13 森狩り 死んだ魔女
襲いかかるローフォレを、オリガが、灼熱の剣で切り伏せた。肉の焼ける音がした。
血の匂いが鼻をつく。
そこは、赤に、まみれていた。
―――グルァ!!
ローフォレの唸り声が、響く。
そして、それを、冒険者たちが切り伏せていく。第二班、その通り道には、魔物の死体があふれていた。
第三班の指揮を任されている鎧姿の大男、ガリアが、その先陣を切り、剣を振るう。ガリアに向かっていたローフォレが、首を跳ね切られ、血を噴き出して転げまわる。以前の襲撃で手ひどい打撃を受けたせいか、まるで怨みを込めるように、その剣はすさまじい。
返り血を浴びながら、ガリアが、その太い声をとどろかせる。
「進めぇ!! 獲った分だけ、報奨金も上がるぞぉ!!」
煽るような言葉を投げつけ、走り、ハンターたちを森の中心部に引っ張っていく。
臭い消しの魔石は、持っていない。自分自身をエサにして、魔物たちを呼びよせる。ハンターたちに、森の暗闇から、ローフォレたちが、湧き出るように群がっていた。その鋭い牙をガチガチ鳴らし、その肉を食らおうと、赤い口を開け、飛びかかる。
とどめを刺そうと、喉を狙い、その赤い口を開けて飛びかかってくる。
飛びかかってくるそれに向かい、オリガは右手に力を込め、思い切り、剣を振るった。ローフォレの太い首に、剣がぶつかる。
肉が焼ける音がする。
固いものが断ち切れる。
ローフォレは、首を飛ばした。
まわりでは、他のハンターたちが、斧を、鉈を、大槌を、思い思いの自慢の武器をふるっていく。
頭上から、刃物のような音が降ってきた。
―――シャキ。
ヴァン・ラニたちの赤い光が、木の上から這い降りてくる。
イリサたち、飛び道具の使えるものが、それを放つ。
光る矢、閃光。それが、頭上を埋め尽くす。
赤く光る眼を目がけ、飛んでいく。
ボタリボタリ。
それが放たれるたびに、ヴァン・ラニの、黄と黒の巨体が、雨のように降りそそぐ。
なかでも、同じ班になっていた、”晴嵐”の戦いは、圧倒的だった。
イリサの持つものと、似たような、魔石の付いた弓。
そこから一本の、イリサのような、光る矢を放つ。
弓から放たれたそれが、突然、何十本にも分かれ、光の雨となって、黒い苔のように大木に群がるヴァン・ラニに降り注ぐ。大木からはがれ落ちるように、ヴァン・ラニたちが落ちていく。一本の矢で、クモの山があとに残る。
ハンターたちは、ひたすらに進んでいく。飛びかかってくるモノを切り伏せ、這い降りてくるモノを射落とし、魔物の死体の山を築く。それを残し、ハンターたちは、森の中心部へと進んで行く。赤い道が作られる。
「っ!!」
先頭を走っていたガリアが、突然、飛びのいた。
たった今、彼が立っていた場所に、巨大な柱が振ってきた。
剣のような爪が、薄暗い光を受けて、鈍く光る。
「”バーリス”だ!! 飛び道具、構えろ!!」
足音を響かせ、”バーリス”の巨体が、薄闇の中に浮かび上がった。森の大木、それに匹敵する大きさの巨体。赤く、ギラギラと光る眼で、ハンターたちを見下ろしている。
その柱のような腕が、暴風を巻き起こして振られた。
「―――っ!!」
先頭部、そこにいたハンターが三人、それを避けきれなかった。
まともに食らった体が、宙を舞う。そのまま大木に叩きつけられた。
そのまま地面に落ち、息ができないのか、苦しそうにそこで身悶える。
―――オオオォ!!!
バーリスの吠え声が、森に響き渡る。
イリサたちが構え、オリガも、魔石に魔力を流す。それを放とうとしたとき、
―――ドゴォ!!
