第22話 りりすと黒猫リル
第22話 りりすと黒猫リル
視点 Lilith
場所:ローラント島 リンテリア教大聖堂付近
日時:2033年 4月4日 午後 0時10分
馬車が揺れる中、我は黒猫のリルのお腹をこちょこちょとくつぐる。
馭者は我が精神統一する為に話しかけるな、と出発前に言っているので全く話しかけない。途中、シーリング国のレイキンホテルを出てすぐの場所で我の優しさ探求の同士達に囲まれるハプニングがあったが、我はイヴお姉様に似た幼い顔立ちと笑顔で一人一人にサインをしてあげた。芸能活動において、本来の我の性格では向かないので100%、イヴお姉様のコラムや外交での立ち居振る舞いをリスペクト(決してパクリではない!)してその場を凌いでいる。
我の座席の隣には、今週発売した小学生女子の間で人気のファッション誌 ブルーベリーのイヴお姉様が担当しているロリ皇女様奮闘記のページが開いたまま、微風に揺れている。横目でちょっと、文字を追う。
”予は今、国会に上がっている漫画規制法を法に組み込むつもりはない。下世話すぎる議題なのだ。何故、様々なコンテンツの中、今の漫画は小学生も読んでいるのにロリハレ晴れという漫画をはじめ、性的な表現が多すぎる。非実在人物でも18歳以上は性の対象にすべきではないなんて意見が出る。明らかにこのメディアに対して何者かが攻撃して自分の利益にしようと企むのが丸見えなのだ。そこで予は網を張ることにした。くだらない議論を国会にてするのを仕向けてくれたお礼なのだ”
Lilith「小学生に表現の自由なんぞ、解るのか? 神たる姉君」
思わず、我はコラムの内容に対して棒読み口調でツッコミをしてしまった。これの一つ前の号でも、イヴお姉様は礼儀を知りて初めて人となるという内容をコラムに書いていた。
最近の若者は~から始まっていたことに笑いそうになった。
窓からは、ローラント島特有のリンテリア像が一軒一軒に建っている光景が見られた。さすがはリンテリア教の本拠地だ。なんでも、リンテリア像を破壊しただけでも死刑になるらしいという噂があるが……所詮は噂でローラント島を政治的に管理しているのは少女神 リンテリアの古来からの希望でアリス族の国 クイーン王国だ。
イヴお姉様の存在が神であると、教会上層部と両世界の王族や限られた有力者が知り、周囲は何故、クイーン王国が管理してきたのか? の理由を知っただろう。
それでも、反論しないのは神の力を恐れているからではない。
窓を覗き込んだだけで解る北海道くらいのただ、空に浮いていて攻撃手段も持たない上空 9000メートルに浮かぶ島。のどかな島で40%の食料自給率で、乳牛が闊歩している島だ。たまに、牛が通るまで待って下さいなんていうのもある。
つまりは戦力的に脅威にはならない。むしろ、足を引っ張るのだ、戦争においては。
リル「にゃーにゃーにゃ」
Lilith「うるさい……。貴女の品格が知れるぞ、リル」
世界天秤条約の規定により、電気を使用した機器が使えないので必然的に我の選択はアコースティックギターのみになる。
異世界リンテリアの科学の歩みは丁度、地球でいう中世レベルなので音楽DVDは勿論、使えない。かつて、支流だった音楽CD(今はその影も形もない)さえ、異世界リンテリアでは持ち込み禁止だ。
ギターの弦の調子をまずは指から伝わる感触で確かめる。うん、これならば、切れないだろう。
リル「にゃーにゃー」
また、漆黒の猫 リルがうるさく、鳴いているがそろそろ、つく。リハーサルの時間も取れないくらい遅れているので………プロとして最高のクオリティーに仕上げるべく、準備は馬車内ですませなければ。時間が惜しいと発声を整える。
Lilith「ああー、あー、あー、あー」
まずは基本的な音階。
Lilith「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
そして、ロングトーン。
リル「にゃんにゃんにゃー」
うるさい、リル。
Lilith「あ、あ~、あー、あ~」
時々、ビブラートを効かせて、音に変化を持たせる。
