12
「毎度毎度思うんだけど、どうしてこうなるのかなあ……」
前方の姉さんと、後方にいる銀夜の板挟みに合い、僕は苦痛の声を漏らした。
「この女、誰?」
僕の背中越しにいる銀夜に睨みを利かせながら、姉さんは尋ねてきた。
「ねえ、空の後ろに立ってるこの雌豚は何なのかって聞いてるんだけど。はあ、やっぱり空には私がついていないと駄目なんだね。私が卒業しちゃったばかりに、こんな雌豚にまとわりつかれちゃって……」
「わたくしはご主人様の、ご主人様による、ご主人様のためのメイド。美月銀夜と申します。貴女はご主人様の姉君の亘理朱音様ですね。以前からお話をしたいと思っていました」
「――あなたには聞いてないわ。引っ込んでてくれる?」
答える銀夜に対し、姉さんは鋭利な視線を向けた。
「お断り致します。わたくしはご主人様のメイドですから」
「……なんですって?」
姉さんはそう低い声で呟くと、銀夜の顔を見据えた。
「美月……銀夜とか言ったわよね? 貴方には聞きたいことが山ほどあるけど、今から私と空はここでお弁当を食べるの。お昼休み終わっちゃうから、とっとと立ち去ってくれない?」
「去りません」
銀夜は銀夜で、譲る気は全くないようだった。
「そもそも、それはこちらの言葉ですわ。貴女こそ、ご主人様から離れてください」
銀夜は一歩歩み出ると、姉さんの威嚇に毅然とした態度で答えた。その瞬間、姉さんの体からオーラのようなものが立ち込めていた……ような気がする。
対峙すると、二人ともやはり際立った美少女だということがよく分かる。片や漆黒の髪を腰まで垂らした、和風の美少女。片や白銀のロングヘアーが輝く、洋風の美少女。間に立っている僕など、とても釣り合わないほどの見栄えだ。その二人が片手に弁当箱をぶら下げながら言い争っている。
「ねえ、空?」
不意に姉さんが僕に話しかけてきた。
「な、何?」
僕は姉さんに向き直った。緊張のあまり喉がカラカラに渇いている。
「この雌豚に言ってやって。僕は姉さんの愛情たっぷりのお弁当じゃないと口に入らないんだよって」
僕は生唾を飲み込むと、チラリと銀夜を一瞥した。
銀夜もまた、僕に視線を向け、
「わたくしは構いませんわ。ご主人様にとってわたくしはもう不要な存在なのでしたら、この場で自害して果てるのみです」
と、精神的なプレッシャーをかけてきた。
「え、えっと……」
僕がその気迫に押されていると、
「ええい、このままじゃ埒があかないわ!」
姉さんはそんな僕の態度に苛々したのか、銀夜の持つ重箱を奪い取ると、会議用テーブルの上に自身の弁当箱と並べて置いた。そしてパイプのチェアーを持ってくると、二つの弁当箱の前に立てかけた。
「空!」
姉さんは僕にビシッと指を指すと、パイプ椅子に座るよう促した。恐る恐る銀夜に眼を向けると、いまだ臨戦態勢を崩そうともしていないので、僕は嫌な予感を感じつつも椅子に腰掛けた。
「えっとさ」
姉さんに向かって言った。
「僕はどうすればいいの?」
「こほん」
姉さんはこれみよがしに咳をついた。
「これよりィィイ~~、どっちのお弁当ショー、開幕~~! 私とそこにいる雌豚。どちらのお弁当を選ぶのか。決めてもらうのは勿論、私の最愛の弟、亘理空君で~~す!!」
姉さんは指を曲げ、マイクを持ってるような身振り手振りで、僕と銀夜に向かって言った。そしてテーブルの上に置かれた弁当箱を指し示すなり、こう宣告した。
「ちなみに優勝者には、空の脱ぎたてのパンツが与えられます!!」
唾を撒き散らさんばかりの勢いで、姉さんはそう叫んだのだった。
「ご、ごごごごご主人様の、ぱ、ぱ、パン、パン……」
銀夜は何故か顔を真っ赤に染めている。
僕は姉さんに向かって声をあげた。
「姉さん! 悪ふざけが過ぎるよ。普通にどっちの弁当がいいか決めればいいだけの話だろ? それに、男の下着なんか貰って何が嬉しいんだよ」
極めて良識的な意見を述べたつもりだった。
「ちっちっち。甘いわね空」
しかし姉さんは人差し指を振って、さも僕が間違っているかのように答えた。
「パンツもそうだけど、真に私が欲しているのはパンツを脱ぐその瞬間よ! 抵抗しながらも、恥じらいにポッと頬を赤く染める空。そして、チラリと見える成長したイチモツ……。グヘヘ、たまりませんわん」
「は、はあ……、そうなんですか……」
ドン引きしすぎて、思わず敬語になってしまった。姉弟ならまだいい。逆の性別でこんなことを言い出せば一発で変態扱いされるだろう。もし、僕が妹で姉さんが兄であったなら……。想像して、思わず身震いしてしまった。
「や、やりますやります! ご主人様のパンツはわたくしの物です! ご主人様のパンツだけは誰にも渡しません! ご主人様のパンツ。あ、あう………」
「あまりパンツパンツ言わないでくれるかな? 食欲が失せるんだけど」
「あう、わ、わたくしとしたことが。申し訳ございません。ご主人様……」
僕がそう指摘すると、銀夜は耳たぶまで赤く染めて俯いた。
「さあさあ、そろそろいいかしら? じゃあどっちのお弁当ショー、始めちゃうわよ?」
痺れを切らしたように姉さんが言った。いつの間にか、僕の下着が優勝賞品ということで確定してしまったらしい。
「はあ……本当に、どうしてこうなるのかなあ……」
不承不承、僕は二つの弁当箱の蓋を開けると、外観を見比べてみることにした。