第15話 善も悪もない世界を許せるか?
セリカの抜けていた台詞を追加致しました。申し訳御座いません。2015年3月28日。
今後とも宜しくお願い致します。
第15話 善も悪もない世界を許せるか?
視点:凪紗南イヴ
場所:クイーン王国 クイーン城下街
日時:2033年 4月4日 午前 7時20分
*
親愛なるイヴ・クイーン様
現在、私はLilithの到着を待ちつつ、駄目神と駄目神信徒と共に往生するまでゲームをやっています。お仕事は皇女様になりました。畏れ多いことです。
ですが、このゲームの皇女様はリアルではないと思います。
ポーションを制作しません。
マクドファルドを異世界に広めません。
日本刀を装備して、神速の暗殺剣 凪紗南流を撃ちません。
猫の鳴き声で貧しい地域の人々に食料の配給をしません。
ファッションデザイナーを多く雇って、衣服を量産しません。
クイーンファッション学院をご自分の資金で建て経営しません。
なんだか、外交とか言って適当にじじい共に媚びを売ってばかりです。
こんな皇女、いいえ、こんなびっち豚をイヴ皇女様と一緒にしたくありません。
なので、制作元のダカラゲームワークスに抗議の電話をかけます。
イヴ、30分後、またメールします。
*
イヴ「それ、予ではないのか、アイシャよ」
腕時計型携帯電話の真上に浮かぶホログラム ウィンドウを眺めて、そうツッコミをいれた。
そのホログラム ウィンドウを心愛が盗み見る。
そして、ぽんと優しく肩を叩く。
心愛「お前、働いているんだな。しかし、クイーン王国側でももっと、働け♪」
イヴ「深夜にいつも、指示や書類仕事をしているぞ、宰相。予は少なくともダカラゲームワークスの皇女よりも働き者なのだ」
心愛「お前なぁー、朝方届くお前の親書に大臣総出の午前定例会議でみんな、イヴ・クイーン女王様にどう言われるか、戦々恐々しているんだぞ」
真央「あー、それ、地球側でも深夜電話で……。基本、イヴ、睡眠30分だからね」
セリカ「イヴちゃん、働き者ですわ。わたくしも頑張ってボランティアしないと!」
セリカが何やら、深くうんうん、と頷く。
イヴ「たまに起きれないのだ、何でだろうな、心愛?」
心愛「…………知るか」
予の質問に心愛は不機嫌そうに応えた。
予達は城の中へと入ってゆく。
ルルリは両足を生まれたての子鹿のようにぶるぶる震わせて、城内へと入ろうとしない。これでは、1時間後も中庭から出られそうにない。
ルルリは「皇女様、ルルリは入っていいんですか?」と円らな瞳で訴えている。可哀想に尻尾がしなびていた。
そんなルルリに向かって、予は真っ直ぐ手を伸ばす。
イヴ「ルルリは予の敵ではないのだ。よってそんなに怯えることはない」
アイコンタクトで心愛に指示を出す。予と心愛は昔からの相棒のような間柄だ。以心伝心なのだ。
それを受け取って心愛はフリルスカートのポケットから、銀色のベルを取り出す。このベルは予と心愛のみが所持している。結婚すれば、アイシャの分を新しく制作し、子が産まれれば、また新しく制作するだろう。
ベルの軽やかな音が城内に不思議なほど、広範囲に響き渡る。
その音色を聞いて、1人のメイドが優雅に早歩きで来た。予の前に跪いて、頭を下げる。お下げが石床に触れる。それを見て、予は面を上げよ、という意味で手の平をゆっくり、下から上へと動かした。
心愛「イヴ女王様が頭を上げてよいと仰っている。メイド、頭を上げろ」
数秒、経った後にメイドは頭を上げて、跪いたまま、予に一礼をする。これを見ると皆、大げさだと思う。両親が冒険時代に触れた民の風習と王族の風習を比較している数少ない王族であるからそう思えるのかもしれない。尤も、英雄であるお母様の大らかな民への接し方が国の統治には良いと他国に伝わってからは横柄な態度を取る貴族や王族も随分、減った。
