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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第一章 異世界の迷子 クレスヴィル前
3/37

2 始まりの悪夢 防人の街

「リーダーは、行かないでください」


 これから、違反プレイヤーにペナルティを与えに行こうとしたとき、渚は、なぜか部下二人に止められた。草原の中の街道、夕暮れ時の一幕だった。家路を急いでいるのか、横を通る馬車の上から、物珍しそうな視線が降ってくる。


「どうして?」


 言って、渚は思わずあたりを見回した。しかし、実際の自分が防音機能(空調機能完備)の付いたヘッドギアを被っていることに気づき、安堵の表情を浮かべる。


 そして改めて、渚は、ポカンとした表情で、壁のように立ちふさがる部下二人を―――そのアバターを、見上げた。ゲームといっても、髪の毛一本一本まで作りこまれたアバターは、立ちふさがっただけで現実のような迫力がある。そして、その二人はさっきまで、『フリー』の冒涜者を捜すんだと、息巻いていたはずなのだ。ようやく、居場所を突き止めて、マップ移動でここに来た途端、その部下が突然、障壁となって、渚の前に立ちふさがる。


 呆然とした表情を浮かべる(少なくとも現実では浮かべている)渚を見て、立ちふさがった部下の一人、アメリが額に手を当て、困ったものだという表情を浮かべた。


「リーダー、あそこ(、、、)が、どこだかわかってるんですか?」


 美しいテナーの声で言うと、アメリはそのしなやかな指を、街道の先にあるものに向けた。そこには巨大な森を背景に、赤い、大きなモノが建っているのが見える。渚は答えていった。


「クレスヴィルの街…、だよね?」

 

 何か間違っただろうか? そんな表情を浮かべて、渚は今は遠くにあるそれ(、、)を見た。


 森の緑を背景に、夕日に映えるレンガ造りの赤い壁。それは、街を守るように、街を隠すように、街の周囲を覆うように造られた巨大なモノだ。ところどころ、壁の上には大砲がその口をのぞかせていて、その壁に寄り添うように、鉄の(びょう)を、バラのとげのように生やした塔が建っている。その何本かの塔の、花のような頂上部には、見張りための人員が、夕日に照らされ、影となって動いているのが見えた。

 

 きれいだな、というのが、渚の正直な感想だった。


 そんな渚の様子に、アメリはため息をついた。


「あそこは、”防人(さきもり)の街”クレスヴィルです。あの奥、あの森も見えますね?」


 そう言って、アメリは壁の向こうに広がる森を指差した。


「ちゃんと見えるよ。あれ? あの森の木、壁の高さ越えてるね」


 ―――大きいなぁ。


 無邪気な感想を漏らす渚。

 頭が痛いと主張するように、アメリは、手で押さえた頭を振った。


「あそこは、魔女”トルメンティア”の住む森で、そのままダンジョンになっています。で、あの街は、そこ(、、)から気まぐれに出てくるモンスター、それも難易度Aクラスのモンスターに対処するために作られた前線基地です。ここまでは良いですか?」


 念押しするように聞いてくるアメリ。現実ではありえない、深い翡翠色の瞳に見つめられ、渚は気圧されるように一歩下がる。そして、うなずいた。


「あー、そういう歴史の設定があるんだっけ? うん、それは聞いたよ。で、そこに今回の違反プレイヤーがいるんでしょう?」


 ―――早く行こうよ。


 そう言って、再び渚は二人を急かす。しかし、急かされた二人は、断固とした態度で首を横に振る。

 六条のアバターが、かがみこむような姿勢で、諭すように言った。本人の声より数段低い、腹の底に響くような威圧感のある声だった。


「リーダー…。申し訳ありませんが、リーダーのやり方じゃ、街の中にいるプレイヤーを、うまくあしらうのは無理ですよ。街の中で揉め事を起こすと、警吏キャラクターが出てくるのは知ってるでしょう? 賞金首でも目指すんですか?」

