第116話 イヴとの出逢い 照り焼きバーガー編
第116話 イヴとの出逢い 照り焼きバーガー編
視点:アイシャ・ローラント(3歳の頃)
場所 クイーン王国 クイーン王城
日時 2021年 11月27日 午前 10時14分
昨日と同じように私はイヴに好かれようとクイーン王城に赴いていた。
クイーン王城の頭上に私の婚約者 凪沙南イヴの心を表してるかのように、どんよりとした黒い雲が掛かっていた。
今日は元気のないイヴの為に秘密兵器を用意していた。
私が両腕で大事そうに抱えている紙袋にはわざわざ、地球から取り寄せたマクドファルドの照り焼きバーガーが入っていた。
袋からは照り焼きバーガーの甘辛い香りが放たれていて、私の鼻孔に入り、自分は美味しいよ! と照り焼きバーガー自身が必死に語っているように思える。
城門前にはわざわざ、凪沙南未来様が私を待ってくれていた。
腕組みをして、未来様は私が両腕で抱えている袋を鋭い銀色の視線で射貫いたが……「ふむ」としばし、考慮した後に私に向かって言った。
未来「まぁ、良いだろう。何も食べないのも毒だ。それが好物だと誰に……言わずともイヴが照り焼きバーガーが好きなのは有名だったな。特に母親が作った照り焼きバーガーが大好物だった」
アイシャ「ええ、どの雑誌にも書いてありました。それにどの雑誌にもイヴ様の健康を気遣ったコメントが寄せられていました」
未来「ああ……そうだろうな。イヴの体重は徐々に減っている。グラム単位だが確実に。普通の人間ならば飢え死にしているだろう。ああ、それとイヴ様と呼ぶのではなく、アイシャ……お前はイヴの婚約者なのだから、様付けはしなくて良い」
アイシャ「はい、解りました、未来様。では、イヴは何故、車椅子に?」
未来「昨日は緊張して聞けなかったか? 初めにその質問が来ると思っていたのだがな。放って置くと……そのまま、ベッドに寝たきりになるから、手の空いている者がイヴを中庭まで連れて行っている……。気でも紛れると思ったのだがな……全然だ」
そう言う未来様の眉間には皺が寄っていた。
相当、未来様はイヴに対して心を砕いているのが見て取れた。
私はその表情がまだ、2歳のネネのやんちゃな動きを見守る姉 リイーシャの見せる姿と重なった。
リイーシャ『ああ、ネネったらすぐに目を離すと何処かへ行っちゃう? アイシャ、どうしたら良いと思う?』
アイシャ『姉上、私に聞かれても応えようがないです。聖女になる為の教育を受けていないのですから、あれが平均的な2歳児のわんぱくな行為です』
リイーシャ『まだ、使える布地をぐちゃぐちゃにしちゃうのよ……。ネネったら』
しかし、その苦悩に満ちた表情は姉上と同様に未来様も大切な人を思ってのものだ。そう考えると私の頬に涙が溢れた。
前を歩く未来様にばれないように、私は頬を流れる涙を司祭のローブの布地で拭った。ローブに隠れた聖剣 ローラントが見える。
私はその聖剣 ローラントを抜いたおかげで聖女に選ばれ、修行をしていたが故にアイリス村の病気の流行に晒されることはなかった…………。
運命とは皮肉だな、と私は思った。
*
昨日と同じように私はイヴの車椅子を押していた。
何を語ろうとも、イヴは何も言わないので必然、メイドが忙しなく行き交う足音や業務について話し合う兵士の声、貴族の声が耳に入ってくるだけになる。
もうすぐ、昼時になるのを見計らって中庭に到着すると、私はイヴに照り焼きバーガーの入った袋を渡した。
アイシャ「それ、好きだって未来様に聞きましたから、私のおごりです。日本で作られた国産 100%の照り焼きバーガーです。私は朝に食べましたが美味でしたよ。さぁ……」
震える手でイヴは袋の中身である照り焼きバーガーを取り出した。
そして、香りを嗅いだだけで気持ち悪そうに嘔吐いた。
こんな美味しそうな食べ物を前にして嘔吐くとは私にとっては信じられないことだった。いや、異世界 リンテリアに在る貧村出身者としては信じられないことだった。
イヴの母親であるリン前女王様と、イヴの父親である勇者 凪沙南春明様のおかげで食糧事情は一気に向上し始めたが、貧村ではまだ、農業改革がままならない箇所もあった。それの一つの貧村がアイリス村である。
イヴは両親を失って心を病んでいる。それは解っていた。しかし、今のイヴを貧村出身者である私が見たら、ただの甘ったれに見えてきた。
怒りという感情を沈めてただ、粛々と人の為に成す事。それが聖女の条件の一つだと司祭達に教わっていたが、その教えさえも忘れてしまう程に私は目の前の甘ったれに一言、言ってやりたかった!
