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 残念ながら、今日はあまりいい天気とは言いがたいようだ。僕は「ふう」とため息を漏らした。早朝から憂鬱な気分だ。大気は湿り気に満ちていて、とにかくジメジメしている。だからといって引きこもりのニートよろしく、通学することが億劫になっているかと言われればそうでもない。では何故こんなにも陰鬱な気持ちになっているのか。その原因を話すと、いかのような理由となる。


「カバン、返してくれないかな?」


 僕の隣にいる銀夜。いや、正確には僕の三歩後ろを歩く銀夜に対し、振り向き様に言った。彼女は自分の鞄と僕の鞄を抱きかかえるように持ちながら答える。


「だめです」


「即答かよ」


 銀夜は僕の隣まで距離を詰めてきた。目線が近づく。


「ご主人様に荷物を持たせるなど、メイドの誇りが許しません」


 そういいながら、銀夜は僕の背中を押したてた。


「さあ、早く学校に向かいましょう。ご主人様」


「…………」


 僕は答えず、歩き出した。

 その後ろを、黙って銀夜はついてくる。


 通学路は、この時間帯にしては通勤前のサラリーマンによって賑わっている方だろう。旦那を送り出す専業主婦、通園する幼稚園児もいる。そしてここには鞄を持たせた美少女を従える男子学生。こんな言い方をすれば、女性を奴隷のように使役する悪党に見えなくもない。そんな僕らに奇異な視線を向けてくる学生たちに対し、僕はじっと我慢をしてきた。これは仕方がない。雑務を押し付けている上に、こんな美人に「ご主人様」などと呼ばせているのだ。真実ではないとはいえ、僕がいかにも邪な変態野朗に見えるはずだ。実際僕の心は海よりも深く、空のように澄んでいるというのに。


 って、こんなこと自分で言うことじゃないか。


「君もメイドならメイドらしく、たまにはご主人様の言うことを素直に聞いたらどうなんだ」


 若干皮肉を込めて僕は声をかけた。すると、

「ご主人様、メイドはご主人様に奉仕する為に存在しているのだと、何回言えばご理解頂けるのですか」

 銀夜は真正直に答えるのだった。


 メイドなのは百歩譲って許すとしても、ここは公衆の面前だ。こんな会話を続けていたら周囲の注目を集めるのは分かりきっていたことだ。僕はそれを、家を出てから再三くどくど言い続けてきたのだが、銀夜は頑なとして「鞄を持ちます」といい続けているのだった。


「それよりもご主人様、本日のご予定は?」


「六限目まではせっせと勉強。お昼は食堂でランチ。放課後は部活。その後は臨機応変に対処する所存」


「なるほど。ところで、部活動についてお聞きしたいことがあるのですが」


「なに?」


「新聞部に所属しているのは、ご主人様とわたくし、それと恭子先輩の三人のみでございますよね?」


「ああ」

 と、僕は短く答えて銀夜を見た。何を言わんとしているのか。彼女の考えていることは僕には一向に分からなかった。


「新聞部の継続には、定員の人数としてあと何人必要ですか」


「そのことか」


 あまり、口にしたくない主題だ。

 しかし僕はその言いたくないことを話した。


「あと、二人もいるんだよ」


 指を二本立ててそう言ったタイミングで、学校に到着した。相変わらず生徒たちは僕らに珍奇な目を向けてくる。少なくとも銀夜といるかぎり、人だかりを欠くことはなさそうだ。


「あと二人、ですね。わたくしのクラスメイトに、何人か掛け合ってみますわ」


「本当に? 協力してくれるの?」


「勿論ですわ。ご主人様がお困りとあれば、何億人だって狩り集めてきます」


「いや、それは多すぎ……」

 

 僕は銀夜の眼を見つめて言った。この町を牛耳る美月家の権威さえあれば、学生ほとんどを入部させることも不可能ではないが。

 僕は人差し指を一本ピンと伸ばしながら言った。


「いい? 部員集めに協力してくれるのは嬉しいけど、脅しつけたりするのは無しだからね」


 銀夜は答えた。


「心配ありませんわ。わたくしはもうあの頃のわたくしではないのですから」


 僕は彼女の瞳を見つめた。


 大きく、そして濁りのない眼だ。僕は視線を外しながら、

「任せるよ」


 そう応じると、銀夜は腰を前に傾け、実に綺麗なお辞儀をした。


「それでは、お昼休みにお伺い致します。お弁当を作ってきたので、わたくしと昼食をとりましょう」


「わかったよ」


「では、後ほど」


「OK」


 そう言って鞄を受け取り、下駄箱の前で銀夜と別れた。

 僕の耳にその言葉が聞こえてきたのは、銀夜が去った時だった。


「あいつシルバーブレットだろ? なんか騒ぎでも起こそうとしてんのかよ」

 

 僕はその声の主を見た。多分下級生。見たこともない奴だった。


「……! なんだよ。俺は何も言ってねーよ」


 そんなつもりはなかったのだが、僕にガンをつけられたと思ったらしい、そいつは逃げるようにその場を立ち去ってしまった。


「なんだ、あいつ」


 愚痴をこぼすと、僕は周りに眼を向けた。

 すると群集は、僕と眼が合った順から逃げ出してしまった。


 やがて、さっきまで僕の付近にいた集団は、蜘蛛の子を散らすように退散してしまった。その様子をぼけーっと見送りながら、僕はため息を吐いた。


「だから、何なのよ?」

 

 出来ることなら、この時気づいておけばよかったのかもしれない。

 いずれ起こる事件に、僕はもう巻き込まれかけているのだということを。

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