6 ナギサの帰還 城崩し
「さっきの焚火は、魔石だよ」
ナギサの質問に、グラスが答えていった。
「”魔石”、ですか?」
簡単な食事を取り、いろいろと始末をつけた後、ナギサたちはいよいよ街へと向かっていた。そびえたつ大木の森、その薄暗い中を、四人が、ナギサを囲むような隊形を組みながら進んでいく。ナギサはオリガのマントを譲ってもらい、それにくるまるようにして歩いていた。
この体の足腰は強靭らしく、四人のハンターたちにも遅れることなくついていける。道が悪くないのもありがたい。草は茂っていても、先を行くオリガとイリサが注意してくれているのか、ただ草を踏むだけで歩いて行ける。
ナギサのことを考えて、出来るだけ安全な道を選んでくれているらしい。
ザッザッと草を踏む音を聞き、歩き続けるあいだ、ナギサは、ロックフォールが用意してくれたこの機会を、さっそく利用させてもらっていた。さっきから隣を歩くグラスに向かい、さっきまでの光景で、疑問に思ったことをぶつけていく。どこかで、鳥の羽音が聞こえた。
やはり、四人は”ハンター”だそうだ。今のクレスヴィルの情勢で、街に拘束されている。ギルド登録者の、義務、の、ようなものらしい。この辺りは、特に詳しく聞きこんだ。
―――”ギルド”登録者は、けっこう、特権が認められるんだ。
どうも組合というのが一般的な呼び方で、街ごとにある、一種の互助組織、のようなものらしい。少なくとも、千年前からはある、由緒あるモノなんだそうだ。
その歴史の重みは絶大で、ギルドに所属する者は、国に対する独立者として認められる。
納税や、兵役の義務がなくなるし、ギルドカード(水晶玉の入った鉄板みたいなもの)は、どこの国でも使える、絶対の身分証なんだそうだ。そして、そんな特権の義務として、ロックフォールとアメリは拘束されている。そして、間違いなくこの森のコトが片付かないと、動けないそうだ。
―――そんな状態で、物騒なクレスヴィルまで来るんだから、お嬢ちゃんもモノ好きだねぇ。
ロッシはケタケタ笑いながら言ったものだ。
魔物の異常発生は時々あって、なんでも魔物の成り立ちに起因するらしい。グラスはダンジョンに詳しいらしく、ずいぶんいろいろ語ってくれた(ただ、専門用語のようなものが多く、半分も理解できなかった)。
いくつか、分かったことはと言えば、ギルドでは沈静化まで、一月(月が三十回沈む)ほどを見積もっていて、今はまだ、その期間の初めらしい。”ギルド”、特に”ハンターギルド”では、こういった魔物関連に対処することが、その義務になるそうだ。なんでも、国からの最優先依頼という扱いになるらしい。他にも”鍛冶”や”傭兵”、”行商”など、それぞれのギルドによって、違いがあるらしい。
―――あの二人は、かなり有名よ?
