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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第二章 クレスヴィルの魔女 クレスヴィル後
24/37

14 ダンジョン 魔物の役割

「だからよぉ…、この人数なら、問題ねぇだろうが!!」


 ダンジョン入口に集まった、ハンターたちの輪の中心。そこで、ロッシがイライラした声で怒鳴る。

 それを聞いて、対峙していたガリヤが首を振った。


「先にダンジョンの封鎖をしてしまう。どちらにしろ、危険が大きすぎる。稼ぎにもならんしな」

「あんたって、そういうとこが嫌われてんのよ。だから守りでも失敗するんじゃないのぉ?」


 モミザの厭味ったらしい声を聞かされ、ガリヤが、針で突かれたように顔をしかめる。

 ボーリスが言った。


「―――まあ、待てモミザ。危険が大きいのは、たしかだ。全員が全員、行きたいわけでもあるまい」

「そりゃ、そうだけどさ。さすがに、ここで見殺し、ってことにしたら後味悪いじゃないのさ。なんでも、街にあいつ、”晴嵐”の連(つ)れが残ってるって話だろ? あれだけ働いてもらったあげく、ハンターこれだけそろってて、なんて言い訳すりゃいいのさ?」

「ああ、オリガも護衛の仕事で、その連れと、一緒になっていたはずだ。どうしたものか…」

 

 腕を組んで、ボーリスが唸り声を上げる。

 さっきからうつむき、まわりの話を聞いていたイリサが、声を上げた。


「―――そうよ、ロックフォール!」


 突然のことに、周りにいたハンターたちが、目をパチクリさせた。

 グラスが呆けたように言った。


「―――イリサ、どうしたんだい?」

「ほら、ナギサちゃんを助けた時と一緒よ。また、依頼って形で処理すればいいの。ま、いろいろ出してもらっちゃうことになるけど…」

「―――それも、そうか…。”晴嵐”自身も、かなり持っている(、、、、、)という話だし、あとで…。ん? ロックフォールは、どこに行った?」


 グラスは周りを見回した。

 ロックフォールの巨体が見つからない。


「―――あ、いた!! ちょっと、どこ言ってたのよ!!」


 イリサが手を振ると、ロックフォールが木の陰から小走りに走ってきた。

 恥ずかしそうに頬を掻く。


「…いや、悪かったよ。ちょっと、小用だ。それで、どうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも、あんたの連れ(、、)の話じゃないの!! ほら、ナギサちゃん助けた時みたく、また、私たちに依頼してくれない? そうすれば、他の連中だって動くはずだから…」


 イリサが説明した。

 ここで、ロックフォールは、首を縦に振る、はずだった。

 ところがロックフォールは何か、逡巡するように、首を傾げ、顎を撫でた。


「いやぁ…、それなんだが…」


 ロックフォールが、煮え切らない声を出す。

 イリサが、さらに声を上げようとしたとき。

 

 ―――ドゴォォ!!


 突然、森の広場に雷が落ちた。

 その雷は、ハンターたちには当たらず、森にも落ちない。そんな絶妙の距離を開け、何度も何度も地面に向かって落ちてくる。何度も何度も、地面をえぐる。

 ハンターたちの視線が、雷の落ちるほうにくぎ付けになる。

 やがて、雷の音は鳴りやんだ。そのあとには、ただ焼け焦げた地面だけが残っていた。


「…なんなんだ、いったい?」


 グラスが、呆然として、言った。

 他のハンターの面々も、一様に、同じ表情を浮かべ、ただその焼け焦げた地面を見つめている。

 ロックフォールの視線だけが、一瞬、ダンジョンのほうに走った。

 入口の横の石像の陰から、黒い髪をなびかせた何者かが、ダンジョンに入るのを、チラリと、とらえていた。少しだけ安堵のため息をつく。

 あとは、言われた役割をこなせばいい。

 ロックフォールが、声をはり上げた。


「―――なあ、聞いてもらっていいか!!」

 

 今度は、広場にロックフォールの声が響き渡った。




 ―――ドゴォ…!!


