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次の日。土曜日なので三時間目で下校時刻になり、僕は新聞部の部室へと足を運んだ。室内には恭子、緒方先生、白絵に黒川と、お馴染みのメンバーが既に着席していた。
「来たか空。待っていたぞ」
緒方先生は僕の顔を見るなり、立ち上がって言った。
「僕を待っていたって、どうかしたんですか」
「とぼけるなよ。東藤のことだ。お前が事件を解決してくれたんだろう?」
「僕は……別に」
「謙遜するな。昨夜は大活躍だったそうじゃないか」
「そんな大したことはしてないですけど。それで、東藤はどうなったんです?」
「それなんだがな」
先生は表情を曇らせた。まさか、校長は警察に被害届を出したんじゃないだろうか。理由はどうあれ、教師に対して暴力を振るったのだ。それがどういう意味を持つかは、分かっているつもりだが。
「そんな顔をするな。校長に聞いたのだが、警察沙汰にはしないそうだ」
先生は言った。
「大事にしても、我が校にとっては不名誉にしかならんからな。退学という話も出たが、私が説得した。まあ、特別指導は免れないだろうがな」
ああ、そうなったのか。
「それでも、ちょっと後味が悪いな」
「まあ……お前からすると、同級生を告発したように感じるかもしれん。しかし、気にすることはないんだぞ」
「ええ、分かってます。それで、銀夜は?」
白絵が悲しげに答えた。
「それが……銀ちゃん今日も来てないんです」
僕は銀夜の陰りのある表情を思い描いた。
なるほど、まだ許せないのか、自分が。
「美月さんに対する、生徒達の誤解は解いておきました」
黒川が言った。
「一昨日起こった不良間の抗争には、美月さんは一切関わっていなかったと。ほぼ全生徒に広めておきました」
「じゃあ、銀夜はいつでも学校に戻れるってことか?」
僕がそう聞くと、黒川は肩をすくめながら、
「どうでしょうね。美月さんに復学する意思がないなら、無駄なことだと思います。人の口には戸が立てられない、とも言いますし」
「難しい言葉を知ってるね。でも、もう大丈夫だと思うよ」
「大丈夫、とは?」
「言葉の通りだよ。銀夜は、そんなに弱い子じゃないから」
自分で言いながら、本当にそうか? と自身に問いかけていた。人は誰しも弱い存在だし、銀夜がこれからどういう行動を取るのか、僕には予想もつかない。
だけども。いや、だからこそ。
「ま、大丈夫と言ったら大丈夫なんだよ」
半分誤魔化すようにそう言いながら、僕は椅子に腰掛けた。
「空」
すると、向かいの席に座っていた恭子が不機嫌そうに話しかけてきた。
「どうしたの? 恭子」
「どうしたの? ではないっ」
彼女はなぜか憤慨しているようだ。
「昨夜はどうして私を東藤の所まで連れていってくれなんだ。奴の住所を聞きだした途端、急に電話を切りおって。私をのけ者にするつもりだったのか? 許さんぞ!」
「そ、そんなことないって。ただ、大切な親友を危険な目に合わせたくなかっただけさ」
「そのような甘言に騙されたりはせぬぞ。今度でえとに連れていくというなら話は別だがな」
「……思い切り、騙されてるじゃんか」
「ふん。それよりも、よくあの東藤を説き伏せたものだな?」
「まあ、色々大変な目にあったけどね」
「どういうことだ?」
「簡単に言うと、不良グループに呼び出されて廃工場の中で暴行を加えられたり、ナイフを突きつけられたりしてた」
僕がそう言うと、恭子は顔を赤くして、
「そ、それならば尚更だ。私がいれば、一騎当千の活躍をしたものを」
「気持ちだけ受け取っておくよ。それに、あいつらとの決着はもうついたんだ」
あいつらとの決着だけはね。僕は心の中でつぶやいた。
「ふうむ……」
恭子は一人頷きながら、僕の顔を食い入るように見つめていた。もしかして、僕の説明ではまだ納得していないのだろうか。
「どうしたの? まだ怒ってる?」
「いや、そういうことではない」
恭子は僕の言葉を否定した。
「この数日で、何だかお前が一際頼もしく見えてきてな。そうかと思えば、酷く頼りないようにも見える。まったく、不思議な男だよお前は」
「それって、褒めてるの? けなしてるの?」
「言葉の通りだ。他意はない」
「何だかな。僕はそんな分かりづらい人間じゃないと思うんだけど」
「そう思ってるのは、お前だけだ」
……そんなにハッキリ言わなくったって。
「あ、それ分かります! 部長さんって、何だかとっても変な人ですよね」
へこんでいるところに、白絵がダメ出しをしにきた。
「何を考えてるのか分からないし、掴みどころがないし。でもいざとなると、とっても頼りになって。あたし、部長さんのこと、尊敬してきました!」
「元は尊敬してなかったみたいな言い方だね」
白絵は心から僕を賛美してくれてるみたいだが。掴みどころがないとか、何を考えてるか分からないと言われてもあまり嬉しくはない。
「ええ。少なくとも尊敬に値する人物だとは思っていませんでした」
白絵の横から黒川がバッサリと僕を切り捨てる。
「黒川。君ねえ……」
「でも」
黒川は、何故かもじもじしながら僕の言葉を遮った。
「それは私の目が節穴だったからだと気がつきました。最初は異能な人物など中々いないなどと言いましたが、撤回します。部長は美月さんの言うとおり、素晴らしいお方だと思います」
黒川は頬を赤らめながらそう言った。褒められるのは嬉しいが、そうあからさまに褒められると、背中がむず痒くなってくる。
「お前達、言っておくがな」
突然恭子が白絵と黒川の間に入り込み、両者を怒りの目で睨みつけた。
「空は私のものだ、勝手に手出しをしたら命はないぞ」
「ひ……ひい!? 戸塚先輩、何だか怖いですう!」
「ふむ……戸塚先輩と部長との関係も、中々に興味深いものですね」
「お前達、そこまでにしておけよ」
騒ぎ立てる恭子と白絵と黒川に対して、先生は軽く叱咤する。
「銀夜のことはひとまず置いといて、もうすぐ体育祭があるんだ。今日は新聞記事の作成に力を入れていくぞ」
緒方先生がそうまとめると、僕らは一様に返事をした。