第110話 Have a nice day
第110話 Have a nice day
視点 神の視点 ※文法の視点名です。
場所 地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時 2033年 4月10日 午前 8時41分
桜の木が両端に咲き誇る坂を登ると、皇立桜花学園 高等部の7階建ての校舎が正面に見えてくる。高等部の右側には中等部、初等部の校舎が建っていた。
クラス表が玄関前に張り出されている。それを見ようと、高等部の学生達が群がっていた。
イヴ、りりす、アイシャ、セリカ、メイシェも自分達の所属するクラスを見つけるべく、クラス表を眺める。
1年4組にイヴ、りりす、アイシャ、セリカ、メイシェの名前があった。同じクラスにイヴの知っている者の名前も何人か、いる。蓮恭二、池内桜花、新羅咲良、覇道プリムラの名前があった。
下駄箱は指定されていて、名前の刻まれたプレートが既にそれぞれの下駄箱に取り付けられていた。
学生達が自分の下駄箱を探してめいめい、靴から室内用シューズに履き替えてゆく。イヴもそれにならい、自分の下駄箱を開けた途端に封筒が幾つも床に落ちる。靴を本来、入れる場所に封筒が積載量いっぱいに入っていた。
それを横目で見ていたメイシェは呆れたと言うように溜息を吐く。
メイシェ「凄い人気ね。でも、これ、迷惑でしょ……」
セリカ「それはファンレターではありません。以前、イヴちゃんの靴が入れられない程にファンレターが入った際にお断りの放送を昼休みにしましたから……多分、それは――――」
イヴ「――――ほとんどが予に治癒魔法で病気を治療してくれという悲痛な最期の叫びなのだ」
そう言うイヴの表情は硬かった……。その理由はアイシャの次の一言で明らかになった。
アイシャ「さぁ、イヴ。誰を見殺しにして、誰を生かしますか?」
りりす「全員を治癒魔法で治癒して回るには……イヴお姉様に負担が掛かりすぎる。正しくも、きつい選択。我にはできん」
イヴは俯き、正しいが無数に存在する選択肢から一つの正しいを選ぶべく、考える。
イヴの目線の先にはおそらく、震える手で書いたであろう辛うじて判読可能なミミズののたうち回ったような署名が書かれていた。みぞぐち ひとみ と。
その署名を見て、イヴはそっと、その封筒を手に取った。
封筒を丁寧に破くとそこにはただ、
凪紗南総合病院にいます。
助けて、白血病に殺される………。イヴ様、助けて。
とこれも辛うじて判別可能な文字で書かれていた。
イヴ「今回はアイシャ。予はみぞぐち ひとみを救う」
アイシャ「他の人はどうします?」
イヴ「見捨てる……。予は全てを創造した創世神ではない。やはり、限界があるのだ」
イヴの拳が震えていることにセリカが気がつき、イヴの拳をそっと、包み込む。
セリカ「それでも、一つの命が確実に救われるのです」
りりす「我達は瞬間転移で幼子医院長の元へゆく。帰りもそれで。イヴお姉様の仕事を我も見守ろう」
アイシャ「イヴ 妹、ナイス判断。これで9時20分からの入学式には間に合うでしょう」
りりす「では、我の身体に触れると良い。瞬間転移に入るぞ」
視点 溝口ひとみ
場所 地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時 2033年 4月10日 午前 8時48分
凪沙南総合病院のベッドが私の世界の全てだ。
世界を恨んだことがあった。
自分の身体を憎んだことがあった。
どうして、私だけと…………。
容赦なく、血液の癌と呼ばれる白血病は私の身体を蝕んだ。
昔は不治の病と呼ばれていたが大抵は治療でなんとか、なってしまうようだ。
世界を恨んだ。
私は元から身体が弱かったのが、その助からない確率の位置に駒を進める結果になったようだ。
自分を憎んだ。
今では身体のあちらこちらが痛くて震えが止まらない。その震えは薬で誤魔化していた。
身体が重くて、意識は朦朧としている。
ひとみ「ああ………私、もうすぐ、死ぬのね」