二人について聞くと、そんなことも知らなかったのかと、イリサが、からかうような調子で言った。なぜか今は足音がするイリサは、その大雑把なところを語ってくれた。
なんでもここ数年、世界を渡り歩いて、その行く先々で、名を轟かせているらしい。”晴嵐”はその戦い方から、”城崩し”は戦争での功績からついた”二つ名”だそうだ。
少なくとも、そんなモノがつくほどには有名なんだと、ナギサは理解した。
そんな知識を頭にねじ込みながら、ナギサは、いま、”魔石”について聞いていた。ザッザッっと草を踏みしめながら、グラスは自分の持っている例のナイフを取り出して、ナギサに見せた。その柄には、青い石が埋め込まれている。何となく、アメリの弓についていたような、そうでないような…。
「この、青いのが魔石だよ。君も、家の台所なんかでは見たことないかい?」
「あー、たぶん、台所では、見たことがありません…」
「―――そうか」
何かに納得したように、なぜかナギサに暖かい視線を向けてから、グラスは言った。
「まあ、基本的に、これは魔力の触媒だ。これを通すと、魔法が使いやすくなる」
「使いやすくなる? 使えるようになるんじゃなくて?」
「ああ―――まあ、そこは森を出た後で教えてあげるよ。それも任務のうちだからね」
「お願いします。あ、じゃあ、あの焚火も魔法だったんですか? 『通す』ってことは、誰かが使い続けないといけないんじゃ?」
オリガさんかな? 大変だったんじゃなかろうか、とナギサは思ったが、グラスは首を横に振った。
「周りの草を焼くのには使ったが、あれは魔石自体が、勝手にやるようにしてあったんだよ」
「勝手に?」
「そう、最後に向こうを出るとき、僕らが石を回収していたのは見ていただろう?」
「ああ、焚火にあった赤いやつと、あの、紫色のですか?」
「そうだね。あれも魔石だよ。”役付き”の魔石だ」
「やくづき?」
新しい知識がつぎつぎ出てきて、頭が沸騰しそうだった。しかし、覚えないわけにもいかない。ナギサは、必死にグラスの説明に食らいついた。グラスはうなずいて言った。
「あれらの石は、金や銀で書いたり、石に彫りこむタイプの魔方陣が施してあるんだよ。赤いやつは”焚火”になるように、紫色のは”結界”だ。ため込んだ魔力を使って動くようになってる」
「魔方陣? 結界?」
首を傾げるナギサに、グラスは苦笑して続けた。
「まあ、魔方陣は命令。結界は一定の範囲で、効果を持つ魔法、かな?」
よくわからないが、まあ、後で詳しく聞けばいいだろう。そこは納得したが、なぜに結界?
そんな表情を読んだのか、グラスが続きを言った。
「さすがに『光の泉』のところでも、焚火やら料理やらをやってると、ローフォレたちが寄ってきちゃうからね。あれを休憩場所の四隅に置いておくと、臭いや煙が外に漏れるのを防いでくれるんだ」
―――ちなみに、一人一個づつ、他に簡単なのを持っているよ。
そう言って、グラスは、さっき見たのとは違う、小さな紫色の石の首飾りを取り出して見せる。それは、いま、まさに活動しているのか、キラリ、キラリと輝いていた。
「まあ、使える時間で、かなり値段が変わってきちゃうんだけどね。今回は非常事態だから、かなり良い奴が安くもらえて―――まあ、ああいう使い方をしてたってわけさ」
「本当だったら、フィーデルのババアの店で金貨五枚のシロモノだからな。お嬢ちゃん、ある意味じゃ運がよかったよ。でなきゃ今頃、焚火もなしに凍えてなきゃならなかったからな」
「ロッシ…、口が悪いのは分かるが、フィーデルさんの前でそんなことを言ったら、殺されるぞ?」
「見た目が若いだけで、三百年も生きてるババアじゃねえか。って、お嬢ちゃんどうした?」
グラスの首飾りを見て、立ち止まり、顔を青くしているナギサに、ロッシが怪訝な顔で言った。
震え声で、ナギサは答えた。
「…あの、私、そんなもの、持ってないんですけど?」
ポカンとした表情になるロッシとグラス。だが、すぐにその顔に、忍び笑いが浮かんできた。
「大丈夫だって、一応、俺らも”城崩し”たちほどじゃないが、それなりには知れてる方なんだ。何かあっても、心配することじゃねえよ」
「ロッシの言うとおりだ。説明不足だったね。この”結界”は、どっちかというと臭い消しなんだ。足で十歩程度の範囲で、そこから漏れる匂いを消してくれるんだ。ナギサ君の臭いも消してくれるよ。だから、この隊形なんだ」
そう言って、ナギサを囲むように立つ自分たちのことを示した。どうやら、魔物に対する警護のためだけではなかったらしい。
マントにくるまったナギサが感心して、うなずいていると、少し前の方にいたオリガが、諌めるように言った。さっきから、チラチラと後ろを歩くナギサの様子をうかがっていた。
「三人とも、そろそろ、おしゃべりは辞めにしないか? まだ出口まで、一つ時ほどあるぞ?」
「いや、どうせだから、今からやってしまった方が早い。多少、説明しておいた方がナギサ君も必要以上に怖がることがなくなるからね」
「そう、そう―――それに、こんな調子じゃぁな?」
そう言って、ロッシはあたりを見回した。
あたりには、巨木の森が広がっていた。見渡すかぎり、空を遮る大きな木がそびえたち、草むらが土を隙間なく覆っている。そこにはただ薄暗い森が広がっているだけだ。動くモノの、一つたりとも見えない。ただ鳥の羽音がするだけだ。
ロッシが鼻を鳴らした。
「妙なんだよな。気配はしてくるんだが、まるで出てこねえぞ?」
「ローフォレ、ですか?」
やたら不揃いな牙をガチガチ鳴らす、緑色のオオカミっぽいものを思い浮かべ、ナギサは恐る恐る周りを見回した。何も見えないが、いないわけではない。そこの大木の陰にでも、いるんじゃないだろうか?
