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「私が犯人……?」


 東藤は忌まわしげにタバコをくゆらせながら聞き返した。対照的に姉さんは極めて冷静に答える。


「ええ、そうよ。あなた以外には考えられないの。色々なことを統合するとね。ていうか、だから急に訪ねてきた私たちを家に入れたんでしょ? やましいことがあるから」


「ちげーし。あんたらが警察に行くとか脅すからでしょ。別にあたしはやましいことなんて……」


 東藤は俯きながら、言葉尻を濁した。腹の底を探られない為に視線をそらしているのだろうか。僕は東藤に話しかけた。


「本当にやましいことがないなら、今から話す推理を聞いてもらえますか」


 僕はあえて高圧的な物言いをした。実に嫌な言い方だが、これが銀夜を救う最後のチャンスなのかもしれないのだ。この機を逃すわけにはいかなかった。


 東藤は、頭を下げたままだった。が、しばらくしてから顔を上げて、

「別にいいけどさ。でも、ちょっといい?」


「何でしょうか」


 僕は聞き返した。


「あたしじゃなかったらどうすんの?」


「え?」


「聞こえなかった? これだけ人のこと疑って、もしあたしが犯人じゃなかったら、あんたら相応の詫びを入れてもらうって言ってんの」


「どうすればいいんですか」


「退学しなよ。あんた達の通ってる学校。それぐらいの覚悟があって来たんでしょ? だったら聞いてあげてもいいよ」


「退学……」


 思わず口ごもってしまった。及び腰になったわけじゃない。僕はともかく、姉さんまで巻き込むわけにはいかないからだ。


「空、私はいいから。空の好きにして」


 しかし、姉さんは毅然と言った。


「……姉さん。でも」


 僕がそこまで喋ると、不意に姉さんは僕の手をぎゅっと握って、そして言った。


「大丈夫。私は空を信じてるから」


「姉さん……分かったよ」


 僕は姉さんの瞳を見つめながら、そう答えた。

 その瞬間、東藤の目がギラリと光ったように見えた。


「じゃあ聞いてやるよ。そこまでの覚悟があるんだったらね。ただ間違ってたらきちんと責任はとるんだよ」


 そう言うと東藤はタバコの火を灰皿に押し付けて消し、僕に向き合った。


「さあ聞かせなよ。私が犯人だって根拠を」


「……疑問点は三つあります。まず、第一の疑問はなぜ犯人は校長を襲ったのかという点です」


 僕は答えた。


「どうしてそれが疑問なの? あんなやつ襲われたって何の不思議もないでしょ」


「不良グループと乱闘するのと校長を襲撃するのでは、罪の度合いが明らかに違うし、下手をすると退学するかもしれないリスクを背負うことになるんです。銀夜なら美月家の権力を使って教職人事を動かし、校長を異動させることも出来るのに。もし銀夜が犯人ならどうしてそんなことをしたんでしょうか」


「んなもん、自分の手で直接あのヤローをぶん殴りたかったからじゃねーの?」


 そう言うと東藤は、四角い箱からまたタバコを取り出した。火をつけながら、ゆっくりとタバコを吹かし、しばらくすると煙を吐き出した。僕と姉さんの方にも紫煙がただよってくる。


「そうさ、あのヤローは最低なんだ。いつだって自分の評価と学校の体裁しか気にしない。何人もの生徒を何かと退学にして将来を奪ってるんだから、復讐されたって文句は言えないくらいさ」


「そうかもしれないですね」


 僕は東藤の言葉を肯定した。


「でもだからって暴力で解決していいなんて、そんな風には思いません。相手が理不尽なことをしたからって、こっちも同じことをしてたら――」


「んなこといいから、続き話せよ」


 東藤は僕の意見をバッサリと切り捨てた。

 渋々僕は話を戻すことにした。


「第二の疑問点は、なぜ銀夜はニット帽やマスクで顔を隠しておきながら、自分の通り名を名乗ったのかという点です。正体を隠したいなら名乗ったりはしないはずだし、逆に名乗るくらいならマスクもニット帽もいらない。これは周囲の者に自分は銀夜だというイメージをなすりつける為に、銀夜に変装をした人物がいるということです。校長は去年東京から赴任してきてるから、容疑者は美宝高校に在学中の女子生徒に限られます」


 東藤は、すぐには言い返さなかった。ただ苛立しげに手の中のタバコを持て余していた。


「で、でもさ」


 少し余裕がなくなってきた口調で、東藤は答えた。

「それのどこが根拠なの? 本当にただの疑問でしょ? 美月銀夜が犯人じゃないって証拠はどこにもないじゃん」


「銀夜は犯人じゃないですよ」


 僕は即答した。


「というより、銀夜には無理、と言い換えた方がいいかもしれない。彼女には夜道で校長を背後から殴るなんてことは不可能なんです」


「それまさか、彼女はそんな悪いことをする人間じゃないから、とか言わないよね?」


「もちろん。そんな感傷的な気持ちなんて、こんなこと言いませんよ。あらゆることを想定して、銀夜が犯人はあり得ないと気づいたんです」


 僕がそう言うと東藤は、不愉快そうにトントンと、指でタバコの灰を落とした。僕はその様子を黙って見ていたが、しばらくすると彼女は口を開いた。


「なんで? なんでそう思うの?」


「いざ気づいてみると、何でこんな簡単なことが分からなかったんだってことなんだけどね。昨夜、校長は自宅までの帰り道に、右斜め上から特殊警棒を頭に振り下ろされたんですよ」


「は? だから何?」

 

「これが最後の疑問点ですよ。分かりませんか? 銀夜は……右手は使えないんですよ(・・・・・・・・)。彼女は一年前、殴り合いの喧嘩をして右手を負傷し、それ以来ずっと後遺症が残っているんです。校長は右斜め後ろから襲われたんです。もちろん銀夜の右手では人を殴ることなんて出来ません。フォークで突き刺したステーキを僕にあーんしようとして、ポロポロ落とすくらいですからね。右手が使えない銀夜は、今回の事件の犯人ではないということですよ」


 僕がここまで話すと、東藤は手にしたタバコを床に落とした。

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