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昼休みの時間になると、僕と銀夜は待ち合わせしていた新聞部の部室へと足を向けた。教室を出る際、恭子に色々と詮索をされはしたが、何とかうやむやに誤魔化すことが出来た。
我が新聞部は校内の二階にあった。四~五人がようやく入れる空間。室内の中心には白のオフィステーブルが置かれてある。後は書類をまとめる本棚と、一つだけある窓の隙間にホワイトボードが置かれているだけの、簡素な内装だった。
コーティングが剥がれかけてるテーブルの前に、僕と銀夜は向かい合う形で腰を下ろした。校内には食堂もあるのに、なぜこんなうら寂しい所で食事をとろうとしたのか、というと、昼休みの食堂は大勢の学生で賑わっていることが多いためだ。
おそらく、いや確実に、あのような所では銀夜は目立つ。それは僕も望むところではない。なので、なるべく人のいない場所へ行こうとしたのだ。部室の鍵は部長である僕が保有しているため、基本的に部外者は立ち入れないようになっている。
そもそも、新聞部に関心を持っている生徒は、ほとんどいない。我が部の過疎化にこれほど感謝する日がくるとは、思ってもみなかった。
「何だかこうしていると、まるで恋人同士のようですわね」
漆塗りの重箱をテーブルに置きながら銀夜は言った。
「ご主人様も、そう思いませんこと? チラッチラ」
「……チラチラ見られても何も言えないよ」
「まあ、ご主人様ったら。『僕と君とはもう恋人も同然だよ』ですって? そんなことを言われたら、わたくし照れてしまいますわ」
「そんなこと言ってないから、照れる必要はないよ」
「でも、学生妊娠はまだ早いので、交わりの時には是非、ご、ゴムはつけてくださいね。で、ですがご主人様がどうしてもと仰るなら、生でもわたくしは……」
体の前で手をモジモジしながら呟く銀夜に僕はなるべく抑揚のない声で、
「あほ」
とだけ言った。そんな憎まれ口に対し、銀夜は胸を張りながら答える。
「ええ。わたくしは阿呆でございますわ。またの名を愛の奴隷、ラブスレイブ」
「なにがラブスレイブだよ。それに、高校生の内からもう愛の奴隷かよ」
僕がそう言うと、銀夜は口をすぼめながら不満を口にした。
「ご主人様がお望みなら、首輪を嵌めてリードで引っ張って、このわたくしを骨の髄まで躾けて頂いて一向にかまいませんのに」
「そんな姿で学校に来たら、変態扱いされるに決まってるだろ」
妄想で頭を膨らませる銀夜に僕は冷ややかに突っ込みを入れた。
なに、この子もしかして残念な子なの?
「そんなことより、僕お腹空いてるんだけども」
三段重ねの重箱を見下ろしながら僕は言った。
「も、申し訳ありません、ご主人様。ただ今開封致します」
銀夜は箱の隅に手をかけながら、
「ご賞味あれ!」
と、意気込みながら順番に蓋を開けた。その中には松茸の煮物、蒸しアワビに、鯛と野菜のホイル焼き。そして、ポタポタと滴り落ちそうなほど霜の乗っている和牛のステーキなどが惜しげもなく盛り付けされており、デザートには芳醇な香り漂うメロンが添えられていた。涎が出そうなほど美味しそうだった。だが正直に言うと、これだけの量を僕一人で平らげるのは、不可能に近かった。
「……いかがでしょうか、ご主人様」
端麗な表情を、少しだけ歪めながら銀夜は聞いてきた。
「銀夜……」
僕は唖然としながらも言葉をつむいだ。
「これ、作るのにどれくらいかかったの?」
銀夜は、はにかみながら、朝の三時から調理を始めていたのだと答えた。朝の三時。低血圧な僕にとっては、信じられないほど早い時間だ。しかも、たかがお弁当作りのためだけに? これは残すわけにはいかない。僕は銀夜の情熱がこもっているであろう重箱を見下ろすと、覚悟を決め食べかかろうとした。
「いただきま――」
その時だった。
あまり聞きなれない機械音がしたのは。
「……なんだ?」
僕の耳に聞こえてきたのは、校内放送だった。――三年A組、亘理空君。至急、生徒会室までお越し下さい――そんなアナウンスが、放送部のマイクを通して告げられたのだった。