39
部活動も終わり、僕は銀夜の家へと向かっていた。
言うまでもなく、彼女に復学するよう説得する為だった。
今日尋ねるという旨は、既にメールで伝えてある。返信は帰ってこなかったが……今の銀夜なら、僕に会ってくれる。いや、彼女が会わざるを得ない文章で、メールを送っておいたのだ。
そんなことを考えながら、青信号になった道路を渡ろうとした時だった。
その違和感に気づいたのは。
「……気のせいか」
僕は辺りをキョロキョロ見回しながら、一人呟いた。何となく誰かに見られている気がしたのだ。やはり昨日の一件が尾を引いているのかもしれない。首をブルブル振ると、銀夜の自宅まで急いだ。
銀夜の家は都心部のほぼ中心にあった。いや、それが家と呼べるものかは分からないが。とてつもなく高い堀のその建造物は、もはや大名屋敷と言った方がよさそうだった。
家の中に入ると、恭しい態度の女中が出迎えてくれた。どうやら銀夜が話をつけてくれてたらしい。広大な玄関を通ると、何百畳もありそうな居間があり、いかにも日本家屋といった造りの邸宅だった。
「お嬢様は二階の自室でお待ちになっております」
女中はそう言うと、階段を上って僕を銀夜の部屋の前まで案内してくれた。
ドアの前に立った時、心臓が早鐘を打つように高鳴っていた。
まるで、初対面の人間と会わなくちゃいけない時のように。
しかし、ここまで来て引き返すわけにはいかなかった。正直言うと、もう帰りたい気もするが。とにかく僕は意を決すると、ドアを二回ほどノックして中に入った。
すると――。
「お待ちしておりました、ご主人様」
銀夜は、ドアのすぐ前に待っていた。
身体の前で腕を組み、姿勢良く立っている。
「お待ちしておりました、じゃないよ。二日も学校を休んで、何をしてるんだ、君は」
僕が非難の言葉を口にすると、彼女は礼儀正しく頭を下げ、
「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
と、か細い声で謝罪をした。
銀夜は袖にメッシュの入った、黒のワンピースを着ていた。綺麗な白銀の髪とのコントラストは、まるで絵画のように神秘的な美しさを漂わせていた。だが、僕は彼女を見てると不安な気持ちになってきた。その原因は、痩せこけて少し窪んだ頬と、輝きの無いその瞳にあるのかもしれない。
「銀夜」
僕が声をかけると、銀夜はゆっくりと頭を上げた。
「何でございましょうか」
「久しぶり、だね」
銀夜は答えた。
「久しぶり、というほど間は空いておりませんわ」
「あ、そうだった……」
彼女は表情ひとつ動かさずに、
「ご主人様。そのような閑談をしに訪問されたのではないのでしょう? 本題に入られてはいかがですか?」
「確かにそうだね。僕は今日、君に言わなければならないことがあったんだった」
「何で、ございましょうか」
銀夜は注意しなければ聞こえないほど小さな声で聞き返した。
できれば、言いたくない。躊躇せずにはいられなかった。
胸の芯にズキズキするような痛みを感じながらも、僕は言った。
「メールでも書いたんだけど、もう一度言わせてもらうよ。君は……お姉さんを殺したんだね……?」