7 上司の慰め 部下の謎
「…そろそろ、いいか?」
抱きつかれたまま、固まった少女と大男に、オリガが気まずい表情を浮かべて、話しかけた。
ナギサが顔を向けた。
「―――あ、すみません。ほら、ろ、…ロックフォール君、離れて、離れて!」
六条君と言いかけたのを、あわてて言い直す。思わず感動に浸ってしまっていた。どれくらいの時間固まっていたんだろう。
周りには、初めてパンダを見たような表情の人たちばかり。人垣までができあがっていた。
ロックフォールと呼ばれた六条は、その涙にぬれた顔を上げた。
「―――ずみません」
鼻まで垂らしていた。おまけに目元に隈まで作っていて、ひどい有様だ。ナギサは拭くモノを探したが、こんな格好ではハンカチも持っていない。
格好どころか性別まで変わってしまった体で、何かそういうものはないかと探していると、オリガがタオルをよこしてきた。
「これを使え」
「あ! ありがとうございます。ほら、ロックフォール君。恰好をちゃんとしなさい。あと、お礼も言いなさい」
恰好もボロボロなナギサは、鼻をたらす大男にタオルを握らせると、オリガに顔を向けた。ロックフォールは、涙声で礼を言った。ナギサは、オリガに頭を下げた。
「すみません。今、拭けるものを持ってなくて。後で洗って返しますので」
「いや、それは構わないが…。そいつは、本当にロックフォールなのか? どうも、想像していた人物と違うんだが…」
「あはは、いや、少しワケあり、と言いますか。そんな感じです」
ウソはついていない。
掘りの深い顔で泣いている部下を立たせながら、ナギサはなんとか苦笑でごまかそうとする。
オリガは納得いかない表情だったが、イリサが目を輝かせながら口をはさんだ。
「ねえ、ナギサちゃん。この人がロックフォールさんなの?」
「―――ええ、そうです」
一瞬、部下を見、そして答えた。本人も気にしていないようだし、名前は、しばらく、ロックフォールで通すことにした。
ナギサの答えに、イリサは、ふーんと”城崩し”の泣き顔に目を向ける。
そして、首を傾げた。
「やっぱりウワサって、アテにならないものね」
「ウワサ?」
ナギサも首を傾げた。
「そうよ。”城崩し”っていえば、『ドラゴンも逃げだす猛戦士』って話だもの。こうやってみると、あんまり怖そうには見えないわね」
―――なんだか期待外れ。
そんなイリサの言葉に、ナギサは、やっぱり、ただ笑うしかなかった。
”ロックフォール”がどうか知らないが、実際の六条が虫にもおびえる現代っ子なのを思えば、それは出すぎた評価というものだ。どうも実際と、こっちでの評価が、かなりズレているらしい。
そして、自分の見た目と中身もズレているし、この上司と部下の光景も、周りからすれば珍獣並みにはズレた光景なんだろう。パンダの気持ちがよくわかる。
「―――まあ、いい。それより、そろそろ場所を変えないか?」
オリガは納得がいかないようだったが、同時に居心地の悪さも感じているらしい。周りがうるさくなってきた。人ごみが人を呼び、ちょっとした集会のようになっている。ナギサも、見るのは好きだったが、パンダになるのはゴメンだった。よく見ると、ロッシやオリガのような特徴を以ったヒトがかなり混じっている。ナギサは焦って言った。
「そうですね。場所を変えましょう」
「…なぜ、おまえが答えるんだ?」
オリガに返事をしたナギサ。いぶかしむオリガ。
「いろいろあるんです! さっ、行きましょう。行くよ、ロックフォール君!」