まばゆい光が目を焼いた。そして、それが消えたと思った時、バーリスの頭が消えていた。
ハンターたちの視線が、それを放ったものに集まる。
”晴嵐”が、弓を放った姿勢で、そこに立っていた。
ハンターたちを睨みつける。
「―――行きますよ!!」
”晴嵐”が、気迫のこもった声を放ち、一瞬呆けたような表情になったハンターたちに叫ぶ。
ハンターたちはハッとして、また動き出した。
一瞬の光、それにひるんだ群がる魔物たちを、次々なぎ払っていく。
”晴嵐”は、素早い足取りで大木の横に横たわるハンターたちに近づいた。
弓をかかげ、それに添えるように手をかざす。
ハンターたちの体が光ったかと思うと、何が起こったのか分からないのか、きょろきょろとあたりを見回した。そこに痛みの影はない。
それを見届け、”晴嵐”は走り始めた。
そのまま先頭まで走る。飛び上がり、宙でクルリと舞い、何度も何度も矢を放つ。
一矢必殺。
一発が一匹、魔物の命を散らしていく。
その矢が、暴風のように吹き荒れる。まさに”嵐”のような戦い。
オリガはそれを見て、感心すると同時に、首を傾げていた。
”晴嵐”、その表情は、余裕があると同時に、鬼気迫るモノがある。
まるで何かに脅えるように、じっと何かにこらえるように、その表情は中心部に迫るたびに、強張っていく。
オリガは、それを振り払った。
まずは、目の前の魔物たちだ。
剣を振るい、魔物を散らす。
迫る魔物をなぎ倒し、ハンターたちは突き進む。
傷つくものは、回復術の使えるものが治療する。
ただただ魔物をなぎ払い、ひたすらに森の中心を目指し、進んでいく
突然、大木の森が切れた。
ハンターたちは、『ダンジョン』の光を見た。
ナギサは、のそのそと、進んでいた。
一歩、歩くたびに、その顔をしかめる。
錆びた鉄の匂いが、鼻をつく。血だまりを踏む、ピチャピチャ言う音が聞こえる。
ナギサの顔は、真っ青になっていた。
本当は、一緒に行くつもりでいたのだ。
しかし、あまりの光景に、こんな風に、あとをツイていくことしか、できなかった。
ローフォレたちが、ヴァンラニたちが、折り重なり、団子のようになって、死んでいる。
できる限り見ないように、ナギサは、できる限りまっすぐ、自分の進むべき方向だけを見据えて歩いていた。ガサリと、草を踏む音が聞こえた。
ビクリと震え、ナギサは、恐る恐る、そちらを見た。
三頭ほどのローフォレと、目があった。
だらだらと、口からよだれを垂らし、その赤い目で、じっとナギサを見据えている。どうやら、狩り残しがいたらしい。
ナギサは、ため息をついた。何となく、ダーウィンを拒んだ人たちの気持ちが、分かった気がした。
ナギサは、スッと手を構えた。
ゲームをやっていた時と同じような光景が、その目に映る。
「ごめんね…」
かざした手に、力を込める。
何かが、手から飛び出る感覚。
炎の熱が、一瞬、顔を撫でた。
火球が、その手から放たれる。
クルマの一台でも呑みこめるような、巨大な火球。巨大な熱を抱えた、白い炎。
そして、クルマのような速さで、火の道を残し、ローフォレたちに向かっていく。
火球は、ローフォレたちを飲みこんだ。
そして後には、ただ、火の道が残るだけ。
跡形も残さず、ローフォレは消えた。
ナギサは、それを見て、ため息をついた。
ゲームと同じ光景。しかし、実際に命を狩った光景。
何かを振り切るように首を振ると、ナギサは、ハンターたちのあとを追って、駆けだした。
そのまま、足音が遠ざかる。
暗い森の中、あとには、ただ血の匂いだけが残っていた。
それは、森の中心にあった。
血の匂いの漂う森を抜け、ハンターたちは、『ダンジョン』へと、到達していた。
森の中心部、そこは、光の泉のように、丸い草原が広がっていた。ただ、違うところもある。森の中心は、泉ではない。そこには、建物があった。
植物のツタに覆われ、緑色になったそれは、そのツタの隙間から、まばゆい、緑色の光を放っていた。光るたびに、まるで蛇のように、のたうつ文字が浮かび上がる。
―――『神殿』。
ナギサが、それを見たならば、そう、感想を抱いただろう。
