第7話 幼生(ようせい)のイヴ
第7話 幼生のイヴ
視点 凪紗南イヴ
場所:地球 旧世界 静岡県 伊東市、地球 新世界 静岡大スラム 伊東村
日時:2033年 4月2日 午後 1時22分
周囲は本陣移動の準備に勤しんでいる。
予はしばし、待機。
自動販売機の片隅で蓮恭二が黄昏れている。そういうお年頃なのだろうか。
恭二と桜花には会ったが、恋歌の姿が見えない。後で二人に聞こう。
予は朝起きたばかりの髪型をしている蓮恭二の表情を横目で盗み見て、紅茶を一口、口に含んだ。
ふぅー、まったりとしたこくのある味だ。舌に染みこんでくる。さすがは凪紗南天皇家のメイド長 リイーシャ。大義だ。
向かい側に座っている何やら、額に汗を掻いている恭二のお父様 蓮太郎次郎村長に久しぶりにあった恭二の感想を述べる。
イヴ「考え方がまだ、庶民なのだ、恭二は」
予が10歳の頃、お忍びで偽名 姫乃ちゃんと名乗り、3日間、恭二達と過ごしたあのままの真っ直ぐさは嬉しいが、民を幸福にする為の存在である柱――――青い血 貴族になるにはあまりに少年過ぎる。
蓮太郎次郎「仕方ありません。戦場で気を失わないだけでも大した者ですよ。まぁ、北庄国の戦でわずか13歳で立ったイヴ皇女様が異常なんですよ」
村役場職員が太郎次郎村長に何やら、書類を手渡す。伊東村暫定被害報告書だろう。被害の規模が大きかったようで、村長は目を細め、口は真一文字でむぅと唇の間から呻き声を発する。
気持ちは解る。
予のカップが空になるのと同時にリイーシャがホットレモンティーを差し出した。その取っ手を持ち上げ、中身のレモン色を見つめる。
ここに来る途中、プリムラの膝の上に乗っかかりながら身を乗り出して、外の被害状況を確認した。
ふぅーと、息をレモン色の湖に吹きかける。波紋が広がった。
剣を振るうプロセスがあれば、家屋損壊、田畑損壊、軽傷者、重傷者、死者などがエフェクトとして世界に表れる。それはいつだって、一方的だ。
湯気が広がり、炎の灯りに照らされて、空の青い色が茜色に侵食されている。
ホットレモンティーを一口、含む。甘くなっていた口内がレモンの爽やかな味にニュートラルになってく。
さぁ、凪紗南イヴ皇女様、お仕事です、とリイーシャが茶で語っているようだ。そうしようと、ティーカップを木テーブルにゆっくりと音を立てず、置いた。
オペラグローブに包まれた腕を伸ばし、分厚い報告書を渡せ、と無言で要求する。
分厚い報告書が掌に乗る。おっと、落っこちそうだと表情に出さず、お淑やかな笑みを浮かべ、両腕に分厚い報告書を抱えた。
そして、冊子となっている報告書をぺらぺらともの凄い勢いで捲ってゆく。
目で見た文字達は予の脳で意味のある絵画として記憶されてゆく。
死者が男性 239名 女性 428名か。殆どがテロリストの唱えた炎魔法の餌食になったのか。水魔法の使い手は充分にいるなんて事はあり得ない。人間には一番、適正の着きにくい属性と言われているから消火が間に合わないのだろう。
今も予の上空を消防飛行車が飛んでいる。
もう、何台も上空に留まったまま、猛烈な勢いのある炎に対して消火を試みる。
地上では魔法ギルド職員を中心に水魔法で消火を試みている。
不幸に対してなんとかしようと試みる民の声がそこらから聞こえる。
予は彼らを不幸にした。
こんな規模になるならば、一人で先走らずに予の魔法の師 桜花詩卯学園長に同行を頼むのであった。詩卯ならば、一瞬であの程度の炎を掻き消すことが可能だ。
予のミスだ、と唇を噛みしめる。
”もっと、完璧でなければ、優しい世界は実現できない”
蓮太郎次郎「イヴ皇女様、今回の支援は?」
太郎次郎村長は申し訳なさそうに予に問う。
イヴ「今回の件については政府に落ち度がある。公安部の調査がスパイにより筒向けだったようなのだ。よって、支援は日本政府によりもたらされる。見舞金に関しては、凪紗南イヴ名義で凪紗南天皇家より出そう。そうだな、3億円だな」
