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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第一章 異世界の迷子 クレスヴィル前
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4 尋問 質問

 ローフォレ―――オオカミっぽいモノ―――だったモノが、ジュージューと香ばしい匂いを放つ焚火の周りに、五人は腰をおろしていた。車座になって、四人組が、一人の娘と向き合うように座っている。四人はそれぞれの目で、目の前にあるものを見ていた。


 オリガはその鋭い目で、イリサは好奇に満ちた目で、グラスはさして興味もなさそうに娘を見ていて、ロッシはじっと焼ける肉塊を睨んでいる。


 対する黒い髪の娘は、どこかおかしかった。さっきから白い顔に冷や汗をかいて、赤くなったり、青くなったりを繰り返している。そして思い出したように、陰にこもってぶつぶつと呟き声を洩らす。いくら四人がかりで問い詰めようとしているとしても、傍目にも妙な光景だ。


 オリガはさきほどから、この娘はどうしたのかと考えていた。


 ―――手洗いについてこられたのが、よほど恥ずかしかったのか?


 ぶつぶつと呟いていると言っても、アメリ君…とか、装備を…とかで、別に何か呪文を唱えている風でもない。どういうわけか、さっきからずっとこんな調子だ。いい加減観察にも飽きてきた。他の三人も、そろそろしびれを切らしそうだ。

 頃合いと判断して、オリガは咳ばらいをした。


「そろそろ、いいか?」


 その言葉に、黒い髪の娘は顔を上げた。そのルビーのような赤い瞳で、じっと四人を見つめる。やがて、その桃色の唇を開いた。


「―――あー、さっきは、お水をありがとうございます」


 ―――礼儀はちゃんとしているんだな。


 最初に出てきた礼の言葉を聞きながら、オリガは思った。

 しかし、考えれば考えるほど妙な娘だった。こんなところにいるのもそうだが、この格好は何だ? むしろどこかの都の中心街にいるような娘だ。どう見ても実用向きではない、しゃれた服。本人が言うには”晴嵐”と”城崩し”の仲間らしい。


 だが、どう見ても”ハンター”や”傭兵”の(たぐい)には見えない。いくら見た目が当てにならないとはいえ、明らかに魔法の使えない、軟弱そうな小娘だ。そうかと思えば、妙に世慣れた感じもする。人の表情を読むのは得意らしい。駆け引きはできる。どこかの豪商の娘? 想像すればキリがない。そもそも、まだ、名前すら聞き出していないのだ。そして、そんな妙な娘を、今の状況で(、、、、、)街まで連れ帰るわけにもいかない。


 オリガは娘の表情を、その変化一つ一つを、じっと見詰めながら、言った。


「―――それで…、お前は何者なんだ?」




 ―――オリガに言われ、渚は、またじっとりとした汗の感触を感じていた。

 

 これからが本番。


 それなのに、すでに渚は、いっぱいいっぱいだった。

 体も温まり、少しでも時間稼ぎにと、水をもらった。なぜか乾かない喉だったが、その喉を伝う感触にホッとして、気を緩めてしまったのが、マズかったらしい。

 いくら不審人物でも、まさか手洗いについてこられるとは思わなかったし、アメリの下着のセンス(いくら装備は任せていたとはいえ)について、ひどい疑問が浮かんでしまった。会うことができれば、しっかりと、その辺を話し合う必要があるだろう。スカートはまだしも、あれ(、、)はキツイ。

 おまけに、初体験をしたばかりだ。


 そんな状態で、これから、とんでもない出たとこ(、、、、)勝負をしないといけない。しかも、一人はともかく、他の三人だ。負ければ死ぬかもしれない。

 渚はひとつ息をつき、だらだらと頬を伝う冷や汗を感じながら、できるだけ、にこやかな表情で口を開いた。その口から、例の鈴のような声がこぼれた。


「えーっと、まず、助けていただいて、ありがとうございます。改めて、御礼を言わせていただきます。ありがとうございました」


 そう言って、渚は深々と頭を下げた。アメリたちの()があるし、本名が通じるかどうかわからない。アテがあるわけでもないが、もう少し情報が集まるまで、そこは流してほしい。そんなつもりで言った一言に、何となく、動揺している気配が感じられた。


