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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第一章 異世界の迷子 クレスヴィル前
9/37

8 部下の安全 ハンターについて

 

 ―――ボブがいる!


 その男を見たとき、ナギサが最初に抱いた感想だった。

 男はずんずんと、こちらに向かって歩いてくる。歩き方もそっくりだった。街ゆく人々が、その男のために道をゆずる。蟹股の、威圧するような歩き方。

 だが、その男は赤いエリザの家から出てきていて、しかも、ずいぶんと重装備だった。

 腰には剣を()いてるし、鎧姿だ。実際のボブは、エプロン姿のことが多いし、ときどき店に来店する、強盗に向かって、ショットガンを構えるほうが得意だった。


「―――ボブは、いないんだよなぁ」


 ナギサは、ぽつりとつぶやいた。

 その男はずんずんとこちらに来る。うめき声が聞こえ、見ればロックフォールが青い顔をしていた。

 オリガが、進み出た。

 

「ランクル殿。いま戻った」

「戻ったんなら、さっさと報告に気やがれってんだ!」


 やってきた男、ランクルはオリガの言葉にうなずいた。ナギサたち六人の前まで来ると、それぞれの顔を睨むように、一渡り見渡す。その顔を見て、ナギサは少しがっかりした。ランクルは、あんまりボブに似ていなかったのだ。


 ランクルは、日に焼けた大男だった。白髪になった頭が、横を除いてきれいに頭のてっぺんまでハゲ上がっている。顔はシワが深く、歳は食っているだろう。

 ナギサのところで、その視線が止まる。じろじろと見て、首を傾げ、そのげじげじ眉毛をピコンと上げた。


この(、、)嬢ちゃんが、例の(、、)嬢ちゃんか?」


 ―――ドラ声の響き。声は似ている。せめて、ボブ、と、一声かけてみたいものだ。

 まあ、その前にあいさつをしておく必要があるだろう。

 ナギサはぺこりとお辞儀をした。


「はじめまして、ナギサと申します。お騒がせしてしまったようで、すみませんでした」

「―――ふん、礼儀はできてるな。まあ、無事ならよかった」

 

 ―――ぶっきらぼうな口調は、まさにボブだ!

 ナギサがひそかな感動にうちふるえていると、ランクルの金壺眼(かなつぼまなこ)がロックフォールに向けられた。

 唸るような声が、その口から漏れた。


「…ちったぁ、マシな(ツラ)になったな。おい! 少しは働けるんだろうな!?」

「はい!」


 ビシリと、ロックフォールが姿勢を正す。ランクルはそれを見て、満足そうにうなずいた。すぐにでも走って行けとか言いそうだ。

 ナギサが割って入った。


「あのー、少し、よろしいでしょうか?」


 右手を上げ、ちょっと申し訳なさそうに話しかける。ギョロリと、ランクルが、ナギサを見据えた。 


「…なんだ、嬢ちゃん?」

「実は、こちらの、オリガさん、イリサさん、グラスさん、ロッシさんたちに、私の護衛もしていただくことになったんです。そうですよね、ロックフォール君?」

「―――あ、そうです。それで、公式(オフィシャル)の許可をいただけないかと、お話しようと思っていたところで…」


 尻すぼみになる声。なんだか、またヨレヨレとしてきた。やっぱり元が、もとだからか、いまいちだ。

 ナギサが、後で何とかさせようと思っていると、ちらりとランクルが、そのナギサを見た。しばらくその視線が固定され、何か考えるようにそのゲジ眉が眉間に寄せられる。

 そして、ため息をついた。


「ったく! 護衛が要るようなガキを、こんなところ(、、、、、、)に連れてくるんじゃねぇよ! ッ馬鹿野郎がっ!!」

「すみません!」


 ロックフォールがあわてて頭を下げる。ナギサはフォローに回った。


「いえ、ロックフォール君は悪くないんです。ただ私が無理を言って、ついてきた(、、、、、)だけなんです。彼の責任というわけではないんです」


 ランクルの、さらに開きかけた口が、途中で閉じられた。

 それでも、渋い表情で、ナギサに言った。


「嬢ちゃん、ここ(、、)どこ(、、)だか、わかってるのか?」

「はい。実は、ここ(、、)がこんな事態になっているとは知らなかったものですから、すぐに出ていくつもりだったんです。それがこんなことになってしまって…」


 しおらしいナギサの言葉に、ランクルは再び開きかけた口を、もう一度閉じる。

 ブチブチといった。


「ったく…。情報ぐらい、”冒険者”の、はしくれなら、集めとけよな…」

「返す言葉もございません。ご迷惑をおかけしました」

 

