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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第一章 異世界の迷子 クレスヴィル前
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3 夜明けの泉 四人組

 目を覚ました渚は、妙に固いタオルケットの感触を覚えた。目がぼやけていて、周りがよく見えなかった。そして寒い。からだ中、冷や汗をかいている。体中がべとべとしていて気持ちが悪い。下のマットも地面のように固く、体中が妙にこわばっている。渚は、寝転がったまま、目が覚めた時の癖で、その前髪をかき上げようとした。


「ん?」


 いつもの、ごわごわした感触の代わりに、絹糸のようなものが手に当たる。

 なんだろうかと、自分の手を見て、そこで気付いた。


「―――あぁ、そうだっけ?」


 ぽつりと、渚はつぶやいた。

 やはり、悪夢は覚めないものらしい。渚はぼんやりと、視界に映るその華奢な、白い手をながめた。


 さっき触ったのは自分の髪、そしてこれは自分の手。さっきから妙に高い声は、自分の声。


 ―――やっぱり、いつも通りの朝じゃない。


 骨のきしみ声を聞きながら体を起こした渚は、周りに視線をめぐらした。

 そこは、泉近くの草の上だった。ぐるりと巨木に取り囲まれた草むらの上、木々の切れた丸い空から、朝の光が降ってくる。そして、渚はなぜか草色の革の布をかけられて、革袋を枕に寝かされていた。そこで、深呼吸をひとつ。


「―――生きてる?」


 喉を通し、肺の中に入ってくる、湿った森の冷たい空気と煙の臭い。少なくとも、呼吸はできている。体がひどくだるくて、それぐらいしかわからないが―――、


「目が覚めたか?」


 飛び上がるようにして、立ち上がった。自分の真後ろからの声。渚は反射的に声の方に顔を向けると、


「起きた途端に、元気だな?」


 ―――呆れられた。


 渚が寝ていたところの真後ろ、少し離れたところ、黒い髪の女が、体育座りのような体勢で、起こした火に当たっていた。女はまるで、何をやってるとでも言いたげに、渚を胡乱な眼で見ている。

 渚は身構え(とりあえず、また逃げられるような体勢)ながら、女に聞いた。


「えっと…? どちらさまでしょうか?」


 思わず、家の玄関先のような対応になってしまった。二つの意味で肝が冷える。一つは、この対応は正解かという意味で、もう一つは、自分は何語を話してるんだ、という意味で。


 改めて聞くと、何語か分からない。少なくとも、プリン旅行のときには聞いたことがない。しかし、その意味のわからない音が、自分の言いたいように口から紡がれ、飛び出していくのが解る。そして、それは相手にも通じる程度には、ちゃんと話せているらしい。女は、同じ言葉で応じた。


「一応、お前を助けた相手だ。そして、こういう時は、自分から名乗るのが礼儀というものだろう?」


 女はハスキーな声で、子供に教えるような調子で言ってくる。その顔には苦笑が浮かんでいた。

 言われた渚は、少しのあいだ逡巡した。言葉のことは、この際、置いておく。今考えるべきは、別のことだ。本名を名乗るべきか? いったん保留にするべきか? 情報は少なすぎる。思い出すのは旅行の時の経験、ボブの言葉。


 渚は口を開いた。


「あー? 助けていただいたようで? ありがとうございます?」


 渚は、あいまいな調子で言った。正解でありますようにと願いながら。

 名前を名乗らないことを気にする様子もなく、黒髪の女は言った。

 

「不思議に思うか?」

「すみませんが…、はい―――」

 

 本当に助かっているのかどうかも、分からないのだ。他人の善意に期待しすぎてはいけない。ゲームならまだしも、ここが現実なら、通じるであろう常識。それ(、、)は、やはり通じるらしい。女は苦笑を浮かべた。


「まあ、どこの誰とも知らない相手に、ただ(、、)で助けられて信用はできない…か?」

「おっしゃる通り、ですかね…?」


 ―――奴隷商人もいるかもしれないし…。

 

