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「これでもアタイのグループには入らないっていうのかい? 銀夜」


 金城は残酷な笑みを浮かべながらそう言った。

 軽はずみだった。僕は周りを取り囲む不良グループを見回して唇を噛んだ。

 卑劣なことをする。予想通り金城は計略を仕掛けていたのだ。


「やはりそうでしたか。逸海の考えることなんて、このようなことだと思いました。ですが、ご主人様には指一本触れさせません」

 

 銀夜も、同じように考えていたらしい。いや、僕などよりも遥かに怒りを覚えているようだ。その姿は今にも獲物に飛び掛らんとする、一匹の獣のように見えた。


「銀夜、アンタはアタイらに必要な存在なんだよ。そんな男に骨抜きにされてる場合じゃないってことさ」


「だから力ずくでも引き入れる、か」


「そういうこと」


 僕の問いかけをあざ笑いながら、金城は答えた。


「止めろって言っても止めてくれそうにないね」


「能天気な男のくせに分かってるジャン。そう、銀夜は必ず仲間にする」


 その時、金城の後ろにいた不良グループの一人が、僕に話しかけてきた。


「お前が、あのシルバーブレットを堕としたって男か」


 男は筋肉質のがっちりした体系で、ごつごつと四角ばった顔をしている。あえて言うならゴーレムに似ていた。


「お前、自分が何をしたか分かってんのか?」


 ゴーレム男は、いかつい外見そのままに、荒々しく僕を問い詰めてきた。

 対して僕は、爽やかに笑った。


「さあ? 何かしたっけ?」


「シルバーブレットをこんなに情けなくしちまった。が、今からでも遅くねえ。美月から離れろ」


「貴方は、何てことを言うのですか! 今すぐ跪いてご主人様に謝罪なさい!」


 僕は身を乗り出して怒りを露わにする銀夜を手で制した。


「銀夜は黙ってて」


「ご、ご主人様……でも……」


「ここは僕が何とかする。君は手を出しちゃダメだ」

 

 僕は目の前を遮るゴーレム男の前に立った。金剛不壊――そんな四字熟語がピッタリな屈強な肉体をしている。

 対する僕は身長百七十一センチ。体重に至っては五十二キロしかない。喧嘩になれば、必ずといっていいほど僕が負けるだろう。


「何とかするって、どうするんだ?」


 ゴーレム男はへらへら笑いながら尋ねてきた。


「別に。ただ腕力だけでしか物事を片付けられない筋肉バカ達に、優しく言葉で諭してあげようってだけさ」

 僕がそう言うと、

「なんだとおおおおお」


 ゴーレム男はうねり声を上げた。

 そして直立したまま、僕に向かって拳を振り上げようとした。


「ご主人様――――!!」


 銀夜の絹を裂くような叫び声が響き渡った。

 その時だった。


「おい、尾野。少し大人しくしてな」


 ゴーレム男の拳が僕の顔にめり込む前に、金城が男を止めた。男の拳骨は僕の鼻先スレスレでストップしている。どうやらパワーバランスは金城の方が上らしい。

 尾野と呼ばれた男は、握りこぶしを収めて僕から距離を置いた。そして後方を振り返ると、訝しげに金城を見つめた。


「姉御、どうして止めるんですかい?」


「悪いかい? というかアタイの指示に反発するとはいい度胸だね」


「い、いや、そんなつもりは……」


 金城の脅喝に、尾野は大きな図体を哀れなほど縮ませた。


「仲間割れはそこまでにしなよ。僕はちょっと話がしたいだけなんだからさ」


 僕はまあまあと、説き伏せるように両手を振りながら言った。尾野は今にも僕に飛びつこうとしたが、金城が視線でその動きを阻んだ。見る者を凍てつかせるような冷然とした眼だ。その眼が、尾野から僕へと動いた。


「話ってのは何だい? 策でも練ってるのか」


 金城は問いかけた。


「そういうことじゃないよ」


 僕は答える。


「それは勘違いというものだよ。言葉どおり、僕は君と話がしたいだけだ」


 金城は何か言いたそうに僕を見つめていたが、やがてフッと笑うと、僕の前まで歩を進めた。


「面白そうジャン。今度はどんな戯言をほざこうって訳?」


「戯言と言えば戯言なんだけどさ。聞いておいて損はないと思うよ。何しろ僕は君らに忠告をしてあげようって言うんだからね」


「忠告?」


「そう。自然は大事にしなさいとか、人様に迷惑をかけちゃいけないとか、そんなレベルの話。建設的だろ?」


「耳が痛くなるくらい有難い話だねえ。でも今のアタイらには、ここいらの地区を制圧するので忙しいのさ」


「それは凄い。そんなことしてたら、さぞ熾烈を極めることだろうね」


「アンタなんかにゃ理解できないだろうけどね。いずれアンタ等の学校を含めた区域の頂点にアタイは君臨するんだよ」


 金城は口元を歪めながら言った。

 地区制覇なんて、時代遅れも甚だしいと言おうとしたが、心の中でぐっと我慢する。僕は話を進めた。


「だから、銀夜をグループに引き込もうと言うのか?」


「そうさ。銀夜はここら一帯じゃ伝説の不良だからね。しかも親が高名な政治家ともなれば、手が出せる奴はいなくなる。銀夜さえいれば、アタイらの地区統一の夢もぐっと近くなるって寸法さ」