 そう言って、ナギサは、丁寧に頭を下げた。

 ロックフォールは、それを救われたような表情で見ている。

 ランクルは、腕を組んで、バツが悪そうな表情だ。しばらく、その眉毛が頭のてっぺんに届きそうなほど持ち上げられていた。周りにいた通行人も、再び繰り広げられる珍しい光景に、興味シンシンだった。

 

 ―――チッ!


 舌打ちの音。


「―――しょうがねぇなぁ。嬢ちゃん、みっともねぇから、頭上げろ」


 ナギサは、恐る恐る、顔を上げた。

 ランクルがそのシワの深い顔に、難しい表情を浮かべている。吐き出したいけど飲み込みたい。そんな微妙な表情だった。

 ランクルが言った。


「…分かった。公式(オフィシャル)の認定は出してやるから、その辺で勘弁してくれ。見られてんだよ」


 ナギサたちのいる広場は、にぎやかだった。酒場に宿屋に武器屋、飯屋もある。今は昼時。飯屋は繁盛していた。人々が広場に集まっている。そのど真ん中に、ナギサたちは、いた。

 周りでは、人々が顔を寄せ合い、ひそひそと、ささやきをかわしていた。 


 ―――ちょっと、ランクルさん、何やってんの?

 ―――なんかあの()のこと怒鳴りつけてたよ?

 ―――アレ、さっきの()だろ? 

 ―――えー、こんな往来で頭下げさせるか?

 

 出店や、人の多い広場が、非常に気まずい空気だ。

 ナギサが顔を上げると、ランクルは渋い顔で言った。


「ったく、俺のメンツがねぇじゃねえかよ」

「あ、すみません、そこまで考えてなかったです」

「だから、下げん(、、、)じゃねえ!」


 ナギサをもう一度怒鳴りつけ、さらに周りの印象を悪くした後、ランクルは八つ当たりのようにオリガたちを睨みつけた。


「…お前らの方は、話が決まってるのか?」

「…ああ、いや、まだだ」


 そう言って、睨まれたオリガたちは目を見合わせる。

 それを見ていたランクルが、怒った牛のように鼻を鳴らした。

 鋭い舌打ちを、ひとつ。


「チッ! じゃあ、オリガと、イリサがやれ。あとの二人は、さっさと戻ってこい」 


 クイッと、親指を上げて、館の方を示す。

 さっきから痛そうに首をさすっていたロッシが声を上げた。


「おいおい、そりゃあないぜ、ランクルのおっさん! せっかく外の空気が吸えると思ってたのによぉ…。だいたい、報酬の配分はどうすんだよ?」

「どうせ、そんなこと(、、、、、)だろうと思ったよ。仕事だ。こっち(、、、)で稼げ。テメーらだったら、何の問題もないだろうが…」

「いや、しかしですね。ナギサ君は、この街どころか、旅も初めてなようでして…」


 グラスの弁明の言葉に、ランクルが目を丸くする。ナギサにその見開いた目を向けた。

 それに応えるように、ナギサは照れたように、はにかんだ。


「…はい。お恥ずかしい話なんですが、その通りでして…」


 ナギサの、もじもじとした言葉を聞いて、しばらく、ポカリと口を開けていたランクルが、がくりと肩を落とした。大きなため息が聞こえた。

 苦痛に満ちた目を、ナギサに向ける。


「だがなぁ、嬢ちゃん。ここも、いま大変なんだよ。とにかく手が欲しいんだ」

「はい、それ(、、)は分かっています。少し待ってください。ロックフォール君、ちょっと…」


 ナギサは、手振りでロックフォールをかがませると、ゴニョゴニョと話し始めた。ランクルは、それを見て首を傾げている。さっきもそうだが、なんだ、(くん)? ロックフォールを(くん)

