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 かなみからの電話は、昨年の出来事以来だった。しかし何度かメールで近況を送信してくるので、彼女が中学生になったことは知っている。あの一件があったからか、もう五、六年は話していないような気がした。まあ、それは少し言いすぎか。


 八回目のコールで通話ボタンを押し、受話口を耳に当てる。すると、甲高い声で「もー!」と聞こえてきた。


――くーちゃん、なんでもっと早く出てくれないの?


 いきなりの文句。しかも久しぶりの会話で難くせをつけられるとは。先ほどまでのセンチメンタルな気分を返して欲しくなる。

 しかしまあ、落ち着こう。僕は不平を言うかなみに応答した。


「もしもし、かなみか?」


 嬉しそうな声が返ってくる。


――あ、くーちゃん! あのね、ちょっとお話があったから電話したんだけど、今だいじょーぶ?


「うん」


――あたしねえ、中学に上がってから仲のいいお友達たくさんできたんだよ。


「うん」


――でも安心して! まだまだあたしはくーちゃん一筋だから!


 返事は、しなかった。


――もしもし? くーちゃん?


「あのねえ」


 こんな時間に、そんな中身のない電話しないでくれる?

 そう言いかけた時だった。


――わかった。本題に入るね。ママ、入院したの。


「は?」


――ママ。並河玲子って言った方が分かりやすい? くーちゃんの本当のおかあさんだね。


 僕は雷に打たれたように呆然とした。


「ちょ、ちょっと待って……。玲子さんが? 本当に?」


――そうだよ。


「ていうことは、今病院にいるのか」


――うん。


「そうなのか。でも…………」


 そこで、僕らの会話は途切れた。時間にして十四秒くらいだったと思う。


「あのさ」


 僕から切り出した。


「こんなこと聞いていいのか分からないけどその……病名というか」


 生みの親とはいえ、別々に暮らしている人の病名を尋ねるのは失礼かと思い、語尾が尻切れになってしまった。それに……あの事件のこともある。


――総合失調症だって。


「総合……失調症……」


 僕は白痴のようにその言葉を繰り返した。心臓が脈打つ音が早くなる。


――もしもし、くーちゃん?


 かなみの声にはっとなった。


 

「あ、ああ、ごめんかなみ」


――こっちこそごめんなさい。えっと、大丈夫……?


 心配してくれているのか、かなみは気遣わしげに尋ねてきた。


「うん、大丈夫。でもあの玲子さんがそんなことになってるなんて、思いもしなかったから。ちょっとビックリしただけ」


――そうだよね。本当にごめんなさい。


「気にしないで。それより、いつごろ入院したの?」


――ママ? 先月。今は療養に専念してる。


「そうなんだ。病状は?」


――……あんまりよくない。一日中独り言をぶつぶつ言ってるみたいだし。


「独り言? どんな?」


――よく分からないの。聞いてもチンプンカンプンなこと。でも、くーちゃんのことだけはハッキリと話しているの。


「僕の……」


 その時の僕は愕然とした顔をしていたに違いない。


「玲子さんは僕のこと、何て言ってるの?」


――くーちゃんをここに連れて来いって病院の先生に喚きたててるって聞いた。ひどい時は暴れ狂ってるみたい。でも、そんな人とくーちゃんも会いたくないよね?


「それは……まあ……」


――そうだよねえ。あたしも調子がよすぎると思うの。くーちゃんと離れ離れになっちゃったのも、本人の自業自得なのに。そのくせくーちゃんに跡目を継がせるためにあたしと婚約させるとか、信じられないこともしたし。


「玲子さんは、今でも僕を?」


――ううん、違うの。ママが入院する前に聞いたんだけど、もうくーちゃんを世継ぎにするとか、そんなことは考えてないみたい。その時は疑ってたんだけど、今考えるとほんとうだったのかもしれない。だってママは『空がいればもう何もいらない』って言ってたから


「僕が……いれば」


――ねえ、くーちゃん。あたし思うの。ママは最悪最低だってね。でもね、あのときのママ、本当に寂しそうだった。だからもし、もしもくーちゃんがママのこと少しでも哀れだと思ってくれるなら、顔だけでも見せてあげてほしい。だって、親子なのに会うこともできないなんて悲しすぎるから。


「……考えとくよ」


 これ以上の会話は、お互い辛くなるだけだった。

 僕は適当な所で切り上げて、かなみとの通話を切った。

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