「まだ、助けると決まっているわけじゃないぞ?」


 険しい声で、黒髪の女、オリガが言った。頭を上げた渚は、ニコリと(この顔(、、、)でも笑えていると分かった)笑顔を浮かべて、答えた。


「いえ、傷を治していただいたことに関して、ですよ。実は痛くて痛くて、どうしようかと思っていたんです。おかげで痛みが引きました。オリガさん、なんですよね? 治していただいたのは? ありがとうございます」

「―――そうか…」


 ぶっきらぼうに言うオリガ。その様子に、渚は内心、ほほ笑んだ。


 案の定と言うべきか、どうもこのオリガという女は世話焼きらしい。見張りという意味もあったのだろうが、わざわざ見ず知らずの人間が寝ている横で、見張り番をするような人間(少なくとも人型)だ。手洗いについてきたのも、多分、こんな場所だからだろう。どんな場所(、、、、、)なのか、や、どうやって(、、、、、)治したのかは、今、聞くことじゃない。

 とにかく、こういう人間には、さっさと好意を見せておいた方がお互いのためだ。それに少なくとも、奴隷商人とか、ヤバいヒトではないようだ。問題は後の三人だ。


「よかったねぇ、オリガ。みんなに反対されたのに、無理に手当てした甲斐があったじゃない?」


 そう言って、イリサと言われた金髪の女が楽しそうに笑った。マントの下はやっぱりアメリと同じような恰好で、その手には緑色の石で装飾された弓を持っている。渚はそれを視界にとらえながら、そのイリスに向かって言った。


「反対、されましたか?」


 渚の言葉に、イリサは相変わらず楽しそうに笑いながらうなずいた。


「だって、お嬢さんさぁ? どこの誰とも分からないような不審な人物、治療してやるようなお人よしが、いると思う?」


 暗に攻め立てるような調子が、その言葉に含まれていた。”お嬢さん”はこの際、仕方がない。渚は苦笑を浮かべた。


「―――まあ、そうですよね。いえ、そちらに危害を加えるようなマネはしませんので、ご安心下さい。まあ、そんなことが出来るとも思えませんが…」


 その言葉に、一瞬、イリサが目を丸くした。そしてくすくす笑い出すと、パンパンとオリガの肩を叩いた。


「良かったじゃないのぉ、オリガ。こんな素直な()でさぁ?」

「やめろ、イリサ。それで、殺す決心はついたのか?」

「うーん? これでうるさいようなら考えてたけど、とりあえず保留かなぁ?」


 笑顔で言うイリサに、渚の表情が凍りついた。恐る恐る、聞いた。


「えーっと、これで、反抗的だったりすると、私は…?」

「そりゃあ、問答無用だったね。お嬢さん、ここ(、、)がどこだかわかってる?」


 言われて、渚はあたりを見回した。

 見まわす限り、のどかな泉のほとりの草むら、そして大木の森。


「トルメンティアの森、ですか?」


 渚が首を傾げながら言った。そして言った途端、三人の(ロッシは肉を見ている)表情が怪訝なものになる。たがいに目を見合わせて、何か考えているらしい。

 

 ―――地雷踏んだかな。


 掌にまでじっとりとした感触を感じながら、渚は答えを待った。

 さっきまで興味もなさそうだった深草色の髪の男、グラスが険しい声で言った。


「お嬢さん、ここ(、、)がどこだか、わかっていて、そんなことを言っているのかい?」


 マントを脱いだグラスは、思いのほか軽装だった。ゆったりした長袖、長ズボンの服の上から革鎧を締めている。その手には青い石の付いたナイフを持っていて、それをさっきからもてあそんでいた。

 

 渚はそんな物騒な男に、慎重に答えた。


「そのことについては、仲間たちから聞いています。ここがトルメンティアの住む森で、ダンジョンになってるとか―――」

「魔物については?」

「えーっと? 難易度Aクラス―――とにかく強いモンスター、魔物?―――が、住んでるとか…?」


 その答えに、グラスは渋い顔だ。グラスはさらに聞いた。


「君の仲間というのは?」

「えーっと、アメリ、(くん)? と、傷だらけの鎧を着た、体の大きい…」

「”晴嵐”のアメリと、”城崩し”のロックフォールか?」

「あ…、はい」

 

 ―――たぶん、という言葉は呑み込む。

 なんだか、どんどん雲行きが怪しくなってくる。その二人(、、、、)は一体誰だ?

