26
緒方先生の発言に、質問を投げかける者は誰もいなかった。
誰もが口を閉ざし、部室内は静寂に満ちていた。
「本当に美月がやったのですか?」
沈黙を破ったのは、恭子だった。
先生は答える。
「限りなく黒に近いグレーと言ったところだな。しかしこれは新聞部だけの問題ではなく、我が校の估券に関わる事件だから、慎重に捜査したい」
先生の話では、校長の命に別状はないそうだった。先生が病院まで駆け込むと、校長は自分の容態よりも、むしろ美月家との衝突を懸念しているようだった。
「先生」
右手を軽く挙げながら、黒川は声をかけた。顔を半分ほど隠した黒髪の隙間から、緒方先生をじっと見つめている。
「黒川。どうした?」
先生は顔を引き締めながら答えた。
どうやら大切な話だと瞬時に察したらしい。
「お尋ねしたいことがあるのですが。美月さんの親がこの学校に多額の寄付金を納入しているという噂は、本当でしょうか?」
「……そのことか」
答えずらい質問だったか、先生は気まずそうに視線を下に落とした。
「そうだな。お前たちには話さねばなるまいな」
しばらくして先生はゆっくりと顔を上げると、僕らを見回し微笑を浮かべた。
頬を緩めているのに、どこか儚い。そんな笑みだった。
「緒方先生、あの噂やっぱり本当なんですか!?」
白絵が興奮気味に問いかけた。
「そうだ」
先生は何の飾り気もなく答える。
「だから、犯人が銀夜だったら校長としても困るわけだ。命に別状はないとはいえ、被害届を出せば、美月家との対立は免れない。しかし多額の寄付金を出してもらっている名門美月家とは荒波を立てたくない。だから銀夜が犯人ではない裏づけを秘密裏に探せ、とのことだ」
「そんな……」
白絵は動転しているようだ。唇をわなわなと震わせている。
黒川も白絵ほどではないが動揺しているようだ。
ふと思ったが、銀夜はクラスメートから好かれていたのだろうか。見た目は超美人。頭もキレる。作法もしっかりして、魅力に溢れている子だ。僕も何も知らなければ是非お付き合いしたいと思っただろう。
しかし、現実は銀夜は周りから煙たがられている印象を受けた。一年生の女子は、銀夜のことを聞いた時、厄介ごとから遠ざかるように逃げ出してしまった。力は不良生徒を打ち負かしてしまうほど。そして美月家という高貴な家柄が、そうさせてしまうのか。銀夜の影響は生徒だけじゃなく、教師にも効いている。校長を始め大方の教師は、腫れ物に触るように銀夜を扱っていたのではないだろうか。
「――理由はどうでもいい。重要なのは、銀夜が犯人ではない証拠を見つけることだ。その為にお前達を呼び出した」
先生は僕達の顔を見比べながら言った。どうやら、本当に銀夜のことを信じてくれているようだった。それが僕には、少し嬉しかった。
「お前ら、協力してくれるか?」
「はい」
僕らは一様に答えた。