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 その日の放課後、僕と銀夜は仲良く塗装されたアスファルトの上を歩いていた。銀夜は僕の後ろを歩くことを貫徹しているので、会話をそこまでフレンドリーにしているわけではないのだが。それでも話しかければ、きちんとした返事は返ってくる。僕ももう少し好意的に接することが出来ればいいのだが、銀夜のこれまでの常軌を逸した行動もあるし、彼女に心を許すのはまだ当分先の話になりそうだ。


 四月二十七日。気候学上の春は後数日しかない。ふと草地を見れば、向日葵の上で天道虫がワルツを踊っている。初夏といえば、ギラギラと眩しい太陽光が指して来て、鬱陶しいとばかり思っていたが。夏に向けて、ゆっくりと季節の移り変わりを実感できるのも、そう悪くはない気がした。


「いい天気だね」


 後ろをクルリと振り向きながら言うと、銀夜は僕に優艶な微笑を向けて、

「本当にそうですわね。このような清清しい気象の下、ご主人様と歩を進められることをとても嬉しく思います」


 と言った。


「ご主人様は、わたくしと一緒ではそんな気にはなれないのでしょうか」


「そんなことはないよ」


「ご主人様なら、そう仰ってくださると思っていました」


 僕の返答を予め予期していたかのように銀夜は答える。


「それでもわたくし、自分に自信がもてないのです」


 銀夜は肩を落とし、俯きながら言った。

 僕は前を歩いたまま答える。


「それは、自分の良い所だと思った方がいいよ。理想像に近づくために、どうしたらいいかを模索するっていうことは、絶対にいいことだ。努力を怠るような人間には、不遜と怠慢しか残らないからね」


 別に気を利かしたことを言ったつもりはないのだが――


「ご、ご主人様ぁ……」


 銀夜は顔を上げた。

「わたくし、ますますご主人様のこと好きになってしまいました……」


 銀夜には、何故か効果てきめんのようだった。

 僕の言葉に感銘を受けたように頬を赤くしている。

 なんだかなあ。

 そう心の中で呟く僕だった。


 銀夜と共に細い路地に入り、人通りの少ない小路に入った時だった。

 その人物は、ニヤニヤとほくそ笑み僕らに話しかけてきた。


「よお、お二人さん。相変わらず仲がいいねえ」


 彼女――金城逸海はそう言った。校則違反の金髪。耳につけたピンクのイヤリング。超ミニスカートにルーズソックス。相変わらず、絵に描いたような不良だ。


「逸海……わたくしには関わらないようにと、あれほど言ったのに」


 銀夜は眉根を寄せて金城に話しかけた。


「――んなもん、知ったこっちゃねーよ」


 驚嘆する銀夜の声に対し、金城は不敵な笑みを浮かべて言った。


「銀夜。昨日の件、考えてきたかい? アタイらのグループに入るって話」


「その話はお断りすると言ったはずです」


「そんな答えが通用すると本気で思ってんの?」


「逸海の了承を得る気はないわ」


「奇遇だね。アタイもアンタの考えを検討する気はねーんだよ。そして――手段を選ぶ気もないしね」


「……!」


 金城は実に強気な言い方をした。

 言い回し自体は静かだが、それでも有無を言わせぬ圧迫感がある。

 その迫力に、一瞬ではあるが銀夜も勢いに呑まれたようだ。


「というわけでさ。こんなところで立ち話も何だから、今からちょいとツラ貸してくんない? そこのカレシも付き添っていいから」


 金城がそう言うと、銀夜は不安げに僕の顔を見た。


「……ご主人様を、巻き込むわけには……」


「そんなわけにはいかないよ。銀夜一人だけだと心配だから、僕も行くよ」


 僕がそう言って歩き出そうとすると、

「いけません! ご主人様」


 銀夜が慌てて僕の服の袖を引っ張り制止した。


「逸海は、目的の為ならばどんな狡猾な手も使う人間です。間違いなくご主人様は危険な目に合います」


「それでもさ」


 僕は銀夜の頭を撫でた。


「銀夜だけが危ない目にあえばいいってことにはならないよね?」


「あ、あう……」


 髪を掻き分けられ、銀夜は少しむず痒そうにしている。


「か、かしこまりました。ご主人様の身が危うくなりそうな時は、このわたくしが身命を賭してお守り致します」


 銀夜は僕の後ろで、まるで護衛のように付き従った。視線は真っ直ぐ、金城を射抜くように見つめている。もう恐れの類は一切なさそうだった。


「話は決まったね。さ、行くよ」


 金城はニッと笑って、先頭を歩き出した。

 僕と銀夜もその後ろを従う。三十分程歩いて着いた場所は、寂れた空き地だった。聞くところによると、昔建っていた一軒家を取り壊した跡地らしい。


 そこに、彼らはいた。

 僕らが空き地に足を踏み入れた瞬間、ガラの悪い集団が四、五人ほど姿を現した。

 これは――俗に言う待ち伏せという奴らしい。


「逸海、あなた……」


 銀夜が敵意を込めた視線をぶつけると、金城はニヤリと笑った。


「だから言ったろ。手段は選ばないってね。のこのこ着いてきたアンタらがうかつなんだよ」


 そう一笑する金城の笑みは――凍えるかと思ったほど――冷淡だった。

 

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