18 上司と部下 これから
「―――そういえばさ、なんで魔物だったんだい?」
これからダンジョンを出ようとしたときだった。
ナギサが、ふと首を上げ、となりに立っていたアメリに聞いた。
アメリはようやく落ち着いたらしい。さっきからどこか晴れ晴れした顔をしていたが、ナギサに言われた途端、その顔が、ぎくりとひきつった。
「…どうしたんです。突然?」
「いや、さっきの話を聞いてると、明らかに私の体が魔物なのって、ダンジョン? それのついでだよね? 見た目はほかの種族でどうにでもなったはずだし」
何だか、こだわって造った割には、どこか適当な感じがしてしょうがないのだ。ダンジョンに何か、素敵な場所とやらを造らせているらしいが、それを語ったときのアメリの顔の輝きは、明らかにナギサに交渉を持ちかけた時よりも輝いていた。ダンジョンの強制任務のことも、便利だったからというのが大きそうだ。じゃあ、なんで?
じっとアメリの、顔を見ると、アメリの指がピクリと動いた。まずいところを突かれたときの、アメリの癖だった。
「…なにを、隠してるんだい?」
ナギサの声がだんだん低くなっていく。アメリの顔に冷や汗が浮かんでいく。
これ以上マズいことも、そうそうないだろう。それに今のうちに告白だけでもさせて、何かまずいことがあるなら対処しないといけない。そう思って、さらに聞き出そうとしたときだった。
何かバタバタとした足音がして、大男が部屋に飛び込んできた。
「…リーダー、アメリ! 無事ですか!?」
ロックフォールが、顔に汗を流しながら、部屋に飛び込んできた。
「六条君! 言われたとおりにやってくれた?」
「はい。ハンターたちは、一旦街に戻しました。補給が必要だろうって言って、目を離した隙に、一気に、ここまで突っ走ってきたんです。ああ、アメリ、無事だったか!」
ロックフォールは、ナギサの隣に立つアメリに安堵の息をついた。
思いついたようにナギサは言った。
「…フィーデルさん、そういえば、どういう相手と戦ってきたんですか? なんか、向こうだと、なんだかフィーデルさんと会うのにいろいろ条件があったみたいなんですけど?」
「ああ、なんか、あのグレイとかいう子も言ってたわね。苦労したとか何とか」
「ええ、それのことです。どうなんです?」
フィーデルは考え込むように首を傾げた。ロックフォールはフィーデルを見て、驚いた顔になっている。フィーデルはそんなことにはお構いなしに、考えるように言った。
「―――もう、ここ、三百年くらいは、私もハンターに襲われたことはなかったわ。もう魔女は死んだんだって、店で冒険者たちに話し続けてきたしね。活性化のピークの時は、ここでおとなしくしてたし…」
「特に、条件みたいなのは考えなかった?」
「…ええ。ああ、でも、私の情報っていうのが店で聞いた話ばっかりだったから、こっそり来られると、わかんなかったかもしれないわね。ピコにずっと見させるわけにもいかないし」
そう言って、今はフィーデルの肩に止まった鳥を撫でた。
ナギサはそれを見ながら言った。
「―――森の魔物の掃討って言うのも入ってたみたいですよ?」
「ああ、森狩りのこと? あれやられると、森にヒトが大勢くるんで、暴走がひどくなるのよ。私も、ここにいるのだけで精いっぱい」
ナギサは首を傾げながら言った。
「―――グレイって、フィーデルさんがここにいること、確信してましたか?」
「…たぶん、そうじゃないかしら? スレで見たとか、言ってたわ。スレって何?」
フィーデルの疑問には答えずに、ナギサは考えていた。
フィーデルはその矛先をロックフォールに向け、アメリは何かほっとしたような表情を浮かべている。オリガは考え事をしているのかさっきから腕を組んで首をひねっている。
ナギサは顔を上げた。
「―――アメリ君、六条君」
ナギサに呼ばれ、二人が顔を向ける。
その二人の顔を見すえ、ナギサは言った。
「…これからの、行動方針について、話させてもらっていいかい?」
「行動方針、ですか?」
アメリが驚いたように言った。
ナギサはうなずいた。
「―――むこうに帰る方法を探すのに、二つ、手掛かりがある」
「…手掛かり?」
ロックフォールがオウム返しに言った。
「うん。とりあえずは、そこまでだ。…一つは、プレイヤーを探すこと」
「…まだ向こうで、プレイしているヒトってことですよね?」
アメリの言葉に、ナギサはうなずいた。
「それは必要だ。どうして、こちらに引っ張り込まれたのか分からないが、まだ向こうにいるプレイヤーを探す必要がある。向こう側に何があったか伝えられる。少なくとも、会社にいた私たちがどうなったか、上手くいけば教えてもらえるよ。ただ、問題点があるのは、分かるね?」