「それは知ってるし、そういうつもりは無いけどね。一応、これが仕事なんだし、チーフなんだから、私が出ていかないと格好がつかないんだよ。…せっかく、アバターも強くしたんだし」

「また山でも吹っ飛ばす気ですか? リーダー、格好うんぬんは、自分の姿を見てから言ってください」


 そう言われて、渚は自分の足元を見た。大きいものが視界の邪魔をしたが、別に妙な恰好はしていない。仕立てのいいものをちゃんと着ているように”見える”。渚は不満そうに言った。


「別に変な恰好はしてないよ?」

「そんな、どっかの貴族令嬢みたいな恰好してるのにですか? 足なんか、見てるこっちが寒くなるような格好なんですけど?」

「スカートは、イギリスのほうだと正装だよ。それにどうせアバターの話だ。何が変なんだい?」


 ―――画点がいかない。


 そう主張する渚。六条はごつごつした手で頭をかきむしると、すがるようにアメリを見た。

 すがられたアメリは、一つ、ため息をついた。そして言った。


「リーダー―――、リーダーのアバターは、私の自信作です。それはお分かりですね?」

  

 突然の話題転換。しかし、渚は冷静に受け止めた。

 

「うん。それは知ってるよ。ただ、声がいつも通りなのは、いただけないけどね」

「それは、マイクを通せば私が設計した声になって、相手にはちゃんと聞こえていますから問題ありません。…前に、言いませんでしたっけ?」

「いや、なんか自分の声が聞こえてくるし、会議のことがね…。でも、それじゃあ、ますます問題はないじゃないか。これはアメリ君の自信作なんだろう?」

「それは、そうですが…」


 言い淀むアメリ。さらに、渚はきっぱりと言った。


「じゃあ、なおさらだ。この格好で相手に見せても、別に何の問題もない。私の自信作のプリンと同じだよ」

「えー、うれしいお言葉、ありがとうございます。ですが、先ほど、私は言いましたよね? クレスヴィルの街は”防人の街”だと…」

「それは、聞いたよ…?」


 ―――それが?


 渚は先を促した。アメリは、困ったような表情を浮かべる。


「…つまり、戦う荒くれ者の街です。街のモブキャラクターも、荒くれ者が多いんです。そこで(、、、)、私と、六条君を、よく見てください」


 アメリに請われ、少し逡巡する渚。しかし、言われた通り、一歩下がる。

 渚は改めて二人を見て、そして、考えた。


 六条は、黒眼黒髪こそ本物と一緒だが、いま目の前にいるのは、顎ひげを生やした、いかにも屈強な剣士だ。二メートルは超えているその巨体。それを重厚な傷だらけの鎧で包んだ姿は、いかにも歴戦の猛者という感じがする。背に負った胴体ほどの幅のある大剣が、実によく似合っていた。

 

 もう一人の部下、アメリは長身になっていて、スタイルこそ良いものの、ずいぶん軽装だ。緑色のローブをはおり、それを上から革鎧で締めている。腰まである金色の髪と、先のとがった耳が特徴的だ。なぜだかは知らないが、こういった特徴のある者は強いらしい。実際、アメリは『フリー』内で有名なプレイヤーだそうだ。六条も、聞いた感じではそこそこ(、、、、)らしい。


 改めて二人を観察した渚は、少し考え込み、


「二人とも、かっこいいねぇ」


 感想を述べた。


 六条は天を仰ぎ、アメリはため息をつく。渚はそんな二人に、困惑の表情を浮かべる。


「…どうすんだよ?」

「…なんだか、本当に寒くなってきたわね…。疲れてるのかしら?」

「うん? 何か違った?」


 そんな三人組の光景を、行商人が不思議そうに、横目で見ながら通り過ぎていく。アメリはキッと、強い意志を浮かべた表情で、その凛々しい顔を上げた。


「二人とも、強い(、、)ということが、見ただけでわかりますね?」

 