そう言って、ロックフォールのごつい、大きな指(手はつかめなかった)をつかむと、人ごみに声をかけながら、無理やり通り抜ける。そのまま、ずんずんと街の方へ進んで行った。大きく口を開けた門を通り、クレスヴィルの街に入っていく。四人は顔を見合わせ、それでも、仕方なくそれに従って歩き始める。その顔には、あれらは何なんだろうという疑問が、いつまでも張り付いていた。
見上げるような門を抜け、ナギサは初めてクレスヴィルの街に入った。壁の大きさから予想はしていたが、かなり広い。そして変わっている。
ここは、蟻地獄だった。外側の壁、それに向かって、レンガ造りの家が階段になって軒を連ねている。壁のてっぺん近くまで、家が並んでいた。その階段はVの字になって向かい合い、その底辺、谷間に、それを割るようにして大通りを作っている。その煤けた赤色の石畳で覆われた通りには、特に背の高い建物が立ち並び、色とりどりの看板が飾られている。
ナギサと、ナギサに引っ張られたロックフォールは、その大通りをずんずんと進んでいった。
人ごみから離れ、四人とも距離が取れた。
ここはクレスヴィルの大通りであり、繁華街でもあるらしい。道の両側の建物には店と露店が軒を連ねている。非常事態の割に、周りはずいぶんと人が多いが、その分、賑やかなのがありがたい。まわりには、聞かせられない話だ。
ナギサは、声量に注意しながら、ロックフォールに話しかけた。
「私の救出なんて、何をどうしたんだい?」
「…すみません」
ロックフォールは、その巨体には、あまりにふさわしくない気弱な声で謝った。ナギサには聞こえるが、通りを歩く人間には聞こえない。ちょうどいい。
ちょうどいいが、腹が立つ。ナギサはうなり声を上げた。
「何で、謝るんだい。そんなことより、どこかで、二人だけで話せないかい? こっちのお金とか時間のこととか、そういうことを聞きたいんだ」
「時間はありません。実は、このあと、すぐに詰所の方に行かないといけなくて…」
「詰所?」
「はい…」
ロックフォールの足取りは重い。声まで暗い。周りの活気のある売り文句に、かき消されそうだ。ポーションが安いらしい。
ナギサは叱りつけるように言った。
「起きてしまったことはしょうがないだろう。それより、詰所って、なんだい?」
「そんな簡単には割り切れませんよぉ。詰所っていうのは、こういう強制任務の時、ハンターたちが集められる、控室みたいなところです。あそこの、大きな建物です」
そう言って、ロックフォールは大通りのちょうど行き止まりを、その太い指でさした。
大通りの行き止まり、そこには周りの家の四倍はありそうな、大きな建物が建っていた。その赤い屋根には、二本の旗が立っている。
「あれはなんだい?」
ナギサは目を細めながら聞いた。
コーンウォールの森の中にある、エリザの屋敷みたいだった。それがちょうど、大通りの行き止まりに建っている。エリザのところの、白いテラスで食べたプリンは美味しかった。しかし、ここのは赤いうえに、何だか壁に張りつくように建てられている。
ロックフォールは、相変わらずしょんぼりしていた。
「あれが『詰所』です。太守館と、ギルドの機能、両方を兼ねてます。街であれを捕まえたあと、アメリの奴と一緒に連れていかれました。無断で出ようとすると、兵士にむりやり連れ戻されます」
「そうかい。とりあえず、あそこに行けば会えるんだね?」
ナギサは、ちらりと後ろを見た。ロックフォールの足が遅いせいで、もうオリガたちが追いついてきている。人が多いせいで、こちらも歩きづらい。
ノソノソと歩きながら、ロックフォールは首を振った。
「何でだい?」
「…今、警戒令が出されているのは、知ってますか?」
繁華街も半ば、人も増え、いよいよ声が聞きにくくなってきた。銀貨一枚。盾の安売りって、信用できるんだろうか?
