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 家に帰ると、ドタドタ足音を鳴らしながら姉さんが迎えてくれた。

 三和土で靴を脱いでた僕に、姉さんは顔を輝かせながら、


「お帰り、あなた!」


「……え?」


 弾む姉さんの言葉を思わず聞き返す。しかし姉さんは、そんなことお構いなしとばかりに僕の腕をぐいぐいと引っ張ってくる。


「さあさあ、早くあがって。あ・な・た♪」


「ちょっ、ちょっと待ってよ姉さん!」


 土間で慌てて靴を脱ぐと、僕は姉さんにリビングへと連れ去られた。



「今日も一日お疲れ様でした。んもう、キャンパスにいる間中、ずっとあなたのこと考えてたのよ? 食事の時も講義の時もトイレの時も。あなたも私のこと考えてくれてたわよね?」


「う……うん。まあ、うん」


 なんだかよくわからない姉さんの言葉に、適当に返事をする。


 そんな僕に姉さんは、

「お湯も張り終わったところだし、ちょうどいいから一緒に入りましょうか。それともご飯にする? あるいは男女の営みをする?」


「先にお風呂に入るよ。ひとりでね」


「あ、ごめん。最後のほう聞き取れなかった。しょうがないから仲良く二人で流しっこしようか」


 一人納得したように頷きながら姉さんは、ファスナーに手をかけスカートを下ろそうとした。僕は慌てて制止する。


「待って! 頼むから待って!」


 ほとんど悲鳴に近い僕の叫びを聞いて、ようやく姉さんは悪ふざけをやめた。

 新婚夫婦の真似事をしているが、身内である姉さんは当然僕のお嫁さんではない。そもそも僕は結婚できる年齢ではないので、どちらにしても無理なのだが。


「むー、ほんと空ってノリが悪いんだから」


 ぶつぶつ文句を言いながら、姉さんは僕に向き直った。


「そんなことじゃ、私のお婿さんになれないよ?」


「ならないならない」


 僕はため息をつきながら、ソファに腰掛ける。


「姉さん、大学に入ってますます馬鹿になったよね」


「あ~! 今馬鹿って言ったっ!」


「馬鹿だから馬鹿って言って何が悪いの?」


 姉さんはぷんぷん怒る。


「あ~~~あ。子供の頃から手塩にかけて育ててきた弟にそんなこと言われるなんて。お姉ちゃんショックだよ。空ったらいつからそんな反抗期になったのかしら? もう、ブーブー!」


 僕の姉さん――亘理朱音――はため息をつきながらジト目で僕を睨んだ。形のいい唇をすぼめてブーブーぼやくその姿は、県内でも著名な大学にトップで合格したとはとても思えない。こんなのが入学式早々、絶世の美少女、大輪の花、現代のクレオパトラと祭り上げられてるから世の中は不思議だ。


「…………」


 僕が虚ろな目で呆れたように見てると、

「あ~~~!」

 と、姉さんは苦しそうに喉を押さえて悶絶した。


「ああ、空、お願いだからそんな目で私を見ないで。わかった、正直に言うから。授業受けてる間ずっと寂しかったの。寂しくて寂しくて死にそうだったの! うっ死ぬ。このままだとお姉ちゃん死ぬ!」


 オーバーリアクションで三文芝居を始める姉さん。


「まったくもう」


 僕は苦笑いした。

 外では完全無欠と言われてるだけにこのギャップを見ると微笑ましくなる。


「甘えたいなら甘えたいって最初から素直にそう言いなよ」


「空~」


「あ、だからといって」


 僕は言葉を付けたす。


「過剰なスキンシップは厳禁だから。約束破ったら一生口利かないからね」


「う……」


 物凄い勢いで抱きつこうとする姉さんに向かって、僕は犬に「待て」をするように手を突き出して牽制をした。


「姉さん、僕に絶交されたい?」

 

「ぐ、ぐぬぬ……」


 おあずけを食らった犬よろしく、姉さんは歯軋りをした。


「なんてね。うそだよ」


 突き出した手を広げて、姉さんの肩をそっとつかんだ。


「え……」


「今日は特別だからね。いつもこんなことしないから」


「そ、空……?」


 そのまま抱き寄せ、熱い抱擁を交わす。


「はうっ…………!」


 姉さんは嬉しそうに息を漏らした。


 僕の体をギュッと抱きしめ返し、

「だから空のこと大好き……!」

 と、嘆息交じりに言った。


 僕は答えた。

「姉じゃなければ、今のは殺し文句だったんだけどね」

 

 僕は幼い頃に親父から拾われた子供の為、姉さんとは法律上赤の他人なのだが、信頼、特に姉さんから寄せられる敬慕の情は肉親のそれを遥かに凌駕しているだろう。四月から大学に進学した姉さんと、親父が亡くなってからは二人暮らしをしている。学校では会えなくなった分、こうして家の中で迫られているというわけだ。


「あ、誰が止めていいって言ったのよ?」


 僕が体を離すと、ぷくっと姉さんがむくれた。だが機嫌をそこねているわけではなさそうだ。


「いつまでも抱き合ってたら夜が明けちゃうよ。その前に風呂に入ってくる」


「ぶ~」


 またブーブー言い出した姉さんを捨て置いて風呂場へ向かう。


「あ、空」


 後ろから姉さんの声が追ってきた。


「晩御飯温めておくから。なるべく早くあがってね」


「うん、わかったよ」


「それから、一緒にお風呂入りたくなったらいつでも言ってね!」


 眼をギラつかせながら言う姉さん。僕は少々淡白に返した。


「新婚さんごっこはもう終わりだよ? 姉さん」


 そう言うと、僕は踵を返してバスルームに入った。

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