ラノベやアニメなんかの貴族や王族の態度では統治なんて続かない。帝王学を受けたモノは柔軟さが如何に大切かをまず、頭にたたき込まれるのだ。
メイド「イヴ女王様、御用向きをお伺い致します」
心愛「そこにいる子犬系少女をお風呂に入れてやり、新しい洋服に着替えさせろ。その後に地方………」
イヴ「いや、予がルルリのママが行方不明になった詳細を聞く」
心愛が急に頭を抱えだし、石壁に手をついた。
心愛「あー、またか。お前は暴れん〇将軍か、それか水戸〇門か。勇者様、お前の父君が旅の途中で多くの民を助けたのを真似したい気持ちは解る。それは民から見ても好印象だ。しかし、お前、今何かあった時に戦えるのか?」
イヴ「それは、真央の話を、人の死の話を、紛争の話を聞いて、真央に相談して自分の気持ちに整理を!」
予はそう言いながら、自分がテロリストの身体を剣で貫いたことを思い出す。すぐに手が震え、胃の中のモノが吹き出しそうになる。必死に胃の中に戻そうと………吐瀉物になりそうなモノで頬を膨らませていた。
メイド「イヴ女王様、どうなされたのですか? お気を確かに」
ルルリ「イヴ女王様、あわわわわわわー。ど、どうしたのですか?」
セリカ「イヴちゃん、大丈夫ですか?」
真央「あんた、調子が悪いなら言いなさいよね、どうしたら………」
真央がそれを見て、おろおろし出す。大丈夫だと伝えたいが、動いただけで石床にぶちかましそうだった。
心愛「今、メイドに桶を持ってくるように指示をする。我慢せずに吐け。戦場にありがちなPTSDだな。イヴの場合、直接的にはそれが原因ではない」
イヴ「どういうことなのだ………ここ……うっくっ」
立っているのも耐えきれなくて、その場に蹲る。
真央「こらっ、喋るな!」
メイドが慌てて走り出してゆくしなやかな足が見える。
心愛「考えを改めよう。桶はいい。犬耳少女を連れてゆけ。先ほどの指示どおり」
心愛の言葉にメイドが足を止める。そして、心愛を罵倒する。
メイド「心愛宰相! それには頷けません。イヴ・クイーン女王様の方が優先です。我が国はイヴ・クイーン女王様を頂点として――――」
心愛「忠臣と甘やかしは違う、メイド。昔の俺ならば、愚鈍な女が政治的発言をするな、と叫んでいるところだぞ。意図がある。それを察しろ」
メイド「貴女様は冷酷なんですね。さすがは地球で有名な大罪人 アド〇フ・ヒ〇ラー総統閣下様。貴女様が地球で迫害されて、今も尚、生きているのはイヴ様のお力で」
イヴ「メイドよ、言うな。前世の罪は! うっ」
吐きそうになったモノを飲み込む。変に苦い味がした。
ゆっくりと立ち、メイドの頭を撫でる。
イヴ「誰だって過ちはあるのだ。それが前世ならば尚更、それを反省して前へ歩めばよい」
メイド「はい、解りました。すいません、心愛様。わたしは」
心愛「いい。それよりもそこで震えている犬耳少女を頼む」
メイド「解りました」
予、真央、セリカ、心愛にそれぞれ一礼して、ルルリと手を繋いで、一般大浴場の方へとメイドは歩を進めて行った。
心愛「イヴ、お前は随分前からPTSDだ。しかも、救いようがない。常識的に考えて3歳の女児が目の前で母親を焼き殺される場面を見たんだ」
イヴ「そう………なのだな。未来叔母様はそれを今まで、真央やアイシャ、セリカ達も?」
セリカ「黙っていて、ごめんなさいね、イヴちゃん」
真央「そうよ、イヴ。あんたの心はずっと、前から疲弊している。人の心は治癒魔法で癒やせない。そうでしょ、イヴ?」