 アメリが強引な口調は言った。

 おおっ!と納得したように渚は手を打った。


「そういえばそうだねぇ。二人とも見るからに強いそうだよ、うん」

「わかっていただたようで、ありがとうございます。しかし、リーダーはどうですか?」

「―――え?」


 言われて、渚は自分の手を見た。見るからに華奢な両手が、その視界に映っている。


「えーっと、弱そう、かな?」


 視界に映る手を、考えることコントロールし、ひらひらさせながら、渚は言った。 


「そうです」


 アメリが、やっとか、という調子でうなずいた。


「リーダーのアバターを、私はあまり強そうには作りませんでした」

「あー、もともと鑑賞用なんだっけ?」

「その通りです―――まあ、それだけではないのですが、とりあえず、いまは、そういう理解で構いません。そして、そういう(、、、、)アバターには、この『フリー』において、ハンディがつきま…!!」


 腰に手を当て、説教でもするように言いかけたアメリは、困惑したようにきょろきょろと視線をさまよわせる。そんなアメリの様子に、渚は首を傾げた。


「どうかしたかい?」

「あ、いえ、ノイズが入っただけです。あとでヘッドギアをメンテナンスします。…そんなことよりです!」


 アメリは力強く言った。


「この『フリー』には、ハンディ(、、、、)があります。これはお分かりですか?」


 渚は首を傾げた。


「ハンディ?」

「現実的な話ですが、カラまれ(、、、、)やすくなるんです。特にリーダーのような姿のアバターは、その危険がかなり増します」

「へぇー?」


 渚は生返事を返す―――カラまれるって、チンピラとかに? 渚は、カツ上げの場面を想像した。

 そのことをアメリに向かって言うと、アメリは静かに首を振り、


「奴隷商人です」


 宣告した。


「―――はい?」


 不穏な単語に、渚は眉をひそめた。アメリは困ったものだというように首を振る。


「今のは、一例です。山賊が襲ってくることもありますし、傭兵崩れがカラんでくることもあるし、酒場で昏睡強盗に遭うこともあります。街中だろうと、どこにいてもそうです。レベルの低いモブキャラが、ゴキブリのごとく、次から次へと寄ってきます。何が起こるか、予想がつきません。美しい姿やかわいい姿というのが、そのままハンディになっています」

「あー、それで二人とも、そういう(、、、、)顔なんだね。…なんだか、ゲームなのに、すごいリアル感だなぁ」


 頬を掻きながら(なぜかアバターが動く)渚は言った。確かに、二人とも元の顔にシャープな線を加えて美形になってはいるが、かといって、やりすぎ(、、、、)というほどでもない。美しいし、凛々しいが、十分現実的なレベル。そして、ちょっとキツく、威圧感のある感じだ。そうなっている理由は、実に現実的なものだったらしい。

 そういえば、一人でプレーしているとき、なぜか何度もガラの悪い連中に襲われていた気がする。これが原因だったのか―――渚は思わず納得した。

 そんな渚の様子を見て、アメリはうなずいた。


「お分かりいただけましたね? はっきり言わせてもらいますが、いま、リーダーが荒くれ者だらけのクレスヴィルに入ると、トラブルばかりで仕事どころではないです。もちろん対処はできるでしょうが、『フリー』を冒涜した者へのペナルティが、ちゃんと行えないと思います」

「なら、マントか何かの装備で顔が隠れるようにすればいい…」

「持ち合わせがありません」

「じゃあ、どこかで買ってくれば…、あの、マップ移動で…」

「時間が惜しいです」

「でも二人といればさ…」

「徒党を組まれます」


 街に入ったとたん、なんだかガラの良くなさそうな人たちに囲まれる自分―――そんな場面を想像し、渚は苦笑を浮かべた。アメリはきっぱりと首を振り、言い聞かせた。


「ですから…、ペナルティ・アイテムを、私たちに渡してください。そして、」


 ―――リーダーはここで待っていてください!


