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僕は姉さんに事のいきさつを全て説明した。といっても、僕もさっき聞いたばかりの話だから、ぎこちない部分もあるけど。そこはご愛嬌だ。
緒方先生から貰った証拠品をテーブルの上に置く。姉さんは証拠品袋に入った一本の銀髪を食い入るように凝視した。その仕草は匂いを嗅ぐ警察犬のようにも見える。
数秒ほどして、警察犬……もとい、姉さんは顔を上げた。これまた犯人を探り当てた調査犬のような表情だ。
「分かったわよ、空」
姉さんはすぐに僕の顔を見て言った。
「え……もう分かったの、姉さん?」
「勿論」
姉さんは堂々と胸を張って答えた。おそらく姉さんは、僕が気づかないような微細な点に気づいたのだ。でなければこんな表情は見せない。でも、僕らがあれだけ思案しても何も分からなかったのに。やはり何て人だ、姉さんは。
その姉さんは言った。
「やっぱり……犯人は美月銀夜じゃない可能性があるわね」
僕は驚きながら聞き返した。
「何で? どうしてそう思うの?」
「もし空なら、自分の正体をカムフラージュしたい時はどうする?」
姉さんは僕の顔を見つめながら答える。
「そりゃあ、銀夜の場合だと、日本人で銀髪って珍しいからね。マスクをしたり、帽子を被ったり……」
「そう」
姉さんは僕の言葉尻を奪った。
「たいがい、他人に素顔を見られたくない時は、身体的な特徴は隠すわよね?」
「うん」
僕は間を置かずに頷いた。
「でも、それが?」
「分からない? 昨夜、美月銀夜とされる人物は不良グループと争ってたんでしょ。しかも『自分はシルバーブレットだ』って自己アピールまでしてね。これが胡散臭いのよ。正体を隠しておきたいなら、何故わざわざ名乗っちゃうわけ? 逆に、正体をバラすならマスクもニット帽も必要ないわ。後、どうしてニット帽なの? あんなのじゃ完璧に銀色のロングヘアーは隠しきれないでしょ」
「なるほど。そういうことか」
僕はやっと姉さんの言葉を飲み込めた。
「シルバーブレットっていう二つ名だからね。銀髪のロングヘアーを見れば、誰でも銀夜を連想する。でも、そいつは正体を知られるわけにはいかなかった。それでマスクやニット帽で顔を隠したんだ」
「ええ。と、いうことは?」
「銀夜に罪をなすりつけようとした人物がいる。そうだね?」
「違うわ。早合点しすぎよ、空」
姉さんは僕の言葉を否定した。
「銀夜が犯人じゃない、とはまだ決め付けられないの」
「どうして!?」
僕は即座に聞き返した。
「姉さんはさっき、銀夜は犯人じゃないって……」
「落ち着いて空。私は、銀夜が犯人じゃない可能性がある、と言っただけよ」
「それは……」
「逆に言えば、銀夜が犯人かもしれない。というよりもし潔白なら、どうして無実を証明せず、学校を休んでいるの? しかも、電話にも出ないっていうじゃない」
「確かにそうだけど……でも、それだけで銀夜を疑うの?」
「ええ、私は疑うわ」
「そんな……」
そう言いながらも正直、僕も銀夜のことをそこまで信用できるわけではない。これは半ば意地だ。だから、僕は意地を張り通すことにした。
「……犯人じゃない可能性もあるんだよね?」
「あるわよ。十パーセントほどだけどね。でも今置かれてる状況をひっくり返せるほどの根拠はないわね」
「十パーセントもあれば、充分だよ」
「そうかもね。じゃあ、もう十パーセントほど上げておきましょうか? さっき空は日本人で銀髪は珍しいって言ってたけど、今はウイッグ以外で簡単に銀髪になれるのよ」
「え……そうなの?」
僕は呆気にとられた。
「ヘアチョークっていってね。髪に直接こすり付けることで、部分的に色をつけられるの。大学で確か流行ってたな」
「そんなのあるんだ」
なんだか時代の流れに置いてけぼりを食らった気分だ。そんな簡単に髪の色を変えられるアイテムがあるとは。僕は黒髪の日本人を美しいと思うのだが、そんなに派手なカラーリングに憧れるものなんだろうか。まあ人それぞれだから何ともいえないが。
「つまり、ヘアチョークを使えば好きな髪の色に出来るのよ。もちろん銀髪もね」
「でも、落とすの大変じゃない?」
「いえ、シャンプーでしっかり洗えば簡単に落とせるのよ。ほら、この髪、表面は鮮やかな銀髪だけど、根元は赤茶色になってる。この髪の毛の持ち主は、髪を赤茶に染めてる人物ということね」
「赤茶の髪……?」
姉さんの話を聞いて、引っかかるものを感じた。
「なんだっけ……」
最近、そんな話を聞いたような気がする。
「空」
姉さんは厳しい口調で言った。
「私に出来ることはここまで。正直、私は美月銀夜のことを何も知らないの。でも、空は違うでしょ。空にしか分からないことがあるはずよ」
「僕にしか分からないこと? そんなこと……」
そう答えながら僕は思った。さっきから何か違和感を覚えていたのだ。いや、もっと言えば緒方先生の話を聞いてる時から。どうにもしっくりこない感じがしている。
あの時。銀夜は何て言ってた? 思い出せ。思い出すんだ。
確か……確か……!
「思い、出した」
僕はつぶやいた。
「銀夜じゃない。銀夜が犯人なんて、ありえないんだ」
「何か分かったのね、空?」
「うん、分かったよ姉さん。全ての謎がね」
僕はポケットから、携帯電話を取り出す。
「それじゃ行こうか。犯人の所に」
そう言って、僕は通話ボタンを押した。