第11話 優しい貴女がいつか、殺す妹
第11話 優しい貴女がいつか、殺す妹
視点:蓮恋歌
場所:地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時:2033年 4月4日 午前 4時40分
まだ、朝日が昇っていない薄暗い空に二つの剣戟が響く。
その響く音が気になって、女王の館からそっと、外へと出た。
そこにはあまりにも一方的な光景が広がっていた。
イヴ「これなら、どうだぁあああ!」
イヴ皇女様の竹刀から繰り出される強烈な突きが構えもしない未来天皇代理様の平たい胸を目指す。銀色の光に包まれた竹刀は未来天皇代理様を捉えることなく、イヴ皇女様よりも速い刀筋でイヴ皇女様の握る竹刀をいなした。
イヴ皇女様の握っていた竹刀がすっぽ抜けて宙を舞う。
それを2人は目視せずに対峙する。
無表情の冷たい印象のある未来天皇代理様の口元が少しだけ緩んだ。
…………
ひとひらの桜の花びらが2人の中間に落ちる。
………
………………
予想外に未来天皇代理様は自分の握っていた竹刀をイヴ皇女様に投げる。
イヴ皇女様は宙に投げられた竹刀を受け取り、そのまま、加速する。
白光に包まれた右足で踏み込み、突きの体勢でさらに加速し、叫ぶ。
イヴ「凪紗南流 瞬陣斬」
突きは銀色の輝きを宿して、未来天皇代理様の胸元に吸い込まれようとしたが…………それよりも速く、未来天皇代理様の竹刀がイヴ皇女様の脇腹に炸裂する。
その竹刀は先ほど、イヴ皇女様が手放したものだった。私はいきなり、現れたそれに信じられずに何度も目を擦っては確認した。
イヴ「うぐぐぁ、何で? そうか、遙か格上に対して………」
イヴ皇女様は何かに気づいたようで、その場で腹を抱えて蹲りながらそう呟いた。吐く息が規則正しくなく………とても苦しそうだ。
そのイヴ皇女様の身体が銀色に一瞬、包まれた。治癒の光。心理詠唱式をこんなにも鮮やかに何の動揺もなく、唱える。それは学生のレベルを遙かに超えていた。
息も規則正しいものへとなってく。
だが、イヴ皇女様の精神は疲弊しているように思える。無理もない。こんな苛烈な修練に相手が遙か高みにある存在だ。
正面に立っているだけで私ならば気絶してしまう剣気を保って、未来天皇代理様はイヴ皇女様の血の付着した竹刀を一振りした。
血の雫達が風に飛ばされて、何処かへと走ってゆく。
恋歌「ういひゃい! んんんん………」
リイーシャ「しー、静かにお願いしますね。しないとメイド武術をご馳走致しますよ?」
玄関前で観戦していた私の背後から、凪紗南天皇家メイド長 リイーシャさんが私の肩を叩いた。当然、びっくりして悲鳴をあげそうになるが、リイーシャさんに口を塞がれて事なきを得た。
そのまま、リイーシャさんが背後から声をかける。
リイーシャ「眠れなかったでしょうか?」
恋歌「そりゃあ、助けてもらって………」
リイーシャさんの目が鋭くなる。
慌てて、手を大丈夫、大丈夫、と横に激しく振る。
恋歌「蘇生魔法を。イヴちゃんが人を蘇らせることができるなんて言いませんよ。第一、誰も信じないと思います。そんなこう、と、う………でも、私」
あの時の苦痛さえもなくなり、視界が暗くなってゆく感覚が全身を駆け巡り、細胞の一つ一つがもう、死にたくないと震える。
息が荒くなる。
リイーシャ「大丈夫ですか?」
その声に現実に帰り、息を整える。
恋歌「はい。そんな人生で味わいたくない死、そして復活イベントの次がテロリストの再襲撃を警戒しての東京都 第四地下都市 芙蓉に集団移転で私達だけ、ひめの………いいや、違う。それは偽名で本名 凪紗南イヴ皇女様のお屋敷に私だけではなく、お兄ちゃんや桜花さんまで泊まらせて頂いてもう……なんて言ったら、ただ、凄すぎて」
