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「――ということで、昨日より入部しました、美月銀夜と申します。不慣れなので、色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんが、一心一意努力する所存です。それでは本日より、よろしくお願い申し上げます」


 主に僕の方に目線を注ぎながら、銀夜は初々しく頭を下げた。銀色の髪筋が、まるでシルクの糸みたいにパラパラとなだれ落ちる。

 放課後、新聞部の部室。メンバーは僕を入れて四人。顧問の緒方先生を筆頭に、恭子と僕で、晴れて新入部員となった銀夜の歓迎会を開こうとしていたのだった。


「関心だな」


 銀夜の挨拶の後、僕らが拍手をし終えたのを見計らって緒方先生が口を開いた。


「噂には聞いていたが、それよりもっと礼儀正しくて、しっかりしている。しかも絶世の美人ときているのだから、言う事はないな。これほど優秀な人材を獲得できて、顧問としては大変嬉しく思う」


 すると、銀夜はニッコリと微笑んで、

「お褒めのお言葉ありがとうございます。緒方先生。ですが……わたくしなどより素晴らしいお方がこちらにいますわ」


 と、銀夜が僕をじーっと見ながら言った。

 それを眼にした緒方先生は眉根を潜めて尋ねる。

「素晴らしいお方? 空のことか? お前たち、一体どんな関係なんだ?」


 緒方先生の問いかけに、銀夜はうっすらと笑って、

「わたくしはそこにおられる亘理空さま……、いえ、ご主人様の忠実なるメイドなのですわ。ご主人様のために奉仕し、ご主人様のためだけに仕える。いわゆる、主人と従者のような関係なのです。処女膜も破って頂きましたし」


「な!? 空! そ、そそそそそれは一体どういうことだ!!」


「破ってない、破ってないよ」


 動揺した恭子の問いかけに、僕は慌ててする。


「あら、でもわたくしの純潔はご主人様に捧げるためにあるのですから、同じことだと思うのですけどもね。積極的なご主人様に強引に押し倒され、ヴァージンを散らすわたくし……ああ、想像するだけで膣内が……」


「ま、まあ、それはそれとして。お前たち、喜べ。長年人手を欠いてきた我ら新聞部に、もう二人の部員が入ることになったぞ」


 銀夜が興奮してハイになりそうなところで、緒方先生が助け舟として口を挟んでくれた。


「そうなんですか? 下級生ですか? ああ、そういえば今朝銀夜が入部希望者を探してくれるって言ってたっけ」


 僕はヘブン状態になりつつある銀夜を見ながら言った。

「わたくしは半ばクラスから隔離されている状態なので、苦心はしましたが、何とか見つけてきましたわ」

 と、銀夜は胸を張りながら言った。


「黒川美奈さんに、白絵法子さん。二人ともわたくしのクラスメートですわ。特に黒川さんは中学時代、文化部の部長をしてらしたそうです」


「文化部の部長か。何となく真面目そうなイメージだな。まあ淑やかそうでいいんだけど」

 僕がそう言うと、恭子は身を乗り出して食ってかかってきた。


「そ、空は品がいい女性が好きなのか? で、では私ではダメか? 空手三段で黒帯で毎日瓦割りをしている私ではダメなのかああああああ!?」

 

「違う違う。空手をやってる恭子も十分魅力的だよ?」


 僕がそう言うと、恭子は耳たぶまでボッと赤くした。


「そ、そそそそそうか。ま、まあ空の好みなどこの際どうでもいいことなのだがな。そこまで空手に精を出す私を好きだというのなら、仕方ない。今度我が道場でみっちり稽古をつけてやろう」


「ぼ、僕はそういうの向いてないから止めておくよ。格闘技どころか、スポーツ全般不得意なくらいだからね」


 恭子の誘いに、僕がやんわりと断りを入れていると、

「ではご主人様。わたくしとベッドの上で格闘技をされますか? 裸絞めやホールドも有りですわよ」

 と、銀夜がまたしても火に油を注ぐようなことを言ってきた。


「なに! ベッドの上での格闘技とはどういうことだ!? 私ですら空とまだしたことないんだぞ」


 予想した通り、恭子は銀夜に噛み付いた。

 というか論争点の中心は僕らしい。この二人、もしかして気が合うんじゃないか?


「お前たち、議論中申し訳ないんだがな」


 二人の言い争いに割って入ったのは、緒方先生だった。


「とりあえず、今日入った新入部員をもう二人紹介したい。寂れた新聞部に二人もの部員が入ってきんただ。今連れてくるから、お前たちも快く迎え入れてやってくれ」


「ああ、はい」


 僕が返事をすると、緒方先生は部室の外へと去っていった。そして数分ぐらいした後、彼女は二人の女生徒を従えて戻ってきた。


「初めまして、白絵法子と言います。銀ちゃんに誘われて入部しました。新聞部ってどんな活動するのか、すっごく興味が沸いたので!」


 ホワイトボードの前に立った二人の女子生徒の内、右側の女子が自己紹介を始めた。

 白絵法子は肩の長さまで切りそろえられたショートヘアで、前髪の奥を赤いヘアピンで止めている。大きな瞳と口角の上がった口元は、はつらつとした彼女の人柄を如実に現している気がした。


