15
その日の放課後、僕と銀夜は仲良く塗装されたアスファルトの上を歩いていた。銀夜は僕の後ろを歩くことを貫徹しているので、会話をそこまでフレンドリーにしているわけではないのだが。それでも話しかければ、きちんとした返事は返ってくる。僕ももう少し好意的に接することが出来ればいいのだが、銀夜のこれまでの常軌を逸した行動もあるし、彼女に心を許すのはまだ当分先の話になりそうだ。
四月二十七日。気候学上の春は後数日しかない。ふと草地を見れば、向日葵の上で天道虫がワルツを踊っている。初夏といえば、ギラギラと眩しい太陽光が指して来て、鬱陶しいとばかり思っていたが。夏に向けて、ゆっくりと季節の移り変わりを実感できるのも、そう悪くはない気がした。
「いい天気だね」
後ろをクルリと振り向きながら言うと、銀夜は僕に優艶な微笑を向けて、
「本当にそうですわね。このような清清しい気象の下、ご主人様と歩を進められることをとても嬉しく思います」
と言った。
「ご主人様は、わたくしと一緒ではそんな気にはなれないのでしょうか」
「そんなことはないよ」
「ご主人様なら、そう仰ってくださると思っていました」
僕の返答を予め予期していたかのように銀夜は答える。
「それでもわたくし、自分に自信がもてないのです」
銀夜は肩を落とし、俯きながら言った。
僕は前を歩いたまま答える。
「それは、自分の良い所だと思った方がいいよ。理想像に近づくために、どうしたらいいかを模索するっていうことは、絶対にいいことだ。努力を怠るような人間には、不遜と怠慢しか残らないからね」
別に気を利かしたことを言ったつもりはないのだが――
「ご、ご主人様ぁ……」
銀夜は顔を上げた。
「わたくし、ますますご主人様のこと好きになってしまいました……」
銀夜には、何故か効果てきめんのようだった。
僕の言葉に感銘を受けたように頬を赤くしている。
なんだかなあ。
そう心の中で呟く僕だった。
銀夜と共に細い路地に入り、人通りの少ない小路に入った時だった。
その人物は、ニヤニヤとほくそ笑み僕らに話しかけてきた。
「よお、お二人さん。相変わらず仲がいいねえ」
彼女――金城逸海はそう言った。校則違反の金髪。耳につけたピンクのイヤリング。超ミニスカートにルーズソックス。相変わらず、絵に描いたような不良だ。
「逸海……わたくしには関わらないようにと、あれほど言ったのに」
銀夜は眉根を寄せて金城に話しかけた。
「――んなもん、知ったこっちゃねーよ」
驚嘆する銀夜の声に対し、金城は不敵な笑みを浮かべて言った。
「銀夜。昨日の件、考えてきたかい? アタイらのグループに入るって話」
「その話はお断りすると言ったはずです」
「そんな答えが通用すると本気で思ってんの?」
「逸海の了承を得る気はないわ」
「奇遇だね。アタイもアンタの考えを検討する気はねーんだよ。そして――手段を選ぶ気もないしね」
「……!」
金城は実に強気な言い方をした。
言い回し自体は静かだが、それでも有無を言わせぬ圧迫感がある。
その迫力に、一瞬ではあるが銀夜も勢いに呑まれたようだ。
「というわけでさ。こんなところで立ち話も何だから、今からちょいとツラ貸してくんない? そこのカレシも付き添っていいから」
金城がそう言うと、銀夜は不安げに僕の顔を見た。
「……ご主人様を、巻き込むわけには……」
「そんなわけにはいかないよ。銀夜一人だけだと心配だから、僕も行くよ」
僕がそう言って歩き出そうとすると、
「いけません! ご主人様」
銀夜が慌てて僕の服の袖を引っ張り制止した。
「逸海は、目的の為ならばどんな狡猾な手も使う人間です。間違いなくご主人様は危険な目に合います」
「それでもさ」
僕は銀夜の頭を撫でた。
「銀夜だけが危ない目にあえばいいってことにはならないよね?」
「あ、あう……」
髪を掻き分けられ、銀夜は少しむず痒そうにしている。
「か、かしこまりました。ご主人様の身が危うくなりそうな時は、このわたくしが身命を賭してお守り致します」
銀夜は僕の後ろで、まるで護衛のように付き従った。視線は真っ直ぐ、金城を射抜くように見つめている。もう恐れの類は一切なさそうだった。
「話は決まったね。さ、行くよ」
金城はニッと笑って、先頭を歩き出した。
僕と銀夜もその後ろを従う。三十分程歩いて着いた場所は、寂れた空き地だった。聞くところによると、昔建っていた一軒家を取り壊した跡地らしい。
そこに、彼らはいた。
僕らが空き地に足を踏み入れた瞬間、ガラの悪い集団が四、五人ほど姿を現した。
これは――俗に言う待ち伏せという奴らしい。
「逸海、あなた……」
銀夜が敵意を込めた視線をぶつけると、金城はニヤリと笑った。
「だから言ったろ。手段は選ばないってね。のこのこ着いてきたアンタらがうかつなんだよ」
そう一笑する金城の笑みは――凍えるかと思ったほど――冷淡だった。