5 返事 任務内容
「―――『ナギサ・ヴィクタール・ビュレ・バルトリンク』?」
なぜか、答えが聞こえた。
その声に、渚はハッとして顔を向ける。
見ると、さっきまで肉に夢中になっていた筈のロッシ。彼が、手のひらに収まる大きさの黒い板を、鋭い爪でつまむようにしながら見つめていた。
オリガが、怪訝な表情で言った。
「ロッシ、一体なんだ?」
「緊急任務だとよ。お前らの方にも来てるだろ?」
「いや、それは分かるが…、その名前は、どこから出てきた?」
「捜索の依頼だとさ。依頼主はロックフォール。特徴とか書いてるが、たぶんこの娘のことだぞ?」
言われた三人は、疑問を顔に浮かべた。腰に付けたポシェットのような革袋から、同じようなモノを取り出す。すこしだけ渚に警戒の一瞥をよこし、ロッシと同じように、掌に乗せたそれを見つめ始める。
しばらくのあいだ、四人がそれとにらめっこするのを、渚は呆然と眺めていた。
―――さっきのは、いったい何だ?
聞きおぼえがありそうで、聞いたことがない名前。
それに呆然としている渚をよそに、四人はそれぞれの表情で黒い板を見続けている。
やがて、オリガが顔を上げ、考え込むように眉間にしわを寄せた。
そして、ロッシに言った。
「―――捜索の依頼は分かったが、なんだ、この注文は?」
「知らん。多分、内容込みで、この値段なんだろ?」
やはり興味はなさそうに、その鋭い爪でつまんだ黒い板を見ながらロッシが言う。
グラスが眉間にしわを寄せ、悩むように言った。
「しかし、それにしてもこの金額は…、今が今とはいえ…、博打か?」
「この話が本当だとして、ある意味じゃ安いぐらいよ? まあ、どっちにしても魅力的ねぇ?」
興味しんしんといった具合に、熱心に黒い板を見るイリサ。
”黒い板”の何か、それを話題に、四人が会話に没頭していく。悪い子じゃなさそうだし、とか、だが、よくわからないし、とか、いろいろと言い合っている。その表情は深刻だが、妙な熱気があった。しかし、何に盛り上がっているのかは、分からない。
「…あの、どうしたんでしょうか?」
おずおずと、それでも話に乗り遅れまいと、渚は四人に声をかける。さっき聞こえた『捜索依頼』からするに、悪い話ではないはずだ。四対の目がそれに応えて、渚に向けられる。
さっきまでの警戒、それに今度はさらなる困惑を混じえた色が、そこにあった。一瞬、四人で目を見合わせる。何かのアイコンタクトが交わされる。
四人の中から、オリガが、切りつけるように言った。
「…答えろ。お前は、『ナギサ・ヴィクタール・ビュレ・バルトリンク』で、間違いないのか?」
渚は再び聞いたその名前に、一瞬面くらった。しかし、果敢にオリガに挑んだ。
「―――その前に、一つ聞かせてください。それを出したのは、さっき言ってたロックフォールさんで間違いないんですよね?」
オリガの眉が一瞬、しかめられた。しかし、答えは返ってきた。
「ああ…、そうだ」
「体の大きい、傷だらけの鎧を着た?」
「そうだ」
「アメリ君と一緒の?」
「さっき言った二人だ」
仲間のこともわからんのか? その表情は、そんな言葉を語っている。
視界の端にそれをとらえながら、渚は、しばらくのあいだ、うつむいた。こめかみに指を添え、くりくりと揉みほぐす。
渚は、長いあいだ、黙っていた。四人が、じっとこちらを見つめている。ちりちりとして、痛いほどだ。その視線に耐えながら、渚は考えに考えた。肉の焼ける音がやけに耳につく。どこかで、ローフォレの遠吠えが聞こえる。腹は、決まった。
渚は、顔を上げ、そして、言った。
「―――ええ、私が、その”ナギサ”で間違いありません」
出来る限り、自信のある表情を取り繕うと、渚は断言した。
”ナギサ・ヴィクタールうんぬん”は知らない。しかし、今はとにかく、この話の流れで押し通し、この四人に助けてもらう。後のことは、その時に考えればいい。”生き残れ”! とにかく、森を出る!
