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ゲームの真実 (ブログ掲載作品)

作者: 立花ゆずほ

真実は印刷会社の受付嬢だ。

そう言うと聞こえはいいが、早い話、雑用係だ。

電話に応対し、郵便物を仕分け、荷物を受け取り、来客を取り次ぐ。

自分の容姿に自信はないが、せめて見苦しくないようにと小奇麗にしているつもりだ。

時々男の人から誘いが掛かる事もあるが、今までまともにお付き合いをしたことは無い。

興味が持てないのだ。


ある冬の日。

取引先の1つから、担当者が代わったと若い男がやってきた。

受付前のテーブルで、男はガサガサとカバンの中身を取り出していた。

やがて名刺を取り出すと、真実に手渡しながら丁寧に挨拶をした。

真実も挨拶を返し、社長を呼ぶ。


すぐに社長が顔を出すと、男は慌てて荷物をカバンに詰め込んだ。


「はじめまして。桜木と申します。前任の高橋から引き継ぎました。どうぞよろしくお願いします」

ハキハキと言い、お辞儀をする。

「本来なら高橋と一緒にご挨拶に伺うべきだったのですが、体調を崩してしまいまして」

申し訳なさそうに言う桜木に、社長は微笑みながら話しかけた。


「いやいや。突然の交代で大変だったでしょう。これからもどうぞ我が社をよろしくお願いします」

「しかし、ずいぶん若い方ですね。きっと仕事がよく出来るんだな」

社長は素直に感心した様子だ。


「あ、25歳です。一生懸命頑張ります。至らない点がありましたら、どうぞ申しつけてください」


25歳。真実と同い年だ。

初々しく、でも、頼りなさを感じさせない、好感のもてる好青年。


「さ、立ち話もなんだ。こちらでお茶でも」

社長に促され、桜木は社長室へと入っていく。


お茶を用意しようと立ち上がり、テーブルの隅に黒い四角い物があるのに気づく。


「忘れ物?」

それはゲーム機だった。

開いてみるとプレイ途中だったらしく、見たことのある画面。

最近テレビコマーシャルでよく見かける育成ゲームだ。


「けんじ」と名前が表示されている。


先程もらった名刺を見返す。


桜木 健治


やはり彼の物のようだ。

真実はお茶と一緒にそれを社長室へ運んだ。


「失礼します」

お茶を置いて社長に一礼してから、桜木に話しかける。


「受付にお忘れでした」

「あっ!すいません!ありがとうございます」

しまったという顔をして、ゲーム機をカバンに押し込む。


耳まで真っ赤にしている姿が、微笑ましい。

自分とは、全然違う。

仕事が出来て、人に好かれて。

きっと充実した日々を送っていることだろう。


「失礼しました」

真実は下を向いたまま部屋を出た。

ドアを閉めて小さくため息をつく。



他の用事を済ませているうちに、桜木は帰ったらしい。

無人の社長室を片付けながら、何かモヤモヤした気分だった。


自分は、ここで何をしているのだろう。

私のやりたかったことは、なんだろう。


帰り道、真実は電気店に寄った。

昼間のゲームが気になったのだ。


ゲーム機とソフトを買う。

家までの足取りは軽くなった。


部屋着に着替えて早速ゲームを始める。

チュートリアルに従うと、普段ゲームをしない真実にも簡単に操作できた。

まずは自分のキャラクターを作る。

自分に似せて作った女の子に「まみ」と名付けた。

我ながら結構似ている。


しかし少し考えてから、ちょっと目を大きく、体を細身に変えた。

髪も、自分とは正反対のショート。

性格は社交的で前向きに設定した。


思いつくまま友人知人の名前のキャラクターも作った。

皆、ちょっと「まみ」より控えめにした。

あくまで「まみ」の引き立て役だ。


最後に「けんじ」を作る。

ちょっと美化しすぎた気もするが、雰囲気は似ていると思う。


キャラクターたちは次々と様々な要求を投げかけてくる。