お茶会の会場になったイヴ皇女様のティールームがちょっとした体育館の広さだったのは勿論、私達がそれぞれ宿泊していた部屋なんかも広く、品の良い調度品により洗練されていた。廊下に凄く柔らかそうな絨毯がひいてあり、ごろごろしてみたいと思ったのは内緒だ。
リイーシャ「まぁ、あれはお金持ちの家ではなく、世界の支配者の家ですからね。当然、富だけはなく、あらゆる力があの家には渦巻いているんですよ。人々の誰もが保つ善悪の理不尽バージョンです」
恋歌「そんなこと言っていいんですか?」
リイーシャ「構いませんよ、私の仕える未来様も、イヴ様もそれが表裏一体であり、物事の本質だと解っていますから」
恋歌「…………」
話すことがなくなった私は再び、未来天皇代理様とイヴ皇女様の修練を観戦する。
かなりのダメージだったこともあるのか、イヴ皇女様は攻める場所が見つからずにただ、竹刀を握りしめ、構えて静止するのみだ。
それに対して、未来天皇代理様はイヴ皇女様の剣戟を何度か防いだのに、乱れてすらいなかった凪紗南天皇家に伝わる着物を何やら確かめて…………竹刀を地面に置いた。
未来「先ほどの瞬陣斬、弱過ぎる。瞬陣斬は不意を突いてこそ、活かされる技」
そこで一拍、間を持たせて、2人の間の空気が冷たくなるのを感じた。
未来「いや、言い換えよう、凪紗南流は人間の肉体反応速度の限界を利用して、不意を突く暗殺剣だ」
イヴ皇女様の生意気そうな小学生顔がみるみるうちに歪んでゆくのがはっきり解る。図星をさされたのだろう。
未来「正しく認識していないとこうなる。決して、ヒーローのような華々しい必殺技には成り得ない、外道の技だ。外道を葬る為のな」
こうなると、イヴ皇女様の警戒に満ちた構えを指さした未来天皇代理様は………休憩はおしまいだと言わんばかりに地面の竹刀を拾った。そして、構える。
先ほどから、一段ギアが上がったように、未来天皇代理様の堅い表情が無言のメッセージとなって私にも伝わってくる。
両者ともに、動いた!
未来天皇代理様の竹刀が容赦なく、距離を詰めてイヴ皇女様の肩を撃つ。勢いは止まらずにそのまま、イヴ皇女様は地面に顔面から打ち付けられる。
叩き付けられて動けなくなったイヴ皇女様に、未来天皇代理様の竹刀が頭を目掛けて振り下ろされる。
だが、ここで予想外のアクシデントが起こった。
未来天皇代理様の刀速に耐えきれず、刀身が真っ二つに折れ、数メートル先にある庭の噴水 水を口から一定の量で吐き続けるファイアキャットを模した像の頭部に突き刺さった。
未来「皇女、大怪我をせずに切り抜けられたな。運も実力のうち。しかし、いつも、本気を出せと催促しなければいけないのはいただけないな」
全く、汗一つ、かいていない未来天皇代理様は自身の白銀ツインテールを鬱陶しいとばかりに二振りする。
イヴ「いつも本気なのだ! ボクは!」
地面に這いつくばって、顔をゆっくりあげたイヴ皇女様の銀色の右眼に額から流れた鮮血が入り込む。
身内ならば、同情してしまいそうな痛々しい表情だ。だが、未来天皇代理様はそれを許さずに、イヴ皇女様の左足をリイーシャさんから新たに渡された竹刀で強打し、転ばせた。
そのまま、抱え上げると、お尻をペンペンと何回叩いた。
イヴ「痛い、痛いのだぁ、未来お姉様ぁー」
と、情けないイヴ皇女様の声が響く。
リイーシャさんは私の隣で苦笑していた。それはまた、叩かれてるなぁ、という柔らかなものだった。