いきなり身元を話し始めた渚に、オリガの眉がピクリと上がった。
「本人に、間違いないか?」
「ええ、間違いありません」
渚は、笑みを浮かべて答えた。その笑顔に、オリガは次の言葉を切りこみ損ねる。
代わって、グラスが考えるように、首を傾げた。
「なぜ、さっきまで黙っていたんだい?」
「実は、故あって、お二人に―――アメリさんと、ロックフォールさんですが―――ちょっと、この辺りが、怖いところだと聞きまして…、それで警戒していたんです」
「…森のことを聞いていたのか?」
グラスの厳しい声。
渚は、出来る限りバツの悪い笑顔に切り替えた。申し訳なさそうな調子をこめて、言った。
「いえ、その…、街に奴隷商人が出ると聞いて…、それでこのあたりも近くだし、そうなんじゃないかと思って…。―――すみません…」
「私たち、奴隷商人に間違えられてたの?」
おかしそうに、イリサが笑う。グラスがため息をついた。
「まったく―――あの二人は、一体何を考えてるんだ? こんな娘にそんなことを言ったら怖がるに決まっているだろうに…」
「いえ、お二人は悪くないんです。私が勝手に動いてしまっただけで、本当は街の近くで、すぐに合流するつもりだったんです」
笑顔を崩さないようにしながら、渚は話し続けた。グラスは渋い顔だ。
「それにしてもだよ。あの二人は何をしていたんだ。こんな状況で君みたいなのを連れて歩くなんて…」
「いえ、ちょっと、その街の近くに一人でいるところを、何というか、襲われまして…」
「襲われた!?」
グラスが声を上げるようにして言った。渚は苦笑のままだ。
「その、ケンカ、に、巻き込まれたようでして…」
ごまかすように、言葉を濁す。グラスは気が立った馬のように、鼻を鳴らした。
「クレスヴィルは、いま、殺気立ってるんだ。街の近くなんてところじゃ当たり前だよ。君は、二人とはどういう関係なんだい? どうやら、”城崩し”さん、ずいぶん必死に君のことを探しているよ?」
どうやらグラスの渋さは、ここにいない二人に向かい始めたらしい。良い流れだ。
渚はさらに続けた。
「まあ、雇い主といいますか、何と言いますか…。とにかく、一緒に連れて歩いてもらっているんです。それに会ってからまだ日が浅くって、ただ、ロックフォールさんと、アメリさんとしか知らなくって…」
「どこかのお嬢さん、…なのか? つまり二人は仕事か。守りきれるとでも思ってたのかな? それにしても、きみは”二つ名”を知らなかったのかい?」
「はい。紛らわしくて、すみませんでした」
ウソはついていない。
渚の言葉に、四人組が、ため息をついた。ロッシまでもが苦笑いを浮かべている。
「それがこんな様じゃ、信用問題だな。必死にもなる、か…。お嬢さんは、なんだい? 物見遊山かなにかかい?」
「まあ、そうですね。二人は、お強いとのお話でしたし…。お給金をお支払いする代わりに、連れ歩いてもらってると言いますか…」
「豪勢というか、馬鹿らしいというか、あんた、命知らずだねぇ。よりによって、いまのトレスヴィルまで付いてくるなんてなぁ。お嬢様の道楽か? 通りで、仕立てのいい服を着てるわけだ」
「道楽…。いえ、その通りかもしれませんね」
のんきな調子のロッシ。微笑み返す渚。だんだん、空気がゆるんでくる。
そこに、一つの太刀風。
「ちょっと、待て! まだどうやってお前がここに来たのか、聞いていないぞ?!」
「ああ、それは、これからご説明します」
あわてたようなオリガを、ほほえましい目で(そんな目を浮かべた気で)見ながら、渚は、余裕を持つため、一拍、間をおいた。これが一番肝心なのだ。
四人に向かって、そのプリン知識を披露するとき、それと同じような心境を思い起こす。しっかりと出来たプリンの想像図。それを、しっかりと相手に伝える。形から香り、味まで、すべてだ。相手は、きっと感動する。これを話せば、きっと、四人は納得する。