「…私たちの話を、信じてもらえるか、という点ですか?」
「うん、それだ。こっちでもそうだし、向こうでも、せいぜい頭がおかしい奴だと思われるのが落ちだ。グレイなんか、こっちでも狂人扱いされてたよ」
あっちだって、似たような反応だろう。しかもだ。
「…それを信じられるようになったころには、こっちに引っ張り込まれてました、なんてことになりかねない。そうなったら、その人も、私たち同様になってしまう。なんとか、信じてくれる人を探すのが、一つ目だ」
そうなれば、もうこちら側からできることは、限られる。自分たちだけでは、向こう側に声を届けることも、できない。
ロックフォールが、おずおずと聞いた。
「…で、もう一つっていうのは?」
「あー…」
ナギサは考え考え、言った。
「―――ある意味では、こっちのほうが、確実なような気がするんだよね。会えれば、って言うのがつくけど、まず確実にいるはずだし…」
「…なんです?」
アメリが怪訝な顔で言うと、ナギサはうなずいた。
そして、言った。
「―――こっち側から、情報を流してる人たちを、探すんだよ」
アメリとロックフォールのポカンとした顔を見ながら、ナギサは続けた。
「…私の話、聞いていたかい?」
「…いや、そりゃ聞いてましたけど、どういうことです? ほかに、むこうとのつながりがあるんですか?」
「あるよ。というか、どんな人たちかくらいは、言える。まず、それはダンジョンを造った人たちと、同じか、仲間、または、その子孫だ」
「はい?」
ロックフォールが、ポカンとした顔になった。
「あとで、説明してあげるよ。―――それで、だ。むこうの情報と。こっちの情報、かなり齟齬があるんだよ。気づいてるよね?」
アメリがうなずいた。
「ええ、ゲームでは、よくあることなので、気にしていなかったんですが、そういえば…」
「うん。とくに、ダンジョンの造り方だ。どんなものにも最初はあるものだけど、こればかりは、伝言ゲームのまぐれとは、いかないだろう。誰かが、情報を流したんだよ」
魔物がプレイヤーとして使えるという情報。造り方の情報。攻略法の情報。五百年の昔に、失われた技術。
一つくらいなら、まぐれもあるかもしれないが、これだけ出揃ってしまうとなると、誰か、詳しい人間がいないといけない。魔法すらない、向こう側の人間には、まず、無理だ。あくまで、ゲームとしてやっているのだから、考古学者だって、そこまで本気ではないだろう。ひょっとすると、本気だったかもしれないが、手掛かりは必要なはずだ。
「―――少なくとも、その周辺に、向こうとの関わりあいを持ってる人間がいるはずだ。『贖罪の騎士団』のこともある。私たちの話も、信じてくれやすいだろう。ただ、心配ごともある」
「心配ごと?」
ロックフォールの言葉に、ナギサは暗い顔でうなずいた。重たく、口を動かした。
「…『フリー』の運営会社、『ワールド・クリエイト』。アメリ君も、ロックフォール君も、あの会社のこと、知ってる?」
「…本社の場所も、知りませんね。やり取りは、全部メールだったんですよね?」
「そうなんだ。全部、ウワサみたいなことしか知らない」
アメリの言葉に、ナギサは、うなずいた。
いまどき、珍しいことではない。会社同士の取引にはモニター付きの電話を使う。それがなければ、メールだけのやり取りも、珍しいことではない。もっとも、契約書のことでは、向こうと直接会わなければならいが…。
「…水沢チーフが、今回の契約をとってきたんだよ。だけど、彼女、死んじゃっただろ?」
「…急死、と聞いてますが?」
「…うん、そうだ。急死だった。過労によるってことでね。私も、葬式の時、そう聞いたよ」
別に、不思議にも思わなかった。
もともとワーカホリックなところがあったし、あの会社での無理が、祟ったのだ。喪服を着て、彼女の亡骸を見たときのこと。あのとき、ナギサは、自分を納得させたのだ。
だが…。
「…彼女が、唯一、『ワールド・クリエイト』のことを知ってたんだよ。開発のほうだって、あの会社の連中とは会ったことがない。注文を受けただけだった。私は、上からの辞令で、この仕事についたに過ぎない。挨拶文を送っても、返事は帰ってこなかった」
ナギサたちの会社は、生き残るのに必死だった。だから、仕事が請け負えるのなら、多少のことには目をつぶる癖があったのだ。ちゃんと依頼料が払ってもらえるなら、メールでのやりとりでの取引くらいには応じただろう。ナギサにはわが社の社長の憔悴した顔を思いながら言った。
「―――『ワールド・クリエイト』は、ここが別の世界の現実だってことを知ってなくちゃならないんだ。そうでなければ、あんなにプロテクトにこだわった理由の説明がつかない」