「それは知ってる。もう少し大きい声で話してくれ」
「”ハンター”の登録者は、街にいる全員に強制徴収がかかってるんです。公式任務についている者以外、『トルメンティアの森』の騒ぎが終わるまで、詰所にいないといけません」
「今は? 君はここにいるじゃないか?」
詰所にいなければならない。それなのに、ロックフォールは大通りの真ん中で、ナギサと一緒に歩いている。ロックフォールがため息をついた。
「今は、休憩時間なんです。三日に一度、三つ時のあいだは、外に出られることになってます」
「それを聞きたかったんだ。三つ時ってどれくらいだい? 歩いてきた感じだと、一つ時が一時間とあんまり変わらなかった気がするんだけど?」
ナギサはここまでの道程を考えていった。自分の腹時計の感じでは、外の感じと変わった気がしない。
ロックフォールが答えた。
「その通りです。時間は変わりません。ただ、こっちだと一ヶ月が三十日くらいで統一されてますが」
「そうか、よかった。じゃあ、あと、君の休憩時間は、どれくらい残っているんだい?」
道も後半、なんだかますます人が多くなってくる。店の呼び込みも熱狂している。パンのセール。ローフォレのシチュー。一晩、銅貨五枚。
「宿か…。って、お金ないんだよなぁ…」
「あと、十分です」
思わず、ロックフォールの顔を見た。
宿に気をとられて、聞き間違えたのかと思った。
だが、目に映る顔はそれを否定している。
しょんぼりと、力のない、その表情に向かって、ナギサは聞いた。
「十分?」
「…はい」
「…うーん」
いくらなんでも短すぎる。もうオリガたちが、すぐ後ろまで来ている。物陰に引っ込もうにも、ちょっとばかり目立ちすぎる。話があるとかいえば問題ないか? いや、ロックフォールの反応が、すべてを台無しにしている。たぶんオリガたちが不審に思って、見に来てしまうだろう。報酬はどうする気なんだか?
せめて、どこかで会えるようになれば問題ないのだが…、
「なんで、会えないんだい? そこを、何とかしたい」
「実は、魔物が飛び出してくることが、結構あるんです。一日十回ぐらい」
「そんなに? えっ、”バーリス”とか?」
謎の巨大生物の名前が思わず口から出た。しかし、ロックフォールは首を振った。
「…そんなものじゃ、ありません。あれは、森の奥に向かうときの、中ボス、みたいなものですから。この辺りには出ないんです」
「じゃあ、”ローフォレ”?」
「他にも”カンフィー”とか、”ヴァン・ラニ”とかです。とにかく次から次へと、ひっきりなしにきます。―――ああ、ほら」
いきなり、大きな鐘の、金属質な響きが街中に響いた。教会の鐘ではない、何だか江戸の街でも似合いそうな、カンカンカン!とせわしない鐘の音。それは、少しのあいだ鳴り続け、始まった時と同じくらい、いきなり止んだ。
ロックフォールの表情が、さらに暗くなった。
「―――出撃の鐘です。見張りから、連絡があったんでしょう。あんなのが一つ、二つ時ごとに鳴りだします。俺達も出ないといけません」
「それは分かったけど、なんで、それが会えないことにつながるんだい?」
「一回の出撃で、一つ時くらいはかかるんです。余った時間も、そのあいだに回復をしておかないと、次が持ちません。それに…」
突然、歯が痛んだように顔をしかめ、黙りこむロックフォール。もう、すっかり立ち止まってしまった。オリガたちが、もうすぐそこまで来ている。
ナギサは続きを促すように首をかしげた。
「それに…」
ロックフォールの声が震えていた。その頬を、涙が伝う。
詰所の大きな館の前。そこは広場になっていた。建物に囲まれた、半円形の広場。
そこで、大きな男が立ち尽くしている。顔に涙を伝わせ、声もあげずに泣いていた。
ナギサは、それを黙って見上げた。
ロックフォールが、絞り出すように、言った。
