14 ダンジョン 魔物の役割
「だからよぉ…、この人数なら、問題ねぇだろうが!!」
ダンジョン入口に集まった、ハンターたちの輪の中心。そこで、ロッシがイライラした声で怒鳴る。
それを聞いて、対峙していたガリヤが首を振った。
「先にダンジョンの封鎖をしてしまう。どちらにしろ、危険が大きすぎる。稼ぎにもならんしな」
「あんたって、そういうとこが嫌われてんのよ。だから守りでも失敗するんじゃないのぉ?」
モミザの厭味ったらしい声を聞かされ、ガリヤが、針で突かれたように顔をしかめる。
ボーリスが言った。
「―――まあ、待てモミザ。危険が大きいのは、たしかだ。全員が全員、行きたいわけでもあるまい」
「そりゃ、そうだけどさ。さすがに、ここで見殺し、ってことにしたら後味悪いじゃないのさ。なんでも、街にあいつ、”晴嵐”の連れが残ってるって話だろ? あれだけ働いてもらったあげく、ハンターこれだけそろってて、なんて言い訳すりゃいいのさ?」
「ああ、オリガも護衛の仕事で、その連れと、一緒になっていたはずだ。どうしたものか…」
腕を組んで、ボーリスが唸り声を上げる。
さっきからうつむき、まわりの話を聞いていたイリサが、声を上げた。
「―――そうよ、ロックフォール!」
突然のことに、周りにいたハンターたちが、目をパチクリさせた。
グラスが呆けたように言った。
「―――イリサ、どうしたんだい?」
「ほら、ナギサちゃんを助けた時と一緒よ。また、依頼って形で処理すればいいの。ま、いろいろ出してもらっちゃうことになるけど…」
「―――それも、そうか…。”晴嵐”自身も、かなり持っているという話だし、あとで…。ん? ロックフォールは、どこに行った?」
グラスは周りを見回した。
ロックフォールの巨体が見つからない。
「―――あ、いた!! ちょっと、どこ言ってたのよ!!」
イリサが手を振ると、ロックフォールが木の陰から小走りに走ってきた。
恥ずかしそうに頬を掻く。
「…いや、悪かったよ。ちょっと、小用だ。それで、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、あんたの連れの話じゃないの!! ほら、ナギサちゃん助けた時みたく、また、私たちに依頼してくれない? そうすれば、他の連中だって動くはずだから…」
イリサが説明した。
ここで、ロックフォールは、首を縦に振る、はずだった。
ところがロックフォールは何か、逡巡するように、首を傾げ、顎を撫でた。
「いやぁ…、それなんだが…」
ロックフォールが、煮え切らない声を出す。
イリサが、さらに声を上げようとしたとき。
―――ドゴォォ!!
突然、森の広場に雷が落ちた。
その雷は、ハンターたちには当たらず、森にも落ちない。そんな絶妙の距離を開け、何度も何度も地面に向かって落ちてくる。何度も何度も、地面をえぐる。
ハンターたちの視線が、雷の落ちるほうにくぎ付けになる。
やがて、雷の音は鳴りやんだ。そのあとには、ただ焼け焦げた地面だけが残っていた。
「…なんなんだ、いったい?」
グラスが、呆然として、言った。
他のハンターの面々も、一様に、同じ表情を浮かべ、ただその焼け焦げた地面を見つめている。
ロックフォールの視線だけが、一瞬、ダンジョンのほうに走った。
入口の横の石像の陰から、黒い髪をなびかせた何者かが、ダンジョンに入るのを、チラリと、とらえていた。少しだけ安堵のため息をつく。
あとは、言われた役割をこなせばいい。
ロックフォールが、声をはり上げた。
「―――なあ、聞いてもらっていいか!!」
今度は、広場にロックフォールの声が響き渡った。
―――ドゴォ…!!
