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 夕暮れの中、新緑の温和な匂いを感じながら、僕は家路についていた。


“もうわたくしには関わらないで下さいまし”


 直前までの銀夜の言葉を振り返りながら。


「銀夜……本当に大丈夫かな」


 そう呟きながら玄関のドアを開くとそこには鬼のような相貌をした姉さんが立っていた。


「ね、姉さん…………?」


「お~~か~~え~~り~~」


「あ、あの……」


「うふふ。私、空にいっぱい聞きたいことがあるの。教えてくれるわよね?」


 姉さんは不気味に笑った。

 先ほどまで感じていた春の穏やかな空気が、一瞬にして真冬かと思うほど凍り付いてしまった。


「ねえ、空。私今日ほど心が傷ついたことはないわ。なぜだか分かる?」


 そう言うと姉さんは僕の上に体を寝かせながら、僕の首筋をちゅうちゅうと吸いキス・マークを作った。先ほどからその行為を数百回は繰り返している為、知らない人が見たら僕は全身打撲を受けたかと思うだろう。ちなみに僕の体は上半身裸のまま自室のベッドに寝かされ、両手足は拘束バンドによって束縛されているため、動かすことができない。


 姉さんは僕の唇に舌を這わせた。

 飲み込むように僕の舌を吸引する姉さんの顔は、どこまでも艶めかしかった。


「……んっ。おいしい。私、空の体ならどこでも舐めれちゃう」


 口の端から唾液を糸のように垂らしながら、姉さんが言った。


「じゃあ、そろそろ本番しよっか」


 そう言いながら服を脱ごうとする姉さんに、

「やめて姉さん! 話す! 全部話すから!」


 僕はそう叫んでいた。我ながら情けない。


「話すからとりあえずこれ外してよ姉さん。身動きも取れないし話しづらいよ」


 スカートのチャックに手をかけたまま姉さんはニヤリと笑った。


「もう。最初からそう言ってくれれば、乱暴な真似しなくてすんだのに」


 姉さんはハサミで紐の部分を切り離すと、拘束バンドを取り外してくれた。


「さあ、あの泥棒猫メイドとの関係。洗いざらい話してもらうわよ」


「わ、わかったよ……」


 ずっと縛られていたので、うっ血した手をさすりながら、僕は姉さんの声に答えた。


「実はね」


 僕は姉さんにこれまでの経緯を説明した。


「なあるほど。また煩わしいのに付き纏われたわね、空」


「まあ、そうだね」


 姉さんの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、僕は頷いた。


「それで、あの雌豚が、お姉さんを殺したのね?」


 僕がカップをコースターに置いたのを見計らって姉さんは尋ねてきた。


「いや、それは単に金城が言ってることだから、真偽は分からないよ。でも、そんなことより僕は銀夜の様子が気になったんだよね。多少無理やりでもそばにいてやるべきだったかなって」


「そんなの駄目。空は私だけの空なんだから。空は私だけを見てればいいの」


 姉さんは僕の首にしとやかな指を絡め、さらに僕の耳に肉付きの良い唇をそっと近づけた。そしてふうっと優しく息を吹きかけてきた。


「ひゃっ」


 僕はそのこそばゆさから、姉さんから離れて距離を取ろうとした。しかし、姉さんの両手は万力のように硬く、僕の体を押さえつけていた。やはり姉さんといると、自分はどうしようもなく弱い人間なのだと認識させられてしまう。


「あの雌豚が肉親を殺してようとしてなかろうと、私にはどうでもいいの。それよりも頭にきてるのは、私のいない時間にこの家に忍び込んだことよ」


「承諾がない限り家に入らせないって約束させたから、もう勝手に上がってくることはないと思うけど」


「それでもよ。私だけの特権である空の寝顔を満喫し、さらに私の生きがいである空の血肉となる朝食を調理する。あまつさえ私の居場所である空の隣に並んで登校した」


「要するに、僕のそばに銀夜がいるのに納得いかないんだね?」


「そう!!!!!!!!」


 姉さんは凄まじい勢いで答えた。その感嘆符の多さに、姉さんの鬱憤が現れている気がした。


「そうなのよ。ついでに言うと、髪の毛から足の指の先まで、空の全部が私のもの。雌豚なんかに渡すもんですか」


 言葉通り姉さんは僕の体を、上から下まで舐めるように見定めながら言った。


「空は私だけを見ていればいいの。それが最高の幸せなんだから」


 そう言いながら僕の手に、姉さんは指を絡めた。


「だから空は、私のものなの」


「……日本の法律だと姉弟で結婚できないよ」


「そんなもの無視よ。私たちの愛の前では法律なんて無力なの」


「ごめん、意味わかんない」


「だから、昨日今日知り合ったばかりのメス豚に、空は渡せない。何て言ったっけ。醜月豚夜?」


 姉さんが無常な瞳で聞いてきた。僕は、

「美月銀夜ね」

 とだけ言った。姉さんは、

「ああ、そうそう銀夜銀夜。姉殺しね」


「だから、そういうこと言わない」


 僕は姉さんの不謹慎な発言を咎めた。


「まだそうと決まったわけじゃないんだよ」


「空を誑かそうとする雌豚なんだから、それぐらいするわよ!」


 姉さんは心外とばかりに叫んだ。

 こうなったら姉さんは手がつけられない。世界で僕以外には。


「ま、まあまあ、今日は遅いしもう寝ようよ」

 と、僕は興奮状態の姉さんを自分の部屋へ追い返し、やっとのことでベッドに落ち着いて腰かけることが出来た。


 寂然の中に身を任せながら僕は、焦燥感のようなものを感じていた。しかも自分で、その正体は分かっていた。


 銀夜についてだ。


 彼女がどんな人間で、どんな家庭の中育ったのか、まだ詳しくは知らない。しかし、彼女が不良になったのも、もしかしたら姉が死ぬきっかけとなってるのかも。そんな気がしていた。

 

 聞いてみるか? 本人に。僕は携帯を握り締めながら、悩みに悩んでいた。

 でも、向こうからメールが着てるかも。

 そう思い、携帯電話を開き画面を表示させると、図ったように着信音が室内に鳴り響いた。


「こんな時間に……もしかして、銀夜……? あっ」


 そう呟きながらディスプレイを覗き込むと、僕は軽く驚きの声をあげた。


 着信者の名前は、並河かなみだった。 

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