「―――それに、怖くて、動けないんです。俺は、まったく戦えません」
大男は、そう言って、うつむいた。
ぽたりと、涙が落ちた。
自分が逃げ場のない修羅場に、いきなり放り込まれたら、どういう反応をするか? ナギサは思った。
たぶん、こういう反応をするのだろう。しかも、状況は、もっと悪い。
ナギサは目の前の大男を見据えながら、言った。
「―――たしか、君、有名なんだよね?”城崩し”とか、いうやつで?」
「…戦争イベントで、もらった名前です。城を、一人で落としまして…」
城を一人で落とせるほど、スゴイ奴。それが、いざ戦場に出たら、周りは戦っているのに、縮こまっていて、何もできない奴。
見れば、背中に背負った剣は、素人目にも手入れされておらず、半日ほどのあいだに、泥ですっかり輝きを失っている。さすがに、これでは周りの反応も、想像がつく。そしてあんな任務を依頼した理由もだ。
ナギサはため息をついた。
「ひょっとして、周りから相手にされなくなってるのかい?」
ロックフォールは、黙ってうなずく。ナギサはがっくりとうなだれた。
これでは、自分のことを話すどころではない。
昨日の夕方から拘束されて、太陽の位置からするに、いまは昼前。一日十回襲撃があるとしても、たぶん、もう五回は出くわしているはずだ。一回目、二回目はともかく、五回ともなればそうはいくまい。しかも強制。それには出ないといけない。少なくとも、まわりは戦ってる。
そんな中に放り出され、彼は自分の状況を把握することも、できなかったはずだ。目元の隈は、ただの寝不足ではあるまい。ろくすっぽ働いていないのだ。まわりの目も痛いだろう。こうやって休憩に出てくるとき、どんな目で見送られたか。ましてや、自分が話しているヒマなんてあるまい。
オリガたちは、若い女に話しかけられていた。なぜか、ロッシがシメられている。
それを見て、ナギサは少しためらったが、あえて聞いた。
「二つ聞かせてくれ、アメリ君の行方と、私の体についてだ」
ナギサは聞いた。ロックフォールがその生気のない目を向けた。
「…アメリは、塔のどこかで詰めてます。弓の得意な奴らは、みんなそうです。あいつの休憩が、いつかは分りません。リーダーの体は、実はアメリの奴が内緒にしてて、知らないんです。名前も、あいつの趣味です。ただ、ステータスは、…高かったはずです」
「ん?」
ついと、ロックフォールの目が逸らされたのを、ナギサは見逃がさなかった。
さらに聞き出そうかとも思ったが、時間が惜しい。放っておくと、この部下は死んでしまいそうだ。オリガたちも、そうそう立ち止まっていてはくれないだろう。
「…まあ、いい。”ハンター”なら、詰所に入れるんだね?」
ロックフォールが、うなずく。ナギサは小さく息をつくと、周りの人を確認し、少し彼に近づく。
そして、ささやき声で言った。
「私も、なんとか”ハンター”になれるようにするから、とにかく今は頑張りなさい。いいね?」
ロックフォールの鎧が、ガチャリと音を立てる。その目つきの悪い目が、何だか捨てられそうな犬の目に見えてきた。
大きな犬が、クーンと鼻を鳴らす。
「そんな無茶な…」
「無茶じゃない! 何で君は、そんなモノを背負ってられるんだい?」
ナギサはロックフォールの背中の剣を指差した。ヒトの体、一つ分くらいはある大きな剣だ。
「いや、装備ですし…」
「普通の人は、そんな重たそうなものは持てないし、歩けないよ。その鎧だってそうだ。私だって体が丈夫になってるんだから、たぶん、君の体も相当丈夫になってるよ」
ナギサに言われて、ロックフォールは自分の両手を上げ、まじまじと見つめた。このぶんだと、言われるまで気づかなかったらしい。
こちらで、いきなり感覚が戻ってきた時の自分もそうだった。ただ感覚があるだけで、体には何の違和感もなかった。それが森じゅうを走り回れたり、今度は鍛えられているはずのハンターたちと肩を並べて歩いてこれたのだ。どういう仕組みか知らないが、とにかく体は丈夫なはずだ。