「なんだ!?」
突然の揺れに、オリガは、あたりをうかがった。甘い香りのする部屋の中、突然、震動があり、転がってていた魔石が震え始める。
フィーデルが、小さく息をついた。
「…ナギサちゃんよ。やっぱり制御がダメなのね。仕方のない子」
そう言って、今は見えない地面の上、それを見透かすように上を見上げる。
その表情は、子猫でも愛でるように、うっとりと、恍惚の感情で、ゆがんでいた。
オリガが険しい表情で言った。
「…なぜ、あいつが来る?」
「あら? あなたは、知ってるじゃないの。あの子、お人好しなのよ」
「あいつは…」
「戦い方が、素人だから、かしら?」
オリガの表情が、ぴたりと固まる。
―――クスクス。
フィーデルは笑っていた。
「…そんなに、驚くこと、ないじゃないの。ずっと、誰かに見られてたのは、知ってたでしょ?」
「まさか…」
「そうよぉ?」
フィーデルが、その指を差し出した。一羽の鳥がどこからか飛んできて、その、細く、白い指に、止まる。少し前に見た、黄色い鳥。それはフィーデルの指の上で、じっとオリガを見つめていた。
「…それは?」
「私のかわいい使い魔ちゃん。作るの、大変だったのよ?」
フィーデルがその鳥の頭を撫でると、鳥は気持ちよさそうに目を細めた。
フィーデルは、そのまま続けた。
「ずっと、ナギサちゃんを見ていたの。かわいいでしょ?」
「イリサが感じていたというのは、それか…」
ずっと、イリサは視線を感じていた。ナギサと離れるとなくなる視線。どこから放たれるか、分からない視線。それは、空からのモノだった。
フィーデルは、相変わらず、面白そうだ。
また、部屋が揺れる。
「…ナギサちゃん、必死にこっちに来てるわね。あら、もう二層まで来ちゃった。いくら抑えてるとは言え、さすがね。私と同族のことだけはあるわ」
「…なに?」
フィーデルのイタズラっぽい目がオリガを見た。その口は、相変わらず、こらえきれない笑みで、ゆがんでいる。
「―――そういえば、オリガちゃん。ずっと、ナギサちゃんが、なんなのか、気にしてたわね?」
フィーデルは、急に向きを変えたかと思うと、部屋の中を横切っていく。まるで、オリガなどいないように、無防備に、その背中をさらす。鳥がまたどこかへ飛びたった。
オリガが一歩前に出る。
「…やめた方がいいわよ?」
背中を向け、歩き続けたまま、フィーデルが声を投げつけた。
オリガは、構えようとした剣を、止めた。
フィーデルが歩きながら言った。
「…そうそう。どっちにしたって、あなたじゃ、私は殺せない。そこらへんの魔物と、一緒にしないで欲しいわね?」
「…それは、先ほども言ったな」
フィーデルは、最初に名乗った。自分は魔女『トルメンティア』なのだと。
オリガは、じっとその背中を見つめた。
「…あなたは、本当に、魔物なのか?」
十年間、クレスヴィルに来るたびに、立ち寄った魔石屋。三百年、店をやっているとウワサされる、セールのたびに妙なことをやる、ひょうきん者の女店主。
その店主は、オリガの呼びかけに答えることもなく、ただ、部屋の壁に向かって歩いていた。何重にも、ひたすらに絨毯に覆われ、それ以外、何も見えない壁の前。
そこに立ち、フィーデルは振り返った。
「―――オリガちゃんは、魔物って、どうして生まれるか知ってるわよね? ダンジョンが、造るの」
フィーデルの顔は、ニコニコ笑っていた。笑った顔のまま、肩越しに、オリガを見つめている。