「なんだ!?」


 突然の揺れに、オリガは、あたりをうかがった。甘い香りのする部屋の中、突然、震動があり、転がってていた魔石が震え始める。

 フィーデルが、小さく息をついた。


「…ナギサちゃんよ。やっぱり制御がダメなのね。仕方のない子」


 そう言って、今は見えない地面の上、それを見透かすように上を見上げる。

 その表情は、子猫でも愛でるように、うっとりと、恍惚の感情で、ゆがんでいた。

 オリガが険しい表情で言った。


「…なぜ、あいつが来る?」

「あら? あなたは、知ってるじゃないの。あの子、お人好しなのよ」

「あいつは…」

「戦い方が、素人だから、かしら?」


 オリガの表情が、ぴたりと固まる。

 

 ―――クスクス。


 フィーデルは笑っていた。


「…そんなに、驚くこと、ないじゃないの。ずっと、誰かに見られてたのは、知ってたでしょ?」

「まさか…」

「そうよぉ?」


 フィーデルが、その指を差し出した。一羽の鳥がどこからか飛んできて、その、細く、白い指に、止まる。少し前に見た、黄色い鳥。それはフィーデルの指の上で、じっとオリガを見つめていた。


「…それは?」

「私のかわいい使い魔ちゃん。作るの、大変だったのよ?」


 フィーデルがその鳥の頭を撫でると、鳥は気持ちよさそうに目を細めた。

 フィーデルは、そのまま続けた。

 

「ずっと、ナギサちゃんを見ていたの。かわいいでしょ?」

「イリサが感じていたというのは、それか…」


 ずっと、イリサは視線を感じていた。ナギサと離れるとなくなる視線。どこから放たれるか、分からない視線。それは、空からのモノだった。

 フィーデルは、相変わらず、面白そうだ。

 また、部屋が揺れる。


「…ナギサちゃん、必死にこっちに来てるわね。あら、もう二層まで来ちゃった。いくら抑えてるとは言え、さすがね。私と同族のことだけはあるわ」

「…なに?」


 フィーデルのイタズラっぽい目がオリガを見た。その口は、相変わらず、こらえきれない笑みで、ゆがんでいる。


「―――そういえば、オリガちゃん。ずっと、ナギサちゃんが、なんなのか(、、、、、)、気にしてたわね?」


 フィーデルは、急に向きを変えたかと思うと、部屋の中を横切っていく。まるで、オリガなどいないように、無防備に、その背中をさらす。鳥がまたどこかへ飛びたった。

 オリガが一歩前に出る。


「…やめた方がいいわよ?」

 

 背中を向け、歩き続けたまま、フィーデルが声を投げつけた。

 オリガは、構えようとした剣を、止めた。

 フィーデルが歩きながら言った。


「…そうそう。どっちにしたって、あなたじゃ、私は殺せない。そこらへんの魔物と、一緒にしないで欲しいわね?」

「…それは、先ほども言ったな」


 フィーデルは、最初に名乗った。自分は魔女『トルメンティア』なのだと。

 オリガは、じっとその背中を見つめた。


「…あなたは、本当に、魔物なのか?」


 十年間、クレスヴィルに来るたびに、立ち寄った魔石屋。三百年、店をやっているとウワサされる、セールのたびに妙なことをやる、ひょうきん者の女店主。

 その店主は、オリガの呼びかけに答えることもなく、ただ、部屋の壁に向かって歩いていた。何重にも、ひたすらに絨毯に覆われ、それ以外、何も見えない壁の前。

 そこに立ち、フィーデルは振り返った。

 

「―――オリガちゃんは、魔物って、どうして生まれるか知ってるわよね? ダンジョンが、造るの」


 フィーデルの顔は、ニコニコ笑っていた。笑った顔のまま、肩越しに、オリガを見つめている。

 オリガは、ただ黙っていた。

 フィーデルは、両腕を交差させ、何かを開くように、それを左右に振る。

 壁を覆っていた絨毯が、何かに引き裂かれるようにフィーデルの前で、真っ二つになった。

 その切れ目から、赤い光があふれだす。

 オリガは、目を細めて、それを見た。

 光で、表情の見えなくなったフィーデルが、言った。


「ダンジョンが、魔物をを造り、吐き出す。それはね、ダンジョンの仕事なの。ずっと、ここ(、、)にあって、ずっと、人々を狩り続けるように造られたの。そのための手足が、魔物」