予がこれほどの見舞金を出す道理はないのだが政治的に見て、ここでの大盤振る舞いは話題性抜群で友人を助ける為に奔走した皇女となれば美談になるであろう。見舞金を少なくすれば、重箱の隅を突くように予の外敵連中に下に見られる。
まぁ、それ以外にも、と手を顎に添える。
未だ、充分には開拓されたとは言いづらい地上の都市モデルケースを増やさねば、という思惑も、な。諸国に遅れるのも争いの要因になるのだ。
恭二「多すぎます!」
3億の言葉を盗み見聴きしたのか、恭二は桜花の「失礼よ」という制止の声を振り切り、こちらへと歩いてくる。
蒼薔薇の騎士達に羽交い締めにされた。
予は目線で「離してやれ」と蒼薔薇の騎士に命ずる。それをすぐに何の疑いもなく、騎士達は実行した。
イヴ「見舞金という”名目”だ恭二。自分で考えよ、予の意図を。それより、恋歌はどうしたのだ? いや、待て…………」
良からぬ推測が…………。
イヴ「生者の察知」
そのイデアワードは予の脳に蓮恋歌の生死を伝える。
…
………
歯を噛みしめる。
結果は死だ。
…………
………………
言葉に詰まる。
火傷が治り、薄暗い顔がゆっくりと日向に似合う笑顔に形取られる瞬間。その思い出が予の心を揺さぶった。
予の、ボクの意志は決まった。
イヴ「そうか……。しばし、本陣準備は停止。予は恋歌を、友を救いにゆく」
周囲は予のとち狂った言葉にざわめく。
誰もが予を止めようと諌言する。
しかし、予は首を縦に振れない。
恭二「でも、恋歌は! 姫乃!」
恭二は憎いと、悔しいと、その言葉に込めて叫んだ。
プリムラ「その事実を知るのは誰がいるのですか? 他に」
桜花「わたしだけです、プリムラ様。ひ、ひめ、いいえ、イヴ皇女様」
イヴ「そうか」
深く息を吐いて、鬼未来様の言いつけを破る覚悟を完了させる。
王族として、皇族として、利益にならない事をするな。その教育を、洗脳を、常識を、ぶち壊す。
予ではなく、リン・クイーンが、凪紗南春明が愛した”優しいただのイヴ”をたたき起こす。
イヴ「ボクが見せてあげるのだ。理不尽な奇跡を」
自分の中に在る。本当の自分を呼び覚ます。
銀色のノエシスの光が予の小さな身体から産まれて空へと飛んでゆく。
慌てて、ノエシスを身体に押し込める。ノエシス中毒を治癒するアイテムはこの世にない。人は予が生成するノエシスに触れ続ければ、3時間ほどで死亡する。
同様にSOUL中毒を治癒する術もないので、産まれゆくSOULをコントロールする。
高濃度のプリミティブイデアが予の身体から産まれ、飛び出るのもコントロールする。
だが、産まれる魔力までコントロールするのは今の予には不可能だ。
神としての経験が浅いと少女神 リンテリアは予に話してくれた。
それが人間に危険な量になるのを阻止する固有空間ヴァルキュリアを発動させる。
予の背から銀色の翼が生えて、その翼が広がり、透明なドームが伊東村全域を包んだ。
翼はそれが構築されるのを見届けると、予の背に消えてゆく。
イヴ「神化完了。幼生のイヴ」
今の予の身体は生の続く限り、プリミティブイデア、ノエシス、SOUL、魔力の4つのエネルギーを生成し続ける。それらは自然にあったものではない。予が産みだした純然なるもの。
<イヴのステータスが変動します…………>
Level 2
HP 421→1263 素質 D
MP 22550→∞ 素質 goddess
SOUL 5160→∞ 素質 legend
STRENGTH 866→2598 素質 C
SPEED 2070→6210 素質 A
MAGIC ATTACK 3800→11400 素質 SSS
CONCENTRATION 1580→4740 素質 B
DEFENCE 365→1095 素質 D
MAGIC DEFENCE 2965→8895 素質 SS
INTELLIGENCE 3830→11490 素質 SSS
little girl ∞(一生涯、ロリの呪い) 素質 impossibility
属性適正 炎・水・地・風・氷・雷・光・闇・毒・無・古代・蘇生・治癒・妖精・竜・魔王 complete!!!