分かり切ったことを言うだけだ。結果も、分かり切っている。必死に、渚は自分に言い聞かせた。背中を、冷たい汗が伝っていく。ギュッと、手を握りしめる。
決心を固め、渚は、口を開いた。
「―――私、”人間”じゃ、ないようなんです―――」
―――言ってしまった。
自分で放った言葉を聞き、その言葉に身をすくめて、渚は思った。
しょうがないことだと、思う。
事実だとも、思う。
それでも、改めて自分の口から言ってしまうと、なかなかくるモノが、ある。
ローフォレ―――オオカミっぽいモノ―――の群れには数十回は囲まれ、襲われた。それより強いらしいモノたちにも、さんざん襲われた。あっという間に骨になる筈の森の中を、ここで言う二つ時、それがどのくらいかは知らないが、それ以上のあいだ生きて、全速力で走りまわっていた。何も飲まず食わずで走り続けた。それなのに、自分は喉も渇かず、さっきから焼けている肉に、食欲すら湧かない。
最初は、緊張のせいかと思った。しかし、散々な昨日を過ごしたはずなのに、空腹を覚えるどころか、四人を相手に、駆け引きをしている余裕まである。四人をのんびりと、見ていられる余裕がある。昨日、月明かりの晩、疲れて、倒れたはずの体。そんな体は、その疲れのかけらすら、感じられない。
たった今、それを、自分は、認めてしまった。
今の自分の状況を説明するのに、どうしても必要だった。だからこそ、あえて言った。だが、言ってしまったことで、本格的に人間じゃなくなってしまったんだな、と、実感が湧く。
もちろん、効果は織り込んでいた。勝算はある。きっと反応は返ってくる。これで効果がなかったら、見た目通りに、泣いてしまいそうだ。
渚は葛藤に耐えながら、四人を、そのルビーのような瞳で見つめ、ただ、じっとその効果の現れを待っていた。
渚の放った一言は、確かな効果を生んだ。
一瞬の呆けた顔、そして、それぞれの表情が、それぞれの反応を示し始める。
オリガは、その険しい顔が、少しだけ緩む。イリサは、子供が玩具を見つけたような顔。グラスはまるで観察でもするように、興味深げに渚を見て、ロッシはふーんと頷いた。
ある程度は、予想通りの反応だった。
オリガは、多分、自分のことを無力な小娘とみていたはずだし、イリサは面白い方へと流れていく。グラスは、なんだか『天国』の田辺のような感じがするし、ロッシはやはりといった感じだ。
たぶん、こんな反応だろうなと、渚は思っていた。
なにせ、この中には、人間が一人しかいない。
グラス―――彼が、ただ一人、(髪の色を除いて)明らかな”人間”だ。
オリガとイリサは、耳の形が違う。それはアメリと同じもので、アメリは”人間”ではなかった。
そして、ロッシは、ぱっと見は人間だが、明らかに爪が鋭すぎる。人間の、というよりも、むしろ昨日襲ってきた、クマっぽい奴のそれに近い。少なくとも、ローフォレよりは鋭いだろう。何よりときどき見える歯が、生肉でも食いちぎれそうなほど尖っているのだ。手ぶらのようだが、素手でも戦いたくはない。
目の前にいる四人組は、そんな組み合わせなのだ。たぶん、自分がこのことを説明しても、ある程度の理解は示してもらえる。そう、渚は踏んでいた。そしてそれは当たったらしい。
やがて、オリガが口を開いた。
「―――そう、だったか」
バツは悪い。しかし、喉のつかえがとれたような、すっきりした調子だった。
ロッシが歯を向きだすような笑いを浮かべた。
「やっぱな。なんか匂いが違うとは、思ったんだ」
「しかし、見た目はヒト族だが…? いや、目が違うか?」
観察するような目を向けながら、グラスが言う。
イリサが面白そうに言った。
「お嬢さんはなんなの? 私は”リヨス”だけど?」