 フィーデルの前の壁、そこが割り開かれ、赤い、巨大な魔石が姿を現した。それはまばゆい光を放ち、フィーデルの姿が影になる。

 フィーデルは、相変わらずの声で言った。

 

「―――ほら、これ(、、)が、ダンジョンの”核”よ。最深部にあるものだから、初めて、見るかしらね?」


 フィーデルがそう言った時、また、ズシンと、衝撃があたりを揺らす。

 陰に沈んだフィーデルが、ぐるりと首をめぐらした。

 そして、おかしそうに笑う。


「…あらまぁ、バーリスを一撃。大したものね」

「…あいつも、魔物だと、いったな?」

「そうよぉ?」


 くつくつ。

 フィーデルの笑い声が響き渡る。

 どこか上を見上げるように頭を上げ、フィーデルは言った。


「―――うらやましい。本当に、うらやましいわぁ…」

  

 手が届かない何かをねだるように、買えない玩具をせがむように、フィーデルの笑い声に、きしむような何かが、にじみ出る。

 オリガは、眉をひそめた。聞いたことのない、フィーデルの、そんな声。

 光のなかから出てきたとき、フィーデルは、いつもの笑顔のままだった。

 フィーデルが、いつもの調子で言った。


「…魔物ってね。ただの道具なの。ヒトを狩るための道具。ただ、それだけのために、生まれてくるの、グラスちゃんから聞いてない?」


 ―――昔の兵器…。


 オリガは、そんな話を聞いたことを思い出した。

 フィーデルが、話し続けている。


「―――それってね、本当の話なの。そうをすることが、魔物の役目。私だって、そうよ?」


 ぐらりと、また、部屋が揺れた。

 クスクス。フィーデルは笑う。


「…もうすぐ、あの子が、ここまで、来るわね」

「…何を、する気だ?」


 険しい表情で剣を構えたまま、オリガは問いかける。それを振るったところで、勝てないことは分かっていても、ハンターとしての意地が、そうさせていた。例え、それが、何年も前からの知り合いであっても、いま、その相手は、魔物として、そこにいる。

 フィーデルが、くるりと背中を向けた。

 そのまま、”核”に向き直る。


「―――私は、魔物よ? 魔物がすることなんて、一つしかないじゃないの?」


 一気に、身体強化をほどこし、その速さそのままに、オリガが飛びかかった。

 フィーデルの首を狙い、剣を振るう。

 

「―――!!」


 剣が、見えない壁に阻まれた。

 フィーデルが、いつの間にかオリガのほうを向き、笑っている。

 

「…無駄だって、言ったじゃないの。大人しくしておきなさいな?」

 