常識外魔法 融合
武術 凪紗南流
<神化が解除されるまで維持されます…………>
少女神 リンテリア『イヴちゃんは神の中でも特殊、4つのエネルギーを∞に産み出させる唯一の神様。幼女の生を見守る神様。成長すれば、最強の一角になれるよん。けど、今は――――』
腕時計型携帯電話のホログラム ウィンドウが予の神化の声を聞いて、自然と立ち上がる。
神化維持限界時間 45分。
少女神 リンテリア『――――時間制限つきなのよん。イヴちゃん、まだ、神様感覚だとハイハイ幼女なの♪』
イヴ「恭二よ。具体的に恋歌がいる場所を言うのだ」
予は言葉を荒げた。それに反応して予の身体から放出され続けている純銀の魔力の玉は量を増やし、天へと目指す。
魔力は構築したドームに触れて、人の害を成さない一定量に魔力が調整され、再び、地上に魔力の銀雪として降り注ぐ。
誰彼構わず、銀雪は触れた者の魔力を回復させ続ける。
それを体感した者達は驚きに目を丸くする。その現象を知る者は予が神であることを知らず、偽りの銀姫化の名を呼ぶ。
英雄の娘がこういう能力だ、と竜族の国 北庄での紛争 永続治癒の陣後、世界に宣言したらみんなが信じた。これが英雄の娘でなければ、迫害され、何処かの施設にモルモットとして提供されていた。
なかなか、恭二からレスポンスが来ない。
イヴ「恭二! まだ、この村にテロリストはおる。さっさと言え!」
予の言葉で凍った時間が溶けたように、恭二は喋り始める。
恭二「イヴ皇女様? は、はい。恋歌はイヴ皇女様が知っている村長の屋敷の納屋に布団に寝かせて。でも、今更何故!」
予は小指で唇に触れ、こう答える。
イヴ「ひ・み・つ、なのだ!」
クイーンリングから、妖精女王の守り刀を取り出す。中空から一振りの刀が出現し、すぐさま、構える。
転送先で何が起こってもすぐに対処できるように、と。
イヴ「妖精の導きの下にて彼方へ」
そのイデアワードの効果により、正しく古代魔法 テレポートは完成した。予の身体は恋歌のいる場所を目指して消えた。
*
イヴ「その子に触れるな! 下郎!」
薄暗い納屋で静かに永遠の眠りに就いているサイドポニーテールの少女 蓮恋歌に20代くらいの男性テロリストが触れようとしていた。
テロリスト「な、何、どこ――――」
声など聞いている間抜けなことはしない。
妖精女王の守り刀をクイーンリングに戻してから、銀色のSOULの光を左足に包ませる。クイーンリングから凪紗南天皇家の宝剣 天叢雲剣を取り出して、鞘に手をかけた。
抜剣の体制に入り、左足で踏み込む。
急速な加速は全てを切り裂く奇襲の一撃と化す。
イヴ「凪紗南流 瞬陣斬。はっ!」
テロリスト「なっ」
通常ステータス3倍のスピードで突きつけた白刃は男性テロリストの背から心臓を貫いた。
<凪紗南イヴのlevelがlevel 4になった>
心臓から激しく鮮血を吹き出している男性テロリストの身体から天叢雲剣を引き抜く。
宝剣が汚い犯罪者の血で汚れるのは流石に体裁が悪い。
天叢雲剣の白刃に触れる。
(ヒール リフレッシュ)
と、イデアワードを声に出して唱えない高度な魔法技術 心理詠唱式で唱えた。
清潔になった天叢雲剣を鞘に戻し、何もない空間から召喚器 深淵の刀を取り出す。
天叢雲剣は本来、凪紗南天皇家にとって水戸〇門の印籠のようなモノなので………予は殺人に使ったのを後悔しつつ、クイーンリングに戻した。
死体になって横たわる男性テロリストを見下ろす。1時間もすれば、魂のしらべが死体から出現するだろう。その魂のしらべを妖精族が姿を消して回収し、転生の扉に運ぶ。そこから神族に転生宮へと運ばれる。そして人間は3年~5000年もの間、転生を待つ。
イヴ「すまぬな、名も知らぬ人よ。予は”人の死に感傷する感情は保たない”。”予の命は数万人の命よりも重いのだ。”それが凪紗南天皇家の教育故。それに………」
はぁはぁ、と息を吐く。
今の一振りで体力を消耗した。小学生ほどの身体つきでは凪紗南流の速さに耐えられない。それを神化した状態で放つのは無謀すぎた。その場で休憩したくなる。意志が解けそうなほどの消耗が全身を襲う。
人を殺した? から手が震えているのか。
バカな。予は人の死を幾人も見続けている。
しかし、これが初めて自分から手をかけた命。