「それもそうだね。美月家の権力と、おたくらの武力が組み合わされば、向かう所敵なしってことか」


「くくっ、飲み込めてきたようだね」


 金城は声を立てて笑った。銀夜は、その様子を無感情に見つめている。

 僕は、金城に向かって冷ややかに言った。


「確かに銀夜を加えれば、おたくらは無敵かもしれない。だけど、おたくには何の手柄も功績も残らなくなる」


「何……?」


「物分りが悪いようだね。もう一度言ってあげようか? おたくはまるで虎の威を借る狐。ライオンの皮を被ったロバ。権勢を持つ者に頼って、威張る小者のことを言うのさ」


「銀夜が虎で、アタイが狐だって言いたいのかい? ああん!?」


 金城は烈火の如く怒っている。


「何度でも言ってやるよ。この地区を手中に収めたとしても、それは美月家の威光によるものだ。周りの人間も分かってるはずだ。金城逸海は美月銀夜がいないと一人じゃ何もできない腑抜け女だってね」


「おい」


「ん? 何か間違ってる? だっておたくらは銀夜の力を利用して頂点に立とうとしてるんだろ? 自分達だけじゃ何もできないって認めてるようなものさ。そして、こう言われる。『この地区の本当の王者は銀夜で、金城はそのおこぼれに預かる卑しい奴』だとね」


「おいって言ってんだよ!!」


 金城は荒々しく睨みを利かせながら僕を怒鳴りつけた。


「なに訳わかんねえ事くどくど言ってやがんだよ!」


「粘着質なのは反省するけど」


 僕は金城の視線を真っ向から受け止めながら言った。


「でも、おたくが本当の意味で成し上がりたいのなら、他人の力なんて借りず、自分の力だけで張り合うべきだ。そうじゃないのか?」


「てめえな……」


 金城は拳をわなわなと振るわせていた。 

 その時、金城の後ろから、尾野が僕の前に出張ってきた。


「もう我慢できねえよ姉御。こいつボコっちまわねえと気が済まねえ」


「ご主人様っ!」


 銀夜が僕を庇おうと一歩踏み出そうとするが、僕はそれを押しとめた。

 そして尾野に向かって、少し語気をきつくして言った。


「僕を殴って気が済むのなら、そうすればいいさ。でも関係のない人を悪の道に引きずりこむのだけは止めてほしいな。君たちが自分の人生を台無しにするのは勝手だけど、それを他人にまで押し付けるな」


「な、な、な……」


 尾野の体は震えていた。顔も沸騰したように赤くなっている。


「僕は、結果なんか重要じゃないと思っている。おたく等で例えるなら、この地区を支配出来ても出来なくても。大した問題じゃないんだ。それよりも、自分達より大きい存在に縋ること。これが恥ずかしい。勝ち負け以前に、もう負けているんだからな。おたく等は一生銀夜に媚びへつらいながら生きていく羽目になる。そんな半生を後々振り返ってみて、充実した高校生活だったと思えるかな?」


「……ぐっ」


「頂上まで登り詰めるっていうことは、そんなに単純な話じゃない。自分自身で傷を負って、自分自身で努力をしなければ、本当の意味で頂点を極めたとは言えない。わかるか尾野。仮に銀夜を仲間に出来ても、あんた等は何一つ実績を残せないまま終わるってことが」


 尾野は凄い剣幕で僕を睨みつけていた。血管が切れるんじゃないかと思わず心配になってしまうほど、額に青筋を張っている。その形相には殺気すら感じられた。だが僕も、負けじと相手を睨み返した。


「……もう限界だ」


 不意に、尾野は口を開いた。


「もういい。もうブッ殺す!!」


 衝撃が走ったかと思うと、僕は尾野にぶん殴られていた。

 その打撃の凄まじさに、思わず僕は地面に倒れた。


「ぐはっ……ぐっ」


 声が上手く出せなかった。どうやら口を切ったらしい。


「ざまあねえな。くだらねえ説教なんか垂れるからだ」


 尾野は僕を見下ろしながらニヤニヤと笑っていた。

 やはりこうなるのか。僕は口の中に溜まっていた血を吐き捨てた。

 そのとき――


「いやああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」


 銀夜が、叫んだ。

 白銀の髪を振り乱して。整った顔を恐怖に歪めて。

 叫び声を上げた後、銀夜は無言のまま両手で顔を押さえた。むせび泣くような嗚咽が聞こえた後、銀夜はようやく顔を上げた。


「殺す……。お前ら、みんな殺す…………」


 その顔は、僕が知っている女神ではなく、鬼神そのものだった。


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