 アレが欲しい

 コレが食べたい

 こんな服が着たい

 あの人と友達になりたい

 この人と結婚したい


高価な服やインテリアを与えるには、せっせとゲーム内で稼がなくてはならない。

ミニゲームで地道にコインを増やし、キャラクターの満足度を上げる。


真実はすっかりこのゲームにはまってしまった。

時間の許す限り。ゲームに明け暮れた。

食事はコンビニおにぎりやカップ麺。寝不足で肌はボロボロ。


どうしても「まみ」に着せたい服があったのだ。

ビジューのついた、黒いワンピース。

ハッキリした顔立ちの「まみ」にはきっとよく似合う。


こんな服で「けんじ」とデートしたら。

真実の妄想はどんどん膨らんだ。

美男美女のカップル。仲良く腕を組み、羨望のまなざしを向けられながら颯爽と街を歩く。

それには、人目を引く素敵な服が必要だ。


気づけば化粧のノリも悪くなり、仕事にも集中できなくなった。

現実が荒めば荒むほど、ゲームの中の「まみ」は輝いていった。

念願のワンピースを装着し、着飾った「まみ」に「けんじ」が告白する。

二人は恋人同士になり、楽しそうにデートを重ねた。

真実が理想とするロマンチックな夜景。行ったこともないような高級レストラン。

甘い言葉を囁いてプレゼントを貢いでくれる「けんじ」。


真実はますますゲームにのめりこんだ。



仕事をどうにか終え、フラフラと帰る途中。

レストランの前に健治の姿があった。

誰かと待ち合わせしているのか。


健治は最初に会った日から、何度か会社にやってきた。

いつも爽やかな笑顔で挨拶してくれる。

取り次ぎ以外に言葉を交わしたことはない。

真実の名前も知らないだろう。


健治がこちらに手を挙げ、「まみ!」と名を呼んだ。

真実はドキッとして飛び上がりそうになった。

手を振り返そうかと思案していると、背後からきれいな女が手を振りながら近づいていく。


私じゃなかった。

同じ名前なんて、皮肉なものだ。


2人がこちらを見ている。


「こっちを見てるけど、知り合い?」

女が問うと、健治は少し考えてからこちらに笑顔を向けた。


「どうも」

真実にお辞儀してから、女に向きなおす。

「取引先の受付の方だよ」

真実も2人に向かって会釈した。


「いやあ、一瞬わからなかったです。なんかお疲れの様子ですね。実は最初見た時にはすごくきれいな人だなーと思ったんですけど…

最近なんだかいつも疲れてますよね」

悪意はないのだろう。

ストレートな言葉が余計に痛い。


「ちょっと、その言い方、失礼」

女が健治の袖を引っ張る。


「あ、そうか。すいません」

2人は腕を組んで笑い合った。


ビジューのついた黒いワンピース。短い髪に、派手な顔立ち。

自分とは全く違うタイプの女。

とても、かなわない。


「失礼します!」

真実は力いっぱい走って、家に飛び込んだ。


現実なんて世知辛いものだ。

リア充?そんなもの、幻想だ。


真実はすがるようにゲーム機を開いた。


始まったプレイ画面を見て、ハッと息をのむ。


あの女だ。

そうだ。あの顔は、あの服は、どこかで見たと思った。

紛れもなく、「まみ」だ。

知っている。

自分が作り、育てた女だ。


突如画面が切り替わる。


結婚式場で花嫁姿の「まみ」がこちらを見る。


「この人は、私の物だから。こっちでも、そっちでも」


あははははは

高笑いが響いた。


真実はゾッとしてゲームの電源を切った。

背筋がゾクゾクとする。


黒くなった画面に、ぼんやりと自分の顔が浮かんだ。


誰?

疲れ切ったヘロヘロでヨボヨボの女。

こんな女、私は知らない。

真実は首を何度も横に振りながら、崩れ落ちた。


あははははは


あの笑い声が、耳から離れない。

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