 仲間のようなものが、他にも三人いたはずなのだ。渚は相変わらず、警戒しながら答えた。

 そして、答えながら、じっ、と女を観察する。それは、殺されたプレイヤーと同じ程度には、生きた(、、、)モノ(少なくとも人の形をしたモノ)に見えた。後ろでまとめた黒の髪、褐色の肌、アメリと同じ、少しとがった耳。しなやかそうな体を固める鎧は動きやすそうな薄手のもので、それには、なにか文字のようなモノが彫りこまれている。確かにそれは特徴的なのだが、―――何より目を引くものが、その足元にあった。


 いますぐに、握れる位置に置かれた、切れ味のよさそうな銀色の剣。刃の形からすると、たぶん、眠り込む前に見た、血に濡れていたものと同じものだ。なぜか柄の部分に赤い、ガラスのような材質の、大きな石がはめ込まれている。そして、女の顔―――、


「観察は終わったか?」


 不敵な笑みを浮かべ、ずばりと言う女―――その鳶色の目は、まったく笑っていない。渚が観察しているあいだ、女も、渚に観察の目を向けていた。如才ない対応をさらりとこなすあたり、こういうことに慣れているらしい。クレスヴィルの街が似合いそうな鋭い目で、じっと渚を見つめていた。


 女の手が、剣の握りに置かれている。多分、いつでも渚の首に向けて、それ(、、)を振るうことがだろう。それを視界の端にとらえながら、渚は答えた。


「―――はい。ありがとうございます」


 にっこりと笑って(この顔(、、、)で笑えているのかわからないが)、不敵な余裕を相手に見せる。こういう対応をすると、知らない洋菓子店に男一人で入っても、結構良い待遇をしてくれるものなのだ。もっとも、いま目の前にいる女が、店員と同じだとも思えないが―――。


 いまにも切りかかってきそうな女も、不遜な笑みを浮かべて、それに応えた。しばらく互いに笑いあう。火花が散る。しかし、埒はあかない。渚が次をどう切り出すか、考えていた時だった。


「―――その様子なら、傷の方は心配ないようだな?」


 女に言われて、渚は警戒しながらも、足元に目線を落とす。昨日と同じ、破れて、ぼろぼろの服を着た自分。しかし、痛みはない。その隙間から見える体に、傷は見あたらない。手の平を持ち上げ、昨日(多分、昨日だ)、その手に見た傷を探す。しかし、そこには華奢な、きれいな手があるだけだった。そういえば、頬の痛みも無くなっている。


「治しておいたが、具合が悪いところはないか?」


 言われて一拍、間を置いて、パッと女を見る。その表情は相変わらずの不敵な笑みだ。しかし、目を離した一瞬、浮かんでいた表情を、渚は見逃さなかった。

 

 渚は一瞬考え込み、慎重に言った。


「―――悪い人、では無いようですね?」


 言ったとたん、女が険しい表情になる。


「傷は治してやったが、会ったばかりの相手にそこまでいっていいのか? 奴隷商人かも知れんぞ?」


 その手元の剣のように、切りこむような声。しかし、その言葉に、渚は笑みを浮かべた。


「少なくとも、”そんな言葉(、、、、、)を相手にかけられる人である”、ということは分かりました。今はそれで十分です」

  

 ―――どっち道、あなたに頼らないと、生きて帰れそうもないですからね。という言葉は、呑み込んでおく。ボブいはく、できることをやれ。できないことはするな。要は、身の程を知れ。それに、


「…心配していただいたようで、ありがとうございます」


 一瞬、目を離した隙に、女の顔に浮かんだ心配の表情を、渚は見逃していなかった。このやり方は便利なもので、部下がウソをついたときに見逃したことがない。


 女は、睨むように渚を見つめる。渚は、笑顔でそれに応える。

 しばらく、二人は視線を交わし、


 ―――ふっ。

 