それは些末なことだと言い聞かせるべく、死体に向かって言葉を続ける。
イヴ「本当に大切な命は予の目さえ、離れていないのならば、治せるのだ」
はぁはぁ、と息を吐き、口元を押さえる。
そして、嘔吐した。
未来『イヴ、お前を死刑の場に立ち会わせるのは皇族の勤めだから、というのもあるが、人の命は所詮、軽いものだと教育する為でもある。しかし、その命を大切に思う者が誰にでもいる。色んな意味で人の命は軽くて重い。考えろ、皇女よ。上に立つ者は残酷で優しくなければいけない。貴様の甘さは絶大な神の力によって成立しているもの。いつか、それさえも成立しなくなる。故に考えろ、私のお兄ちゃんの愛しい娘よ』
未来叔母様の言葉の記憶が吐く度に繰り返される。壊れたミュージックプレイヤーのように。
形も解らないぐちゃぐちゃな食品群と共に先ほど、食べたばかりの未消化の照り焼きバーガーの残骸が古い床に散らばっていた。
胃液が唇の隙間から漏れる。
それを拭くのを忘れて、嘔吐物の水たまりを避けるのも忘れて、ただ、左足で一歩を踏み出そうとした。
急激な左足首の痛みと共に視界が一段、低くなる。
イヴ「くっ、ボロな身体めっ。瞬陣斬の一撃だけで、足首がおかしくなっておる」
吐瀉物のレタスと胃液が膝小僧に触れる。
古い床が生暖かい。
まだ、心理詠唱式での魔法は使えそうにない。気持ちが動揺している。
イヴ「ヒール」
左足首に触れてひびを修復させた。
それと同時に炎の音が聞こえた。
誰かが炎魔法でこの納屋に火を付けた?
がたがた、と古い家屋全体が脆く揺れた。
何にしてもこのままでは、と吐瀉物で汚くなったプリンセスドレスの裾を気にしながら立ち上がった。
イヴ「家屋が崩れるのか…………。ならば、算出しよう、その未来全てを! 魔王の魔眼発動」
脳内処理速度がアリス族の域を超越してゆく。
独りの思考が何百人の思考並列へと変化してゆく。
脳が苦しみを訴えるように頭痛の警告音を鳴らす。無視してさらに未来へ、予と恋歌が生存する未来へ…………。
イヴ「風の動き、自然にはない、風の揺らぎを算出」
屋根の一部が何処に、落ちるのかを算出する。
予はそのデータに基づき、足をただ動かす。
飛び散る瓦礫の位置ですら、何百人もの仮想頭脳が分担して瞬時に割り出す。
予はそのデータに基づき、腰をひねってジャンプする。
幾つものの屋根の部位が崩れ落ち、火の粉が舞い落ち、ついには炎が納屋内部に到達した。
汗が首筋を伝う。
足音。
ここに予が居ることに疑問に思い、声を掛ける。それが予の味方の行うセオリーだ。
炎魔法を放った者と、誰もそれ以外に人の動きがない事から算出。
イヴ「邪魔をするでない!」
味方ではない人間に向かって心理詠唱式の光魔法
(セイントランス)
を唱える。それがここでの正解だ。
右手に握りしめた光の槍を入り口の女性テロリストに向けて投擲した。
投擲した光の槍は邪魔な障害物である招き猫の頭をぶち抜いて、勢いが劣らず、威力もそのままに女性テロリストの頭を爆撒させた。
女性テロリスト「うぎゃああああ」
女性の叫声と崩れる音からして脳内ダメージは大。死亡と算出。
尤も、首から上がないので考えこむ必要すらなく、死んでいる。
<凪紗南イヴのlevelがlevel 5になった>
埃の舞う床に膝を突いて、恋歌の黒髪を優しく撫でた。
イヴ「恋歌、痛かったであろう。今すぐ、予が生き返らせる」
魔王の魔眼で底上げした思考がこのまま、生き返らせるのに警告を発する。
イヴ「恋歌の体内温度。肺のやけどの危険性、酸素の欠如、予と恋歌では10分が限界。ならば――――」
(エアタンク)
(コールドタイム)
をそれぞれ、心理詠唱式で唱える。まずは、予の酸素確保と体温保護を。
そして、次に恋歌の身体保護を行う。
(エアタンク)
(コールドタイム)
共に心理詠唱式で恋歌の黒髪に触れていた掌から魔法の威である酸素保護と体温保護がかかる。
イヴ「蘇らせると、同時にフェアリー フェイザーで!」
妖精魔法 フェアリー フェイザーで魔力の羽根を展開して、無属性魔法 スピードゲイザーを超える効果で予の素早さを底上げし、恋歌を御姫様抱っこしてこの場を離れる。
予は身長 139cm、恋歌は163cm。ぐぬぬぬぬ!!!