ひとみの母「馬鹿を言わないで。あなたは死なない! 死なせない」
それは嘘だ。
無菌室では家族の面会でも決まった時間にしか、許されていない。それが許された事は……酸素が足りないのか、考えることがおっくうになってきた。
酸素を得る為に大きく、口を開けて空気を取り込む。
ひとみ「イヴ様に宛てた手紙……、もしかして、七恵お姉ちゃんが。あんな大それたお願い、駄目だよ。イヴ様は皇女様なんだよ……」
そう、ゆっくりと言葉と深呼吸を繰りかえしつつ、私はお母さんに伝えた。
今日から私は中学生だったのに…………。
皇立桜花学園 中等部の制服を着ないまま、私は死んでゆく。
私には解る。
親切にしてくれたお年寄りの方が死ぬ間際になると、呼吸がゆっくりになり、深く息を吸ったり、吐いたりするのだ。それが転生宮にまもなく、行くよって合図なんだ。
ひとみ「次に生まれ変わるなら、七恵お姉ちゃんの子どもとして産まれ変わりたい。転生神様は私のリクエスト…………聞いてくれるかな」
ひとみの母「ええ……大丈夫よ。そしたら、私はあなたのお婆ちゃんになるわね」
もう、お母さんも私の言葉に否定する事無く、涙を頬に伝わせて、何度も私の言葉に頷いている。それは私の言葉を必死に覚えようとするお母さんなりの愛情だったのかもしれない。
この時、始めて私は溝口ひとみであって良かったと思った。
そうして、私は始めて世界を愛した。
そうして、私は始めて自分を愛した。
たった、12年間の旅路だったけど――――
ひとみ「ああ、私は私で良かった。こんなにもお母さんが私の為に悲しんでくれる。いつかの再会を望んでくれている」
???「ならば、その愛情を噛みしめて、ひとみちゃんはこれからも生きるべきなのだ」
朦朧とした意識の中、私の細い手を握っている銀色の髪をした女性を見た。いや、女性というよりもその金と銀のオッドアイを保つ少女は幼かった。
銀色の髪。
金と銀のオッドアイ。
皇立桜花学園 高等部のブレザー。
この3つが合ってはまるのは私の国 日本の第一皇女 凪沙南イヴ様しかいなかった。
イヴ「今から、治癒魔法 ヒール ブラストで予はひとみちゃんの病魔を根絶する。美麗幼子医院長の許可は得ているのだ。さぁ、ゆっくり、眠って……次に起きる時は楽しい日々の始まりなのだ。よく頑張ったね」
ひとみ「ありが……とう、イヴ様」
もう、私の妄想でも何でも良かった。普通に考えれば、イヴ様がこんな下々の者のところへ来るはずがない。
私は現実にいるのか?
既に私は死んでいて妄想だけを見ているのか?
どちらでも良かった。
ただ、私の身体を銀色の光が包んでいて、その輝きで私は癒やされてゆくのを感じた。
段々と瞼が下へと下がり、私は眠りについた。
Have a nice day…………。
視点 凪沙南イヴ
場所 地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時 2033年 4月10日 午前 8時50分
イヴ「もう、平気。後で美麗幼子医院長がひとみちゃんの容体を検査するだろうけど、健康そのものなのだ」
無菌室のベッドで眠る綺麗な黒い長髪の中学生くらいの少女 溝口ひとみちゃんを見て、予は判断した。
その予の言葉を聴いて、ひとみちゃんの母は何度も予に頭を下げた。もう、お礼は充分だと言っているのに。
それが母の愛情だと解ると、予もお母様の事が少し、恋しくなった。
イヴ「ひとみちゃんの夢は何ですか、ひとみちゃんのお母さん」
ひとみの母「この子、西折真昼さんのイラストのファンなんです。それで将来、イラストレーターになりたいようで……。不安定な収入になりますけど、私はこれから、この子の夢を全力でサポートします。だって、生きるってそういう事でしょう」
イヴ「確かにそうですね」
その為にも予はテロリスト集団であるバベルの塔のリーダー 華井恵里を含む全ての暴力でこの世界を何とか、しようとする勢力を消さなければならない。それが勇者 凪沙南春明の血を継ぐ娘の役割の一つなのだ。
りりす、予はりりすの母を…………ごめん。