 大男と少女は、しばらくのあいだ顔を寄せて話し合っていた。ロックフォールは少女の言ったことに、素直にうなずき、はい、はいと返事をしている。

 やがて、少女はランクルに向き合った。


「はい、オリガさんと、イリサさんのお二人で結構です。ただ、報酬は支払わせてください。キャンセル料です」

「オイオイ、お嬢ちゃん! 休みの口実、取り上げてくれるなよぉ」


 ロッシがあわてるようにして言うと、ナギサは、にこりと笑った。

 すすすっとその身をロッシ達に寄せる。


「その代わりと言っては何ですが、実は、彼、いろいろと気弱な所がありまして―――」

「はぁ?」


 少女にいきなり身を寄せられ、しかも、その話の内容に、ロッシが怪訝な表情になる。ナギサの表情をうかがっても、ウソをついているようには見えない。ナギサはニコニコと笑い続けていた。


「―――それで、実は彼にいろいろと教えてあげてほしいんです」

「だって、あれ、”城崩し”…」

「…そうなんですけど、いろいろと世間知らずといいますか、(いくさ)バカと言いますか。なんだか、こういう事態に慣れていないようなので、いろいろと動揺しているようなんですよ。それで、見ていてあげてほしいんです。彼に死なれてしまうと、いろいろ(、、、、)と困るんです。大変なのは重々承知していますが、お願いできませんか? 足手まといには、ならない筈ですので」

 

 そう言って、目に申し訳なさそうな色を浮かべながら、小首をかしげて見せる。

 ロッシとグラスは顔を見合わせた。そして二人して、ランクルを見る。そのギョロ目は、さっさと行けと語っていた。

 しばらく、悩むように唸っていたがロッシは、頭をガシガシと掻くと、ため息をついた。


「ったく、しょうがねえなぁ…、せっかく、休めると思ったのによぉ…」

「…まあ、仕方がないか。残念だが、報酬もあるのではね―――」

 

 グラスが、やれやれというように首を振った。そして”城崩し”を見上げる。


「では”城崩し”さん、ナギサ君の依頼ですし、これから、あー、お願いしま、す?」

「ああ、こちらこそ、よろしく…」


 顔を赤くして、答えるロックフォール。恥ずかしいかもしれないが、とりあえず、当面は安心していられるだろう。

 ナギサは、それを聞きながら、自分の成果に満足して、うなずいていた。

 そして、考えてもいた。


 ―――いい加減、話し方を何とかさせないとな。

 頼り甲斐がある大男というキャラクターは、いくらなんでも六条の性格には無理がある。これが片付いたら、とりあえず、ゲームじゃないんだから、話し方だけでも、元に戻させよう。

 そんなことを、ナギサは、一人決意していた。




”嬢ちゃん”と、三人の話し合いが終わった。

 ことの成り行きを見ていたランクルは、頃合いと見て、話しかけた。 


「終わったか?」


 その声に、ナギサは応えてうなずくと、満足の笑顔で答えた。  


「はい、お待たせしました。もう大丈夫です」


 コキッと、首を鳴らして、なんだかなぁとつぶやくと、ランクルは、ひげを生やした顎を振って、館の入り口を指した。

 

「―――じゃあ、ロッシとグラスは行け。報告は、オリガたちから聞く。おい、ロックフォール! 休憩時間は、もう終わってるんだ! もう他の連中は出て言ってるぞ!!」

「分かりました!」


 びしっと姿勢をただし、(敬礼までして)ロックフォールは、駆け足で館に向かって言った。その背中に、ナギサはあわてて呼びかけた。


「三日後! また門のところにいるからね!」

「はい!」


 ナギサの声に、返事が返ってきた。たぶん、大丈夫だろう。

 そのあとから、ロッシがやれやれと肩をすくめて、歩きだす。


「じゃあ、またね」


 グラスがナギサに一声かけて、そのあとを追った。

 とりあえず、六条の方は、ひと段落だ。二人も付けて(、、、)おけば、取り合えずはなんとかなるだろう。

 ナギサが胸をなでおろしていると、ランクルがナギサを見下ろした。


「嬢ちゃん、あいつには感謝しておけよ? ずいぶんと心配してたみたいだからな」

「ええ、それはもちろんです。ボ…、いえ、ランクルさん」


 ランクルはいぶかしげにピクリと眉を上げたが、そのまま黙りこんだ。腕を組んで、しばらく、仁王立ちで黙りこむ。ナギサは、じっと、観察されているのがわかった。

 やがて、重々しく口を開いた。


「…嬢ちゃん。ちょっと話があるんだ。ついてきてくれ。オリガたちも、一緒に来い。報告も聞きたい」


 クイッと、もう一度、アゴで大きな屋敷を示し、その大きな背中を向けて歩き始める。

 その報告をするため、オリガとイリサが歩を進めた。

 そんな三人を見ながら、ナギサは首を傾げていた。こっちが話を聞きたいくらいなのに、なんの話があるんだ?