 グラスが険しい声で、オリガに聞いた。


「本当か?」

「さっき、私も聞いたが、本当かどうかは分からん。しかし、そんな特徴を持っているのは、あの二人だけだろう?」 

「しかし、あの二人が、こんな子供(、、、、、)を、こんなところに連れてくるとも思えないが…? 防寒の魔法も使えないようだぞ?」


 ますます、話が変な方向に転がっていく。渚はあわてて言った。


「いえ、私はクレスヴィルの街の外で、二人を待っていいただけなんです。その時に、はぐれてしまって」

「はぐれて、街からこんなところ(、、、、、、)まで来たのかい?」


 険しさを増した声。どんどん妙なことになってくる。

 渚は、思い切って聞いた。


「―――ここ(、、)は、どこなんですか?」


 渚の質問に、オリガとグラスは呆れたというように息をつく、イリサがくすくす笑いながら言った。


「ここは、トルメンティアの森のほとんど中心部よ。その近くにある、『光の泉』って言われてる”ハンター”たちには知られた休憩場所。私たちは、たまたま、ここに休憩に来て、あなたを見つけたってわけ。わかった?」

「はあ―――?」


 四人はハンターらしい。アメリから聞いた話では、ギルドからの依頼クエストをこなすこと生業にしているということになる。とりあえず、奴隷商人じゃないだろう。そして、ここは森の中の休憩場所らしい。


 たぶん、自分はがむしゃらに走りまわっているうちに、偶然、ここ(、、)に出たのだろう。かなりの時間を走っていたはずだから、別にそうなることは不思議ではない。なら―――?


「あの、なぜ、私はこんなに警戒されているんでしょうか?」

「…まだ、わからないのか?」


 渚の言葉に、オリガが、しびれを切らしたように言った。パチリと、肉の脂がはじけた。


ここ(、、)は、一流冒険者でも避ける危険地帯、”トルメンティアの魔の森”。ただでさえも危険なのに、今、ここ(、、)は魔物の異常発生で警戒令が出ている! そんな状態のこんな森の奥で、なんで、お前みたいなの(、、、、、、、、)が生き残れているのかというのが不思議なんだ!! だから、さっきから聞いているだろう、おまえ(、、、)は、いったい誰なんだ!!!」


 オリガのどなり声が、静かな森にこだまする。それを言われ、渚は、ただポカンとした表情で、オリガの顔を見つめていた。




 オリガの力強い声を聞き、渚は、しばらく呆然としていた。いろいろなものが頭の中で、正しい位置に収まっていく。だが、それ以上に分かるのは、がっくりと、肩の力が抜ける感覚だ。

 しばらくたって、渚は、力なく言った。


「―――えーと、魔法使いじゃないかって聞いたのは?」

「…そうでもなければ、説明がつかん。だからこそ、こっちは警戒している」


 オリガがぶっきらぼうに言った。


「…え、っと、ひょっとして私みたいなのが一人でここ(、、)にいるのは?」

どんなのか(、、、、、)は知らないけど、一般人ならあり得ないわね。だからてっきり、自殺志願者かと思ったのよ。どっちみち、一般人を連れ帰るなんて、とんでもなく大変なのよ?」


 イリサがうなずく。


「…街から、ここまでっていうのは?」

「普通なら、二つ時くらいだろう。少し移動するたびに、ローフォレの群れに襲われる」


 グラスの言葉に、渚は、焚火の少し離れたところに置かれた、オオカミっぽいものを見た。


あれ(、、)って、強いんですか?」

「単体ではそうじゃないが、共食いをする程度には獰猛だ。それに間違いなく三十匹程度の群れで襲ってくる。それが今じゃ、森じゅうに溢れかえってるんだ。普通なら、あっという間に骨だよ」


 グラスの言葉に、頭がぐらぐらしてくる。グラスはさらに続けた。 


「それに、あれはこの森の一番弱い(、、)魔物だ。この辺りには、もっと強い奴がうろついてる。魔法も使えなさそうな君が、どうやってここまで来たんだい?」


 そういえば、襲われた時、牙のガチガチいう音が合唱みたいだったな、とか、二つ時って(少なくともそう聞こえた)どのくらいかなぁ とか、クマっぽい奴は? とか、いろいろなことが頭をよぎる。だが、いまは、もっと重要な疑問がある。

 肩を落とし、渚は、力なく言った。


「私って、一体何なんでしょうか?」

  

 渚の疑問に、答えられる者は、ここ(、、)にはいない。

 朝の光が差す森の中、ただローフォレの肉の焼ける音だけ聞こえていた。

 


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