 女が、鼻で笑った。その手が、剣の柄から離れた。


「―――まあ、良いだろう。その言葉、確かに聞いた」

「ありがとうございます」


 場の緊張が、少しだけ、ゆるんだ。渚は気づかれないように、息をつく。

 そんな渚に向かって、女は言った。


「―――それより、そろそろ火に当たったらどうだ? 見ていて、こちらが寒いのだが?」

「…ありがとうございます」


 服の破れたところから、朝の冷たい空気が忍び込んでくる。そして、渚は最悪の目覚めを経験していたのだ。それこそ、汗をびっしょりとかくような目覚めだ。そして、この冷たい空気。


 ―――渚は寒さに震えていた。




 ―――渚は、女の反対の側に、しゃがむようにして座った。革の布(女のマントだった)は、使っていいと言われて、そのまま肩にかけている。

 渚は手を火にかざして、暖を取った。その周りだけ、なぜか草が灰になっている即席の暖炉。どういう仕組みか分からないが、薪の代わりに女の剣についてるような石が、めらめらと火を放っている。火の勢いはキツいが、だからこそ、冷えた体にしっかりとその熱を届けてくれる。

 火の温かさに人心地ついて、渚は改めて女に向き直る。ある程度の警戒は続けながら、聞いた。


「―――まず、お聞きしたいのですが、ここ(、、)はどこでしょうか?」


 本当の夢の続きでは、騎士たちに襲われ、追いかけられて、渚は、がむしゃらに走ったのだ。振られる剣、飛んでくる矢をかわしながら走ったため、右も左もわからなくなってしまった。気づいてみると自分の周りは巨木に囲まれ、今度はその陰から飛び出てくるいろいろなモノ(、、、、、、、)に襲われながら走った。だから、ここ(、、)がどこなのかも分からない―――いや、見当はつくが。


 詳しい部分を聞くために渚が聞くと、聞かれた女が怪訝な顔をした。


「…それは、本気で言っているのか?」

「はい?」


 ―――トルメンティアの森のどこかじゃないの? 

 

 渚は首を傾げた。そんな様子の渚に、女は考え込むような表情を浮かべた。


「…仲間が戻ってくるまで、聞くのを待つつもりだったが、一つ聞かせろ。お前は貴族か? それとも魔法使いか何かか?」

「え?」

「違うのか? そんな恰好(、、、、、)で、こんなところにいるから、何者かとは思っていたのだが…?」


 言われて、渚は自分を改めて見下ろした。ボロボロだが、相変わらずの仕立てのいいシャツに黒いスカート。対する女は鎧姿。そして、二人のいる場所は、巨木のそびえる森のなか。どう見ても、渚の方が場違いだった。


 とっさに、渚は説明を考える。顔には苦笑を張り付けた。


「いえ、私は全然、そういうモノじゃありません。ちょっと、仲間とはぐれてしまったようで…」

「仲間がいるのか?」

「はい。クレスヴィルで合流するつもりだったんです」


 渚は、本当にいるかも分からない二人の部下について―――仲間ということにして―――話した。巨漢の剣士と、やたら軽装の金髪の女。それと合流するつもりだったのだと。


 ―――せいぜい、自分は一人じゃないんですよと、牽制になればいいなぁ、程度の話。


 しかし、それを聞いて、女は眉間に険しいシワを寄せた。そして、その口を開く。


「”晴嵐”のアメリと、”城崩し”のロックフォールのことか?」

「はい?」


 なんだか、全然聞いたことのない単語が飛び出してきた。いや、一部は聞いたことがあるが、他は何だ?