 もう、これ以上譲らない。そんな決意を感じさせるアメリの一言だった。




 ―――そんなやり取りの後、渚は、赤い巨壁の近くまで、一人でトボトボと移動していた。二人はとっくに街の中に入ってしまっている。


「…待っていてください、って、いわれてもなぁ…」


 渚はぶつくさとこぼした。

 渚を押し切り、さっさと行ってしまった二人の通った後を、渚はさびしく移動する。しかし、待っていると言った以上、街の中に入るわけにもいかない。渚はクレスヴィルのすぐ近くの丘まで来ると、その移動を止めた。丘の上まで来てみたまでは良かったが、吹いてくる風の、草の一本の動きまで再現されたエフェクトのせいで、ここにいる自分が、本当に寒々しく感じる。


 慰めを探して、渚はぼんやりと、目の前に広がる光景を見た。

 視線の先では、”防人の街”の巨壁がその威容を誇っている。


 日はさらに沈み、まるで血のような色となって、そのまま地平線に飲み込まれようとしている。その色をそのまま映したレンガの壁は、それ自体がまるで炎のような輝きを放っている。渚は一瞬、それに見とれた。


 それは、まるで、目の前にこの威容が、本当に(、、、)広がっているように(、、、、、、、、、)見える(、、、)。匂いも味も温度も感じず、プリンのことほど良く理解できない『フリー』というゲームだが、こういった部分を、渚は気に入っていた。


「…この仕事も、これと同じくらいには、気に入れば、良いんだけどなぁ」


 渚は、ぽつりと言って、自嘲のような笑みを浮かべた。

 そして、すぐに否定するように首を振る。


 渚は、目線を上に向けた。何となく、この大きな壁を、よく見たい気分だった。そして、”防人の街”の巨壁は、そんな渚の期待に、存分に応えてくれる。

 

 見上げたクレスヴィルの壁は、圧巻といって良いものだった。ただの壁一枚、しかし、それは強大さを高らかに叫んでいるようだ。壁のあちこちに見える傷跡は、その壁が長い年月のあいだ、戦い続け、街を守り続けていたことを示すものだ。そして、ここが戦場であり、安息の場所であることを示すものでもある。


 渚は頼もしそうに、その壁を見上げた。その目はしばらく壁を見上げ、そして、寄り添うように建つ塔へと視線を向ける。丘から見たバラの塔は、どうも六本あるらしい。壁の形は六角形、そのそれぞれの角を補強するように塔が建っている。実に均整の取れた形の建物だ。

 

 ―――やっぱりきれいだな。


 今となって、あまり旅行にも行けない渚は、懐かしさを感じていた。


 小高い丘の上で、渚はしばらく、ぼんやりと”防人の街”を見上げていた。一通り壁を眺め終えると、今度は視線を、その巨大な門に目を向ける。巨人でも通り抜けられるような、街への唯一の出入り口。そこでは馬車や人々が、家路を急ぐように、そこを早い足取りでくぐっていく。

 それを見ていて、渚は思わず苦笑を浮かべた。


 今更ながら、アメリの言った言葉が納得できた。

 なるほど、たしかに城門をくぐる人々は、それぞれが顔に傷があったり、目つきがやたら鋭かったりと、いかにも、「私、ガラが悪いです」と一人ひとりが主張している。こういった個性的なリアルさ(話せば普通に会話をする)も『フリー』のスゴさだ。ところどころ、「そこまでひどくは無いよ」と言っている顔は、ひょっとするとプレイヤーなのかもしれない。


 丘の頂上で腰を(実際にデスクに座っているように)おろし、ぼんやりとそれ(、、)を見ながら、渚は今回の一件について頭をめぐらした。


 不正改造のデータ―――先に偵察に行ったアメリの話では、なんでも、マシンガンのようなモノらしい。渚たちの会社の作ったプロテクトを破り、外側からねじ込むようにして作られたマシンガン。