立方体の、巨大な建物。
それが何かを誘うように、大きく、口を開けている。
その入り口を守るように、苔むした、甲冑姿の石造が一対、その両脇に立っていた。その表面には、何か文字のようなものが刻まれている。
ヒトの心臓が脈打つように、ダンジョンの光は強くなり、また、弱くなりを繰り返す。
オリガたちは、草原にたどり着き、息を整えていた。
相変わらず、ダンジョンの活動は活発だ。ついさっきも、ローフォレの群れがダンジョンの入り口から駆けだしてきたところだった。だが、それはガリアを抜き、先頭を走っていた”晴嵐”に瞬く間に蹴散らされた。
「―――私たちが、最初のようだな…」
息を整え、剣を鞘に戻し、オリガがすっくと身を起こした。
まだ他の班の姿は見ない。
ぜえぜえと、隣にいたイリサが、ポーションを取り出しながら言った。
「…だって、”晴嵐”の勢い、凄いんだもん。ついてくのも、大変よ。―――うえ…」
一息にそれを飲み干し、イリサが身を震わせた。
オリガはそれを同情的な目で見た。攻撃方法が全て魔法に頼るイリサは、途中で回復をしないと、持たないのだ。腰に下げたポシェットには、まだ大量に入っているはずだった。オリガも、ケガこそしていないが、疲れを感じている。
オリガは”晴嵐”に目を向けた。ついさっきまで、そこにいたはずだ。
「お前も補給は大丈夫なのか…?」
言って、その相手がいないことに、気づいた。
あたりを見回す。”晴嵐”が、一人、ダンジョンに向かって歩いて行く。
「おい! どこへ行く気だ!!」
オリガは思わず声をかけた。それでも”晴嵐”は止まらない。
無言で、ただ、ひたすらにダンジョンに向かって歩いていく。もう入口に入ってしまう。
オリガは駆けだした。
「止まれ!」
その腕をつかみ、オリガは”晴嵐”を、無理やりひきとめた。
ギラリと、鋭い目が、オリガをにらみすえた。
「…離して下さい」
”晴嵐”が、静かな声で言った。めらめらと、這いあがるような怒りのこもった声だった。
常人離れした戦士の、怒りの声。
それでも、オリガは、つかんだ腕を話さない。
「貴様は、いったい何をする気だ? ダンジョンの中は、危険が大きすぎる」
「…私なら、大丈夫です。私の強さは、あなたもよく見たでしょう?」
険しい表情で、”晴嵐”は言った。
それでもオリガは言った。
「だが、一人では、危険が大きすぎる。また、ナギサの奴に心配をかける気か!?」
一瞬、また”晴嵐”の表情が、ゆがんだ。今にも泣きだしそうな顔になり、絞り出すように言った。
「―――今回の、異常発生は、私のせいなんです。私が解決しないと…」
「…どういうことだ?」
オリガが言った途端 、”晴嵐”がハッとした表情になった。
オリガが問い詰めようとしたとき、
「―――あー、まどろっこしいわねぇ」
突然、声が聞こえた。
待ちくたびれ、イライラしている。そんな声。
”晴嵐”と、オリガは声の主を探し、あたりを見回す。
突然、黄色い鳥が視界に飛び込んできた。
「―――もういいわ。二人とも、いらっしゃいな」
その鳥は、二人の目線の高さで飛び、そして話した。
何が起きたのか分からず、二人が呆然としていると、突然、視界が闇に覆われた。
ナギサは、ようやく森の切れ目にたどり着いた。ぜーぜー息が切れていた。
ここに着くまでに、何匹もの魔物に襲われていた。謎の巨大生物にも襲われ、生きた心地がしなかった。倒せないことはないが、加減が難しいのだ。
ナギサは巨大な木の陰に隠れ、こっそりハンターたちの様子をうかがう。
そして、違和感を感じた。
聞いた作戦では、森の中心、そのダンジョンを封鎖してしまう予定のはずだ。ところが、いま、目に映る限り、ハンターたちがそうしようとしている様子が見られない。それどころか、ハンターたちは二手に分かれ、ダンジョン―――緑色の光を放つ、神殿のようなもの―――のまえで、何かを言い争っている。それは片方が、イリサとロッシ、グラスなど、もう一方はこちらも強そうなハンターたちだ。ただ、遠すぎて、何を言っているのか、聞こえない。
どうしたんだろう?