ナギサは言った。
「いいかい? とにかく今は生き残ることを考えなさい。それを振りまわしてもいいし、がむしゃらでも、何だっていい! とにかく生き残りなさい! そして帰るんだ。里香ちゃんだって、待ってるぞ!」
ロックフォールの目に光が宿った。
「里香?」
「そうだ、里香ちゃんだ!」
ロックフォールの、縮こまっていた背筋が伸び始める。ナギサはさらに続けた。さらに声を上げた。
「いいか? 生き残るんだ! とにかくそのことを考えろ! 生き残れ! そして里香ちゃんに会うんだ!!」
ロックフォールの背筋が、シャンと伸びた。眼に宿った光が、らんらんと光り始める。ブツブツとも言い始めた。
「―――そうだ、里香…。うん、そうだ…」
ブツブツ言っているが、元気は出たらしい。よし!よし!とか言い出しているから、たぶん大丈夫だろう。
ナギサの勝手な話だった。正直帰れるなんて保証はないが、少なくとも死ぬよりは、マシなはずだ。怨むんなら、後で存分に怨んでくれ。とにかく、二十三年の人生で、やっとできたカノジョの効果は、なかなかのモノがあるらしい。
ナギサも、よしよしと部下が元気を元気を出し始めたのを見て、うなずいていた。
そして、声も聞こえた。
「…お前らは、本当になんなんだ?」
見ると、ロックフォールの巨体のすぐ後ろ、そこにオリガたち四人が並んでいた。またパンダを見た表情が、周りの人たちの顔に浮かんでいる。
本日二度目、”大男を少女が慰めるの図、第二番”を見て、ようやく追いついたオリガたちが突っ立っていた。
ナギサは、アハハと笑みを浮かべながら答えた。
「ワケありなんです。こういったことも、たまに出くわすと、面白いでしょう?」
―――もう開き直ってしまえ。
そんな感じで、悪びれる様子もなく、言いきった。もう、これでいいんだ。
言いきられてしまえば、オリガたちも、あえて質問はやりづらいらしい。やっぱりこれでいいんだ。
オリガは、ひとつ、ため息をつく。そして喉に、モノが使えたような表情で言った。
「…それで、ロックフォール。報酬の方は?」
オリガは相変わらずの表情だったが、仕事ということで切り替えたらしい。言われたロックフォールも、オリガに向き合う。その表情は、さっきと違って生き生きしていた。やっぱり、里香ちゃんが効いたらしい。ロックフォールは、ゆったりと口を開いた。
「ギルドで、受け取ってくれ。預けてある」
低い、深みのある声。そして武骨な口調だが、実にその堂々とした体にふさわしい。とてもさっきまで泣いていた男には見えない。ちょっとだけ、まだハナが垂れてるけど。
本当に何があったんだろう? そんな表情でオリガ聞いた。
「…分かった。任務の残りの部分については、どうする?」
「―――ああ、そうだな…」
ロックフォールはナギサを見た。口調は、『フリー』をやっていた時のそれだ。
そういえば、報酬ってどうなってるのかなと考えていたナギサが、それを見返し、少し考えるようにこめかみに指を当てた。
少しして頷き返す。ナギサはオリガたちの方に進み出て、言った。
「明日からでも、お願いします。お時間は、そちらの都合がつくような時で構いませんので」
「…分かった」
「あ、もしこのあと、ギルドに行くのでしたら、仕組みについて説明していただけるとありがたいのですが…?」
「それは構わないが、そのあと、お前はどうするんだ?」
―――ふむ。
すこし考えるように、その細い顎に指をあてると、ナギサはロックフォールを見上げた。
ロックフォールは腰に付けた革袋を、無造作にナギサに渡した。ちょっとこの体でもずしりと腕が下がった。
「それを使ってください。自分の分は、ギルドに預けてますから」
「ありがとう。―――じゃあ、どこか、宿を紹介してもらっても、いいですか? 明日から、そこに迎えに来てもらえるとありがたいです」