オリガは、ただ黙っていた。
フィーデルは、両腕を交差させ、何かを開くように、それを左右に振る。
壁を覆っていた絨毯が、何かに引き裂かれるようにフィーデルの前で、真っ二つになった。
その切れ目から、赤い光があふれだす。
オリガは、目を細めて、それを見た。
光で、表情の見えなくなったフィーデルが、言った。
「ダンジョンが、魔物をを造り、吐き出す。それはね、ダンジョンの仕事なの。ずっと、ここにあって、ずっと、人々を狩り続けるように造られたの。そのための手足が、魔物」
フィーデルの前の壁、そこが割り開かれ、赤い、巨大な魔石が姿を現した。それはまばゆい光を放ち、フィーデルの姿が影になる。
フィーデルは、相変わらずの声で言った。
「―――ほら、これが、ダンジョンの”核”よ。最深部にあるものだから、初めて、見るかしらね?」
フィーデルがそう言った時、また、ズシンと、衝撃があたりを揺らす。
陰に沈んだフィーデルが、ぐるりと首をめぐらした。
そして、おかしそうに笑う。
「…あらまぁ、バーリスを一撃。大したものね」
「…あいつも、魔物だと、いったな?」
「そうよぉ?」
くつくつ。
フィーデルの笑い声が響き渡る。
どこか上を見上げるように頭を上げ、フィーデルは言った。
「―――うらやましい。本当に、うらやましいわぁ…」
手が届かない何かをねだるように、買えない玩具をせがむように、フィーデルの笑い声に、きしむような何かが、にじみ出る。
オリガは、眉をひそめた。聞いたことのない、フィーデルの、そんな声。
光のなかから出てきたとき、フィーデルは、いつもの笑顔のままだった。
フィーデルが、いつもの調子で言った。
「…魔物ってね。ただの道具なの。ヒトを狩るための道具。ただ、それだけのために、生まれてくるの、グラスちゃんから聞いてない?」
―――昔の兵器…。
オリガは、そんな話を聞いたことを思い出した。
フィーデルが、話し続けている。
「―――それってね、本当の話なの。そうをすることが、魔物の役目。私だって、そうよ?」
ぐらりと、また、部屋が揺れた。
クスクス。フィーデルは笑う。
「…もうすぐ、あの子が、ここまで、来るわね」
「…何を、する気だ?」
険しい表情で剣を構えたまま、オリガは問いかける。それを振るったところで、勝てないことは分かっていても、ハンターとしての意地が、そうさせていた。例え、それが、何年も前からの知り合いであっても、いま、その相手は、魔物として、そこにいる。
フィーデルが、くるりと背中を向けた。
そのまま、”核”に向き直る。
「―――私は、魔物よ? 魔物がすることなんて、一つしかないじゃないの?」
一気に、身体強化をほどこし、その速さそのままに、オリガが飛びかかった。
フィーデルの首を狙い、剣を振るう。
「―――!!」
剣が、見えない壁に阻まれた。
フィーデルが、いつの間にかオリガのほうを向き、笑っている。
「…無駄だって、言ったじゃないの。大人しくしておきなさいな?」
剣が、動かない。切り込むこともできず、引くこともできない。
身動きのとれなくなったオリガに、フィーデルの白い手が、すっと伸びる。
「…ほーら」
フィーデルが腕をかざした途端、巨人の腕にでも掴まれたように、オリガのからだが、宙に浮いた。
「―――!!」
次の瞬間、オリガは、壁に、叩きつけられていた。