ナギサのビクビクした言葉に、ロッシは首を振った。
「いや、気配がするのは、もっと遠くだ。なんだかわからねぇが、こっちを遠巻きにしてるみてぇだ」
「ローフォレがか?」
オリガは納得いかない様子で眉をしかめる。だが、ロッシはうなずいた。
「そんな感じだ。このあたりも、さっきまではいたみたいだ。臭いが残ってる。だけど、今はこの通りだろう?」
そう言ってあたり一帯、ただの森を手で振って示して見せる。
グラスが首を傾げた。その表情は深刻だった。
「遠吠えも、聞こえないか。”バーリス”でもいるのか?」
「いや、それはありえねぇ。臭いもしねぇし、何より『光の泉』からも、ずいぶん離れてる。この辺りには俺たち以外、何もいねぇ」
「”バーリス”?」
また、多分、怖いモノの名前なんだろうなと思い、ナギサはあたりを見回しながら聞いた。やっぱり大木のほかは、何も見えない。ナギサの様子に気づいたのか、オリガが言った。
「”バーリス”は、この森で、二番目に強いといわれている魔物だ。巨大な上に頑丈で、魔法にも強い。主にローフォレをエサにしている。あれの群れを一頭でツブすやつだ」
―――あれがエサ?
オリガの言葉に、ナギサはローフォレを思い浮かべた。泉に運ばれてきたローフォレ。多少は焼き肉にされたが、それでもグラスとロッシの二人が、また棒で担いで捨て無ければならないほどには重かったはずだし、大きかったはずだ。ナギサは、あれが群れごとツブされるのを想像した。たくさんのローフォレ。それと向き合う一頭の、巨大な何か。後にはローフォレがバリバリ食べられている。
ナギサは呆然とした。その巨大な何かを探すようにその目線が森の中をさまよっていく。
グラスが苦笑して、説明する。
「この辺りには、めったに来ないよ。実は、あの『光の泉』より中心部に行くと、バーリスたちの縄張りでね。ローフォレはもちろん、他の魔物も近づきたがらないんだ」
「あそこ、ひょっとして、とんでもなく危なかったんですか?」
「いやぁ、縄張りとは言っても端っこの方だ。バーリス自体もめったに現れねぇって絶妙な場所なんだよ。本当にお嬢ちゃん、運がいいよな?」
ロッシの朗らかな言葉。
言われたナギサは今まで歩いてきた方角を見て、思う。
―――私、その縄張りの方角から走ってきたんですけど?