予のお胸 AA、恋歌のお胸という名の凶器(予の心をさりげなくえぐる) C。
やれるのだ! と予をじっと見つめている雛人形達に向かって頷く。
イヴ「リヴァイヴ」
通常の詠唱で唱えた蘇生魔法はすぐに効果を発揮する。
恋歌の腹部から出ていた腸が時間が逆回転したかのようにあるべき場所に戻り、疵痕が消えてゆく。他にも細かな疵痕も消えていった。
穏やかな恋歌の寝息が聞こえる。予にとっては憧れの胸が呼吸に合わせて上下にゆっくりと動いていた。
その奇跡を起こした代償で予はゆっくりと…………恋歌のおへそを目掛けて顔面から倒れ込んだ。
甘い恋歌のつけている香水の香りがする。これは何だろうか。
魔王の魔眼が勝手に算出を始める。
ロメイド社の………。
意味の無い思考加速なので、予はすぐに止めよ、と脳に命令を下した。
イヴ「身体に力が。やはり、この身体では。しかし、恋歌の命が蘇ったのだ」
しかし………と入り口の方を見て苦笑する。
今の疲弊した身体で恋歌を連れて逃げるのは不可能、と算出が出る。
では、恋歌を生き返らせずにモノとして恋歌を運んだ場合は? と意味の無い計算を脳にさせる。
イヴ「可能か。しかし、予は早く恋歌を死の苦しみから救いたかったのだ。これだから、未来叔母様に甘いと言われるのだな」
神剣 エデンにて――――と脳に算出をさせようとした時、足音が近づいてくる。
今度は敵ではなく、よく知った足音だ。
幼い頃より、かくれんぼう等をして遊んだ聖女であり、予の婚約者 アイシャ・ローラントの足音だ。
やったぁ! と恋歌のお腹に顔をくっつけた状態でにやける。
アイシャ「イヴ様、また、無茶を!」
現れたアイシャは困ったお人だと大げさに声を荒げる。
アイシャは予を右肩に、恋歌を左肩に半ば、無理矢理載せる。
イヴ「それよりも崩れるのだ! 後数分もない。ゆくぞ」
(スピード ゲイザー)
を心理詠唱式で唱えて、アイシャの速度を底上げする。本当はフェアリー フェイザーといきたいところだが、あれは術者専用だ。
アイシャ「ゲイザーですか。承知」
幾ら、アイシャでも二人は運べない。頑張ろうとしているアイシャに悪いが………アイシャの右肩から飛び降りる。
ふらついて着地時に息が乱れる。おかげで足をひねってしまった。
イヴ「ヒール」
予はすぐさま、足のコンディションを回復させた。
腕時計型携帯電話のホログラム ウィンドウが突然、立ち上がる。
神化維持限界時間 30分。
それを目ざとく、恋歌を背に負んぶしたアイシャが視界に納めた。
アイシャ「身体に能力が耐えられていません。神化を解いて下さい!」
イヴ「ならぬのだ! 恋歌は、友達は、ボクが守るのだ。その為の力! 苦痛なんて全て、代償として引き受ける」
お母様は守れなかった。あの時は力がなかったのだ!
