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最弱の有能冒険者  作者: 夜つ七
第二章 ─長期休暇─
11/13

【prologue】

フィルは基本的に目上の方には丁重です。目上の方には……。

 長期休暇初日────バイト先で問題が発生した。

 正確には問題が来店した、なのだが。そこは別段訂正する必要がない。

 問題の存在────アダルブレヒト二年生は、店長こと、キャロレインさんに懸想している学生だ。

 冒険者としてはそこそこ優秀──ただし戦闘面に限る──と言うギルドからの評価が自慢らしく、声高々に真昼間から自分の事を誇示している。

 周囲のお客様方──夜間こそ酒場と化しているが、昼間は女性客が圧倒的に多い──は迷惑げに眉を顰めているが、どうやら彼女達の日常など、目の前の馬鹿には眼中にないらしい。学園に営業妨害を通達して、早々に引き取ってもらった方がいいかもしれない。

 まあ、尤も。それよりも早く店長の鉄拳制裁で吹き飛ばされているのだが。

 周囲の女性客がお姉様と頬を染める中、私はこっそりと自分のコップにお茶を淹れて飲んでいる。あの状態なら五分は正気に戻らないだろうし、一杯くらいは問題ないだろう。

 ……さて。騒動も一段落した事だし、そろそろ仕事に戻るとしよう。






「……おい、下郎。私のカバンに何をしている?」


 休憩中の僅かな時間。店長が用意してくれた小部屋の中。

 私以外に使用する筈のない従業員室に不法侵入者が存在していた。

 姿カタチに見覚えのありすぎる、営業妨害を繰り返す最低な上級生が、何を思ったのか、私の荷物を漁っていた。その手には何か、朱色のリボンに包まれた小箱が握られており、少なくとも私のものではないと断言出来る物品であるので、おそらくは私のカバンに何かを仕掛ようとしていたのだとよく分かる。……まさかとは思うが、店長の物とでも間違えたのだろうか?

 

「く、口の聞き方に気を付けろ。俺は学園の二年生だぜ?」

「……そんな上擦った声で言われても欠片も怖くない」


 それにしても、常識がないのか、それとも恋はなんとや、と言うわけか。不法侵入した挙げ句、暴力で解決しようするのは流石に拙いだろうに。

 ともかく、彼をどうするべきか。一番手っ取り早いのは店長に対処してもらう事だが、その場合面倒事に巻き込まれる気がする。……さて。


「とりあえず、今回の件は店長には言わない。なので早々に裏口からお帰りください」

「……本当か?」

「嘘を言う必要がないし、そもそも貴方の間違いを指摘してやる程私は優しくないからね」


 そもそも振り向いて欲しいのなら、無駄に口説くよりも相手がして欲しいと思う事を行う方が遥かに建設的だろう。

 営業時間中に突撃して、挙げ句注文もせず、周囲の迷惑も考えずに告白をするなど相手に対して失礼極まりない。おまけに店長はアダルブレヒト二年生の事など今の今まで知りもしなかったらしい。それで告白が成功すると思う方が間違いだ。


「まったく、貴重な時間が削られた。それでは先輩、私は予習があるので早々にお帰りください」

「…………」

「……カバンを返してください」


 何かを悩むように、俯いたままカバンを抱き締めるアダルブレヒト二年生に声を掛けると、何かを決意したかのように私を睨み付ける。何やら顔が赤い気がするが、どうしたのだろうか?


「聴いていいか」

「……何をですか」

「俺の間違い、教えてくれ」


 …………面倒事の臭いがする。



 ◆◆  ◆◆



 キャロさんと出会ったのは一年前の事。学園に入ってすぐ、当時の仲間達と討伐依頼を受け、腐敗湿地へと足を踏み入れて後悔している真っ只中。

 討伐自体は問題なく終了し、和気藹々と帰るその途中、────不意に身体が吹き飛んだ。

 回転する視界に飛び込んで来たのは赤黒い甲殻で全身を覆った熊──当時は名前も知らず、後に甲熊(シェルターベア)の特異体で、危険度で言うのならランクはBを超えるとエミリオ教官に聞いた──。