何となく、クマっぽいものが頭をかすめた。真っ赤な口を開いて、ナイフのような爪を振りまわし、雷鳴のような唸り声を上げたやつ。
―――あれか? いや、そうでない方がうれしい。うん。そうじゃなかった。
ナギサは一人、納得してうなずいた。
そんなナギサの様子を、オリガはじっと見ていた。まだ隠していることがありそうだな、という猜疑の目だ。しかし、やがてそれを打ち消すように首を振った。
「まあ、出ないモノを考えても仕方ない。出ないなら出ないで、好都合だしね」
気を取り直すように言って、立ち尽くしているナギサを優しそうな目で見るグラス。
それにロッシがうなずいた。
「後でギルドに報告しときゃ、それでいいだろう? ランクルのおっさんも納得するだろうさ。どっちにしたって、相変わらず森じゅうに魔物があふれかえってるのは、変わらないしな」
二人の言葉に、オリガは考え込むようにその細い顎に指を当てたが、ナギサに一瞥をくれ、すぐに頷いた。
「―――まあ、それもそうだな。どちらにしろ、無事ならそれに越したことはない。では、行くか」
そう言って、四人が歩きだそうとした。一人、出遅れる。
「おい、どうした、イリサ?」
オリガが声をかけると、さっきから黙っていたイリサが、ハッとしたような表情を浮かべた。
「―――っあ! ごめん、ごめん」
そう言って、イリサがあわてたように歩きだす。五人は変わらぬ隊形で、森の中を進んでいった。
草むらを踏みしめ、歩きながら、ぽつりと、イリサがつぶやいた。
「…気のせい、かな?」
草のなる音に、そのつぶやきはかき消される。誰もそのつぶやきを聞いてはいなかった。五人は薄暗い森の中に消えていく。森の中には誰もいない。足音は遠ざかり、やがて、吸い込まれるように消えていく。
―――誰もいなくなった森の中、そのどこかで、鳥が飛び立つ。翼の羽ばたき、ただ、その音だけが、聞こえていた。
長いあいだ歩き続け、五人は、やっと光の溢れる中に出た。
思わず目を細めたナギサは、その空を仰ぎ見た。なんだか久しぶりに、まともに空を見た気がした。森から少し離れたところ、丘になっているところで、思いっきり伸びをし、空気をその肺に吸い込んだ。
見上げた空は、高い。どこまでも突き抜けるような高さだった。
どこまでも突き抜けるような青い空。それと張り合うような、モクモクとした雄大な雲。やさしい太陽の光が、草原の大地に向かって降りそそいでいる。広大な眺めだった。
―――やっぱり、風景はきれいだな。
一渡り景色を見回して、ナギサは思った。遠くに、ポツンとクレスヴィルの赤が見える場所。他の四人も、やれやれと言うように景色を見ながら息をつく。もうここまで来れば大丈夫なのだろう。
ナギサは四人に向き直った。
「みなさん。ありがとうございました。おかげで、無事に森を出られました」
そう言って、ぺこりと頭を下げた。四人が笑ったのが聞こえた。
「いいって、いいって、これが仕事だしな」
「そうそう。どっちかっていうと、なんか楽させてもらっちゃった感じだしね?」
ロッシとイリサが草原に座り、笑いながら言った。
グラスもうなずく。
「まあ、これからがあるからね。よろしく」
そう言ってほほ笑む。
「ええ、よろしくお願いします」
そう言って返事を返すナギサ。
オリガは、黙ったまま、それを見ていた。
ナギサは、そんなオリガに向かってほほ笑んだ。
「オリガさんには、特にお世話になったようで、ありがとうございました。多分、会えていなければ今頃死んでたと思います」
「…ああ」
ぶっきらぼうなオリガ。
そんなオリガに、イリサが(例の足音のしない素早い動きで)抱きついた。
「もー、こんなかわいい子が御礼言ってるんだから、素直に聞き入れなさいよ?」
「くっつくな。まだ任務の途中だ。これからのこともある」
そう言って、イリサを引きはがすと、オリガはナギサに向き合う。
「お前に関しては、わたしたちが請け負っている。これからロックフォールに会うが、良いな?」
確認するように聞いてくるオリガ。
ナギサの笑顔が、一瞬こわばる。が、すぐに頷いた。
「はい、結構です。私も早く会いたいですし」
にこりと微笑む。
オリガの表情がぴくりと動く。
「…そうか」
話はついた。
そうと言わんばかりに、オリガはずんずんと、一人、街の方へと向かって言った。
イリサがあわててそのあとを追い、ロッシがのっそりと腰を上げて、グラスとともに歩き始める。
草原の中、ナギサは一人立ち尽くしてそれを見て、歩きだした。
―――どうしようかなぁ?
ナギサは、必死に考えていた。
ここまでは、乗り切った。”生き残る”という目標のために、なんだかすっかり笑顔がモノになってしまった気がする。だが、問題はこれからだ。
徐々に近づいてくる、赤い壁を見ながらじっと笑顔で耐え忍ぶ。ときどき、オリガがチラチラとこちら見てくるのが分かる。ようやく知り合いに会えて安心してます、という感じを出そうと努めているのだが、本当にできているだろうか?