 剣が、動かない。切り込むこともできず、引くこともできない。

 身動きのとれなくなったオリガに、フィーデルの白い手が、すっと伸びる。


「…ほーら」


 フィーデルが腕をかざした途端、巨人の腕にでも掴まれたように、オリガのからだが、宙に浮いた。


「―――!!」


 次の瞬間、オリガは、壁に、叩きつけられていた。

 息が、できない。剣こそ、落とさなかったものの、オリガは、激しくせき込んだ。

 むせ込むオリガの耳元で、フィーデルの声がささやいた。


「―――あんまり、私を刺激するようなことをしないでくれないかしら? オリガちゃんを殺すのは、忍びないのよ」


 オリガは、声の主を見上げた。

 いつものフィーデルの顔が、そこで、笑っている。

 フィーデルは言った。


「私は、ただの、殺すための道具よ? あなたぐらいなら、簡単に、首をへし折ることができちゃうの。私の力の強さは、知ってるわよね?」


 すっと、その細い手が、オリガの喉もとに伸びる。

 ヴァン・ラニ、ヒトの体よりも大きな、巨大グモを、軽々と殴り飛ばす腕。

 その手が、いま、自分の喉にかかっている。

 オリガの額を、汗が、ぽたりと伝った。

 ニコリと、”魔女”は笑った。


「…分かったら、大人しくしていなさい。今の私は、自分でもかげ…―――!!」


 フィーデルの言葉が、突然、とぎれた。

 オリガには、何が起きたのか分からない。

 苦痛に顔をゆがめ、フィーデルが、自分の胸を抑える。

 赤い染みが、指のあいだから、湧き上がる。光が、その赤を照らし出す。

 フィーデルは、苦痛にゆがめた顔で、自分の背後を、見た。

 オリガが、唖然として、言った。


「”晴嵐”…」


”晴嵐”が、いつの間にか立ち上がり、弓をかまえて、立っている。

 一筋の光が、フィーデルの背に、突き立てられていた。




「―――ヒドイな、これは…」


 次から次へと、魔物が襲ってくる、ローフォレ、ヴァン・ラニ、鳥っぽいモノ、バーリス、爬虫類っぽいモノ。ひっきりなしだ。

 ダンジョンの中は、思っていたよりも明るかった。床が、壁が、天井が、湧き上がるような緑色の光で溢れている。ところどころに魔石なんかも転がっていて、それがまた灯りになる。

 ナギサはそんなダンジョンの中、大きな丸い部屋の中で、ローフォレの大軍を、相手にしているところだった。ガチガチ牙を鳴らし、赤い目を光らせながら、食ってやるといわんばかりに、大きく口を開けて、ナギサを取り囲んでいる。

 ひとつ息をつき、手をかざし、思いきり力を込める。

 一筋の閃光が走り、ローフォレたちの大軍に、穴をあけた。

 すぐに、その穴は、別のローフォレたちによってふさがれる。

 さっきからこの繰り返しだった。


「…はぁ」


 ナギサは、ため息をついた。終わりの見えないダンジョンに、いい加減、嫌気がさしていた。

 どういうわけか、グルグルぐるぐる、このダンジョンは、らせんの構造になっているらしい。まずは永い、曲がりくねった廊下を、大きく一周走る。すると、大きな部屋に出る。そこにいたヴァン・ラニの大軍を、巻き起こした嵐で吹き飛ばした。すると、下への階段が現れる。そんなことの繰り返しだ。

 途中の通路にも、魔物がひしめきあっている。いちいち蹴散らしながら進むしかない。

 ここは、階層で言えば四段目、その、階段があるはずの部屋だ。さっきの部屋はバーリスだった。そしてこの部屋はローフォレだ。それも、倒しても倒しても、水か何かのように湧き出てくる。ハンターたちを足止めしておいてよかった。どちらにしても、時間がない。

 ナギサは、体の横、肩のあたりまで手を上げた。

 さっきと同じ要領だ。ただ、もう少し、乱暴に。

 火の玉がその先に現れる。それは、一気に広がり、天井を、壁を、床を覆い尽くす。ナギサの横に、炎の壁を作りだす。それを、力任せに押し出した。


 ―――ゴォォ!!


 ローフォレの大軍。それを炎の壁が飲み込んでいった。ワイパーで拭かれる水滴のように、炎の壁を通った後、ローフォレが姿を消し、ただ、灰だけが残った。肉の焼ける匂いが、部屋を満たす。ナギサは今にも吐きそうだった。

 ガチガチ言っていた牙の音が、しんと、聞こえなくなった。

 ナギサは、手を握ったり、閉じたりを繰り返し、加減を確かめる。

 さっきから、何から何まで、力任せにやってきた。それこそ、横暴というまでの力で、魔物をなぎ払ってきた。ゲームをやっていた時と同じように、軽々と、魔物たちは命を散らす―――本当の意味で。


「まいったな…」


 ナギサは、吐き気をこらえ、気味悪そうに、自分の手を見ていた。

 フィーデルに、魔物で魔法を使うものがいないのか、聞いていた。フィーデルほどの強さのモノなら、そう言ったことにも詳しいのではないかと思ったのだ。実際、詳しいと、フィーデルは言っていた。そして、不審がる様子も見せず、気持ちよく答えてくれた。


 ―――”手”、それ自体に力を込めてみばいい。

 

