第104話 ヒーローの呪いを受けた日 後編
第104話 ヒーローの呪いを受けた日 後編
視点 久米野豪
場所 地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時 2031年 12月31日 午後 11時20分
視界は黒に覆われていた。
手足が動く? 動いている感覚が脳まで伝わってくる。
それじゃあ、僕はまだ、死んでいない…………。
それはおかしい。確か、朱姫と名乗る6歳くらいの少女に風魔法 トルネードで傷つけられたはず。風魔法 トルネードはAランクの魔法……無傷で済むはずがない。あの時、確かに痛みを感じた。
まさか、生物が死んだら魂のしらべが行く転生宮という場所か。
???「おい、こらっ! さっさと起きろや。お前のおかげで酒が飲めねぇーんだよ」
思考の中でぶっきらぼうな女性の声を聞いた。
ということは、ここは転生宮ではない。
こんな喧しいそうな女性が転生宮にいる神のしもべたる神族(白い羽根の生えたロリな女の子しかいない種族)であるはずがない。
僕はゆっくりと目を開けた。
豪「ここは?」
すぐにベッドの横で腰掛けている女性に声をかけた。
その黒いお下げの女性は革ジャンの上に白衣を着ていた。普通にあり得ない組み合わせだった。さらにあり得ないのはレザーパンツのベルトを通す穴にベルト以外にも酒瓶を括り付けていた。凄くあり得ない。
ここでそんなあり得ない格好をするであろう人物を思い出した。
スーパードクターとして様々な雑誌で顔を見る皇族を守護する十家のうち、美麗家 当主 美麗幼子だ。
幼子「おっ。起きたなぁー。ここは凪沙南総合病院の個室病棟だ。お前、よく風魔法 トルネードを近い距離から喰らって死ななかったな。腕や脚は取れていて、神経はぐちゃぐちゃだったって真面目人間 すぐるんから聞いたぞ」
脚や腕を確認したが全く、傷を負っていない。幼子が酒を飲みながら話してくれた内容とは異なるので僕はどういうことだ? と不思議に思った。
豪「美麗幼子さん………すぐるん? 雨雲英……。ま、まさか、そんな畏れ多い……」
病室の扉が開き、僕の想像通りの人物が病室へと入ってきた。
天井のLED電灯の偽物の光よりも遙かに輝いている艶やかな銀色の髪、銀と金の虹彩の瞳、小さな形の整った唇、小柄な身体を包み込む淡い水色の着物、腰に帯剣した皇族の三種の神器の一つ 天叢雲剣とクイーン王国の頂点 女王だけに帯剣を許された魔剣 レーヴァティン……。凪沙南イヴ様が僕に微笑んだ。
イヴ「英さんと予が自動車で住宅地を通って良かったのだ。青年、お前は英によってエルスエデンの魔の手から救われたのだ。英に礼を」
イヴ様の背後を護るようにストレートヘアの左眼を眼帯に覆った男性 雨雲英が病室へと入ってきた。スーツ姿に絶対に似合わない両腰に四本の、それぞれ日本刀 二本、剣 一本、銃剣 一本を携えて爽やかな笑顔を浮かべていた。
英「やぁ。元気になったようだね、一先ずは安心ってことか」
豪「助けて頂きありがとうございます、英様」
僕は英に頭を下げた。そして、僕がもう一人、頭を下げなければならない相手がいる。
豪「イヴ様も傷を治して頂きありがとうございます」
そう言って、僕は戸惑うイヴ様に頭を下げた。
イヴ「あ! 幼子さん! 予が治癒魔法を唱えて傷を癒やしたのは内緒と言ったであろう」
幼子「いやぁー、それは無理ってもんだぜ。確かに時間をかければ現代医学ならば、イヴの治癒魔法と同等の効果は見込めるが……そりゃあ、手術を何回も経て、リハビリの末に……」
ここで幼子さんは酒をぐいと飲み、また、話を続ける。
幼子「ざっと、見積もっても1年は時間を要するな」
1年の言葉……時間を意味する言葉を聞いて僕は確かめなければならない事を思い出した。父親も、母親も、妹も、死んでいたけど……僕は! 確かめずにはいられない。血は大量に流れてバラバラだったけど、イヴ様の治癒魔法ならば……と。
僕の思いを察したのか……、英さんが厳しい言葉を柔らかな表情で話す。その表情は僕に落ち着いてと静かに言っているようだった。
英「残念だけどね、君の家族は全員、死んだよ。死亡したのは午後9時10分。警察の方が特定してくれたよ。君も今日はいいから、明日、警察に状況を話して下さいね。つらいとは思いますが…………」
僕は思わず、拳を作り強く、強く、五本の指の爪先を手の平に食い込ませた。血が爪先に集まって……赤く、赤く、充血した。その充血は僕が生きている証だった。父親や母親、妹はもう、この生きた証を失ってしまったんだ。
そう考えた瞬間、両眼から涙が流れた……。
