25
一時間目と二時間目の中休み、僕は一年B組の教室へと向かった。
銀夜に昨夜のことを聞いてみるためだった。
案の定、銀夜は教室にはいなかった。見ると、窓際の一番奥の席だけ、鞄がかかっていない。おそらくあれが彼女の席なのだろう。
「ねえ、銀夜って今日来てないの?」
その辺にいたB組の女子に声をかけてみた。そこそこ可愛い子だった。
「え……? あの、休んでるみたいですけど。あなたは美月さんとどういうご関係ですか?」
「ああ、僕は新聞部の部長で、銀夜は後輩にあたるんだよ。ところで、銀夜はどうして休んでるのかな。病気か何か?」
「い、いえ……」
「違うの? 先生から何も聞いてない?」
「わ、私何も知りません!」
僕の聞き方がそんなに気にさわったのだろうか。
相手は怯えたようにその場から去ってしまった。
銀夜は学校を欠席している。その情報だけを得て、僕も教室を出ようとした。
立ち去ろうとする僕の背中に、生徒達のコソコソ話が聞こえてきた。振り返ると、皆気まずそうに目をそらしていく。この教室で銀夜のことを尋ねるのは禁則事項だったか。僕はそれ以上とどまることなく教室を後にした。
僕の学校ではケータイの所持は一切禁止されている。
使用しているのが見つかると謹慎三日、携帯一週間没収、保護者呼び出しの処分が下される。しかし今は緊急事態だ。僕は禁を破ることにした。
校庭の隅で銀夜のアドレスを開き、通話ボタンを押す。
しかし返ってくるのは、PRRRRRという電子音だけだった。
「なんだよ、あいつ」
僕はディスプレイに向かって悪態をついた。
チャイムが鳴り、四時間目が終わって昼休みの時間となった。
姉さんから僕は毎日手作り弁当をもらっていた。
普段はから揚げなどのカロリーが高いおかずを好んでいたが、今朝は食欲が沸かなかったため、ヘルシーな豆腐とはんぺんの和風ハンバーグとポテトサラダ弁当にしてもらった。
少しでも残すと姉さんは烈火のごとく怒るので、食欲がなくても食べなくてはならない。正直、ポテトサラダを食べ終えたところでもう満腹だったのだが。僕はハンバーグの攻略にとりかかることにした。
七時間目の授業も終わって部室へ行くと、緒方先生を始め新聞部のメンバーは全員集まっているところだった。緒方先生は僕をチラリと見ると席に座らせ、そして口を開いた。
「みんな、わざわざ集めてすまない。用件は、言うまでもないが美月のことだ」
「そのことなのですが……本当なのですか? 銀夜が暴行事件を起こしたというのは。そして学校を欠席しているというのも」
恭子が口を挟んだ。
緒方先生は答える。
「うむ。今学校中で大騒ぎになっていることだ。しかしそんなことよりも、もっと大きな問題が発生してしまったのだ。よって、今から話すことは極秘事項で願いたい。いいか?」
緒方先生は真剣な声でそう言うが、ここにいる者で面白半分に秘密を口外する人間はいない。皆おもむろに首を縦に振った。
「すまん。少し驚かすようなことを言ったな」
可愛らしく、ぺろっと舌を出しながら先生は言った。いつもの厳格さとはかけ離れた立ち振る舞いに、僕らは少し和んだ。
「先生、美月さんは他にも事件を起こしたのでしょうか」
しかし黒川の言葉に、一瞬にして皆に緊張感が走った。
特に愕然としていたのは白絵で、顔からは血の気が失せていた。白絵と銀夜の関係はよく分からないが、これほど取り乱すということは、それなりに仲がいいのだろうか。
白絵は黒川の言葉に対し「……なこと……ない、よ」とごく小さな声で呟いた。
「何かしら」
黒川が問い返した。
白絵は今度こそハッキリとした声で、
「だから、銀ちゃんは悪いことなんかしてないよ!」
「それはどうかしらね。彼女が何もしていないという証拠を、しっかり提示してから発言しなさいよ」
黒川は興奮している白絵を軽くあしらった。
その様子を見て、緒方先生はパンパンと両手を叩いて言った。
「そこまでだ。お前達、言い争ってる時間はないぞ」
「そうだ。これだけの非常事態なのだ。皆一致団結して事にあたるべきだ」
緒方先生に続いて、恭子が厳しい口調で白絵と黒川を咎めた。
「すみませんでした……」
「申し訳ありません」
白絵と黒川がそれぞれ頭を下げた。
辺りに険悪な雰囲気が漂ってきたが、僕は口を開くのは止めておいた。
どういう言葉をかければいいか分からなかったからだ。
そして、永遠ともいえる長い沈黙が過ぎた。さすがに永遠というのは言いすぎだったか。時間にして言えば三十秒ほどだろう。
「よし、それでは本題に入る」
緒方先生が改めて皆に向かって言った。
「先ほども話したが、これは我が校始まって以来の一大事件だ。よって口外禁止だ。誰に何を聞かれても口をつぐめ。いいな?」
「家で飼ってるネコにもですか?」
「ネコにはかまわんが、言ってるところを誰かに聞かれたら宿題の量を倍増する」
僕の軽口に、緒方先生はきりりと返した。
宿題倍増か。絶対に嫌だな。
「わかりました。誰にも言いません」
僕は立ち上がると右手を高く挙げ、宣誓のポーズを取った。
「これでいいでしょうか?」
「うむ」
先生は少しだけ頬をゆるめて笑ってくれた。
しかし、すぐに厳しい顔つきに戻る。
そして皆に視線を向けこう言った。
「事件は昨夜に起きた。校長が帰宅途中、駅から自宅までの距離で暴漢に襲われた。犯人は校長の背後から近づき、右斜め上から特殊警棒を頭に振り下ろした。校長は命に別状はないが、頭から血を流し大怪我をした。相手は小柄な女性でニット帽にマスクを被っていたが、銀色のロングヘアーだっだという。そして校長の薄れゆく意識の中で、こう聞いた。『私はシルバーブレットだ』と名乗っていたとな」