自然と両眼から涙が零れた。
アイシャ「魔王の魔眼まで開眼されて。怒りますよ」
と、言いながら、アイシャが予の顔に自分の顔をくっつきそうなくらい、近づけた。
魔王の魔眼が金色に発動が解りやすく輝いているに違いない。
イヴ「しかし――――」
アイシャ「ごめんなさい、イヴ」
アイシャの振り上げた手の平が予の頬を叩いた。
イヴ「えっ」
あまり、ないことに予の身体はびっくりして、神化と魔王の魔眼が同時にほどけた。
身体が今までの反動でふらつく。気合いで姿勢を正す。
アイシャ「やっと、解いてくれましたね」
イヴ「アイシャがぶったのだぁ」
アイシャは納屋に保管してあった荷物用の紐で恋歌とアイシャの身体をきつく縛る。
泣いている予の身体を御姫様抱っこした。
そして、入り口を目指して歩み出す。
アイシャ「力が全て、それではバベルの塔。奴らと同じですよ。力だけでは解決できない人間の不器用さを否定しなくともいいではないですか? イヴ、貴女は”人間”です。私が幼女神なんて存在にさせはしません。その為に、聖剣を使うんですよ。心を聖剣に伝わるんですよ」
イヴ「すまぬ、身体に力が」
アイシャ「…………恋歌はおいて行きましょう」
冗談交じり? にアイシャが微笑みながら言った。
イヴ「ならぬ」
アイシャはさすがに掛川龍胆の鬼の指導を受けているだけあって、炎の海と化した納屋内部をまるでアイシャに炎が道を空けているんだと思ってしまうくらいスムーズに進んでいった。
外に出た時にアイシャがぼそり、と本当に怒った低い声で予に言った。
アイシャ「イヴの主治医から聞いています。体調が今日は著しく、良くない、と」
そう、予の容姿の特徴である銀色の髪や伝説上に出てくる透き通った白い肌は美しいと皆が声を揃えて賛美するが………それは予にとってはハンデなのだ。
普通に歩いていては皮膚ガン等の障害を起こす可能性があるのだが……数時間に一度、治癒魔法をかけることで相殺している。
予の小学生くらいの体格は皆が可愛い抱っこしたい、と言うのだが…………予にとってはハンデなのだ。
神の力を人間のみで宿した結果、小学生くらいの病弱な身体になってしまい、本来の成長余地は全て、神と人間のハイブリッドを実現する接着剤として使用された。だから、思った以上に脆いのだ。
尤も、お父様とお母様の交配でなければ、神の力を受け入れる器になれなかった。
予は幸運なのだ。神の力を受け入れなければ、バニッシュヒューマンとして10歳前後には消える運命にあったのだから。
イヴ「ありがとう。産まれながら神様のくせによわちぃ予を支えてくれて」
アイシャ「私の望みですから。昔も、今も、そしてこれからも」
イヴ「ならば、ボクもなのだ、アイシャ」
アイシャ「ええ」
予とアイシャは瓦礫の村と化した伊東村を歩き始めた。
これからの楽しい未来に思いを馳せながら。
視点 凪紗南イヴ
場所:地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時:2033年 4月2日 午後 8時39分
全ての処理が終わった後、予には地獄の窯にダイブ的なイベントが残っていた。
予は女王の館 4階にある自分のお部屋で映画館くらいの広さがあるのに、あまりの痛さにお尻丸出しで隅に縮こまっていた。銀色の髪が前を覆い隠し、周囲が見えない。
プリムラ、セリカ、テスラ、アイシャ、真央はレイお兄様の口添えでお咎め無しとなった。良かったね、友人として喜ばなきゃ。
イヴ「これからの楽しい未来に思いを馳せながら、予はひたすら、未来の」
お尻叩きのお仕置きを受けるのだ、と言いたかったが言う前に、
未来「まだ、元気のようだな」
と白銀のツインテールを振り乱し、わざわざ早足にこちらへと凪紗南未来天皇代理様が現れた。
すぐに予はひょいと抱きかかえ上げられ、そのまま、お尻を叩かれた。
イヴ「ひぎぃぃいい!」
未来「レイがお前にも情状酌量の余地を、と言ったが」
イヴ「レイお兄様、頼りになるのだ!」
未来「やっぱ、駄目!」
冷厳なるご判断が下され、お尻を叩かれた。
イヴ「ひぎぃいい!」
や、やめて、予のお尻はもう、HP0なのだ!
未来「さて、おしおき。そろそろ、皇女よ。治癒魔法で回復させろ」
この人、鬼だよぉおおお!