 そんな疑問を浮かべていても、足は勝手に進んでくれない。仕方なく、ナギサはランクルについて行った。赤い屋敷の扉をくぐり、オリガたちと肩を並べ、その中へと入っていった。

 広場では、さっきの(、、、、)娘は、どうしたんだろうかという話で持ちきりだった。近くにいたならまだしも、飯屋の窓からでは何を言っているのかは聞こえない。

 ハンターギルドの長に連れて行かれた娘の、運命や、いかに。

 そんな感じのウワサ話が、尾ヒレ背ビレをつけながら、勝手に、街中を泳ぎだしていた。




 ―――初めて、”ギルド”の中に歩を進めたナギサの感想は、こうだった。


「会社だ…」


 あんまり時間はたっていないはずだが、とにかく、懐かしさを覚えた。

 会社のオフィス、それにカウンターがついている。それがナギサが初めて見た”ギルド”だった。


 そこには大部屋が広がっていた。横にも奥にも、とにかく広い。一階は丸々つぶしているし、たぶん、巨大な外壁の一部まで、部屋がめり込んでいるのだろう。外観はレンガ造り、中は、年季の入った木造だ。


 カウンターの奥。そこでは、ちょうどナギサの会社と同じように、チームごとに机を並べていて、書類仕事をやるときの、例の無表情な顔の職員たちが座っている。ときどき、顔をしかめるのは何か、不備か、記入漏れでも見つけたんだろう。羽ペンのカリカリ言う音が、部屋中で聞こえている。


 ―――なんか、でっかい水晶玉だな。


 さらに、大きな水晶玉まで置かれている。職員が、その横に置かれた大きな黒い板に、こちらもペンで字を書いていた。そんな奥と、入り口ホールを仕切るように、一直線の、見事な一枚板のカウンターが置かれている。


 カウンターの天井には、何枚も看板が掛けられていて、それぞれのチームが、何の担当だか、わかるようになっていた。それぞれが”行商ギルド”や”ハンターギルド”、”傭兵ギルド”などを掲げている。なぜか、”芸術ギルド”なるモノまであった。あんまり繁盛していない。ただ、それにしても、


 ―――『文字』、読めるんだなぁ。


 看板の時に気付いたし、もう何があっても驚かない。紫式部が書いてたような、ウネウネした迷路のような文字が、スラスラ読める。便利なのは間違いないが、日常では感じない疲れがたまる。あきらめ(、、、、)、とも、言うんだろう。大部屋のざわめきが煩わしい。カリカリ言う音が、それに輪をかける。

 見れば”ハンターギルド”のところが、やはり、一番混んでいた。イライラした表情で、オリガのような格好の人々が並んで、ブツブツ文句を言っていた。閑散とした”傭兵ギルド”の担当は、明らかに営業向きではない顔だ。ガラが悪い(、、、、、)とは、まさにこういうモノ(、、、、、、)を言うんだろうな。

 

 ―――あ、睨まれた。


 そこから目をそらして、丸テーブルと椅子の並んだ、手前の広い待合ホールを、ランクルに従って奥へと向かう。カウンターの向こう側、チームごとの机、その奥にも、まだ部屋が並んでいた。”ハンター”、”行商”、”芸術”など、ドアごとに、プレートが貼りつけられた部屋。 

 ランクルは、”ハンター”の部屋に入った。オリガたちがそれに続き、ナギサもそれに続く。ずいぶん重そうなドアが、バタンと閉まった。


 ドアの中は、せまい部屋だった。元は広かったんだろうが、とてもせまくるしく感じる。防音でもしているのか、とても静かな部屋だ。少なくとも、外の音は聞こえない。

 部屋を進んだところに、部屋をせまくしている原因の、彫刻をほどこした、イギリス家具のような大きな机がでん(、、)と置かれていた。その机は、書類まみれになっていて、余計にせまくるしく感じる。紙束が、ドスンという感じで山積みになり、そして溢れかえっていた。何となく、水谷(みずたに)チーフ(現代的な部長)が、偲ばれる。彼女の机は、いつもあんな感じだった。