 フィーデルの答えはこうだった。

 フィーデルが言うには、魔物は、魔石と、同じようなモノらしい。

 無機物と有機物が、どうして一緒なのか分からないが、フィーデルが言うにはそうらしい。

 その通りにやってみた結果が、二日目の、あの大穴だった。いつもの火球をイメージしながら、手の平に力を込め、押し出した。ほんの、わずかのつもり。それだけのはずだった。

 太陽が、現れた。

 いや、少なくとも、そう見えたのだ。それは、少し離れたところに飛んで、落ちた。そこは、ちゃんと、狙っていた場所だった。

 そして、着弾した。

 いきなり夜明けのような光を放ったかと思うと、突風。それを何とか耐え、気づいてみると、大穴があいていた。前に、ゲーム中、山賊に襲われた時のように。

 あの時は、山賊の行状に、あまりに腹が立ったので、フルパワーでやるように念じてしまった。それ(、、)が、山が消えた原因だった。ゲームだったならば、それは笑い話で済んだかもしれない。だが、今まさに、そのゲームは、現実になっている。


「また、あんな騒ぎを起こすわけにも、いかないしね…?」

 

 ナギサは、一人ごちた。

 実際、あのあと、アメリとロックフォールがいろいろ始末に回ってくれていたらしい。あのときはゲームだと思っていたが、あれも、こちらでは実際に起こっていたことだ。あんな騒ぎを、こちらで生きていかなければならない身で、もう一度引き起こすわけにもいかない。

 ところが、制御が難しい。

 さっきから、ナギサの歩いてきた後に、魔物の死体は一つもない。全て、消し飛ばしてしまったのだ。いや、それでいいのだ。今使っているのは、ゲームのときにこんなのがあったなと、思い出しながらやっているのだ。ゲームでやっていた時もそうだったし、というか、それぐらいしか、ナギサは知らない。

 そして、最低限。その力で何とかしようとしても、こうなってしまうのだ。あの時は間隔が無かったせいか、威力の加減が、どうしようもない。


「―――”トルメンティア”が、あんまり難しくない相手であることを祈ろう…」


 ナギサは懇願するようにつぶやくと、待っていたかのように、部屋の中央が光り出す。

 四角く、光の線が引かれ、そこに囲われた床が、煙のように消えた。

 階段が姿を現す。

 ロックフォールから、一応、ダンジョンは五階層だという話を聞いていた。

 ナギサは、からっぽになった部屋を一瞥し、安全かどうかを見た後、その階段を下りた。部屋に、ブーツの足音が響き渡る。

 いよいよ、次で最後だ。




 オリガは、フィーデルが、赤い光に照らされて、崩れ落ちるのを見た。

”晴嵐”がそれを見届け、ゆっくりと、弓を下ろす。どさりと、膝をついた。

 オリガはあまりの出来事に、言葉を失っていた。

”魔女”は死に、”晴嵐”がくずおれていた。

 思わず、舌を鳴らした。状況がつかめない。

 オリガは剣を拾い上げ、痛む体を引きずるように、”晴嵐”のほうに向かっていった。


「…助けて、くれたのか?」


 オリガはチラリと”魔女”を見て、言った。

”晴嵐”が首を振った。涙が、その頬を伝っていた。


「―――違います。責任を、取っただけです」

 

”晴嵐”はそう言って、がくりと、うつむく。まるで、背負ってきたモノの重みで押しつぶされた。そんな風に、オリガには見えた。

 オリガは、小さく息をついた。


「…さっきも、そう言っていたな。あれ(、、)は、どういう意味だ?」

「今回の、異常発生の、もともとの原因は、私なんです。だから、私がなんとかしないと、いけなかったんです…」


 嗚咽まじりに、”晴嵐”は、ただそう言った。ダンジョンに詳しくない自分に言われても、何を言っているのか分からない。どちらにしても、もう終わったことだ。

 オリガが、”晴嵐”を立たせようと、手を差しのべた。


「―――説明してあげましょうか?」


 聞き慣れた声が、聞こえた。

 

「―――っ!」


 考える暇もなく、剣を、声のほう目がけて振り下ろす。


 ガっ!