 別に、作って悪いというわけではない。ただ作り方が悪かったのだ。渚は『天国』からよこされたアイテムを付けられる相手のことを思った。わざわざゲームのために、なんで犯罪まがいのことをするんだか。


 ペナルティ・アイテム、『罪人の手枷』。これが、セキュリティがアバターを持っていなければならない理由だった。『フリー』の運営会社、ワールド・クリエイトからの注文をこなすために『天国』が作った、ゲーム内部のお仕置きシステム。


「世界観を壊さないようにして欲しい」

「できれば”お仕置き”という形を取りたい」


 そんな本来なら、運営がやるべ仕事なのだが、なぜかこちらに押し付けられた。

 その奇妙な注文に、『天国』の田辺研究員が三日間の徹夜で応えたそれ(、、)は、いわば呪いのアイテムだ。見た目は切れた鎖の付いた、紋章の掘られた手枷。しかし、なかなか高性能な手枷だ。

 強制装着が可能で、追跡機能、装備品解除、ステータス千分の一、魔法が使えなくなり、取得経験値をゼロにする効果がある。効果持続時間は一ヶ月。


 そして外すためには、その一ヶ月間のあいだに、すべての不正に改造した部分を元に戻し、反省文を運営会社と渚たちの会社に提出し、審査を受ける必要がある。そこで審査に合格すれば、元の、改造前のアバターでプレーできる。それをしなければ強制削除が待っているだけ―――実に簡単なシステムだ。ちなみに、二度目は無い。


「それは、何をしてしまったのかを自覚した上で、付けさせられるべきだ」

「そして、反省を促すべきだ」

 

 ―――運営会社は、そうも注文したらしい。


 罰則のやり方としては、理解できる話だ―――ただ、自分が、それをやらされる羽目になっただけで。しかも、アバターが強くないと、上手くいかないだけで。そして、それをするための便宜を、全然払ってくれなかっただけで。…ほのかに、マッチポンプの香りがしても、そこは、きっと、気にしてはいけないのだろう。

 

 ―――まあ、今回のことで、とりあえず無駄じゃないってことは分かるのか、なぁ?


 本当なら、プレイヤーとの戦闘くらいはこなして、ちゃんとしたデータを取る手筈になっていた。しかし、こうなってしまった以上、”罪人の手枷”の性能試験がせいぜいだろう。多分、あの二人は相手に抵抗されても、問題なくこなすはずだ。”手枷”のテストはやっているはずだが、実地で使うのは初めてだ。相手は、『天国』特製のプロテクトを破るようなやつ。…たぶん、この一ヶ月、監視下に置かないとダメなんだろうなぁ。アバターを使って、”手枷”からの信号を追って―――。


 渚が、そこまで考えた時だった。

 

「ん?」


 一瞬、目の前をノイズが走る。放送を中止したテレビのようなそれ(、、)は、現れた時と同じように、一瞬で消えた。渚は眉をひそめた。どうもヘッドギアの調子がおかしくなったらしい。


「メンテ不足かな?」


『天国』に言っておかないと―――渚が、つぶやくように言ったとき、


 ―――ザァ…。


 風が吹いた(、、、)


「え?」


 渚は思わず頬に触り(、、)


「えっ?」


 パッと離した。


 渚は、まじまじと、その手(、、、)を見詰めた。

 それは、まるで、本物のように(、、、、、、)、渚の思う通りに動いている。


「なんだ?」


 困惑の声を上げると、渚は、体を震わせた。急に空気が冷えてきた。


 ―――寒い?


 渚は、思わず自分の体を抱きすくめた。

 体が、寒さに震えている。会社の空調は、ここまで強くないはずだ。何より、まるで、この体が(、、、、)寒さを感じているような感覚。何が起こっているのかは分からない。しかし何かが起こっている

 そこまで考えて、


 ―――ノイズが…


 アメリの言葉を思い出した。

  

 ―――二人は?


