【episode2】
依頼人であるアダルブレヒト2年生は寮の自室を待ち合わせに指定していた。
余程慌てていたのか、馬鹿なのか。おそらく後者だが、自分の情報を他人に無警戒に渡す冒険者とは思えない暴挙だった。
扉を二、三回ノックする。返事はなく、代わりに扉の向こうから二度返された。──入ってこい、と言う意味だろうか。
「失礼します」
「……来てくれたか」
「はい、仕事ですから」
部屋の中は意外と整頓されている。いや、無駄な物がないと言うべきか。冒険者として最低限の道具と、学生としての勉強道具以外は何一つ無いらしい。
何より一番驚いたのはアダルブレヒト2年生だ。冒険者としての姿しか見ていなかったが、しかし学生服に身を包めばそれなりにしゃんとして見える。何より指摘されたのが余程ショックだったのか、歯が前回見た時よりも幾分か白い。
キョロキョロと見たつもりはないが、やはり戦闘で鍛えられた観察眼か、私を見て苦笑したアダルブレヒト2年生は、力なく笑ったまま、
「流石に女子を招く時は掃除ぐらいするぞ?」
「なるほど、女性の友達がいるんですね。私に依頼する必要ないじゃないですか」
納得だ、女性の指摘を受けたのならこの部屋の小綺麗さも理解できる。おそらくだっしょもない部屋を見て、身近なところから直すように注意したのだろう。
そう思い一人頷いたが、アダルブレヒト2年生は何とも言えない顔で小首を傾げ、
「いや、お前を招くから掃除したんだが」
「───ぼ」
心停止、違った。
思考停止した僕は、拳を握る。もちろん、強化なんて出来ないこの拳の威力など微々たる物だろう。だが、関係ない。───男には殺らねばならぬ時があるのだ。
「それはそうと椅子に座ったらどうだ? 立ちっぱなしで話すのも嫌だろう」
「ええ、そうですね。───ところで」
椅子に歩む振りをしてアダルブレヒト2年生に接近する。目を白黒させながら頭を掻いている姿を視界に納めつつ、拳を服の上から腹に当て、
「その、女性がみだりに男に近寄るのはどうか」
「僕は男だあっ!!」
零距離打撃──一般的に遠しと呼ばれる近接初歩技術──を叩き込んだ。手応え充分で、今の僕に出来る最高の一撃だ。
「え、そうなのか?」
……だと言うのに、エプロン姿しか見てなかったしなぁ、なんて言い訳にもならない言い訳をして頭を掻くアダルブレヒト2年生に、世の理不尽さを嘆いたのだった。
◇◇ ◇◇
「つまり、頼れる友人なんて一人もいないから多少は知っていた僕に頼ったと?」
「おう、昔見捨てられてからどうもつるむのが嫌になってな」
「なるほど、理由ありきのボッチですか」
「オブラートに一匹狼と言ってくれ」
なるほど、確かに同じ意味でも呼び名が違えば印象は変わるものだ。まあ、意味は変わらないけど。
「ところで依頼内容の確認なんですが、結局僕は何をすればいいんですか?」
「あー、キャロさんにだな、謝罪する機会が欲しいつーか、なんつーか。まあ、その、仲介、みたいな感じか?」
「なるほど、───つまりへたれていると」
「……お前さ、実にいい性格してるよな」
「実直な感想を述べただけですが、まあ、気にさわったなら謝ります一匹狼2年生」
「すげぇいい性格だな本当に」
尊敬できる年輩な方々に囲まれていた分、尊敬出来ない相手に対して少し手厳しいだけだと思う。──尤も時と場合によりけりだけど。
「それでは僕の仕事が終わり次第、店長に今回の事を包み隠さずお話しします」
「……話すのか」
「はい、双方の安全のためです」
正確にはアダルブレヒト2年生の生存危機と、強制ウェイトレス──お客より可愛い衣装が、と言う要望の下に店長がヒラヒラでフリフリなの用意していた──地獄回避の為にきちんと伝えた方が安心だ。
店長の性格上、下手に隠しているそれについての制裁行為が発生する可能性がある。アダルブレヒト2年生は前回の事で印象が悪いので尚更だ。
……そう考えると、何も考えずに謝りに行かず、僕を挟んでからと考えたアダルブレヒト2年生は賢明だったかもしれない。
「他に要望はありますか?」
「……贈り物の、アドバイスとかないか」
「贈り物なら自分で考えた方が良いと思いますが、───そうですね、軟膏とか喜ぶと思います」
店長は最近手荒れが酷いと言っていた。確かに秘境を股に掛けた冒険者であっても水仕事を毎日こなしても大丈夫とは言い難い。回復魔法は店長が苦手とする分野だから尚更だ。
「特に調理を行うので味が変わらないような物なら喜ぶかと」
「軟膏、軟膏か」
「以上でよろしいですか? 謝罪は早い方が良いと思うので何かなければすぐにでも店長に伝えますけど」
「あ、うん。大丈夫、だと思う」
そうですかと立ち上がり、部屋から出ようと振り返り、
「なあ」
アダルブレヒト2年生に呼び止められた。───まだ、何かあるんだろうか?
◆◆ ◆◆
思わず呼び止め、言葉に詰まる。
俺はどうしてコイツを呼び止めたんだ? 依頼を頼んだのだから速やかに実行してくれるコイツを止める理由はないはずだ。
だが、なんと言うか、気持ち悪い。胸の辺りに鉛でも入っているみたいだ。胸焼けとも違う、何とも言えない気持ち悪さ。
「……あの、何ですか?」
「い、いや、あのだな」
いや本当に何がしたいんだ俺は?
くそ、馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがこうもポンコツか俺の頭は!
思えばこの依頼だっておかしな話だ。迷惑掛けた上に面識などほとんどないコイツにどうして頼ろうと思ったのか。最悪先生達に頭下げても良かった筈だ。わざわざ金払って、他人に頼りたいなんて頭おかしいんじゃねぇか俺は?
「まあ、なんだ?」
「なんです?」
「そのだな、───あ」
目の前で不思議そうな顔をするコイツ、───フィリルシェリアの無表情を見て気付いた。
俺はコイツと親しくない、以前に、俺はコイツに謝ってない。
鞄漁ったり、最低な発言したり、自分の馬鹿さ加減に呆れていたのに、俺はコイツに謝ってすらいない。───最低だ。
「すまなかった」
「……はい?」
「いや、そのだな、鞄漁ったりしただろう? だのに俺は謝罪してない。キャロさんだけじゃねぇ。お前にも謝らなきゃいけなかったのに、本当に……すまねぇ」
項垂れて、すぐに視線を上げる。謝罪するのに顔を見ないのは駄目だろうし、何よりコイツはそう言う事を大事にする奴だ、多分。
ジッと見詰めると何度か瞬きしたフィリルシェリアがふと、笑みを浮かべた。蕩けるような甘い笑みだ。
「気にしてませんよ、……ありがとうございます」
「……俺、礼言われるような事はしたか?」
「はい、僕にとってはとても」
満面の笑みのまま、フィリルシェリアは部屋から消えた。残された俺は許された事で胸の重さがなくなった。
呼び止めて良かった。無意識だったんだろうが、呼び止めて、謝る事が出来て良かった。
「……いやいや、喜んでる暇はないだろ」
まだ謝るべきもう一人に謝っていないんだ。喜ぶ前に気を引き閉めろ。
まずは道具屋を見て回ろう。アイツの案だし、俺が考えるより良い筈だ。
俺自身の問題は当然だが、アイツに恥を掻かせない為にも、必死にやらなきゃいけねぇよな。