 その机の奥。レンガがむき出しの壁には、ドアほどの大きさの窓があって、『トルメンティアの森』が映っている。黄色い鳥が、草原の緑に映えていた。

 ランクルは、腰に刷いて剣を鞘ごと抜くと、その体に見合った大きさの椅子を引き出し、どっかりと腰を下ろした。鎧と、椅子のきしむキーキーという音が、何ともイヤだった。

 オリガとイリサは、その机の前に並んで立つ。

 どうすればいいのか分からなかったので、ナギサも、それにならった。

 まず、オリガが言った。


「ランクル殿、まずは報告してしまいたいのだが、いいか?」

「―――相変わらず、きったない部屋ねぇ」

「…イリサ、余計な御世話だ。―――ああ、オリガ。そうしてくれ」


 ランクルが手で促すと、オリガが姿勢を正した。


「やはり、”ダンジョン”の調子は、相変わらずだ。今までにないほどに、活性化している。今も活発に魔物を作り出している。まだ、不活化の(きざ)しは見えなかった」


 その持ち前のハスキーな声で、静かな部屋の中、オリガはハキハキと説明していく。他にも、どこの地点で何を(バーリスなんかを)見たなど、一つ一つを丁寧に報告していく。その合間あいまに、イリサの、のんきな声がはさまる。しかし、余計な言葉は一切ない。


 ナギサは感心して聞いていた。

 黙って言うことを聞いてるな、とは思っていたが、二人とも、根は真面目な性質(たち)らしい。それは軍隊報告のように、どの言葉も正確で断定的だ。たぶん、実際に目で見て確認をとったんだろう。それにしても、”ダンジョン”が活性化って、どういう意味だろうか? その前に、確認しないといけないこともある。


 オリガたちの報告が終わるのを見計らって、ナギサは、手を挙げてみた。たしかな情報を言っているのは分かったが、はっきり言って、話の半分も付いていけなかった。窓の外で、黄色い鳥が、ミミズっぽいモノを見つけて、食べていた。つるりと、麺のように飲み込むと、また餌を探して歩き始める。

 ランクルが、ナギサの、その上げられた手を見て、眉間にしわを寄せた。


「なんだ、嬢ちゃん?」

「報告も終わったようですし、さっそくで悪いんですが、”ギルド”について、お聞きしたいんです。よろしいでしょうか?」


 ランクルは、オリガを見た。オリガが、ナギサを見下ろした。横に並ぶとよくわかるが、頭一つ分くらい、背が高かった。ずいぶん、(ちぢ)んだなぁ。

 感慨にふけっているナギサに向かって、オリガは言った。

  

「何が聞きたい?」

「えーと、ですね。すぐに必要なのは、”ハンター”のなり方です。あれ? なれ(、、)ますよね?」


 なぜか、オリガも、イリサも、ランクルも、驚愕の表情を浮かべている。それがだんだん、呆れの表情に変わっていく。

 イリサが信じられないという表情で、言った。


「―――本気なの?」

「いやぁ、本気というよりも、ならないといけない(、、、、)といいますか、そんな状態なんです。彼、ロックフォール君と、アメリ君に会わないといけないので」

「でもお金なら、さっき、もらったじゃない」


 そう言って、ナギサが腰に、マントで隠すようにぶら下げている革袋を指差した。ランクルが何だという表情を浮かべている。オリガが説明し始めると、ランクルのアゴが外れた。

 ナギサは、苦笑を浮かべて頬を掻いた。 


「―――いえ、実際に会わないと、片付かないタイプの問題なんです。あれ、ひょっとして、”ハンター”にならなくても、会えます?」


 淡い希望を込めてつぶやいた言葉に、イリサは首を横に振った。


無理(、、)ね。本当は、『壁』のことは”太守”の管轄なの。非常時だから(、、、)ハンターを入れてるのよ。『ギルドカード』がないと、入れないわ。どっちにしたって”太守”本人も忙しいから会えないし、”晴嵐”は、塔の方にいるはずでしょ? あっちは見張りを兼ねてるから、余計よ」