未来「皇女よ、いつものように手加減抜きで撃ってこい。手加減したら、またお尻ペンペンだ」
そう言って、未来天皇代理様はイヴ皇女様をそっと、下ろした。
視点 凪紗南イヴ
場所:地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時:2033年 4月4日 午前 5時00分
意識を集中させて、治癒魔法 ヒールを発動させる。
イデアワードは今回も心のうちで。
(ヒール)
たちまち、身体が銀色の光に包まれて、お尻の痛みは勿論のこと、額の怪我は治癒された。しかし、右眼に付着した血は怪我ではないのでヒールの効果外だ。
ならば、と他の治癒魔法を心理詠唱式で唱える。
(ヒール リフレッシュ)
銀色の光が全身の汚れを消化してしくれる。右眼に付着した血も綺麗に取れて、視界が明瞭になった。
今度こそ、と竹刀を予は未来お姉様に向ける。
未来「さぁ、来い」
未来お姉様がいつものように構えない。ただ、そこに在る。それが未来お姉様の構え。圧倒的な速さがあるから、カウンター攻撃にありがちな命中力不足がなく、通常攻撃のように絶対にヒットする。
そんな変幻自在を打ち砕く術は予にない!
ならば、と愚直なまでに技ではない最高速度の抜刀で!
静かに腰をかがめる。
未来「ほう、それが皇女の選択か。良いだろう」
イヴ「…………」
未来「何を恐れる? 私はここだ」
と、未来お姉様は自分の胸元を指さす。まるで挑発だ。ここを目指してこい! と。いいや、と予は首を振る。お姉様はこう言っているのだ。この挑発を越えてみせろ! と。その方がお姉様らしい。
自らの向上心のみで凪紗南流を一からたった数十年間で組み上げた天才 凪紗南未来が予の届く位置にいる。ならば、胸を借りようではないか!
左足で地を蹴り、大地を足が蹴る度にその反動を利用して加速度を高めてゆく。竹刀を振り抜く速度の感触は過去最高。これで初めて、未来お姉様に刀の一撃を加えられる!
確信していた。
結果、その通りになったが……不思議なことに、未来お姉様の胸元を突いた竹刀の先から銀色の光が溢れ、数秒もしないうちに未来お姉様の身体を包んだ。
包んだ光は未来お姉様の肌にさらなるつやを出させて消えてゆく…………。
未来「確信していたがやはり、それは治癒魔法が竹刀に完全に宿った状態か。普通は魔法の力に宿したモノが耐えられない。それ用のイデアワードではないからな。さしずめ、ヒールブレイドか」
イヴ「………」
こんなはずではなかった。
いや、気づいていた。テロリストを、初めて人間を殺してから、次の日、無意識に治癒魔法 ヒールが勝手に修練中、竹刀の刀身をコーティングしていることに。
何かの間違いだと思いたかった。つまり、予は………。
未来「飲まれたな、自分自身の優しさ。いや………子どもじみた甘さに」
イヴ「………」
未来「知ったつもりになっていたな。皇女、お前は北庄で刀を取りはしなかったが……血で血を洗う戦場を見た。それで何処か、自分ならば、人の死に耐えられる。自分が奪った命の重みに耐えられると慢心していたな」
イヴ「………」
未来「違うというならば、真剣を構えろ」
イヴ「………予は、予は! 優しい世界を作る為に自分の手を汚す覚悟が」
自分を鼓舞する。あの日、感じたお母様の最期の熱、言葉。
リン『人生の全て。神たる永遠を使って優しさを追求しなさい。それが力ある者、王族の誇りですよ、イヴ女王様。さぁ、これがリンの、お母様の遺言です』
お母様から受け継いだクイーンリングを発動させて、何もない空間にお父様から受け継いだ凪紗南天皇家の宝剣 天叢雲剣が出現させた。