息が、できない。剣こそ、落とさなかったものの、オリガは、激しくせき込んだ。
むせ込むオリガの耳元で、フィーデルの声がささやいた。
「―――あんまり、私を刺激するようなことをしないでくれないかしら? オリガちゃんを殺すのは、忍びないのよ」
オリガは、声の主を見上げた。
いつものフィーデルの顔が、そこで、笑っている。
フィーデルは言った。
「私は、ただの、殺すための道具よ? あなたぐらいなら、簡単に、首をへし折ることができちゃうの。私の力の強さは、知ってるわよね?」
すっと、その細い手が、オリガの喉もとに伸びる。
ヴァン・ラニ、ヒトの体よりも大きな、巨大グモを、軽々と殴り飛ばす腕。
その手が、いま、自分の喉にかかっている。
オリガの額を、汗が、ぽたりと伝った。
ニコリと、”魔女”は笑った。
「…分かったら、大人しくしていなさい。今の私は、自分でもかげ…―――!!」
フィーデルの言葉が、突然、とぎれた。
オリガには、何が起きたのか分からない。
苦痛に顔をゆがめ、フィーデルが、自分の胸を抑える。
赤い染みが、指のあいだから、湧き上がる。光が、その赤を照らし出す。
フィーデルは、苦痛にゆがめた顔で、自分の背後を、見た。
オリガが、唖然として、言った。
「”晴嵐”…」
”晴嵐”が、いつの間にか立ち上がり、弓をかまえて、立っている。
一筋の光が、フィーデルの背に、突き立てられていた。
「―――ヒドイな、これは…」
次から次へと、魔物が襲ってくる、ローフォレ、ヴァン・ラニ、鳥っぽいモノ、バーリス、爬虫類っぽいモノ。ひっきりなしだ。
ダンジョンの中は、思っていたよりも明るかった。床が、壁が、天井が、湧き上がるような緑色の光で溢れている。ところどころに魔石なんかも転がっていて、それがまた灯りになる。
ナギサはそんなダンジョンの中、大きな丸い部屋の中で、ローフォレの大軍を、相手にしているところだった。ガチガチ牙を鳴らし、赤い目を光らせながら、食ってやるといわんばかりに、大きく口を開けて、ナギサを取り囲んでいる。
ひとつ息をつき、手をかざし、思いきり力を込める。
一筋の閃光が走り、ローフォレたちの大軍に、穴をあけた。
すぐに、その穴は、別のローフォレたちによってふさがれる。
さっきからこの繰り返しだった。
「…はぁ」
ナギサは、ため息をついた。終わりの見えないダンジョンに、いい加減、嫌気がさしていた。
どういうわけか、グルグルぐるぐる、このダンジョンは、らせんの構造になっているらしい。まずは永い、曲がりくねった廊下を、大きく一周走る。すると、大きな部屋に出る。そこにいたヴァン・ラニの大軍を、巻き起こした嵐で吹き飛ばした。すると、下への階段が現れる。そんなことの繰り返しだ。
途中の通路にも、魔物がひしめきあっている。いちいち蹴散らしながら進むしかない。
ここは、階層で言えば四段目、その、階段があるはずの部屋だ。さっきの部屋はバーリスだった。そしてこの部屋はローフォレだ。それも、倒しても倒しても、水か何かのように湧き出てくる。ハンターたちを足止めしておいてよかった。どちらにしても、時間がない。
ナギサは、体の横、肩のあたりまで手を上げた。
さっきと同じ要領だ。ただ、もう少し、乱暴に。
火の玉がその先に現れる。それは、一気に広がり、天井を、壁を、床を覆い尽くす。ナギサの横に、炎の壁を作りだす。それを、力任せに押し出した。
―――ゴォォ!!