一度、データが入ってしまうと、手がつけられないシステム。相手が言うには企業秘密。
今は、都市伝説のようになってしまった会社の、企業秘密。
それを守るためのセキュリティー。何らかの理由で、『ワールド・クリエイト』のできる干渉に、限界があるのだろう。だから、プロテクトにあんなこだわったのだ。だから、何かあったときにアバターを持っていないといけなかったのだ。こっちの世界から、解決するしかなかったのだ。
「…普通、別の世界への扉が開きましたってことになれば、あっちじゃ大騒ぎになってたはずだ。だが、そんな話は聞いたことがない。ただでさえも、ネット通の多いうちの会社で、そんな情報が聞こえてこないはずがない」
だが、実際に聞こえてこなかったのだ。『フリー』に、最も詳しくなけれないけないはずの目の前の二人でさえ、知らなかった。
「―――『ワールド・クリエイト』の連中が、このことを隠そうとしてるのは、間違いないと思う。今回のことを、連中が想定してたのか、分からない。邪魔をしてくる可能性もある。どっちの方法をとるにしても、だ」
「…あの、ひょっとして水沢チーフって…」
アメリが何か言いだそうとしたのを、ナギサは、首を振ってとめた。
「―――それは、考えすぎだと思う。実際、彼女、ワーカホリックだったしね。前から、そうだったよ」
ナギサは、そのまま黙りこんだ。じっと、静かにうつむいていた。
アメリとロックフォールが心配そうにナギサを見ていると、やがて顔を上げた。
「…まあ、懸念事項ということで、覚えておいてほしい。とりあえず、以上だ」
朝の会議で言うように、ナギサは淡々と言った。
そして、そのまま、アメリを見る。
「―――で、なんで、私は魔物だったんだい?」
けろっとした顔になったかと思うと、突然、ナギサは言った。
アメリの顔が青くなった。
「…なんで、今聞くんですか?」
「これから、しばらくの間は離れたくても、離れられない間柄だ。隠し事は、無しにしたいなぁ、なんて思わないかな?」
「…思いません」
「おい、アメリ、賭けのコト、まだ言ってなかったのかよ? やだぜ、俺まで怒られるの」
「ばか!!」
アメリがロックフォールの腕をひっぱたいたが、固い鎧の、こーんという音がしただけだった。なにか、意見の相違があるようだ。
ナギサはニコニコ笑いながら言った。
「―――賭け、か。どういうことだい?」
「…怒りませんか?」
「怒らない。怒らない。さあ、とりあえず、言ってみよう?」
アメリは逡巡するようにナギサの顔を見ていた。ナギサはニコニコ笑っている。ただひたすらに、笑っていた。やがて、覚悟を決めたように、キッとナギサを見た。
「…実は、他の女の子と一緒に、賭けをしてたんです。リーダーのプリンを賭けて。私、リーダーのプリン、好きだったし」
「そういえば、そうだったね」
女子社員の人気ナンバーワンのプリン。ナギサがあまり家に帰らないため、めったに作られない幻のお菓子だ。オリガとフィーデルが、プリンとは何か、ロックフォールに聞いていた。
アメリは開き直ったように続けた。
「―――リーダーは、『フリー』ヘの興味が薄かったじゃないですか。それで、これが仕事で回ってきたとき、リーダーがいつまでに、『フリー』に、ハマり込むか、賭けをしてたんです。リーダー凝り性だし、一回ハマれば、絶対アバターも造りたがる。それが一月以内か、どうか。魔物なら、見た目の融通も利くし、装備の分のお金も浮く。ハマりだせば、すぐに分かる。プリン二つくらいなら、他の子もなんとかしてくれそうだったし」
「…なるほどね。それで、勝ったの?」
一息に言ったアメリに、ナギサは聞いた。
アメリは、ニコリと笑った。
「もちろん、勝ちましたよ。リーダーのことだから、ゲームには鈍いだろうと思って。…次回分、三つ」
「そう、それは、よかった」
ナギサもニコリと笑った、二人して、ニコニコ笑いあう。
ナギサは、口を開いた。
「アメリ君。帰ったら、お説教だよ。オリガさん、フィーデルさん、ロックフォール君。行くよ」
「ちょっと! 怒らないって言ったじゃないですか! ちょっと、リーダー!」
「怒らないよ。ちょっと話し合うだけさ、何の問題があるのかね?」
そう言って、無情にきびすを返し、歩き始めた。他の三人もそれに続く。
ダンジョンからの帰り道、アメリは、ナギサに謝り続けていた。もちろん、ナギサは無視した。ダンジョンの暗闇に、悲痛な叫びがこだまする。ナギサたちは、出口に向かい、ただひたすら歩いて行った。あれだけいた魔物たちは、まるで溶けたかのように消えていた。
ナギサたちは、出口に向かって、歩き始めた。遠くに、ポツンと、出口の明かりが見えていた。