イヴ「ある!」
そう叫んで、天叢雲剣を…………取り損ねた。
両手の指先が全て、震えている。
天叢雲剣は虚しく、からんと軽い音を立てて地面に落ちた。
手が天叢雲剣を取るのを拒否する。
未来「まだ、経験もしていない戦場を、想いを口にするな、皇女。言葉が軽く聞こえるぞ」
未来お姉様が天叢雲剣を拾い、愛おしげに柄を撫でる。
天叢雲剣はお父様が異世界 リンテリアで勇者をやっている時にリボルバーと共に初期に装備していたお父様の温もりに満ちた品だ。それを予は手放せない。
イヴ「お姉様!」
と、返して下さいと気持ちを込めて、未来お姉様を呼びかけた。
だが、それには未来お姉様は応えずに………しばらくしてから、顎に手を当てて口を開いた。
未来「後で………お前の武器を回収する。しばし、思考しろ。戦場を経験した者。そうだな、真央辺りに聞いてみろ。お前の甘さが解る」
イヴ「…………」
未来「ヒントをやる。人が生きる、死ぬことはそんな綺麗事ではない。私は2万人以上を戦争で斬り殺した。酷い? 残虐? ならば、そういう甘ちゃんは何もせず、死ぬことだ」
イヴ「くっ」
正論だ。いつも、ドーガを初め、蒼薔薇の騎士達も言っていた正論だ。
それを予は解っていない。唇を噛みしめる。
未来「お前は生きる上で、華井恵里と対峙する。これは華井恵里が望んでいることだ」
イヴ「………」
未来「丁度良い。甘さは一度に解消して貰わねばならない。華井恵里には娘がいる。私達、凪紗南天皇家のみが銀色の瞳を保っている」
予の銀色の瞳 イデアの魔眼のような効果はないが、凪紗南天皇家の血筋の者は代々、銀色の瞳を保って産まれる。
それが示すのは…………。吐き気がした。
他の。
お母様と違う………。
吐きそうになる。
リイーシャが駆け付けて、予の身体をぎゅっと抱きしめた。いつからいたのか、恋歌も予を心配そうに見ている。
イヴ「ま、まさか、お姉様」
聞きたくない! それでも向き合わないといけない。
それが事実ならば、予は………。なんて、地獄なんだ。
未来「お前の父親 凪紗南春明とお前の仇 華井恵里の娘。私の、いや、私達、凪紗南天皇家の間では”ベリティリ”と呼称している」
口が上手く、開かない。
リイーシャ「私が代わりに」
イヴ「良い、予が問う」
口をゆっくりと動かす。心が凍っていた。
命を奪うことの罪に心が凍っていた。
イヴ「………予は、妹と?」
未来「殺し合うだろう。ジョーカーの情報によると、今の皇女では1000%勝ってない」
イヴ「それでも、予は!」
何か、妹と和解する方策? いや、妹の母親はあの残虐な華井恵里、操られているのかも。
ぐるぐると考えが巡る中、未来お姉様がいつもよりも低い声で予に諭す。
未来「違う、今の皇女はその妹を救いたいと思っている。その時点で甘い。言っただろう、言葉が軽いぞ、と」
イヴ「………」
予は崩れ倒れそうになった。
ふらついた予の身体をリイーシャが支えてくれる中、まだ、見ぬ妹を思って涙を流した。
空はもう、明けるはずなのに曇っている。それは予の未来の困難さを予想しているかのようで…………不吉だった。
予の嗚咽以外に聞こえるのは、未来お姉様が遠ざかる足音だけだった。
それでも、考えないといけない人を殺す意味、人が生きる意味を。二つは切っても切り離せない。
そこから、きっと、予が予らしい力を手に入れる為の一歩が始まる。
イヴ「………考えるのだ、まずは真央のところなのだ」
描いてくれたイラストレーターはトシさん。イラストは凪紗南未来です。鬼未来様は自称19歳です。本当の年齢は秘密ですよ。