ナギサが様子をうかがっていると、まわりを助けを求めるように見まわしていたロックフォールと目があった。ロックフォールが、その巨体で、じりじりとハンターたちの集まりから別れ、こちらに向かってくる。
「―――大丈夫かい?」
木の陰に隠れ、ナギサはロックフォールに言った。
ロックフォールははずかしそうに顔を赤らめた。赤くなってはいるが、その表情はこわばっている。
「小便だって、行ってきました。…それより、大変なんです」
ロックフォールの声は、今にも泣きそうだった。
「落ち着きなさい。何があったんだい?」
「アメリと、オリガさんが、ダンジョンに吸い込まれたんです。突然、スゴイ風が吹いて…」
ナギサは顔から、さーっと、血の気が引くのを感じた。
チラリと、ダンジョンのほうを見る。
「…そんなことがあるのかい?」
「分かりません。聞いたこともない」
「まさか、あそこで言い争ってるのって…?」
ロックフォールがうなずいた。
「―――アメリたちを助けに行くかどうかです。どうしましょう?」
すっかり、うろたえているらしい。
ナギサはため息をついた。じっとうつむく。
「…最悪の最悪だな」
アメリにはまだ聞きたいこともあるし、優秀な部下だった。
オリガには世話になりっぱなしだ。
しばらくのあいだ、ナギサはじっと考えていた。
やがて、ルビーのような赤い目を、決意の炎で輝かせ、ナギサは、しっかとロックフォールの顔を見据える。ナギサは言った。
「―――助けに行く。ロックフォール君、ちょっと、手を貸してもらうよ?」
有無は言わせない。そんな強い調子で、ナギサはロックフォールに言った。
ロックフォールは安心したような表情を浮かべ、力強くうなずいた。
アメリと、オリガ。二人が吸い込まれてから一つ時が、経とうとしていた。
オリガが目を開けると、そこは、薄暗い部屋だった。何か、柔らかいモノの上に寝かされている。甘いにおいが、部屋中に漂っていた。
オリガは、ふらふらする頭を押さえ、なんとか、身を起こした。今自分がいる場所を見まわした。
そこは、丸い、大きな部屋だった。太守館の一階、それよりも広い。そして、まるで、一流の装飾品のように細工をほどこされた魔石が、そこらじゅうに転がっている。
オリガは、立ちあがった。
そこは、絨毯の上だった。様々な絵柄の描かれた、色とりどりの絨毯。それは床を覆い、壁を覆い、それどころか、天井までを覆っている。横に、”晴嵐”が寝かされていた。
オリガは”晴嵐”を起こそう、と声をかける。
「―――目が覚めた…?」
声が、聞こえた。
オリガはとっさに剣を抜き、声のほうに構えた。
薄いカーテン、それに覆われた、部屋の一角。
まるでランプに照らされたように、ぼうっと、それに、人影が浮かび上がっていた。
「…何者だ?」
オリガは呼びかけ、そのまま、じりじりと、”晴嵐”に近寄って行った。
声が答えた。布に閉ざされ、くぐもった声。
「…このダンジョンの、”魔物”よ」
「…なに?」
オリガはピクリと、眉を上げた。こんな魔物がいたという話は、聞いたことがない。
声が、クスクスと笑った。
「あなただって、知ってるじゃないの。魔女”トルメンティア”。それが、私よ」
「…何?」
オリガは、少しだけ目を見開いた。
声が言った。
「まあ、そういうウワサを流し続けてきたから、今じゃそうなっちゃったわね。ああ、やっぱり、上手くいった。これは私の、数少ない成功の一つね。やっぱり…」
声の主は悦に入ったように、たった一人、話し続けている。それを聞きながら、オリガは”晴嵐”を足で小突く。しかし、目が覚めない。
「…無駄よぉ?」
オリガをあざ笑うように、”トルメンティア”が言った。
キッと、オリガが魔女を睨みつける。
「…何をした?」
「ああ、そういう意味じゃないのよ。別にその子は、どうでもいいの」
くすくす。
声の主は、カーテンの向こうで、おかしそうに笑った。
オリガが怪訝な表情を浮かべると、声が、言った。
「ああ、ただ気絶してるだけよ。その子は前座。まあ、あなたもかしらね、オリガちゃん?」
「…なに?」
突然、名前を呼ばれた。
オリガはカーテンの向こう、その声の主を、見極めるように、見つめた。
―――クスクス。
笑い声が聞こえ、カーテンが、さっと引かれる。甘ったるい匂いが、関を切ったように、溢れだす。
死んだはずの魔女が、氷の上をすべるように、オリガに向かって歩いてくる。
その顔には、見慣れた笑顔が浮かんでいた。いつも、カウンターの奥で浮かべている笑顔。
”魔女”は、笑いながら、いつものように、オリガに話しかける。オリガは、言葉を失った。
「―――また、三日ぶりくらいねぇ、オリガちゃん?」
フィーデルは、いつもの笑顔で、オリガに話しかけた。




