第9話 悪夢と始まりの物語 Ⅱ イヴの目覚めを待つ未来
第9話 悪夢と始まりの物語 Ⅱ イヴの目覚めを待つ未来
視点:アイシャ・ローラント
場所:地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時:2033年 4月3日 午前 3時28分
シャワーの温水から勢いよく、飛び出した雫達がイヴの白い肌を滑り通ってゆく。
その雫達が排水溝へと吸い込まれた。
もう、その光景を10分ほど、繰り返している。
温水の音のみが静寂を破り、この大浴場に私、真央、セリカ、イヴ、未来天皇代理様の5人の人間がいるとは思えない。
耳をすませなければ、5人の呼吸は感じ取れないだろう。
未来天皇代理様の膝に頭を乗せて、我らが御姫様は眠り続けている。寝言からどうやら、夢の中で華井恵里がイヴのお母様 リン・クイーンを殺害した過去を繰り返し観ていると推測できる。本人は過去を夢に見ていたことを忘れているみたいで、目覚めた顔は毎回、すっきりとしている。それだけが救いなのかもしれない。
大抵、イヴが悪い夢を見る曜日は決まっている。それに合わせて、時々離れて暮らす側室候補である真央と同じく候補のセリカは女王の館と呼ばれるイヴ(家主は未来天皇代理様)の屋敷に泊まっていた。ちなみに、私は婚約者という事実を武器にして、リンテリア教会の豚どもを優しく説得して毎日、イヴと共に眠っている。
真央「今は静かみたいね。当たり前よね、自分のママを目の前で焼き殺されたらこうなるわよ」
真央が手の平でシャンプーをならす。そのシャンプーをならした手の平でイヴの銀色の髪に触れる。
しょうがないわね、あたしがやるわ、と言ったわりには嬉しそうに真央の尻尾がゆらゆらと左右に揺れている。今にも床に強打しそうだ。
セリカ「ええ、わたくしもそう思いますわ。それが自分と親しい者に」
そう言ったセリカは母性に満ちた表情を浮かべていた。
セリカはみんなでイヴの身体を洗っているので、みんなの冷える身体をシャワーで順々に温水を当ててくれていた。
未来天皇代理様はイヴの胸元をごしごし、と肌の弱いイヴ専用に作られた凪紗南天皇家秘密機関の一つであるファクトリー製のスポンジでごしごし、と同じ箇所を念入りに洗ってゆく。特に淡い桜色の乳首を。
未来「…………」
一言も喋らず、未来天皇代理様は時々、イヴの素肌を撫でながら、次はへその方へとスポンジを移す。
撫でる手の平には全然、性的な愛情を感じない。未来天皇代理様が心の中で、「早く悪い夢から覚めて、元気な顔を見せなさい」と言っているようだ。それは母の愛情に満ちていると言えるだろう。
微笑ましく思うのを濡れた髪を振るうって水分と共に飛ばす。
あ、真央にかかって、あんた、ねぇーと呆れた顔をされた。
アイシャ「油断するな、真央、セリカ。イヴは今、比較的恐怖の薄い夢の場面を見ているだけだ」
真央「解っているわ。それにしても、あんた、イヴの前以外では恐ろしいほど、口調がぶっきらぼうになるわね。世間ではそれがクールな聖女様って言われてるし。なんか、納得できない」
アイシャ「イヴに嫌われたくはないからな」
本当は違う。
過去に痩せ細ったイヴ、姉上や妹の命を救ってくれたイヴ、周辺に鼓膜が破壊しそうな歌声を響かせるイヴ、照り焼きバーガーを食べている微笑ましいイヴ…………全てのイヴが愛おしい、そこに特別を解るようにつけたいそんな感情からだ。
…………イヴの銀色の睫毛が長い。
私がイヴの閉じたまぶたをじっと、見つめているのに気が付いた真央が無言で私にシャンプーボトルを差し出し、私の手の平にシャンプーを出す。
イヴの太ももをごしごしと洗っている途中の未来天皇代理様が、私と真央のそんなやりとりを横目で見て微笑む。
未来「まぁ、そんな聖女やセリカ、真央共に性格が良い。イヴのつがいとしては良し! としよう。だがな、結婚するまでは、いや、結婚してからもイヴの所有権は私にある。兄の妹である私に」
アイシャ「いや、未来天皇代理。結婚後の所有権は私にある」
未来「それは聞き捨てならん。兄に昔、確認した。義妹と兄が用事で出かける際は私にイヴを預けると」
アイシャ「その口約束に威を保たせる何か、証明できる公的文章…………あるのか?」
未来「ないな。しかし、それが自然の摂理。言い忘れていたが当然、産まれてくるであろうイヴ×アイシャの娘も、イヴ×真央の娘も、イヴ×セリカの娘も私に所有権がある」
泡だらけのイヴの髪や身体をウキウキと未来天皇代理様がシャワーで洗い流す。心なしかはしゃいでいる。
おかげで私、セリカ、真央は鼻に温水をかけられた。
当然、3人とも、むせる。
鼻水を垂らしながらセリカがのんびりと口を開く。可愛い顔が台無し!
