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まずいことになった、と僕は心の中でぼやいた。銀夜のやつ、完全に自分を見失ってるよ。というか、僕のことを想うあまりに、周りが見えなくなっていると言った方が正しいのか。
尾野は口元を歪め、下品に笑った。
「俺達を殺す? シルバーブレットにもギャグが言えるとは知らなかったぜ。だが、これだけの人数をお前一人でどうやって相手するってんだ?」
その問いかけに、銀夜は答えなかった。
代わりに、射殺すような視線を尾野に送っている。
「へっ、俺なんかとは口も利きたくないってか。まあ、いいさ。その澄ました顔を苦痛に歪ませる楽しみを、たっぷり味わえるってもんよ」
なあ、と尾野は後ろにいる不良グループに話しかけた。尾野ほどではないが、皆それぞれに鍛えられた体躯をしている。そいつらはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、それぞれ武器を取り出した。折りたたみ式のナイフだ。
尾野は、笑って言った。
「さあ、楽しませてもらうぜシルバーブレット」
銀夜はさも忌々しそうに口を開いた。
「今から死んでいく者たちが享楽を噛み締める必要はありません」
「は? 意味が分からねーな。いくらシルバーブレットといえども、これだけの人数を倒せるわけがねーじゃねーか」
「ゴリラ並の知能しか持っていない単細胞には、自らの運命を感じ取る理解力もないのですね」
尾野の嘲りに、銀夜は人間味を感じない口調で返した。
信じられない。
つまり銀夜は、ここにいる全員を、たった一人で潰すと言っているのだ。
「ゴリラ? この俺がゴリラだってのか!?」
尾野は激昂した。
「姉御のダチだから甘い顔してりゃ、いい気になりやがって。このバカ女が。あんまり図に乗ってると痛い目にあわせるぞ!」
「三つ訂正します」
銀夜は落ち着き払って返答する。
「一つ、私と逸海は友達でも何でもない。二つ、私は貴方より賢い。三つ、今から生き地獄を味わうのは、貴方です」
「て、てめえ!」
尾野は凄まじい怒号をあげながら、大きな右拳を振り上げ銀夜に襲いかかろうとした。銀夜はそれをかわし瞬く間に尾野の背後に回った。そして尾野の左腕を掴み、ぐっと自らの腰元まで捻じ曲げた。
そこからの顛末を話すのは少し億劫だ。
尾野が痛みに顔を歪めた次の瞬間、巨大な左腕は折れていたのだから。
「ぐっ……ぎゃあああああああああああああああああああああ!!」
一瞬気づくのが遅れたが、それは尾野の悲鳴だったのだ。僕はその叫び声のむごたらしさに体がすくみ上がってしまった。しかし銀夜は何らためらうことなく、尾野の首筋に手刀を打ち下ろした。まるで無防備だった尾野は、地面に向かって一直線に倒れた。
「次」
息をつく暇もない、銀夜は小野の後方にいた不良グループの一人に飛び掛った。スカートがふわりとめくれ、雪のように白い太ももが剥き出しになる。その膝の行き着く先は相手の顔面だった。
「ぐわ!」
男は持っていたナイフを構えることさえ出来ず、フィギュアスケートの技のように、上体を仰け反らしたまま転倒した。鼻や口からは真っ赤な液体が溢れ出ていた。確認するまでもない。血だ。
後の二人に関してはもっとえげつない。痩せ型の男と肥え太った男の二人で、細い方の男は銀夜が左手で放った掌底打ちをモロに受け、あっさりとダウン。そして肥満男はナイフを突き刺そうと足を開いたところを金的されていた。思わず自分の股間を内股でまさぐってしまいそうなくらい、その男の表情は苦痛に歪んでいた。僕は金的をされたことはないが、舌を出しながら白目をむく程痛いものだとは知らなかった。
僕はまるで金縛りにあったように動けずにいた。
僕の視線の先には、最後の一人に向かって猛進する銀夜の姿があった。
「ひいっ!!」
残った一人は、惨めに悲鳴を上げながら、その場から立ち去ろうとした。
「今更遅いんですよ」
銀夜はそれより更に早く、男の逃げ場を遮断した。
か細い女を相手に、大の男が哀れなほど怯えている。
「ぎゃっ!」
短い叫び声があがった。と思ったら男が崩れ落ちた。ふと銀夜の方を見ると、制服の袖口に血液が付着している。何が起こったのかと倒れた男の顔を覗き込んでみると、男の顔からは血がボトボト流れ、歯が何本か折れていた。どうやら、一瞬にして銀夜の肘打ちを顔に食らってしまったらしい。僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「銀の……弾丸……」
僕がそう呟いたとき、もう銀夜は金城と向かい合っていた。まさかと思うが、女同士の一対一で戦うつもりなのか。流石にそこまではしないだろうと高をくくっていたが、すぐに考えを改めさせられた。
銀夜の金城を見る眼は、まるで氷のように冷たかったのだから。