そう、治癒魔法ではどんなに酷い心の傷でもそれは傷では無く、心の正常な働きだと解釈されるようだ。少なくとも、現在は。
再び、吐きそうになるのを堪える。
リン『人生の全て。神たる永遠を使って優しさを追求しなさい。それが力ある者、王族の誇りですよ、イヴ女王様。さぁ、これがリンの、お母様の遺言です』
優しい世界を築く為に、この心の傷を刻んだ華井恵里は邪魔だ。
イヴ「予はそれでも、優しい世界を。例え、予が妹を救えなかったら、予の手で妹を殺してでも!」
そう言った瞬間、心愛に頬を軍刀の柄で殴られた。
予の軽い身体が中庭の地面に伏せる。
じゃり、と口の中に砂の硬さを感じて、先ほどから我慢していたモノを全て、地面に吐きだした。
セリカ「なんてことを!」
真央「イヴ! 心愛、てめぇ!」
心愛「黙れ、小娘。王の殺すという言葉は絶対を意味する! みだりやたらに使うな。これは幼き頃に凪紗南未来にも言われていることだろう。いや、それを最初に学んだはずだ! そこで、ドイツの地で俺とイヴは出会ったのだろう。敵への最低限の優しさを失った人間はジェノサイドを起こす」
真央「ホロ………」
心愛「あまり、その所業を言うな。ドイツでは俺の名を出すことさえ、暗黙の了解で禁じられている。だがな、俺はドイツを一時的ではあるが立て直した。第一次世界大戦で疲弊していたあの国を。俺しかないと思った。愚鈍な政治家に代わって俺が独裁によって、ドイツを救うのだと強く信じていた」
真央「誰だってそうよ。みんな、最初は理念と同等のプライドを持ち合わせているのよ」
真央は予には解らない戦場の支配者層の悲哀に気づいたようだった。
心愛「エヴァ! 俺は裏切られた。ああ、これが敗者の末路なのか! ああ、これが戦争という失敗は決して許されない思想のゼロサムゲームなのか、と」
心愛は寂しそうに、切なさそうに、ここではない何処かの空を眺めている。眺めているのは雲一つない異世界 リンテリアの空だというのに。
心愛「俺は拳銃で自殺した。気づけば、俺は赤ん坊で全裸のまま、雪深い地に捨てられていた。知ってんだろう? 転生神は律儀に色んな方法でそいつがどんな転生者か、知らせるってよ。これは常識だからな」
息を心愛が整える。それはまるで血を吐いているようだった。見えない慚愧の血を。
心愛「思ったよ、世界までもが俺を罪人として裁くのだと。敗者はただ、全てを奪われ、勝者は一時の賛同を得る。捨て子の俺は勇者様が試験的に建てた孤児院で育てられた。そこでは絶対に自分が転生者だと知られるわけにはいかない」
イヴ「………何故、今まで話さなかったことを」
心愛「お前に人間の支配者が常に起こす一方的なジェノサイドを起こしてほしくはない。しかし、この世界に善と、悪が明確に存在しない事も知ってほしい。歴史を紐解けば、十字軍、魔女狩り、三十年戦争、太平天国の乱、アルメニア人虐殺、ナチスのホロコースト、日本に投下された原子爆弾、ベトナム戦争……とまだまだ、ある。しかし、なぁ、イヴ。知ってるか? ジェノサイド条約に違反していると判定された事例はそんなにないんだ」
イヴ「え?」
真央「歴史は勝者が常に作り、敗者は罪人になる。イヴ、解るでしょ? まぁ、イヴは北庄の時、強引なまでの治癒の力で人を死なせず、その強すぎる威光で人々は黙り、同時にこの方ならば、という求心力があった。そんなのはね、”人間にはないの”、イヴ」
心愛「俺が言いたいのは、俺みたくジェノサイドを起こしてまでドイツを、祖国を守ろうなんて悪手を打つことなんてない。お前には人間にない翼がある。使えよ、理不尽にその翼を。それでも、お前は一人で悩むんだろう」
イヴ「心愛」
