ。心が震えるんだ! 例え、お母様が我を嫌っていても憎んでいても、我は愛したいお母様を!」
鼻水が垂れてきたのを私はそっと、りりすの鼻をハンカチで拭う。
未来「幼い頃からの教育による刷り込みか。イヴを殺す兵としてのみ育てたのだな、哀れな」
りりす「違う! 違う!!! 違う!!! うあぁああ!」
鎌を投げ捨てて、力なく、私の胸を何度も叩く。
どんなに戦闘訓練や勉学に勤しんでも、心は年を経ないと成長しない。可哀想に。
未来「少し寝ていろ、起きたらお尻ペンペンの刑だ。どうやら、クイーンでお馬鹿をしようとしているイヴ皇女様と一緒にな」
その言葉を聞いて、りりすは魔法を唱えようとする。
それはさせない。
りりすのお尻を一発、叩く。
りりす「ひぎぃぃいい!」
姉妹揃って、お尻を叩かれると………下品な声を上げる。おおげさな。
未来「手加減してるとわからんのか。未熟者め!」
りりす「うくぅ……おのれ、神の手下め。人間は神に屈しない!」
未来「それは華井恵里のただの言い訳だろう? お姉ちゃん大好きなお前が言うな」
推測が正しければ、イヴの言動を真似ている。幼児が大好きな女児向け魔法少女モノを真似しているように。
りりす「な……ぜ、ち、が、う……我は」
アイシャ「殺しましょう、この雌豚! 危険です。なんですか、イヴを特集した月刊少年ホップの去年の7月号の切れ端を持ってます! 近親相姦希望厨二病です。危険物のチートです」
勝手に疲労したりりすのゴスロリドレスのポケットを探って、その切れ端を手に入れたアイシャは完全に敵だ! と憤怒の表情で聖剣 ローラントの刃をりりすの首に触れさせる。
私はそっと、その刃をりりすの首から離した。
むぅーと珍しく膨れるアイシャ。
だが、私は首を横に振った。
未来「…………血か、これも。未だ、イヴに惹かれているのがわからんのだろう」
私の場合は近親であるお兄ちゃん 凪紗南春明に恋していた。初恋だった。
だが、兄の幸福の為に身を引いた。
そして、そのとき、一生涯、兄の子を護ろうと決めた。結婚なんぞせずに。
未来「さぁ、りりす?」
気が付くとりりすは私の背に顔を押しつけて、眠っていた。
私が動いた瞬間、地面に叩き付けられそうだ。
アイシャ「まだ、まだ、12歳のイヴ似の将来の義妹ですね。そういう意味では仲良くしましょう」
未来「ならば、しばし、りりすの身体を支えろ」
アイシャ「ん?」
未来「この体勢ではお姫様抱っこはできんだろう」
アイシャ「………似合わないです」
未来「お尻ぺ――――」
アイシャ「撤回します」
未来「よろしい。さて、回収にゆくぞ。もう一人の馬鹿者を」
アイシャ「後悔するでしょうか? イヴは」
未来「場合によりけりだろうがな。しかし、戦場は甘くない」
その言葉は静寂を取り戻した森にしばらく、囁きのように残り………消えた。
後に残ったのは、そこに暮らす生物たちの話し声だ。
ノエシスで構築した炎が→SOULで構築した炎が、を修正。5月24日。