 気を抜いた俺達を嘲笑うかのように現れたソイツは、何を思ったのか、目の前で怯える三人を無視して俺へとのっそりと歩んで来る。

 これ幸いと逃げ出す仲間に絶望して、悪足掻きで振るう槍が軽々とへし折られ、目の前が暗くなった時、助けてくれたのがキャロさんだった。


「冒険者にとって最も大切な事は生き残る事だ。気を抜くようなら辞めてしまえ」


 叱咤の言葉を貰い、俺は一から鍛え直した。

 彼女に教えられた、尤も大切な事を胸にして、この一年身体を鍛え続け、……気が付けば、俺はCランクの魔物を単独で撃破できる実力を身に付ける事が出来た。

 エミリオ教官の指導のおかげでもあり、──嫌味になるかもしれないが──元々才能もあったのだろう。実力だけなら既に冒険者の中でも中堅の実力があると褒められた俺は、無邪気に喜んだ。

 もし、もしあの時の女性がいるのなら、今の自分を見て欲しい。

 その衝動に突き動かされて、キャロさんを探すこと一週間。ようやく、彼女が学園近くの喫茶店を経営している事を知る事が出来た。……ちなみに以前目の前を通り、閑古鳥が鳴いてんなー、と思ったのを涙しながら後悔した。

 ……まあ、ともかくだ。

 彼女に会う為に店へと移動したのだが、そこで再開したキャロさんを見て、……気が付けば告白していた。

 そして訳が分からない程テンパった後、青空を眺めている自分に呆れた。

 ……俺キャロさん好きだったのか。

 自覚してからの行動は正直良く覚えちゃいない。気がつけば雑貨屋で黄色のリボンを購入して、更にはキャロさんのと思われるカバン──竜皮のみで作られた高級品──を漁っていた。

 な、何をしているのか俺自身分からない。おまけに背後から銀髪の女に低い声を掛けられて、思わず自分自身でも低ような言葉を吐いてしまっていた。

 ……最低な一言だと、自分でも思う。


「とりあえず、今回の件は店長には言わない。なので早々に裏口からお帰りください」


 流石に信じられずに聞き返すと、見下すような無表情で俺の行動を侮蔑され、少し、いや、かなり恐ろしかった。

 それと同時に、その言葉を聴いて自分の行動を振り替える。……出るわ出るわ愚行のラッシュ。

 思わず目の前の女子に助言まで頼んでしまい、……何故か、許可してもらった。


「……覚悟はいいか?」

「大丈夫だ、問題ない」


 少しだけ考える素振りを見せて、彼女は淡々と指摘する。


「まず営業時間中は拙いと思わなかった? 仕事の邪魔をする輩と付き合いたいと思う先ず女性(ひと)はいないと思うけど。入店をしたのに注文をしなかったのも頂けない。入店したなら先ずは店員の指示に従って席に移動、その後最低でも何か注文しろ。これは常識だから余程の馬鹿か都会慣れしていない田舎者以外しないと思う。まあ見た目田舎者だからある意味正しいけど。あとTPOを考えろ。この店は時間帯で客層が変わる。その格好は一般の女性客にしたら問題しかない。汗まみれで革鎧の男が着たせいで何人かは帰ったのを見えてなかっただろう? アレは店長も流石に怒っていたぞ。ついでに自慢話が長い。必死すぎて笑えた。最後に息が臭い。歯磨きはしてる? 身嗜み以前の問題だと思うんだが?」

「………………」

「ちなみにかなりオブラートに言ったから」

「……優しい言葉をください」



 ◆◆  ◆◆



 ……アダルブレヒト二年生に多少の助言をした結果、休憩時間が僅かしか残っていない。これでは予習など出来そうにない。……しょうがない。少々早いが仕事に戻るとしよう。

 そそくさと階段を駆け下りて、厨房の中へと顔を出す。楽しげに鼻歌混じりに調理する店長に声を掛けると少し驚いた後、側頭部を拳でぐりぐりと抉られた。……そこまで痛くない。


「お前は休憩時間まだ終わってないだろ。さっさと戻れバカ」

「残り時間は僅かなので戻ってもすぐに」

「多少なら伸ばしてやるから。……こんな感じにな!」

「いふぁいれすふぇんひょー」


 頬を伸ばされて話しにくいし少し痛い。

 此処まで伸びるのか、なんて自分自身に驚いてもいた。

 

「まったく、最近の子供らしからぬ勤労意欲だな」

「……働かざる者食うべからずですよ」

「そういうのは大人の話だ。ガキは馬鹿みたいに未来を目指せばいいんだよ。それで失敗したら経験だと笑って、成功したら無邪気に次を目指せばいい。ほら、さっさと勉強に戻りな一年生。さっきの騒動で今日は客が少ないからな、余裕があるんだ」


 アイツ次見たら拳叩き込むかと笑う店長の拳に、赤い魔力が集中し始めたのを見て少しばかり青褪める。アダルブレヒト二年生、……告白する前に死ぬのではなかろうか。



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