 

「えーっと? それはいったい―――?」 

「おーーーい!!!」


 さらに渚が聞き出そうとしたとき、それは元気のいい呼び声に遮られた。また、渚の表情がピシリとこわばった。


 声の方に顔を向けると、渚がかけているのと同じようなマントを付けた人物が三人、朝日の中をこちらに向かって歩いてくるのが見えた。一人がこちらに手を振って、その後ろで、二人が何かをぶら下げた棒を担いでいる―――月明かりの中で見た、他の三人だろう。


 渚が起きているのに気づいたのか、手を振っていた一人がこちらに向かって駆けてくる。なぜだか足音がしないし、妙に足が速い。


 足音のしないその一人は、渚の前まで走り寄って立ち止まる。それはアメリに似た姿の金髪の女だった。その手に黒髪の女の剣と同じような、緑の石の付いた弓を持っている。金髪を朝日にきらめかせる女は、その青い瞳で、興味深そうに渚を見下ろした。


「おー、目が覚めたみたいだねぇ?」


 不躾なくらい、じろじろと渚を見つめてくる女。渚は苦笑に近い愛想笑いを浮かべた。


「あ、―――はい、傷も治していただいたようで、ありがとうございます」

「ふーん?」


 とりあえずはお礼から。そんな渚の言葉を、金髪の女は聞き流した。その耳は黒髪の女と同じで、少しとがっている。金髪の女は、そのまま黒髪の女に向き直った。


「オリガ、この子、何なの?」

「わからん。まだ名前も聞いていない―――それより、どうだった、イリサ?」

「うーん、やっぱり騒がしくなってるね」

「そうか」


 黒髪の女、オリガは一つうなずくと、後ろからやってくる二人に目を向けた。二人は近くまで来ると、その担いで運んできたモノを下ろした。


「―――ぅわぁ…」


 それを見て、渚は絶句した。

 その棒には、例のオオカミっぽいものがくくりつけられていた。それは昨日、森を走りまわっていた時、襲ってきたモノの一つだった。あの時は荒い息でよだれをたらし、目をらんらんと輝かせていたそれ(、、)。しかし、いま、棒にくくりつけられているそれは、ただダラッと舌をたらしているだけだ。

 オリガはそれに一瞥をくれただけで、二人に話しかけた。


「グラス、ロッシ、それは何だ?」

「見ての通り、ローフォレだ。そして、今日の朝飯」


 話しかけられた男の一人、金髪の方が言った。


「朝食? ローフォレをか?」


 オリガは、眉をひそめて聞いた。気持ち悪い、緑色のそれを足の先でつつきながら、金髪の男は不機嫌な表情でうなずいた。


「ああ、次から次へと出てきやがる。群れを一つツブしたが、まだ遠吠えが聞こえる。正直、どれだけの数がいるのか、わからねえ。一匹くらい食って憂さ晴らしでもしないと、やってられねぇよ」

「ロッシ、もう一度言っておくが、ローフォレの肉は固いぞ?」


 深草色の髪の男が、説教くさく金髪の男、ロッシに向かって言った。言われたロッシは渋い顔だ。


「何度、知ってる(、、、、)って答えりゃあいいんだよ。憂さ晴らしだって言ってんだろうが!」

「だがな、妙なものを食うと後が…」

「テメーは、説教くさいんだよ!!」


 ギャーギャーと言いあいを始めるロッシとグラス。金髪の女、イリスが呆れたというように言った。


「二人とも、仲いいよねぇ」

「まあ、結果は分かったな」


 オリガはそんな二人を涼しい顔で見てうなずくと、渚に向き直った。


「さて…、こちらは全員そろった」


 再び、その言葉に、鋭さが含まれる。その言葉に、ロッシとグラスが黙り込む。好奇心に満ちた目で、イリサがじっと渚を見つめている。


「お前が、誰なのか、そろそろ説明してもらおうか?」


 じっと、オリガの鋭い目が、渚を射抜くように睨みつける。温まってきた体、その背筋を、また冷たいものが伝っていく。


 ―――さて、どう説明したものか?


 渚は、ぐるりと頭をめぐらせた。四対の瞳、じっと観察の目を向けられながら、渚は巨木の森の中、一人、じっと考え込んだ。

 


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