ローフォレの大軍。それを炎の壁が飲み込んでいった。ワイパーで拭かれる水滴のように、炎の壁を通った後、ローフォレが姿を消し、ただ、灰だけが残った。肉の焼ける匂いが、部屋を満たす。ナギサは今にも吐きそうだった。
ガチガチ言っていた牙の音が、しんと、聞こえなくなった。
ナギサは、手を握ったり、閉じたりを繰り返し、加減を確かめる。
さっきから、何から何まで、力任せにやってきた。それこそ、横暴というまでの力で、魔物をなぎ払ってきた。ゲームをやっていた時と同じように、軽々と、魔物たちは命を散らす―――本当の意味で。
「まいったな…」
ナギサは、吐き気をこらえ、気味悪そうに、自分の手を見ていた。
フィーデルに、魔物で魔法を使うものがいないのか、聞いていた。フィーデルほどの強さのモノなら、そう言ったことにも詳しいのではないかと思ったのだ。実際、詳しいと、フィーデルは言っていた。そして、不審がる様子も見せず、気持ちよく答えてくれた。
―――”手”、それ自体に力を込めてみばいい。
フィーデルの答えはこうだった。
フィーデルが言うには、魔物は、魔石と、同じようなモノらしい。
無機物と有機物が、どうして一緒なのか分からないが、フィーデルが言うにはそうらしい。
その通りにやってみた結果が、二日目の、あの大穴だった。いつもの火球をイメージしながら、手の平に力を込め、押し出した。ほんの、わずかのつもり。それだけのはずだった。
太陽が、現れた。
いや、少なくとも、そう見えたのだ。それは、少し離れたところに飛んで、落ちた。そこは、ちゃんと、狙っていた場所だった。
そして、着弾した。
いきなり夜明けのような光を放ったかと思うと、突風。それを何とか耐え、気づいてみると、大穴があいていた。前に、ゲーム中、山賊に襲われた時のように。
あの時は、山賊の行状に、あまりに腹が立ったので、フルパワーでやるように念じてしまった。それが、山が消えた原因だった。ゲームだったならば、それは笑い話で済んだかもしれない。だが、今まさに、そのゲームは、現実になっている。
「また、あんな騒ぎを起こすわけにも、いかないしね…?」
ナギサは、一人ごちた。
実際、あのあと、アメリとロックフォールがいろいろ始末に回ってくれていたらしい。あのときはゲームだと思っていたが、あれも、こちらでは実際に起こっていたことだ。あんな騒ぎを、こちらで生きていかなければならない身で、もう一度引き起こすわけにもいかない。
ところが、制御が難しい。
さっきから、ナギサの歩いてきた後に、魔物の死体は一つもない。全て、消し飛ばしてしまったのだ。いや、それでいいのだ。今使っているのは、ゲームのときにこんなのがあったなと、思い出しながらやっているのだ。ゲームでやっていた時もそうだったし、というか、それぐらいしか、ナギサは知らない。
そして、最低限。その力で何とかしようとしても、こうなってしまうのだ。あの時は間隔が無かったせいか、威力の加減が、どうしようもない。
「―――”トルメンティア”が、あんまり難しくない相手であることを祈ろう…」
ナギサは懇願するようにつぶやくと、待っていたかのように、部屋の中央が光り出す。
四角く、光の線が引かれ、そこに囲われた床が、煙のように消えた。
階段が姿を現す。
ロックフォールから、一応、ダンジョンは五階層だという話を聞いていた。
ナギサは、からっぽになった部屋を一瞥し、安全かどうかを見た後、その階段を下りた。部屋に、ブーツの足音が響き渡る。
いよいよ、次で最後だ。
オリガは、フィーデルが、赤い光に照らされて、崩れ落ちるのを見た。
”晴嵐”がそれを見届け、ゆっくりと、弓を下ろす。どさりと、膝をついた。
オリガはあまりの出来事に、言葉を失っていた。
”魔女”は死に、”晴嵐”がくずおれていた。
思わず、舌を鳴らした。状況がつかめない。
オリガは剣を拾い上げ、痛む体を引きずるように、”晴嵐”のほうに向かっていった。
「…助けて、くれたのか?」
オリガはチラリと”魔女”を見て、言った。
”晴嵐”が首を振った。涙が、その頬を伝っていた。
「―――違います。責任を、取っただけです」
”晴嵐”はそう言って、がくりと、うつむく。まるで、背負ってきたモノの重みで押しつぶされた。そんな風に、オリガには見えた。
オリガは、小さく息をついた。
「…さっきも、そう言っていたな。あれは、どういう意味だ?」
「今回の、異常発生の、もともとの原因は、私なんです。だから、私がなんとかしないと、いけなかったんです…」
嗚咽まじりに、”晴嵐”は、ただそう言った。ダンジョンに詳しくない自分に言われても、何を言っているのか分からない。どちらにしても、もう終わったことだ。
オリガが、”晴嵐”を立たせようと、手を差しのべた。
「―――説明してあげましょうか?」
聞き慣れた声が、聞こえた。
「―――っ!」
考える暇もなく、剣を、声のほう目がけて振り下ろす。
ガっ!