 固い感触が、その手に伝わる。しかし、声は続いていた。


「”ダンジョン”はね、魔力に反応して、活性化するのよ。強いモノに反応するの。この異常発生は、この子たちが来たから起きたのよ。分かった?」


 そう言って、オリガの目の前で、フィーデルは、さっきと同じ笑顔で言った。

 左手で、オリガの剣を握りしめていた。血を滴らせる手に握られた剣は、ピクリとも動かせなくなっていた。


「―――邪魔よぉ?」


 剣に引っ張られるように、オリガの視界が反転する。絨毯の敷かれた床に、体が叩きつけられた。何かにひびが入った音がした。


「―――お嬢さん、”晴嵐”とか、いったかしら? ずいぶんなマネをしてくれるじゃないの?」


 フィーデルは”晴嵐”の胸ぐらをつかみ、顔の高さまでつるしあげる。

 クスクス。

 部屋の中に、フィーデルの笑いがこだまする。しかし、それは突然やんだ。

 

「…あー、どうしましょう。”リミッター”が、外れちゃいそうじゃないの。あなたたちは、そんなに私の平和な生活を、メチャクチャにしたいのかしらね?」


 つかんでいた”晴嵐”をどさりと、落とす。

 オリガが、よろける体を起こす。見上げると、フィーデルは、背中に矢を刺したまま、平然とした表情で二人を見下ろしていた。”晴嵐”も唖然としている。

 二人の様子を、おかしそうに見つめながら、フィーデルが言った。


「このくらいで、私を殺せるとは、思わないで欲しいわね。さっきのは、久しぶりだから、驚いちゃっただけよ。あー、痛い痛い」


 おどけるように言ってみせる。

”晴嵐”がぱくぱくと、動かした。震えるような声で言った。


「そんな、ゲームじゃ、これで…」

 

 オリガには理解できない言葉だった。

 だが、”晴嵐”がそれを言ったとたん、フィーデルの笑顔に、ひびが入った。


「…あなたも(、、、、)、そうなのね?」


 避けんばかりに口の端がつりあがり、ギラギラと、その目が光り出す。


「―――何がゲームよ! 前に来た馬鹿といい、あの木偶人形どもといい! 私は、たしかに造られたモノよ!! ただの道具!! でも生きてるのよ!! なんで、認めてくれないのよぉ!!」


 まるで泣きじゃくる子供のように、フィーデルは頭を抱え、髪を振り乱し、なんで、なんでと、叫び声を上げる。部屋の中に、ただ”魔女”の泣き声だけが溢れていく。

 オリガは、ただ、それを見ているしかできない。”晴嵐”も、言葉を失った

 ふいに、泣き声がやんだ。 

 だらりと、フィーデルが頭(こうべ)を垂れる。

 髪を垂らし、その手が、”晴嵐”に向けられる。

 うつろな声が言った。


「―――もう、どうでもいいわ」


 フィーデルの手に、黒い光が集まり始める。手のひらの大きさの球体、それが、出来上がる。


「…安心していいわ。一瞬だから、あっという間、すぐに消えてなくなれる」


 フィーデルは、誰に向けた言ったのかも分からないように、ただ、目の前に向けてしゃべっていた。


「…さよなら」


 黒い球体が晴嵐を目がけて、放たれる。

 禍々しいそれ(、、)は、一直線に、”晴嵐”に向かって飛ぶ。

 オリガは、動けない。”晴嵐”も、呆然としている。

 いましも、晴嵐に、それが当たる。

 思わず、オリガが声を上げた時だった。

 アメリに向かって走っていた黒いモノが、もう一つ、横から走ってきたものに飲み込まれる。それは、その場で消えた。

 

「―――間にあったぁ」


 オリガがそれが飛んできた方に目を向けた。そこには、よく知った人物がぜーぜーと息を切らし、立っていた。

 鈴のような声をさせて、その人物は、言った。


「…アメリ君、オリガさん、大丈夫ですか?」

 

 トルメンティアの森、そのダンジョン最深部に、ナギサが姿を現した。

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