35
「空の痛み……百倍にして返す!」
姉さんは不良グループに向かって走り出した。
「このやろう!」
不良グループの一人が先陣を切って迎え撃ったが、時既に遅し。
姉さんはそれより早く、敵との間合いを詰めていた。
「死ねや!」
繰り出される強烈な蹴り。
その蹴りを姉さんは肘で受け止めた。そして次の瞬間には膝関節を捻って投げ飛ばし、更に落下する相手の腹部にかかと落としを入れていた。
「ぐふっ!」
相手の背中が地面につく。と同時に次の相手が跳び蹴りを放っていた。
岩のようにごつごつした足が、姉さんの顔に――。
「姉さん!」
僕は反射的に叫んだ。姉さんが相手の蹴りを食らったと思ったのだ。
だが、姉さんは身体をよじって攻撃をかわしていた。そして体勢の崩れた相手の足を抱えてジャイアントスイングをし、別の不良に向かってぶち当てた。
「ぎゃっ!」
二人は絡み合う形で倒れた。ピクリともしないところを見ると失神しているのだろう。しかし安心は出来なかった。残った一人が姉さんに向かって突撃してたからだ。相手は懐から何かを取り出した。キラリと閃光が走る。その手に握られていた物は、折りたたみ式のナイフだった。
本気なのか。背筋に震えが走った。
こいつは本気で姉さんを殺すつもりでいる。
「姉さん逃げて!!」
僕は声の出る限り叫んだ。
しかし、姉さんは逃げる素振りを全く見せなかった。
「殺してやる!」
相手は無慈悲にもナイフを姉さんに向かって突き刺そうとした。
紛れもなく、姉さんを殺すつもりで。
「なっ!?」
叫んだのは姉さんではなく、相手の方だった。
姉さんは迫り来るナイフをかわし、相手の腕を右脇に挟んでいた。
そのまま相手の左肘をつかむ。
「ふっ!」
姉さんは気合を入れ、相手の懐に入り込むと上半身を捻り、引き込みながら一本背負いで投げ落とした。
相手は背中から地面に叩きつけられた。ひゅう、という情けない声が漏れる。その隙に、相手の鳩尾に姉さんは掌底打ちを入れていた。
「ぐう……」
相手はそう呻くと失神したようだった。もう二度と起きれないかもしれないが。とにかくピンチは脱した。僕は安堵したと同時に消沈していた。結局姉さんが全て片付けてしまったからだ。やっぱり僕は姉さんに比べて出来が悪い。
「やったね。姉さ――」
そう、僕はうかつだった。
「!?」
姉さんに駆け寄ろうとした時、僕は何者かに後ろから羽交い絞めにされた。振り返ると、金城が禍々しい笑みを浮かべている。
その時僕は気を抜いていたことを激しく後悔した。よりにもよって、金城のことをすっかり忘れていたのだ。姉さんは一瞬遅く気づいたが、それより早く金城はナイフを取り出していた。
「空……!」
姉さんは悲痛な顔でその光景を見ていたが、近づくことは出来なかった。まさか、僕が人質に取られるとは考えていなかったのだろう。僕も、金城がそこまで卑劣な人間だとは思わなかった。
金城はニタリとほくそ笑んだ。
「形勢逆転だね。さあ、こいつの命が惜しかったら、大人しくしてもらおうか」
そう言うと金城は、僕の首筋にナイフを押し当てた。