Lilith「古代魔法 アイテムキーパー」
そう、唱えると、何もない空間から音叉が出現した。
その音叉で膝の骨を軽く叩く。
よく透き通る音が馬車内に広がり――――
リル「にゃーにゃん」
邪魔をされる。
一瞬、仲間であるはずの黒猫のメスに古代魔法をたたき込んでやりたいという意志が芽生えた。これでお金を稼いでいる。プロとしての自負がある。邪魔は許さない。そう、お母様のように華井りりすは残酷にならなければならない………。
しかし、とため息を吐く。同時にお人好しのお父様の子だ。
Lilith「……バベルスペル」
リル「にゃーにゃーにゃん(施設の子に、りりすスクールの子に土産を買うにゃん)」
と、雑誌 ブルベリーに爪を立てようとするリル。それよりも早く、雑誌を回収し、古代魔法 アイテムキーパーで別空間に仕舞うことで回避した。
Lilith「土産は暴虐なる自然の汁………青汁で良いか」
棒読みでそう呟き、音叉を膝にぶつける。
そして――――
リル「にゃーにゃーにゃんにゃー(皇女様をそんな風に育てた覚えはないにゃん)」
再び、クズ猫に邪魔をされた。
イライラをぶつけそうになる。ヒステリックなお母様のように。
しかし、我は寛大なイヴお姉様の妹。それは可哀想なので止す。
Lilith「猫の縄張り争いでも我を駆り出すくせに貴女は礼儀を知らんらしい。イヴお姉様が書いていたぞ。礼儀を知りて猫となる、と」
リル「にゃーにゃーにゃー(とにかく、リンテリア饅頭をリクエストにゃん)」
Lilith「良かろう、女の子が50人、男の子が30人に………10個入りのを8箱、予備に2箱を購入すれば、事足りる。我の財布は………」
3年前の冬にエルフレコードからデビューした我は破竹の勢いで両世界の音楽界の階段を駆け上がっていった。戦略としてはイヴお姉様に似た顔立ちを利用したビジュアルと徹底的に痛い(我は素なのに何故かそう言われる)厨二病スタイルや設定、音楽性だ。
それは幸い当たり、今では我の財布にイヴお姉様が大量にいる。つまり、イヴお姉様の姿絵が刻まれた10000キュリア星 星型の金色の硬貨がお財布に100枚も燦然と輝いている。眩しい我の姉君。
Lilith「年々、戦力を増大させておる」
リル「にゃーんにゃーんにゃー(3年前は皇女様とリル、スクールの子達でゴミ箱のコンビニ弁当を食べる日々だったのによくぞ、ここまでご立派に!)」
主な理由はお母様の残酷なやり方に直視できず、我は育児放棄されていたお母様の部下の子達と共にお母様の下を飛び出した。
我はお母様の為に、我の為に、イヴお姉様を殺す覚悟がある。
と、拳を握りしめた。
しかし、お母様の部下の子達は当時 7歳くらいだった。そんな子達が残酷な世界にいる理由はない。イヴお姉様を殺す任務を引き受けるかわりに、お母様からバベルの塔、組織のアキレス健になるかもしれない子達の組織からの解放を半ば、死んでも知らないという放棄という形で承認を得た。
同時に、
恵里『ついでに、りーちゃん。いーちゃんと同じ、瞳をしてるから、ああ、片目だけって言いたいんでしょう。それでも駄目。嫌い、その銀色の正義感溢れる偽善。出ていけ、そして、お母様の為にいーちゃんを殺して。せっかく出来損ないのりーちゃんを生かしてあげてるんだから』
と放り出され、いや、我らは残酷なやり方に賛同できず、飛び出したのだ。
手鏡で我の顔を眺める。
勇者であるお父様 凪紗南春明と同じ漆黒の髪はゴスロリドレスの腰辺りまで伸びている。我がPhilosopher's Eye(賢者の瞳)と呼ぶ銀色の虹彩はイヴお姉様の尊大な口調と意志を思い出させてくれる。それに比べたらなんて、お母様はちっぽけなのだろう………。それでも、我はきっと、お母様を愛したい。
形の良い唇を開く。声を出さずに意志のみを形作り、口を動かした。
”いつか、必ず、我の願いの為にイヴお姉様を殺す。正々堂々と”
残酷の代名詞である華井恵里の娘には重い言葉だ、正々堂々は。
しかし、この空とは違う地球の空の下にいるりりすスクールの子達、護るべき存在に正々堂々と生きる意味を伝えねばならない。率先して。
だから、歌う我は!