私は俯くイヴの顔を無理矢理、正面を向かせると、マシュマロのように柔らかそうなイヴの頬を平手で叩いた。
イヴ「痛い! いーちゃん、何にも悪いことしてない」
アイシャ「いや、した。貴女が女王としてしっかりしなければならない立場だ。3歳とか年齢は関係ない! 貴女は女王になる為の教育を受けてきたはずだ。それに両親を失った人間なんてこの世界にごまんと居る! いつまでふて腐れている……。貴女は両親から何を託された!」
イヴ「優しい……世界を築くこと……」
イヴは涙を浮かべながら、流れる涙の緩やかな速度と同じくらいの速度で呟いた。
呟いた瞬間、イヴの銀と金のオッドアイに光が宿る。まるで自分がすべき事に気づいたように。
イヴ「いーちゃん、ずっと、忘れていた」
アイシャ「アイリス村に住んでいた人々は流行の病で全滅し、一週間前に姉上と妹を亡くしたが……まだ、イヴには凪沙南未来様がいるだろう! 家族が! そのまま、何も食べずにいずれ、死ぬのか。それは無駄死に、と言わないか……」
私はイヴの痩せ細った両肩に両手で触れて、両肩を揺らす。
イヴはお人形のように揺れるがままになっていたが……イヴの瞳には既に生気が蘇り始めていた。
イヴ「………」
アイシャ「それに婚約者の私もイヴの家族だ。いずれ、そうなるのだから今から家族と名乗っても良いだろう。さぁ、家族の為にも、自分の為にもそれを食べて、他の食事も食べるようにして体力を取り戻して両親から託された優しい世界を築くことを実現するんだ……しましょう」
イヴ「うん! アイシャ。ボクは頑張るのだ」
イヴは涙をドレスの布地で拭い、満面の笑みを浮かべると照り焼きバーガーに齧りついた。ゆっくりと咀嚼する。
最初は自分がモノを食べられることに驚いていたが、以前からの大好物だったのが功を奏したようで食べる速度が目に見えて上がってきた。
食べ終わるとイヴは私に不思議な質問をした。
イヴ「アイシャの姉と妹はボクにとっても姉と妹ってことだよね?」
アイシャ「婚約者なのだからそういうことになるでしょう」
イヴはキリッとした表情で私に宣言した。
イヴ「一週間ならば、間に合う。予の蘇生魔法で蘇らせることが可能なのだ。ボクは今度こそ、家族を助けてみせる」
アイシャ「そ、蘇生魔法?」
イヴ「そう、蘇生魔法。ボクが使えるのはリヴァイヴ。死亡から1ヶ月以内ならば蘇生可能のgoddessクラスの魔法」
アイシャ「そんな馬鹿な!」
未来「ところが本当の話だ。アイリス村には私が馭者として付き合ってやる。アイリス村は住民が病気で全滅していることから、墓地内でリヴァイヴを唱えてアイシャの姉と妹が生き返っても死んだのは早とちりだったで済むだろう。異世界 リンテリアの情報速度が遅く、土葬の文化で良かったな。なんとか、騙せる世界を」
今まで遠くから見守っていたのか、未来様が私とイヴに近寄ってそう言った。
アイシャ「イヴ。姉上と妹を頼みます」
私が頭を下げるとイヴは私の金髪を撫でて優しい口調で言う。
イヴ「家族を助けるなんて当たり前のことなのだ」
仰ぎ見た空はいつの間にか、蒼空に変わっていた。何処にもどんよりとした空はなかった。まるでイヴの蘇生魔法を使用するという選択を天が指示しているようだった。