「―――実は、それが、わからなくて…」
”リヨス”は、多分種族か何かだろうなと考えながら、渚が答えると、あのイリサが、ポカンと、目を丸くした。渚は苦笑を浮かべて言った。
「じつは、二人―――アメリさんとロックフォールさん―――について歩いているのもそれが原因でして、アメリさんの方が、何か知っているようなんです」
「自分がなんの種族か分からないの?」
「お恥ずかしい話ですが…」
「だから『何なんでしょう』、か。ふーん…」
訳ありかな…? そんなことをつぶやいて、イリスはどこか遠い目になった。
四人とも、それぞれの形で、納得はしてくれたらしい。いよいよ、場の空気がゆるみ、焚火の周りに、暖かい空気が漏れ始める。渚は小さく息をつく。何だか、やっとまともに息ができた気がした。
ウソ八百の話だったが、なんとか、ここまでは来た。だが、すぐに次に取り掛からないといけない。
オリガが、渚の顔を見て、頷いて言った。
「まあ、事情があるのだろう。―――では、お前は、何か出来るのか?」
これも問題だ。自分のことを把握しようにも、何ができるか分からない。とりあえず、今のトルメンティアの森で、生き残れることはできるらしい。そうとしか、説明できない。
「分かりません。ただ、どうも足は速いようでして、森の中を走り回っているうちに、ここまで来ていたんです」
「魔法は?」
「いや、それが、なんなのかさえ、分からない有様でして…、これからあの二人に教えてもらうところだったんです」
「なるほど―――だから、詫びも兼ねてこの内容…、か」
またも、嘘。
言っていてイヤになってくるが、生きて帰るにはそうするしかない。また森の中を走り回って帰るなんて、冷静になってしまった今では、さすがに無理だ。あの牙の大合唱は、さすがに怖い。
ナギサの返答を聞き、オリガは考え込んでいるようだった。ちらりと、その視線が黒い板に落ちる。そして、他の三人を振り返った。
「この任務、受けるか?」
オリガの言葉を受け、三人がうなずいた。
「いいんじゃない? どっちにしても金額は魅力的だし」
「良いだろう。受けて、損はあるまい。こんな子を放っておくわけにも、いかないしな」
「いいぜー」
三人の答えを聞き、オリガはうなずいた。
「―――では、私たちは、『ナギサ・ヴィクタール・ビュレ・バルトリンクの捜索依頼』、受けることにしよう」
そして、渚に向き直ったオリガは、その目を見て、宣言するように、言った。
「任務、確かに請け負った。”ナギサ”、お前を、無事に街まで帰してやる」
オリガの言葉は、力強く、頼もしく、渚の耳に届いた。
渚は、口を開いた。
「…頼まれて、いただけるんですか?」
渚は、震え声で言った。
オリガはその言葉に、力強くうなずく。
その様子を、イリスは楽しそうに、グラスは思慮深く、ロッシは気楽に、ながめている。今更ながら、じんわりと、焚火の温かさが、体に染みた。
「―――ありがとうございます…」
渚は、くたっと、その場にへたり込んだ。
そんな渚に、オリガが苦笑を浮かべる。
「…泣くのは、森を出てからにしろ」
「…泣いてません」
―――トルメンティアの森、その『光の泉』で、渚は、やっと、生きた心地というものを味わっていた。多少、涙腺が緩くなったのも、仕方ない。オリガが、やっと近づいてきて、ぽんと、その華奢になってしまった肩をたたいた。
「”オリガ・ディアマンテ”だ。たしかにナギサの無事は請け負ったが、帰りは自分の足で歩いてもらうからな?」
「…分かっています。とにかく森を出られるだけで、十分です」
オリガの手が差しだされる。渚は握り返した。
「帰りは、よろしくな?」
「はい、こちらこそ。よろしくお願いします」
そう言って、二人は笑いあった。イリサが声を上げた。