*
しばらくすると、我の乗る馬車の目の前に巨大な建築物が見えてきた。様相としては、クリスタルで出来た巨大な居城だ。
大聖堂という趣ではないが、確かにあそこがリンテリア教の聖地 リンテリア教大聖堂である。
思わず、我はいつもの棒読み口調で感想を述べる。
Lilith「あれがあの神のハウスね。我が同胞 漆黒のキャット。さぁ、おりましょう……ステージの始まり」
我が黒猫 リルを肩に乗せて、馬車から降りるとすぐ目の前に、異様に長い金髪を後ろで結わえた聖女様がいた。
聖女様は我を確認すると少し、驚き、深々とお辞儀をした。
さすが、イヴお姉様の婚約者であるだけに日本流の礼儀はお手の物らしい。我が日本出身であるとエルフレコードの公式ホームページでプロフィールを公開しているのを予習してきたのだろう。
アイシャ「ほう、さすがにお美しいめす…………お嬢さんですね。案内役のアイシャ・ローラントです。よろしく」
台詞が歓迎ムードなのに顔が笑っていない。しかも、人を出荷される雌豚を眺める畜産業者のような紅い瞳で見ている。独特だ。
我はイヴお姉様の妹らしく、にこっと誰もが振り返る幸せ笑顔で挨拶する。しかし、棒読みで。これはもう、癖なのかもしれない。治したいが。
Lilith「よろしくするぞ、神の犬。我は地獄の女王であり、幼き頃、幽閉されていた城から抜け出し、地獄の民が保たぬ人の優しさを音楽で生計を立てながら探求する者……Garden of the GodsのLilith。以後、よろしく頼む」
アイシャ「って……設定か、痛いなぁ。何故、イヴは。おかげで私もファンのふりを……」
と、我がいるのを知っているはずなのに勝手に聖女様はここではないどこかへトリップしている。
すぐに戻ってきて我の腕を引き、歩き出す。
アイシャ「では、時間も差し迫って来ていますのでさっそく、大聖堂の中へ」
Lilith「ああ、参ろうぞ」
チューニングは馬車内で終了しているので後はどのくらい、音が室内に反響するかをこの目で室内を見れば経験上、我自身の音楽をそれに合わせるのは可能だ。
これもりりすスクールの子達と勉学の傍ら、音楽の勉強をした効果であろう。
しかし、りりすスクールの子達の将来を考えると、我も含めて出生届けがないのは……。
大聖堂内の高価な絵画を横目で眺めながら、我はしばし、考える。打開策を。
この際、今までイヴお姉様と後ろめたさもあり、接近をしなかったが。我の知るカードはこれしかない。
Lilith「聖女様はイヴ皇女様の婚約者ですね。イヴ皇女様のご活躍は常々……」
アイシャ「イヴに30分おきにメールする時間。早く、打たないと」
Lilith「あのー」
アイシャ「話題はあるぞ! ついに雌豚が来たんです!」
興奮して確実に我を雌豚と呼称した。
巷では聖女様クールで通っているらしいが………それは豚を見る目だったのでは。
Lilith「あのー」
アイシャ「なんだ?」
凄く機嫌が悪そうだ。しかし、りりすスクールの子達の為に。
Lilith「イヴ皇女様のご活躍は常々、拝見しておりまして………我、イヴ皇女様のファンなんです。ぜひ、イヴ皇女様に謁見したいのです」
アイシャ「その割に避けてませんでした?」
Lilith「えー、うむ。ま、マネージャーが勝手にやったのだ! 予は知らなかったのだ、今回は予が決めたこと」
慌てて、いつもイヴお姉様のようにやっていれば、大丈夫という反動からなのか、イヴお姉様の尊大な言葉遣いになってしまった………。勿論、棒読みで。
アイシャ「喋り方がイヴ」
顔立ちがイヴお姉様に似ていて、身長139cm、AAカップと同一のスタイルからかなり、我を怪しんでいる。
大丈夫、凪紗南天皇家の者は代々、銀色の瞳だ。我は黒い瞳のコンタクトをつけている。これではただの歌の上手い小学生にしか見えないだろう。つまり、我はこう言えば良い。
Lilith「皇女様の瞳って綺麗」
と棒読みで。
それに気をよくしたのか、聖女様は一瞬、微笑むと我に回答を寄越す。
アイシャ「良いでしょう、イヴも残念ですけど、Lilithのファンですし。私の権限でイヴとの謁見を許可しましょう。それとお願いなんですけど、サインとイヴの歌のレッスンをお願いしたいですが……よろしいですか、雌豚?」
我は言葉の端々で気になる箇所はあるが、合意の意を込めて頷いた。
描いてくれたイラストレーターはトシさん。イラストはGarden of the GodsのLilithこと、華井りりすです。主人公 兼 メインヒロイン イヴ皇女様の妹です。お母様は違いますが、お父様は同じ勇者様である凪紗南春明です。古代魔法の名手で、かっこいいから古代魔法を覚えたという自分が普通ではないと気づかない厨二病キャラです♪