だんだん、そのバラの塔の形が見えてくる。そこには相変わらず誰か、見張りの人間が立っていて、だんだん、その表情まで見えてきた。ナギサはそれを見ながら、じっとりと、また額が濡れてくるのを感じた。まわりではオリガやイリスたちが、さっきまで組んでいた隊形がウソのように、それぞれの歩調で歩いている。グラスとロッシが何かを、こそこそと話し合っているのが聞こえるが、ほとんど耳に入らなかった。
これで、『ロックフォール』と『アメリ』が、ナギサの知っている『六条』と『アメリ』でなかったら、もっと面倒なことになる。たぶん、一種の詐欺をやったことになるだろう。警察と法律がどうなっているのか分からないが、助けてもらって、はい、おしまい! には、ならないだろう。
下手をすると、奴隷商人に売られる可能性だってある。この四人がやるとは思わないが、報酬うんぬんと言っていたところを見ると、文字通り、タダでは済まない。もし、拘束されると、体が体なので、ちょっと…、想像したくない。
ナギサたちは、大門のすぐそばまで来てしまっていた。ナギサはポタリと、顎から汗が落ちるのを感じた。これで、中に入って、とにかくロックフォールに会う。アメリの名前は聞かなかったので、会えるかどうかわからない。ナギサは、白洲に引き出される罪人のような心境で、その門の方へと歩いていく。
「お? あれ、ロックフォールじゃねえか? 何やってんだ?」
ピクンと、ナギサの体がはねた。
見ると、大門の片隅で、大男が腕組をしながら、ひどくそわそわしていた。大きな体を持て余すようにちょこちょこ動いている様子は、見ていて何とも滑稽だ。だが、その大男を見て、ナギサは何より先に、安堵のため息をついた。
―――よかったぁ…。
そこにいたのは、六条のアバターだった。門を出入りしている通行人たちが思わず見上げている大きな体。傷だらけの重厚そうな鎧に、例の顎髭のいかつい顔。やたらと大きな剣。間違いない。
ナギサはほっとして、しかし、あまり変にならないように―――何せ捜索依頼を出されていたのだから―――しおらしい様子で、六条の方へと向かっていった。向かってくる五人に気付いたのか、六条のアバターが顔を上げた。そして、ずんずんとこちらに向かってくる。
五人も歩き続けた。向こうも向かってくる。もう、目の前だ。
六条のアバター、”ロックフォール”が、ナギサの前で立ち止まり、仁王立ちの姿勢になった。じろじろとナギサの顔を遠慮なく見つめてくる。ナギサは、それを見上げながら、イヤな汗が背中を伝うのを感じた。
―――これで、外身と中身が違ったら、どうしよう?
そういう自分だって、外見と中身が、随分と違うのだ。これが六条でない可能性も捨てきれない。そう思うと、なんだか、胃がねじくれるような感じがする。ナギサはそれに耐えながら、”ロックフォール”が口を開くのを待った。
「―――リーダー?」
ぽつりと、その口から洩れた言葉。威圧するような低い声に、ナギサは、大きく息をついた。
「…よかった、無事だったんだね?」
―――いてくれてよかった、とは、さすがに言えなかった。とりあえず合流はできたようだ。
ナギサがほうっと息をつくと、突然、ロックフォールがひざを折り、抱きついてきた。
「よかったぁ。ほんとうに、よかった…」
ロックフォール、六条は涙混じりの声で言った。やはり、例のわけのわからない言葉を話していた。
その巨体で抱きつかれ、ナギサは目を白黒させたが、部下を慰めるときの癖で、思わずその鎧に覆われた肩を、ポンポンとたたく。
その周りでは、四人が唖然とした表情を浮かべていた。あのオリガまでもが、唖然とした表情を浮かべている。塔に立っていた見張りたちもポカンと口をあけている。通行人たちも呆然としていた。
”防人の街”クレスヴィル。その大門の前、歴戦の戦士が、身元不明の、それどころか正体不明の少女に抱きつき、あまつさえ慰められるという、一種、独特の光景が繰り広げられた瞬間だった。