「あー! オリガ、ずるいー。ナギサちゃん、”イリサス・ファン・アークイル”よ。よろしくね」
イリサが、元気よく自己紹介する。
「”グラース・ルーカン”。縮めてグラスだ。よろしく」
「”ロッシ・ラ・パーチェ”。よろしくな。ナギサお譲ちゃん?」
二人につられ、残りの二人の、名前が聞こえる。
渚は、笑みを浮かべ、それに答えた。
「”ナギサ”です。みなさん、どうぞ、よろしくお願いします」
そう言って、四人に深々と頭を下げた。
何が何だか、分からない世界。数字のはずだった、今は現実となってしまった世界。自分が何になったのかも分からない。
だが、ここで、自分は生き抜いていかなくてはならない。そのためには、何が何でも、やれることはやってやる。
そんな決意とともに、”渚”改め”ナギサ”は、力強く、自分の名前を、四人に、この世界の住人に向かって、言い放つ。どちらにしろ、たぶん、間違ってはいないはずだ。
オリガが、それに応え、うなずいた。
「よし! では、さっそく、帰り支度をしよう。まあ、まずは食事からだな。ああ、グラス、ギルドへの連絡を頼めるか?」
「分かった。だが、この娘への訓練や、勉強はどうするんだ?」
「報酬のこともあるし、持ち回りでやりましょうよ。服だってぼろぼろだもの。クレスヴィルの服屋にも連れて行ってあげたいしさぁ」
突然、また妙な言葉が聞こえた。
「ちょっと、待ってください! どういうことですか?」
ナギサはあわてて言った。オリガが、笑みを浮かべながらそれに応えた。
「ロックフォール、彼に感謝しろよ? 旅で生き残れるように、魔法と最低限の知識も教えるようにという依頼だ。彼らは動けないだろうからな。その点は私たちも一緒だが、あの二人よりは手が空いている」
「はい?」
ナギサは理解できなかった。二人が動けない? この四人にいろいろと教わる?
「―――あの、なんでそんなことに?」
「それも知らんのか? あー、いや…」
オリガが呆れたように言った。しかし、すぐに真面目な調子で続ける。
「”ギルド”に所属しているものは、今、招集がかかっている。『クレスヴィルの街にいるハンターは、すべてトルメンティアの森の問題に対処するように』とな。特に、あの二人は名が知られている。だから、この森の問題が片付くまで動けないんだ」
「えっ!?」
「そして、依頼の内容はこうだ。『ナギサ・ヴィクタール・ビュレ・バルトリンクの捜索。そして、旅の基礎知識、魔法、自衛手段の教授』。妙な依頼だが、しっかりと遂行させてもらう。安心していいぞ?」
力強い笑顔を向けてくるオリガ。だが、ナギサは、開いた口がふさがらなかった。なんだそのミックス依頼は、とか、これで悪い奴らに目をつけられていたら、どうするんだ、とか、いろいろと疑問は浮かぶ。だが、もっと厄介な事情が持ち上がっていた。
二人が動けないということは、会えるかどうかわからないということだ。少なくともこの四人が納得してしまうほどには、会えないということだ。アメリ君に会えない。つまり、
―――私は、自分が何か、ちゃんと聞けるのか?
言い知れぬ不安。ナギサが、そんなことを感じているなど、四人はまるで考えていない。それぞれが、何か袋のようなものを取り出して、食事の支度を始めている。
それを呆けたように見ているナギサに、ロッシが、くしに刺さった肉を持ち上げて、言った。
「旅の基本は、まず腹ごしらえからだ。お嬢ちゃん、食うか?」
ローフォレの肉、それは筋張っていて、なるほど、確かに、おいしそうには見えない。やっぱり空腹は感じない。しかし、言われるがまま、ナギサは呆然として、それを受け取る。何も考えられないまま、それを口へと運んだ。固い肉に歯を立てる。
―――ローフォレの肉はまずい。
聞きたいことも聞けないままに、それは、この世界に来て、ナギサの新しい知識、第一号となった。