豪「うくぅうううう、うわぁああああ。父さん、母さん、朱………。僕がエルスエデンの捜査チーム Φ(ファイ)にいたせいで……ごめんよ、ごめんよ」
イヴ「予が…………」
英「いけません、イヴ。人の死をそんなに簡単に扱ってはいけないのですよ。それにあなたがそれをやったら世界は混乱に包まれます。いずれは優しいイヴの事でしょう……我慢ができなくなるまで偽善は仕舞って置きなさい」
イヴ「………解ったのだ」
幼子「おい、泣いているとこで悪いんだが、な。お前の捜査チーム Φの連中、53名、全員 エルスエデンの人間に殺害されたぞ。ご丁寧にエルスエデンのエンブレム 天空高くに積み上がったピラミッド入りの殺害しました的な内容の手紙が現場に落ちていたそうだ」
豪「僕だけが生き残ったってことですか?」
僕の再確認の言葉に幼子さんは頷いた。
僕の心にその時、秘密化学結社 エルスエデンへの憎悪の炎が灯った。
豪「教えて下さい……どうすれば、エルスエデンを倒すのに相応しい力が手に入りますか? 僕はこの手で奴らをこの世から消滅させる。あいつらは子どもを攫って、化学の発展の為だって言って人体実験をしたり、新種の麻薬や武器を秘密裏に紛争国に流している……。他にも犯罪行為をしている……」
もはや、警官としての公を成す心は僕にはなかった。
ただ、僕がヒーローという名のエルスエデンを1番、苦しめている存在になりたかった。その為には力が足りない……。
豪「僕はエルスエデンと尤も、互角に戦っているヒーローになりたい! でも、その為には力が足りないんだ。お願いします、幼子さん、英さん、イヴ様。どうすれば、力が、力が……」
幼子「おい、お前……。もう、後戻りはできなくてもヒーローになる為の力を手に入れるか?」
イヴ「幼子……。しかし、それは人道的ではない。ファクトリーでもそういう意見が集まって凍結したのだ」
幼子「黙ってろ、イヴ様。男が泣きながら情けねぇー顔で懇願してるんだ。ああ、知っているぞ、この顔は。戦争の時、しんがりを務めてくれた兵士の決意の顔だ。もう、こいつを、この男の決意を止めるなんざぁーできない」
英「ええ。君、サイボーグになってみないか?」
豪「サイボーグ?」
英「ええ、身体の90%を機械化するんですよ。そうすれば、比較的早く、力を手にできるでしょう。しかし、これは皇族の秘密の研究の一部。それを隠し通せると言うなら、与えましょう。あなたが今度こそ、男として護るべき存在を護れるように」
僕はその言葉が地獄から天国へ上がる為の唯一、天上からもたらされた糸のように思えた。だから、僕は英さんの言葉に頷いた。
そして、僕はあらゆる困難を乗り越えて……凪沙南市御当地ヒーローになった。
視点 久米野豪
場所 地球 旧世界 東京都 千代田区、地球 新世界 東京都 凪紗南市
日時 2033年 4月9日 午後 4時20分
~セリカ・シーリング班~
瞼の裏側に2年前の12月31日のエルスエデンへの憎悪が蘇り、僕の心は戦闘モードへと移行してゆく。僕は自分をへなちょこだと自己分析している。だからこそ、僕はこの憎悪がなければ、一人前に闘うことができない。
スカルドラゴンの群れから何体か、こちらを目指して羽ばたいてくる。
このヒーローとしての力――ファクトリー サイボーグ戦闘補助計画のサイボーグの力は最終的にエルスエデンを滅ぼし――――
フェニックスリボルバー「弟 久米野朱姫を殺す……。その通過地点にスカルドラゴンがいるのならば、私はそれを粉砕する……」
低い声で僕は呟き、地面を蹴り、空高くに上がった。
そして、SOULを右脚へと集中させる。
右脚に不死鳥の形をした必殺の炎が灯った。
フェニックスリボルバー「受けてみよ! 正義の力! フェニックスキック」
上空から地上へと斜めに下降する。
着地点に狙い通り、スカルドラゴンがいた。
必殺の右脚がスカルドラゴンの胸部を打ち破り、スカルドラゴン 1体を見事、粉砕した。
フェニックスリボルバー「見たか? これが正義の力だ」
セリカ・シーリング様、覇道プリムラ様はそれぞれ、別のスカルドラゴンと対峙していて、見てはいなかった……。
僕はそんな事では決して落ち込まない!
フェニックスリボルバー「なんて勤勉な子ども達。…………僕ちん、絶対に拗ねないもん。敵がいるから仕方ない。いつもの交通安全集会のダサいヒーローだから見ないではない」
ちなみにヒーローランクはF~SSSまであり、人気投票でヒーローのランクが決まる。現在、僕のヒーローランクはF。
給料はランクによって決まるので、1ヶ月 17万円~6000万円の開きがある。ヒーローも生活が出来なければ、ままならないのだ。
人気投票の事を気にしながら、僕はエルスエデンへの憎悪も力に変えてスカルドラゴンへと駆け出す。