 渚は”メニュー画面”を頭の中で念じた。そこから二人とは連絡がつくはずだった。しかし、


 ―――出ない?


 メニュー画面が視界に現れない。何が起きているのかわからない。


 渚が、それを、さらに確かめようとしたとき、クレスヴィルの街の方で、


「通せ、通してくれ!!」


 叫ぶような声が聞こえ、渚はそちらに顔を向け(、、、、)


「どうなって…?」


 頭の理解が追いつかない。しかし、視線の先にあるものは目に入り、


「っ、あーーー!!!」


 赤い服を着た男が、クレスヴィルの大門から、転がるように飛び出てきた。それは、まるで追い立てられるように―――、


「なんだ?」


 男は、黒い騎士たちに追われていた。

 門にいる人々を突き飛ばし、押しのけ、面のついた兜で顔を隠した全身甲冑の騎士たちは、その鈍く輝く刃を構え、その男を追いかける。

 男は、街道から外れ、渚の方に駆けてくる。丘を、まるで、犬のように、這いつくばるように駆けてくる男は、その腕に、黒い手枷を付けられていて、


「なっ?!」


 それは、”罪人の手枷”だった。

 紫色に光る刻印が、それがペナルティ・プレイヤーだと教えてくれる。

 しかし、そのプレイヤーは、まるで、本当に切られたように(、、、、、、、、、、)血を流していた。男は、うめき声をあげ、丘の途中で足をもつれさせる。騎士たちが距離を詰める。そして、


 追いついた騎士は、その鈍く輝く刃を振りかざし、


「やめっ…!!!」


 絶叫とともに、鮮やかな赤に彩られ、一本の腕が、宙を舞った。


 



 渚は、呆然と、目の前の光景を見つめていた。


 まるで鉄の塊でも呑んだように、体が立ちすくんで動かない。その眼前では、切り飛ばされ、先の無くなった腕を抱え、男が泣き声をあげてうずくまっている。

 渚が呆然としていると、騎士のひとりが男をけり上げ、無理矢理、仰向けにさせる。


 せきこむ男、そんな男を、黒い鎧に身を包んだ騎士たちが取り囲む。その中の一人、男の腕を切り飛ばした騎士が、その血に濡れた刃を振り上げ、


「ちょっと…!」 


 渚は思わず一歩、前に出た。ひどく、甲高い声が喉から出た気がした。渚が声をかけたとたん、

 サッ、と、騎士の中の一人が、渚の前に立ちふさがる。


「君たちは、一体なにを―――?」


 そこまで言うのが、精いっぱいだった。

 何かが、風を切る音。

 頬の鋭い痛み。


「え?」

 

 渚は、呆けたように、自分の頬をなでた。見れば、赤い血(、、、)が、その手につく。見れば、騎士の一人が弓を構えていて、


「―――……っ!!!」


 断末魔の声が聞こえた。


 渚は、恐る恐る、そちら(、、、)を見た。


 もう、赤い服のペナルティ・プレイヤーは泣いていない。

 ただ、その腹から、一本の剣を生やして、ただなんの表情も浮かべずに、横たわっている。

 まるで拭われたかのようなその顔は、まるで、本物の死体のようで―――、


「っ!!」

 

 喉にこみ上がってくるモノを、渚はこらえる。

 渚の耳に、金属のこすれる、耳障りな音が聞こえてくる。

 顔を、一筋の汗が伝っていく。

 

 ―――渚は、前を見た。


 渚の前に立っていた騎士が、横たわっているプレイヤーの腹から生えているのと同じ剣を、自分の鞘から抜いていて、


 それを、徐々に、徐々に、振り上げて、


 渚は、ただ、茫然とそれを見ていて、


 それが、振り下ろされたとき―――、


 ―――渚は、全身から汗を噴き出して、目を覚ました。

 

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