「イリサの言うとおりだ」


 オリガが引き継ぐように言った。じっと、ナギサを見据える。その目に、何となくギラリとするものが光っていた。


「そもそも、お前は戦えまい。それで、”ハンター”になって、どうするつもりだ?」

「―――そうかもしれません。ですが、一応、お聞きしたいんです。答えて、いただけますか?」


 ナギサはニコリと、いつもの笑みで、それに応えた。

 ギラギラ、ニコニコ。二つの表情は、しばらくのあいだ、向き合っていた。

 しばらくの無言。

 やがて、オリガのため息の音が、その部屋で聞こえた。


「…まあ、いい。これが、今回の任務(クエスト)だからな」

「ありがとうございます」

 

 笑顔のまま、ナギサは礼を言った。オリガがひとつ息をつく。


「―――”ハンター”になるには、というか、”ギルド”に所属するには、それぞれの”ギルド長”の許可がいる。つまり、お前がここ(、、)で”ハンター”になるには、クレスヴィルの”ハンターギルド長”、ランクル殿の許可が必要だ」

「それだけですか?」


 思っていた以上に、シンプルな条件。正直、拍子抜けだ。

 オリガは、ナギサの言葉に、うなずいて、言った。


「もちろん、そうだ。実績(、、)さえあればな」

「具体的には?」

「何ともいえん。ギルド長が認めれば、それまでだ」


 そう言って、ランクルを見る。渋るように、ランクルが口を開けた。


「…まあ、ちゃんと魔物を狩れるってんなら、文句はねえよ」


 それを聞いたナギサは、アゴに指を添えた。

 実績が必要(、、、、、)―――シンプルゆえに、難しい条件だった。

 少なくとも、ローフォレ一匹、なんとか倒したくらいでは、実績のうちにならないだろう。

 最悪、ロックフォールが言うところの、(カネ)の力で何とかしようかと思っていたが、ランクルの表情を見る限り、そんなことで籠絡されるような人物には見えない。たぶん、ロックフォールの任務(クエスト)を受けたのも、それだけが理由ではなかったはずだ。

 文字通り、実績が必要(、、、、、)


 しばらくのあいだ、ナギサは黙っていた。オリガが、それでもやる気があるのか、と、試すような表情でナギサを見下ろしている。何の音も聞こえない。

 少しして、ナギサは顔を上げた。


「―――分かりました」

 

 ナギサは言った。相変わらず、考え込むような顔だった。

 

「…実績(、、)が、あればいいんですよね?」


 オリガがいぶかしげに、片方の眉を上げた。


「本気で、やる気なのか?」

「はい。どうなるか分かりませんが、努力はしてみようかと…」


 まあ、体は丈夫なのだ。意外と、何とかなるかもしれない。いい加減、この体のことが聞きたいし、どちらにしても、彼女がどうしているのか、把握しておいた方がいい。連絡はつくようにするつもりだが、直接会うに越したことはない。それに、ロックフォールは、問い詰めても口を割るかどうかわからなかった。あれで、意外と頑固なのだ。

 

「―――いずれ、お世話になると思います。よろしくお願いします」

「…まあ、こっちは、人手が増える分には、構わねえんだけどな―――」


 釈然ともしない。そんな感じで、ランクルは鼻から、息をふきだした。

 ナギサも、正直、心もとないが、ゲームの時なら魔法も使えた。ひょっとしたら、まだ使えるかもしれない。カラんでくる奴らは、たいてい、これで対処していたのだ。使い方さえ分かれば、案外、いっちょ前になれるかもしれない。


 ナギサが、ひそかな、希望的観測にふけっていると、ランクルが改まった咳ばらいをした。


「ちょっと、いいか?」


 そう言って、書類の山から、一枚の紙を抜きだす。確認するようにちらりと目を落とし、ナギサに向き直った。


「なんでしょうか?」


 ナギサは答えた。ランクルの聞きたいことの時間だ。


 ―――ああ。

 

 ランクルは渋い表情で言い、もう一度、書類を見る。ナギサは、それ(、、)の動作を、よく知っていた。ランクルは、何かの、重要な書類を書きたいらしい。

 紙の山から、埋まっていた羽ペンを引っこ抜く。ランクルは、言った。


「”贖罪の騎士団”の連中について、聞かせてほしい」


 

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