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 僕は今回の事件がクライマックスに差し掛かっていることを確信していた。おそらくこれで事件は解決するであろうことも。

 これといった確証はない。多分こうだろうといった薄い根拠だ。しかし、今の僕には、そんなわずかな根拠にすがるしかないのだ。

 そう、ハッキリとした裏付けはない。名探偵が華麗なロジックで犯人を解き明かすといったこともない。むしろ、酷く稚拙なものだ。

 だけど、そんな稚拙な推理を今から披露しなければならないのだ。


 まったく、何でこうなるんだか。


「……行きましょうか、空」


「うん、姉さん」


 僕は姉さんの言葉に頷いた。

 そう、最早行くしかないのだ。


 乗り換え案内を確認しながら、地下鉄に乗り込む。夜間の為か、駅は存外空いていた。僕と姉さんは適当な席を見つけて腰を降ろす。

 一時間ほどかけて駅を乗り継ぎ、プラットホームを降りる。少々お尻が痛くなった頃だった。駅の構内図を見ながら、最短の出入り口を探した。そこから目的の家まで歩く。腕時計を見ると、時刻は九時五十分だった。


 その家は駅から五分ほど歩いた一戸建ての邸宅だった。

 古風ではあるが、しっかりした作りの家宅だった。戸建ての表札には東藤と書かれてある。

 さっき恭子から電話で聞いた、停学者リストに載っていた人物の家だ。僕は意を決してインターフォンのボタンを押した。


――誰?


 数秒ほどして返答がきた。けだるそうな女の声だ。


「夜遅くにすみません。僕、美宝高校二年の亘理空と言います。姉もいます。東藤さんに聞きたい事があって伺いました。開けてもらえますか」


 慣れない敬語で辿々しく来訪の説明をする。礼儀作法をもう少し身につけておけばよかったと、少し後悔した。


――こっちは話すこと、ないし。


 相手は面倒くさそうに言った。このままでは門前払いされてしまいそうだ。


「あの……」


 僕は何とか言葉を返そうとした所に、姉さんが割り込んできた。


「今聞いておかないと、後で悔やむのはあなたよ。こっちは警察に行く用意も出来てるんだから」


――警察って何……? あたしが何したって言うの。


「それは、あなたが一番よく知ってるんじゃないかしら」


――だから……何のこと?


「美月銀夜の件よ。とっても大事な話なんだけど」


 姉さんの声は静かだが圧迫感があった。


――……ちっ。


 ハッキリと聞こえた舌打ちが合図になって、若い女性がでてきた。赤茶の派手なカラーリングをした、ロングヘアーの女だった。派手な髪色に相応なピンクのノースリーブニットを着ている。ケバケバしい化粧をしているが、よく見ると顔の素材はそんなに悪くなさそうだった。僕は一歩前に出て言った。


「突然お邪魔したことは謝ります。でも、銀夜のことでどうしても話したいことがあったから」


 僕はあえて朴訥な言い方をした。ややこしい言い回しよりこっちの方が効果的だと思ったからだ。


「上がって」


 東藤は答えた。


「いいんですか?」


 僕は相手の同意をもう一度確認した。


「駄目って言っても帰らないくせに」


 そう言うと東藤は鼻を鳴らしながら奥の部屋へと歩き出した。

 僕と姉さんは顔を見合わせ、互いに頷くと東藤の後に続いた。玄関を抜け、十畳ほどのリビングに上がると、東藤がダルそうに頬杖をつきながらテーブルについていた。


「座れば?」


 東藤の言葉に僕と姉さんは素直に従い、向かいのテーブルに座った。別にお茶とお茶菓子を用意されていらっしゃいませと歓迎されるとは思っていなかったが、僕が思う以上に、室内には重苦しい緊張感で満ちていた。

 

「早速ですけど」


 僕は切り出した。


「シルバーブレット――美月銀夜のことは知ってますよね?」


「知ってるっつーか」


 東藤は首を傾げた。


「シルバーブレットのこと知らない学生なんて、うちの学校にいないんじゃね?」


 東藤はムスッとしながら胸ポケットに手を入れると、タバコを取り出した。テーブルに置かれたライターで火をつけると、口にくわえる。


「で? そのシルバーブレットが何だっての」


 口の中で煙をふかしながら東藤が尋ねてくる。


「実は昨日、ある事件が起こったんです」


 僕は答えた。


「事件?」


「そうです。その事件に銀夜が関わってると疑われているんです。しかも暴力沙汰なので……下手をしたら退学になるかもしれないんです。僕は新聞部の部長をしていて、銀夜はその後輩にあたるんです。だから、助けてあげたい」


 それは僕にとって、偽らざる気持ちだった。


「そう」


 東藤はゆっくりと煙を吐き出した。


「あたし、停学中だから知らなかった。ね、あんたも一服する?」


「結構です……」


 遠慮ではなく、不快に感じて断った。東藤の言う「一服」とは手に握られた、ピンクのパッケージのタバコのことだったからだ。彼女はニヤリと笑った。


「真面目だねえ。今時そんな男珍しいよ」


「女子高生でタバコ吸ってる方が珍しいと思うけど」


「うっせーな。で、大事な話って何なの?」


 最後の言葉は姉さんに向けて言っていた。

 姉さんは静かに口を開く。


「美月銀夜とされる人物は、昨夜不良グループとの抗争に関わっていたらしいの。さらにその後で、校長先生に闇討ちを仕掛けた」


「だから?」


 姉さんの言い回しに、東藤は少し不機嫌になったようだ。しかしそれは、僕らにとって狙い通りの反応だった。姉さんはさらに、相手の苛立ちに拍車をかけた。


「だから? じゃないわよ。あなたがこの事件の真犯人なんでしょ」

 

三話の伏線回収。二年越しになるとはまさか思わなかった。

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