ナギサは、ちらりと革袋の中身を見ながら言った。金貨がキラキラしていた。この量なら、たぶん―――呼び込みから聞く限りの相場なら―――やりくりはできるだろう。たしか、金貨が、銅貨一万枚だったはずだ。
装備や拾った材料は、そのままアメリや、ロックフォールに渡す。その代わり買い物のときは二人が資金を持つ。『フリー』をやっていた時は、これが普通のやり取りだったのだが、歴戦の傭兵が少女に無造作に金貨の詰まった袋を渡すのは見ていて、妙な眺めだった。
「―――構わないが、そんなモノを持ち歩いていて平気なのか?」
「ああ、一応、ここ物騒な町なんですよね?」
いまはロックフォールが隣にいるが、なんだか妙な視線が向けられたのを感じられた。しかもゲームのときの感覚で、ホイホイ受け取ってしまった。
しかし、ここは今は天下の、現実の往来だ。どこでだれが見ているか、分かったものじゃない。というか、集まってこそいないが、じろじろと周りから見られてる。しかし、ずいぶん視線に敏感になったらしい。あ、宿屋の陰に妙なのがいる。
「そうだね。どうしようか?」
そう言って、ロックフォールを見上げる。
ロックフォールは一つ、唸って、言った。
「もしよかったら、誰か護衛を受けてくれないか。ランクルさんには、俺から言っておこう。公式の認定は取れるはずだ。報酬もハズむ」
「ふむ…」
ロックフォールが自信に満ちた言葉で言う。四人は顔を見合わせ、話し始めた。
四人の目線を盗み、ナギサはロックフォールに小さな声で聞いた。
「最初に聞いたけど、どうやって任務なんて頼んでくれたんだい?」
「金ですよ。ああ、こっちでの単位は”ガル”です。相場は、分かります?」
元気が出たからか、調子も出てきたらしい。ナギサと話すとき、何となくいつもの会社の感じだ。
ナギサはうなずいた。
「うん。それは分かってるし、調べるよ。で、金って?」
「いやぁ…」
ロックフォールは照れたように頭をかいた。無茶をやったらしいが、その前に、ハナを何とかするべきだと思う。なんか輝いてるぞ。
ロックフォールが赤くなった顔で言った。
「ちょっとした金額です。ギルド長―――ランクルさんといいます―――も唸ってましたよ」
「分かったけど、輝いてるハナを何とかしなさい。それって、いくらぐらい?」
―――たしか、けっこう貯め込んでたはずだよね?
そんなナギサの疑問に、ロックフォールは楽しそうにうなずいた。
ハナを、タオルで拭って、答えた。
「五百万ガルです。依頼料にそれだけ積んで、ほかに報酬を用意しました」
「ふーん…。あ! そうだ。言いたいことがあったんだ。何で、捜索と勉強なんて任務、ごった煮にして頼んだんだい?」
報酬目当てより、身代金目当てで寄ってくる奴らの方が多くなるんじゃないだろうか? 報酬をもらったあと、身代金も両取り。そんなマネもできる内容だった。
ロックフォールが、ナギサという少女を大事にしてますと、大声で叫んでいるようなものだ。情報が欲しかったのは分かるが、攻めて別々にして欲しかった。
文句の一つも言いたくなる。
ロックフォールは、あいかわらず、照れていた。
「―――いやぁ、あのときは、とにかく必死で、周りは聞いても答えてくれなさそうですし、それでリーダーだったら、と思って…」
お気楽に言う、大男。大男に頼られる少女。
―――こっちは、気が気じゃなかったよ。
言われて、ナギサは、ため息をついた。何だか、どっと疲れた気がした。だが、大男は憑きものが落ちたように笑っている。
―――今だったら、もうちょっと体のことも聞きだせるか?
そう思ったナギサが、聞こうと口を開けた時、
「どこを…」
それはまるで地鳴りのように、
「どこを! ほっつき歩いてやがった!! この、大馬鹿どもがぁー!!!」
大きな声で、邪魔が入った。