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全国の高校生諸君に聞きたい。不良グループに呼び出されて抗戦するという展開に遭遇したことはあるか、と。少し前まで、僕にも無縁の出来事だと思っていた。
しかし今、無縁だった出来事は現実のものとして、僕の眼前にそびえ立っていた。それは、古くなって今は使われなくなった廃工場だった。
その廃工場に足を踏み入れると、つんと薬品の匂いが鼻をついた。電灯はついていたので、うっすらと内部が見渡せ、鉄の瓦礫やガラクタが大量に落ちていた。中央には巨大なクレーンが天井からぶら下がっている。
中には六人の男女がいた。その内の一人はもう見慣れているが、金城逸海だ。その周りを囲むように筋骨隆々の男達が五人。それぞれ武器を持っている。皆口角を上げ、ニヤニヤしながら僕のことを見ていた。
「来たね。亘理空」
金城が僕の名前を呼ぶのは初めてだった。
「アンタさ、何考えてんの? アタイらには関わるなって言ったジャン」
「言われたね」
僕は答えた。声が震えてないか心配だったが、何とか冷静に喋れた。
「でも、僕もこう言ったはずだよ。新聞部の部員として、後輩として、友達として、銀夜の手助けがしたい、とね」
「ケッ、相変わらずいけ好かないヤローだ」
金城はペッと唾を吐き捨てた。
「亘理朱音はどうした? 二人で来いって言ったはずだけど」
「姉さんはちょっと急用ができてね」
僕は肩をすくめた。
「でも、僕がいればいいだろう? 元々姉さんはこの件とは無関係なんだ。それに、真相を暴いたのは僕だしね」
「ふん、要するに怖気づいたってワケかい。で、真相ってのは?」
「真相ってのは、シルバーブレットの名を悪用する計画のことだ」
僕は言った。その瞬間、金城の周りにいる不良達がどよめいたが、そんなことは知ったことじゃなかった。
「シルバーブレットの名を悪用? アタイらが?」
「おたくが、だよ」
僕は金城を睨みつけた。
「おたくは、銀夜を自分のグループに引き込もうとした。でも、銀夜はどうしても首を縦に振らなかった。そこで戦略を変え、銀夜を脅して家から出ないように抑止したんだ。その間に東藤という偽者を立て、銀夜が仲間になったと見せかけたんだろう? でも、東藤はミスを犯した」
「そうなんだよねえ」
金城は意外にも、僕の言葉に同意してくれた。
「アンタ、とぼけた顔してるけど、けっこー鋭いジャン。それで? 話の続きは?」
「おそらく、東藤はおたくらを裏切ったわけじゃないと思う。ただ、銀夜に濡れ衣を着せて校長に復讐しようとしただけだ。でもそのせいで、陥れるはずだった銀夜の無実を逆に証明してしまった」
「アハハハハハハハハ!!」
金城は、高らかに笑った。
「アンタさ、本当に大した男だね。どう、アタイのグループに入らない?」
「答えるまでもないと思うけど」
「あ、そう。やっぱりね。それならしょうがないか。しょうがないけど、口封じはさせてもらうよ」
「簀巻きにして東京湾にでも沈められるのかな?」
「そんな物騒なことするわけないジャン。アタイらはヤクザじゃないし」
「じゃあ、見逃してもらえる?」
「そんなわけないジャン。まあ、指の一、二本ぐらいは覚悟してもらうよ」
つまり拷問にかけて、僕の口をふさぐことが狙いということか。
「へへっ、それじゃあ、少しばかり痛い目見てもらうぜ」
金城の隣にいた男が言った。
男はアロハシャツに黒のジーパンを履いていて、背が高く筋肉質な体格をしていた。髪をガチガチにワックスで固めていて、チョビヒゲを生やしている。
しばらくその男と向かい合った後、僕はチョビヒゲ男に口を開いた。
「止めた方がいいと思うよ。後悔することになるから」
「ケッ」
僕の制止の言葉は、チョビヒゲには何の効果もなかったようだ。
その証拠に、腹部に強烈なパンチをお見舞いされた。
「ぐっ……」
呼吸が出来なくなり、僕は苦しさのあまり膝をついた。
「姉の方にも電話してここに来るよう伝えろ。今すぐにだ」
「……ね、姉さんがここに来たら、おたくら、今度こそおしまいだよ」
「やってみろよクズが」
そう言うと、チョビヒゲはうずくまっていた僕の腹を思い切り蹴り上げた。
肝臓が破裂したのかと思うほどの衝撃だった。
「ごふっ……!」
地面に落ちると同時に、言葉にならない声が出た。気を失いそうになるのを、唇を噛んで必死に耐えた。口の端から血を垂らしながらも、意識だけは保つ。
「てめえのせいで、俺たちのグループは崩壊するかもしれねえんだよ。てめえみてーな何の取り得もねえガキ一人のせいでな。かまわねーよな。別にてめえみてーなクズが死んだって、誰も気にしねえんだし」
チョビヒゲは僕の髪をつかむと、無理やり立たせて、自分の顔の近くまで持っていった。そのまま拳を振り上げるが、僕にはもう抵抗する気力さえなかった。このままだと、本当にチョビヒゲの言うとおり殺される。
もう、終わりなのか――――
諦めに近い心境で、眼前に迫る拳を見ていた時だった。
その時、中央のクレーンが動いた。ういいいんという音と同時に、ワイヤロープを伝って黒い影が天井から飛んできた。ナイスタイミングだ。そう、始めからこれが狙いだったのだ。僕は時間稼ぎと奴らの気を引く役。
そして――――
「空に何してんのよぉおおおおおおおおおおおおお!!」
姉さんはターザンのように激しく、長い足から繰り出される蹴りをチョビヒゲの顔面に叩き込んだ。壁に勢いよく叩きつけられたチョビヒゲの身体からは、バキバキと何かが折れる音が聞こえた……気がする。
すとん、という着地音と共に、軽やかに姉さんが僕の前に降り立った。姉さんの登場に、金城や仲間の不良グループは、驚きを隠せないようだった。
「ごめん空。遅くなっちゃって」
軽く僕の方を振り返りながら、姉さんは微笑みかけた。実際にはこれほど見事なタイミングもなかったのだが。姉さんには不覚の至りだったらしい。
二人揃ったところだし、僕も姉さんと一緒に戦ったほうがいいのだろうか。そう思い「僕は大丈夫だから」と答えたが、返ってきた返事はこうだった。
「危ないから空は下がってて。今からお姉ちゃんこいつら殺すから」