「そんなわけで、よろしくお願いします!」

 白絵は朗らかに頭を下げた。


 続いて白絵の左側に立っていた女子が口を開く。

「黒川美奈です。中学時代、文化部の部長をしていた経験を活かしたいと思い、入部を希望しました。つまり、肯定的側面からアドバンテージを活かそうとしたのです」 


 黒川美奈は、白絵とは逆に腰元まで届くロングヘアーの女子だった。礼儀正しい挨拶と同様、ブレザーのボタンを全てキチンと止め、小じわや着崩れた感じもなかった。長身かつスマートな体つきをしていることも相まって、勤勉な優等生という印象を受ける。


「黒川、そんなにかしこまらなくていいんだぞ? もっとこう、気楽にいけ」


 黒川が一礼して挨拶を終えると、緒方先生がやんわりと声をかけた。黒川は一瞬考える仕草を見せた。そして、


「そうですか。先生が仰る通り、次回からはもう少し肩の力を抜くよう努めてまいります」


 そう言って、黒川は眉一つ動かさずに頭を下げた。聞いた話だと、小さい頃から人間観察が趣味で、それが高じて中学時代は文化部にいたという。さらに、マンションのベランダから人を観測する為だけに望遠鏡も買ったのだとか、初対面の人間には根掘り葉掘り奇怪な質問をして反応を見るのが慣例だとか。人のことを知るより、まず自身の交流方法から考え直した方がいいんじゃないかと言おうとしたけど、言ってない。だって、言いにくいしね。


「ところで……」


 白絵がおずおずと口を挟んだ。全員の視線が彼女に集まる。


「えっと、部長さんってどちらですか?」


「ああ、僕だけど。初めまして。亘理空です」


 僕がそう言うと、白絵は少し驚いたような顔で僕を見据えた。


「えーっ、本当ですか。銀ちゃんの言ってたのと全然違う……あ、何でもないです! 気にしないでください!」


「へ…………?」


 何故か懸命に弁解をしようとする白絵の横で、黒川がゆっくり僕らに向かって口を開いた。


「多分、そういう言い方をしたらみんな気にすると思うので、私が説明します。要するにですね、美月さんに入部を勧められた際、部長のことを仄めかされていたんですよ。そして今ご本人と対面し、その聞いていたこととあまりの落差に、白絵さんは驚いているということです」

 

 僕はチラリと銀夜を見た。彼女もまた天使のような微笑を携えて僕を見ていた。その様子からして、おそらく僕のことをまるで神様のように誇張したのだろう。僕は黒川に視線を戻して言った。


「聞いていたことって、どんなこと?」


 聞かないほうがよかったのかもしれない。しかし気になってしまうものは仕方ないのだ。聞かないわけにはいかない。


「そうですね。わたくしのご主人様は慈愛に満ち、端正な容貌で、かつ超越的存在であると。クラス中に吹聴して回っていました。私もどんな人物なのかと関心を持っていたのですが、やはり異能な人物など中々いないようですね」

 

 思ったとおりだった。僕はただ口を開けたまま黒川の話を聞いていた。僕のそんな様子を見て、白絵は慌てたように言った。


「だ、大丈夫ですよ! のーぷろぶれむです! 話に聞いてた人とちょっと違うってだけで、部長さんも十分素敵ですよ。ね、黒ちゃん!?」


「……ええ、そうね」


 白絵にそう問われ、黒川は無表情で首を縦に振った。


 すると、緒方先生が両手をパンパンと叩いて、

「そこまでにしておけ。よし、今日のところは顔合わせも済んだし、解散といくか。明日から、みんなで校内新聞作成に向けて情報収集していこうと思う。各々校内記事の参考になりそうなネタを捜しておいてくれ」

 

 緒方先生がそう締めくくると、一同はコクリとうなずいた。


「それでは、空。私は所用があるからこれで失礼するが。くれぐれも銀夜と過ちを犯したりはするなよ」


「しないしない」


 顔を突き出して釘を刺してくる恭子に向かって、僕は首をブンブン振った。


「あら、わたくしは一向にかまいませんのに」


 僕と恭子のやり取りに、銀夜は嫣然と笑いながら言った。


「だから、そんなことしないって。僕は誰ともそういうことをする気はないから」


「なんだと? おい、空! それは私と男女の契りを交わさないということか!?」


 恭子は激昂して僕の胸倉を掴んだ。

「き、恭子、落ち着いて……」

 と、銀夜が僕を助けにきてくれた。


「そうですわ! 止めてください恭子先輩! ご主人様の童貞はわたくしが美味しくいただく予定なのですから……」


 そんな予定はない、と僕が口を開こうとする間もなく、恭子が叫んだ。


「なにィ!? 違うぞ、空は私と初せっくすをするのだ!」


 叫び声は、新聞部の部室中にこだまし、響き渡った。

 その様子を、恐々と見ながら、白絵は口を開いた。


「あ、あはは。新聞部って、随分個性的な所なんだねえ。黒ちゃん?」


「……そうね」


 黒川は小さくうなずいた。

 結局、恭子の勘違いが解け、校舎を後にしたのは、日が大分傾きだしてからのことだった。

 

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