セリカ「あらら、困りましたわ。娘に素晴らしい奉仕の心を教えるのに、未来様の許可が必要になるのでしょうか?」
イヴをヒノキの香る浴槽に入れるべく、私がイヴを背負おうとするが、未来天皇代理様がイヴをぎゅっと、抱きしめ、そのまま、持ち上げてしまった。
あらら、と口元に手を当てて、セリカが驚いている。
未来「いや、それはこちらにとっても有益だ。民の心を知らぬ傲慢な王など、たちが悪い」
セリカ「でしたら、公的文章に残しましょう」
良い案だ、とセリカが手を合わせた。
浴槽内で自分の膝上にイヴのお尻を乗せて落ちないように背後から抱きしめた未来天皇代理様がセリカの案に肯定する。
未来「必要だ。聖女のようにごねられる可能性がある。有益だ」
ごねる、というか。明らかにおかしい。
イヴの所有権も、イヴ×私の娘の所有権も、私のものだ。
私とイヴの娘だ。きっと、銀髪の髪をなびかせて、私から受け継いだ聖剣 ローラントを片手に悪者を懲らしめ、傷ついた民に治癒魔法でその怪我を癒やす。そんな優しく凜々しい子になるだろう。
そんな妄想に耽りながら、浴槽に入ろうとした。
浴槽の縁に強か足の指をぶつけ、バランスを崩した。
浴槽に頭からつっこみそうになるのを、先に入浴していた真央が私の身体を抱き留めて防いでくれた。
真央「って、産まれてもいねぇーし。性別 女の子決定かよ! 所有権ってイヴ×あたしの超絶可愛い娘は誰のものでもないわ。あんた達、どんだけ、イヴLoveなのよ!」
未来「言葉遣いを何とかしろ、真央」
未だに眠っているイヴの銀髪を指で弄びながら、未来天皇代理は真央に説教した。
真央「す、すいません。いつものツッコミ魂みたいなものが」
ぺこりと、頭をお湯の中にツッコミ、謝罪する真央。
そんな真央を放置し、未来天皇代理様はイヴのぷにぷに頬を自分の頬にくっつける。それだけでは足りずに頬ずりする。
真央「いず、まで、じゃざい、をぉお………」
真央が溺死しそうなので、角を掴んで強制的に真央の頭を浮上させる。
真央「助かったけど、角はなしよ」
アイシャ「イヴ以外の人間をイヴ以外の理由で助ける。それはレアだ」
真央「いや、そこは助けろよ、人間として。聖女として」
そんな戒律、私の教義にはない。
それにしても………10代くらい(実年齢を言えば、みくみくにされる)に見える未来天皇代理様の白い裸体とイヴのロリロリしい肌の透ける裸体は世の中の男性から見れば、死んでもいいので見せて下さい! と言うレベルだろう。実際みたら、不敬罪で…………消滅させられるが。いや、その前に私が加工するか………。ハムにしよっ。
アイシャ「ふぁーあ、欠伸ですか。イヴに合わせた睡眠30分制を導入してるのに、修行が足りないですね」
私は両手を宙に組んで、座ったまま、腰をひねって身体をほぐす。
仰ぎ見た天井には白い湯気が集まり、雲みたいな様相をていしていた。
イヴ「お母様………」
そんなイヴの寝言に、未来天皇代理様はイヴのおでこに口づけしてなだめた。
再び、安らかな寝息が100人くらい同時に入浴できる巨大な空間に響く。
アイシャ「未来天皇代理、何故、今のような優しさをイヴに向けてやらない?」
未来「強すぎる力は人の心を悪しく変容させる。そうならない為に私がストッパーの役目にならなければいけない。死んだ兄と義妹の墓前で”優しい皇女”に育てると約束した。だから、貴様達がイヴの拠り所になってやれ」
セリカ「当然ですわ。イヴにはお世話になってますもの」
と、セリカがゆっくりとイヴの白銀の髪を撫でる。
アイシャ「命に代えても」
と、私はイヴの髪の銀糸一つ、一つを掬うように撫でる。
真央「イヴのことは愛していないけど。嫌いってわけでもないから。目をかけて置くわ」
と、真央はイヴの髪をめんどくさそうに激しく撫でた。その後、わざわざ、イヴの銀髪を手で梳かす。
未来「しかし、イヴの所有権は私のものだ」
そう言って、未来天皇代理様はぽんぽん、と二、三度、ゆっくりとした速度でイヴの頭を叩いた。
イヴ「お母様…………いかないで」
未来「義妹は逝ってしまったが、私は傍にずっと、いるぞ」
肩に触れる自身の銀色の髪を未来天皇代理様は一房撫でて、
未来「…………例え、運命がそれを許さずとも」
と一音、一音に重みを乗せた声で発した。
アイシャ「天皇代理様」
未来「…………」
何か、何か、聞こうとしたはずだったが、声には出せなかった。
未来天皇代理様と、私との間には見えない壁があるように感じた。それは物理的な距離ではなく、何か違うもの。どうしようもない何か。
それが解らず、私はその回答を出すのを諦めて、イヴに声をかける。
アイシャ「知ってますか? イヴ。貴女の叔母様は厳しいだけではなく、姪にもの凄くデレデレなんですよ」
未来「イヴのお・ね・ぇ・さ・ま、だ! そこは間違えるな。詩卯学園長に言ってテストに出題させるぞ。178点問題だ」
描いてくれたイラストレーターはトシさん。イラストはセリカ・シーリングです。イラストの図柄はエルフの国 シーリングの姫 セリカさんが2月14日にチョコに恵まれない男性に無料でチョコを配っているとこです。チョコが貰えないのは可哀想だから、チョコをあげるという天然な優しさです。