心愛「いいぜ、お前が間違いそうになったら、俺の悪行を、人間の限界をお前にたっぷり話してやる。俺は部下の暴走を止められずに、また、自分の命令で、特定の人種を根絶やしにしようとした。優れていたからドイツを取られる、と考えたんだ。幼稚だろう? どんなに難しく繕ってもそこが人間の限界なんだ」
真央「アイシャはあんたに人間として生きてほしい。刀を捨てて欲しいって言ってるけど、始まるわよ、大きな戦いが。あんたか、華井恵里の思想、どちらかを世界が容認する戦いが。勿論、あたしは――――」
そっと、真央が予に近づいて、予の口にそっと、口を重ね合わせる。
ふわっと暖かい風が吹いた。
その風は真央の常に最善を己の努力で、という生き様の息。強き竜の息。
吹き込まれた気がした。そんな何処までも愚直な向上の意志。
二人を結ぶ唾と唾の糸橋を惚けて、眺めていた。
真央「あんたの味方よ。だから、あんたはあたしに頼りなさい。そんであんたは悩み続けなさい人間らしく、それで神様らしい理不尽な力を振るいなさい」
予は………と、拳を握りしめる。
セリカ「わたくしもイヴちゃんの味方ですわ。あの日のイヴちゃんらしい優しさがある限り。わたくしの耳は可愛いんですよね、イヴちゃん。イヴちゃんのオッドアイも可愛いですわ」
イヴ「予は妹を殺さずに予のそばに惹きつけ、予の大切な者が住まう世界を理不尽な優しさで照らし」
自分の胸元に右手を当てて、左手にここではない”予の身体という次元”から召喚器 深淵の刀を召喚する。
深淵の刀は淡く輝いていた。
<イヴの想いに深淵の刀がLevel upした>
<深淵の刀(召喚器) 攻撃 1700(Level 3) 装備時のみ 全ステータス+150→深淵の刀(召喚器) 攻撃 4700(Level 15) 装備時のみ 全ステータス+ 750>
すっと、深淵の刀が予の左手に収まった。
イヴ「みんなを笑顔にするのだ! それが予のすべき目標。その上で余計な死者は出さないのだ。きっと、人を殺す度に迷う。けど、心愛」
心愛「ああ、一緒に悩もう」
イヴ「真央」
真央「友達料金ね。って嘘よ。無償よ、無償。側室候補で親友でしょ、あたし達」
イヴ「セリカ」
セリカ「はい! 世界をイヴちゃんパワーで優しく照らしてやりましょうね」
イヴ「では、はりきって、最近増えた行方不明者事件を解決するのだ!」
心愛「では、女王報告会議へ、イヴ・クイーン女王様」
深淵の刀を鞘にしまい、帯刀する。
召喚器は成長する。
”予しか知らない世界の真理”。
万物全てはデウス エクス マキナの海に只一つ、存在する運命粒子の総合体であり、一粒、一粒には運命粒子の結合した設計図(個の運命図)が書き記されている。そして、一粒、一粒は同等の設計図を持っていると引かれ合う性質(生誕共鳴弦現象)及び、総量が足りないと再生し合う性質(創世共鳴現象)を持っている。
それらを利用して、個の運命図から切り離されたモノを召喚器と呼称する。
故に本体が成長すれば、切り離された一部も成長する。心の成長は召喚器の成長に繋がる。
真央「ところでその召喚器? っての欲しいんだけど、節約できるし。か、勘違いしないでよね、貧乏性なだけじゃないんだから! さっき、光ってそれ、強くなった気がしたし」
セリカ「真央ちゃん、はしたないですよ。で、でも、わたくしもイヴちゃんのそれ、欲しいです。お揃いみたいな感じがしますし」
イヴ「良いのだ! この召喚器は自分の一部から構築している。故に心が成長すれば、召喚器もそれに応えて強化されるのだ!」
真央「じゃあ、少しは前に進めたのね、イヴ」
イヴ「そうかもしれないのだ」
ゆっくりと城内へと歩を進めてゆく………。
きっと、予はPTSDに苦しみ続けるのだろう、いつか、刀を置くその時まで。