固い感触が、その手に伝わる。しかし、声は続いていた。
「”ダンジョン”はね、魔力に反応して、活性化するのよ。強いモノに反応するの。この異常発生は、この子たちが来たから起きたのよ。分かった?」
そう言って、オリガの目の前で、フィーデルは、さっきと同じ笑顔で言った。
左手で、オリガの剣を握りしめていた。血を滴らせる手に握られた剣は、ピクリとも動かせなくなっていた。
「―――邪魔よぉ?」
剣に引っ張られるように、オリガの視界が反転する。絨毯の敷かれた床に、体が叩きつけられた。何かにひびが入った音がした。
「―――お嬢さん、”晴嵐”とか、いったかしら? ずいぶんなマネをしてくれるじゃないの?」
フィーデルは”晴嵐”の胸ぐらをつかみ、顔の高さまでつるしあげる。
クスクス。
部屋の中に、フィーデルの笑いがこだまする。しかし、それは突然やんだ。
「…あー、どうしましょう。”リミッター”が、外れちゃいそうじゃないの。あなたたちは、そんなに私の平和な生活を、メチャクチャにしたいのかしらね?」
つかんでいた”晴嵐”をどさりと、落とす。
オリガが、よろける体を起こす。見上げると、フィーデルは、背中に矢を刺したまま、平然とした表情で二人を見下ろしていた。”晴嵐”も唖然としている。
二人の様子を、おかしそうに見つめながら、フィーデルが言った。
「このくらいで、私を殺せるとは、思わないで欲しいわね。さっきのは、久しぶりだから、驚いちゃっただけよ。あー、痛い痛い」
おどけるように言ってみせる。
”晴嵐”がぱくぱくと、動かした。震えるような声で言った。
「そんな、ゲームじゃ、これで…」
オリガには理解できない言葉だった。
だが、”晴嵐”がそれを言ったとたん、フィーデルの笑顔に、ひびが入った。
「…あなたも、そうなのね?」
避けんばかりに口の端がつりあがり、ギラギラと、その目が光り出す。
「―――何がゲームよ! 前に来た馬鹿といい、あの木偶人形どもといい! 私は、たしかに造られたモノよ!! ただの道具!! でも生きてるのよ!! なんで、認めてくれないのよぉ!!」
まるで泣きじゃくる子供のように、フィーデルは頭を抱え、髪を振り乱し、なんで、なんでと、叫び声を上げる。部屋の中に、ただ”魔女”の泣き声だけが溢れていく。
オリガは、ただ、それを見ているしかできない。”晴嵐”も、言葉を失った
ふいに、泣き声がやんだ。
だらりと、フィーデルが頭を垂れる。
髪を垂らし、その手が、”晴嵐”に向けられる。
うつろな声が言った。
「―――もう、どうでもいいわ」
フィーデルの手に、黒い光が集まり始める。手のひらの大きさの球体、それが、出来上がる。
「…安心していいわ。一瞬だから、あっという間、すぐに消えてなくなれる」
フィーデルは、誰に向けた言ったのかも分からないように、ただ、目の前に向けてしゃべっていた。
「…さよなら」
黒い球体が晴嵐を目がけて、放たれる。
禍々しいそれは、一直線に、”晴嵐”に向かって飛ぶ。
オリガは、動けない。”晴嵐”も、呆然としている。
いましも、晴嵐に、それが当たる。
思わず、オリガが声を上げた時だった。
アメリに向かって走っていた黒いモノが、もう一つ、横から走ってきたものに飲み込まれる。それは、その場で消えた。
「―――間にあったぁ」
オリガがそれが飛んできた方に目を向けた。そこには、よく知った人物がぜーぜーと息を切らし、立っていた。
鈴のような声をさせて、その人物は、言った。
「…アメリ君、オリガさん、大丈夫ですか?」
トルメンティアの森、そのダンジョン最深部に、ナギサが姿を現した。




