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今日は、日曜日だ。惰眠を貪り尽くしてやろうかと思っていたのに、言い争うような耳障りな音が聞こえてきた。静かにしてくれよと呟きながら寝返りを打つ。
――言い争う声? ひとりは姉さんだとして、もうひとりは誰だ?
そんなことを考えていると、ドタドタと二つの足音が、僕の部屋の前まで鳴り響いた。バタン、と大きく扉が開けられる音がしたので、飛び起きてみると、そこにはメイド服を着た姉さんと銀夜がいた。
「姉さん!? 何その格好は? それと、どうして銀夜がいるの?」
「あ、あうう……」
銀夜は僕の前に立つと、照れくさそうに言った。
「わたくし、昨日あれから考えてみたんです。これからどうしていこうかと。そうしたらやはり、ご主人様のメイドとして生きていくことに決めました。なので……わたくしの生涯を、ご主人様に捧げます」
「生涯を捧げる、ですって!?」
姉さんは銀夜に向かって噛み付くように言った。
「言っておくけど、私と空の間にはあんたなんかの生涯が入り込む余地なんて、一ミリたりともないのよ!」
「ふふ、小姑が何か仰ってますわ」
「誰が小姑よ! 誰が!」
「あのさあ」
僕は激昂している姉さんに向かって、
「銀夜はともかくとして、何で姉さんまでメイド服なの?」
「ふふん」
姉さんは、得意になってスカートの端を指でつまみ上げた。
「何でって、空はメイドフェチなんでしょ? だからお姉ちゃんが、空のメイドさんになって甲斐甲斐しく世話を焼いてあげようかなって。特に下のお世話を念入りにね」
僕は、姉さんが何を言っているのか理解できなかった。とにかく姉さんの中では、僕は大のメイド好きということになってるらしい。
「あう! ご主人様のメイドはわたくし一人ですわ! それに、ご主人様の性処理はわたくしの責務です!」
姉さんの発言に、銀夜もぷんぷん怒っている。
「二人とも性交渉を頭から離してくれないかなあ」
寝起きでこんなテンションで迫られて、僕は頭痛を我慢するので精一杯だった。
「とりあえず空。朝ごはんを食べ終えたら、私と遊園地デートに行くわよ」
姉さんは僕の右腕に、自分の腕を絡ませながら言った。
「ちょ、ちょっと姉さん。今日は、僕――」
「いけませんわ! ご主人様はわたくしと、美術館めぐりをするのです!」
「は?」
銀夜はもう一方の腕を組んできた。
「ご主人様。昨日わたくしを置いていった罰です。今日はわたくしと一緒にいてください!」
「いや……でも……」
「何よ空! 私の言うことが聞けないの? また、お仕置きするわよ!」
二人の美少女は、僕の両腕を引きちぎらんばかりに、ぐいぐいと引っ張ってくる。正直、とても面倒な状況になった。僕は、姉さんと銀夜に諭すように言った。
「お二人のご要望には答えておきたいところなんだけどね。残念ながら先約があるんだ。もう待ち合わせもしてるから、今日はその人のところに行って来るよ」
「何ですって!!」
姉さんと銀夜は、同時に叫び声を上げた。
「わたくしというものがありながら、他の女性と浮気をされるのですか!? 許しませんよ!」
「誰と何処で会うのよ! 答えなさいよ空!」
二人の問いかけに、僕は答えた。
「浮気じゃないよ。母さんに会いに、病院へ行くんだ」
「え……?」
「ご主人様の、お母様……?」
僕は、きょとんとする二人を引き剥がして、窓辺に行きカーテンを開けた。
蝉の声が聞こえ、初夏のみずみずしい風が、頬を撫でる。
人生とはこうやって巡っていくのだろうか。
秋がきて、冬がきて、そして春がきて。
「今日は、暑くなりそうだな」
――また、夏がくる。