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「生徒会室に来いだって? まったく、何の用だよ」
そう言って、僕は椅子から立ち上がろうとした。
「ご主人様っ」
「うわ!」
しかし銀夜に袖を鷲掴みにされてしまい、無理やり椅子に座らされてしまった。
凄い力だ。とても女子の膂力とは思えない。
「…………何? 僕今呼ばれたんだけど。放送、聞こえたよね?」
「行くことないですわ。それよりも、ここでお弁当を食べることの方が重要です」
銀夜は服の袖を引っ張ったまま、ぐいっと顔を寄せてきた。
「それとも、何ですか? わたくしとお昼は食べられない、とでも」
「違う、違う。そういうことじゃないんだ」
まあ、この絢爛豪華な弁当を食べられないのは、残念で仕方がない。
半分は本当のことを言っているはずだ。
「なあに、すぐに戻ってくるから。だから、心配しないで?」
「本当ですか? で、ですが……その、先ほどから胸騒ぎがして……」
「大丈夫だって。生徒会に指導されるようなことはしてないんだから。きっとすぐに帰してくれるさ」
自慢ではないが、僕は校内でも屈指の優等生を自負している。まあ、疚しいことはなくても少しはドキドキしているのも事実だが。
「かしこまりました。では、わたくしはここでお待ちしていますね」
「うん、ごめんね」
そう言うと、ようやく銀夜は僕を解放してくれた。見ると、服の袖は思い切り伸びていた。何という剛力。やはり、このメイドは敵に回したくは無い。
新聞部の部室を出ると、真っ直ぐ三階へと向かった。室名札に生徒会室、と書かれた僕の教室と同じくらいの広さの部屋は、他生徒を締め出すような堅苦しさに満ちていた。呼び出しがかかったことの緊張感も手伝ってか、僕は気を引き締めながらドアをコンコンとノックし、室内へと入った。
「失礼します」
一礼してから顔を上げた。
そこにはよく見知った女が、デレッデレに表情を綻ばせながら待ち構えていた。
「空~、待ってたよう。一緒にお昼ごはん食べよ!」
僕を待っていたのは他でもない、姉さんだった。
僕の姉はみっともなく頬を緩ませていた。
姉さんはフリルのついた青のブラウスにデニムのスカートを履いていた。高校を卒業したばかりだから今は一九歳のはずだが、そこら辺の女子高生よりもよっぽど若々しく見える。その秘訣は、やっぱりこの優れた容姿にあるのかもしれない。腰までの黒髪を靡かせた、思わず眼を見開くほど絶世の美人は、まだまだ老いなどという言葉とは無縁のようだ。
その姉さんは潤沢の黒髪を振り乱しながら、
「きゃ~っ! やっぱり制服姿の空ってカッコいい~!」
と、僕の頭から靴の先まで舐めるように見回すと、物凄い勢いで僕に向かって抱きつこうとした。
「お褒めの言葉ありがとう。そんなことよりも、僕が聞きたいのは、どうして姉さんがここにいるかってことなんだけどね」
僕は掌底打ちを姉さんの頭に食らわせ、呆れながら言った。
「どうして? 私ここの卒業生なんだから、いたっていいじゃん!」
我が姉は前髪の生え際辺りを撫でながら、不満をこぼした。
「なーんか、最近空が冷たい! 冷淡! 薄情! 亭主関白! 私のこと、嫌いになっちゃったの!?」
「そういう問題じゃないんだけどね。それより姉さん、大学はどうしたの?」
そう言うと、姉さんは僕に向き直ってから、
「今日の講義は午前中までだったのよ。それでね」
姉さんはミーティングテーブルの上に置かれた弁当箱を掴むと、僕の前まで持ってきた。そして、キラキラ輝く眼で、じっと僕を見つめながら言った。
「お弁当、作ってきたの! 空、お腹空いてるだろうなあって思って。だから、緒方先生に頼んで、生徒会室を貸し切りにしてもらったんだ」
「そ、そんなことの為にわざわざ生徒会室を借りたの?」
僕は嘆息しながら、自慢げに胸を張る姉さんに向かって言った。どこの世界に、お昼を取るためだけに生徒会室を独占する姉弟がいるんだ。
「だって私、去年まで超優秀な生徒会長だったんだもん。教育委員会から表彰されたことだってあるんだよ?」
姉さんはきょとんとしながら答えた。確かに成績は学校でもトップ。ついでにクラスの人気投票は三年間不動の一位だった姉さんには、その資格があるかもしれないけども。
「だからといって、行事活動を会議する部屋をこんなことに使うのは……」
「行事活動なんて、私と空のラブラブスキンシップに比べれば、ミジンコほどの価値もないのよ!」
姉さんは力説している。
「さあさあ、そんなことよりも、早くお昼食べよ?」
「いきなり人を校内アナウンスまで使って呼び出して、そんなことも何もないでしょ。それに僕には、先約があってだね……」
「先約……? ふうん、そっかあ。空ったら、私がいない間にそんなことになってたんだあ……。これは、お仕置きが必要ね」
眼のハイライトが消えた姉さんが、不気味に笑いながら僕に詰め寄ろうとした。
「どうする? 私とお弁当を食べる? それとも、お姉ちゃんの制裁を受ける?」
「ね、姉さん、落ち着いて!」
暴走する姉さんをなだめようとした時だった。
後ろのドアが開き、その声がしたのは。
「ご主人様は、わたくしと昼食をとるのです。誰にも邪魔はさせませんよ」
僕は悪い予感がしながらも、恐る恐る振り向いた。
嫌な予感は当たっていた。
僕の後ろに立っていたのは怒りをあらわにした銀夜だった。